2011-10-10
10月7日・金曜
熱は昼前には一応下がった感じ。夕方から出社し最低限の授業をこなす。金曜会は欠席。それにしても良く風邪を引くと思う。大抵シーズンで2回は風邪をひく。それぞれで2日、つまり年4日程度は寝たきりに近い状態となる。この他にも自業自得の胃痛が数回あるから、1年のうち一週間は重症患者の様になるといったところか。
世の中には風邪一つ引かない丈夫な人もいるそうで、羨ましいと思う反面、余りに元気が良すぎると医学的な無知に陥り、いつか一括払いを求められるかもしれないから、油断は禁物である。それに健全な精神というものは、大抵は不健康な身体に宿るものだから、始終何処かしら具合が悪い方が、無茶はしないし、亦他人の痛みにも敏感になれるという利点もある。
私なども、こうして風邪をひく事で、大抵はまず食生活を改めようと決心する。その結果鯨飲馬食の生活が少しの期間は収まることになる。無論全体からみれば僅かな期間だが、そうしないよりかは、そうした方が良いに決まっている。
10月6日・木曜
朝から発熱し、一日何も喉を通らず。今シーズン初の本格的風邪となり、本日は欠勤とした。処方薬の残りや市販薬を掻き集めて対応する。セキセチン、クールワン、グットノーズ、ノドニトローチと市販薬は阿呆の様な名前のものが多いから、効能書きを見ても期待薄である。もう少し何とかならぬものか。薬は気からである。
それに適適家人が検査入院の為、家内には頼れる者もおらず、一人孤独な闘病生活となる。特に午後は38度台は出た感じだが、体温計を探し出す事が億劫になる程具合が悪く、布団をかぶって寝るのみである。
10月5日・水曜
一日雨。日中でも15、6度にしかならず。家人の求めに応じて仕舞いこんであったガスヒーターを出動さす。すると扇風機と並び立つあたりが、今年の極端さを物語る様でもある。かくいう私も喉を痛める。大抵この時期は花粉症秋の陣とばかりに先ず鼻が悪くなり、悪い鼻の代わりに口で呼吸をしているうちに、喉がやられる。一連の手続きが一日で来たあたり、今年は一層極端である。
欧州の財務危機はギリシャに端を発し、イタリアに飛び火しそうな勢いである。それにしても、最初は何処何処で次は其処其処と、何だか誰もが予想屋の様な物言いで財政破綻国を予想し合うなど、何だか既視感のある出来事だと思った。思えば20年前の東欧圏の崩壊に似ている。あの頃も、次はハンガリーだのブルガリアだのと言っていた感じがする。あの時は云わば対岸の火事で、ドミノは向こう側へ倒れて行ったが、今回は此方側に倒れこんで来る。資本主義の総本山の国も、愈愈この国も危ない感じである。
午後出社。喉が痛くて思うように怒鳴れず。終始物静かな指導に徹す。又往復ともにバス利用だったが、普段はガラガラのバスも雨とあっては流石に行きも帰りも立ち客が出る盛況ぶりであった。バスの営業担当者などは、いっそこのまま雪になってくれとでも思う処であろう。
10月4日・火曜
結局朝霞の官舎の建設は5年間凍結されることとなった。他の官舎の建て替えも再検討をするという。併し凍結というからには解凍が前提である。また正直なところ私たちの記憶力が5年間も持続するとは思えない。一方、東松島の航空基地で流された戦闘機の修理は8機で1000億掛かるといい、こういうものまで震災復興の為の第三次補正予算に入るのだという。一日晴れ。気温は昼間でも22度程度。火曜不出社。
10月3日・月曜
日日一段と涼しくなり、此の処夜間睡眠も途中で停車することなく、毎朝直通運転となる。夏の疲れも取れ、またひと月半も続いた剪定作業も取り合えず一段落出来たと云った処である。
午後出社。漸く涼しくなったので、チラシ配りを再開す。一時間程職場の近所を練り歩き、子どもの居そうな家に、我が貧乏学院のチラシを入れて回った。尤もチラシの直接的な反応と言うものは中中無いし、亦期待もしていないから、半ば運動を兼ねての気楽な任務である。
経済統計などに因ると国内需要は年間で約20兆の不足だと言う。つまり国民一人当りあと20万使えば国内にお金が回るとの見立てである。私はただでさえ少ないうえに、不定の俸給の全てを回している。では一体誰が流れを止めているのか。此処の家か其れとも此の家か見て回る、という感覚でチラシを入れて歩いた。
併し見た処、空き家も多い。ついこの前まで子どもが住んでいた瀟洒な住宅が売りに出されていた。この一家は何処に行ってしまったのか…。そう云えば今年も一人の生徒が辞めた。辞めたのは経済的な事由である。確か家ごと売りに出して何処かへ引っ越したはずである。やはり何処にもお金はないようである。
退社後、何時もの立ち飲み屋に行く。何時ものペースで麦酒を腹に収めると何だか寒い。夜になって一段と気温が下がった様である。人恋しさを、今シーズン初の燗酒で誤魔化してから帰途に就いた。
10月2日・日曜
気温低く朝は20度を大きく下回り、日中も曇りがちで21、2度となる。家人は寒い寒いと連呼し、暖房機を点けかねない勢いである。併し二週間前を思えば、こんなに素晴らしい日日も無いはずで、私なぞは嬉しさの余り半袖シャツで方方を駆け回る。
駆け回った挙句、適適入った古本屋で『近世風俗志』(岩波文庫)という本を手にする。江戸末期に書かれた一種の百科事典で、この職業紹介欄が面白い。よく原子力発電を止め自然エネルギーを中心に据えるべきだと言うと、江戸時代に戻るのかなどと言う愚にもつかない暴論が浴びせられるが、江戸期は消費生活と言う点では、今日と大差無い感じである。茶漬屋や料理茶屋が林立し、湯出鶏卵売りや冷水売りが闊歩した社会を、自然エネルギーの不便な時代と見るか、今日的消費社会の出発点と見るかで、評価は大部変わってくるだろう。
10月1日・土曜
今年度も後半に入ったが、土曜なので実感はわかず。毎度の事、幾等かの制度変更等がなされたことと思う。
埼玉の朝霞か何処かに公務員の為の家を建てる計画があったそうで、国民に復興増税を求めていながら公務員の家を新築するとは何事かと世論が喧しい。その結果、首相が建設の凍結を示唆する事態となっている。何でもその官舎の新築費用は数十億円だそうで、一方復興費用は十数兆円である。数ケタ違うものを論争した所で中中吊り合いは取れまい。大体建物と言うものは古くなるのが当たり前だし、定期的に建て替えるのが世の常である。無論この時期に建て替えをする事が、相応しい事とは言えないだろうが。
一方の復興予算にはここぞとばかりに相当な無駄や省庁のごり押しが入っているという。其方は精査の暇なく、青天井の鰻上りである。お役人の立場から云えば、ここは鼈を捨てても月を取りに行くと言うのが、常人の沙汰であろう。土台比較考量の目盛りが間違っているのだから、徒労の論争である。
漸く涼しくなり、お酒を益益飲みたくなって来た。東北急行を大増発したいところだが、近隣の酒屋各店は復興ムードが薄れたのか、東北のお酒の品揃えは悪化の一途である。東北のお酒はすっかり減ってしまった、というより震災前の水準に戻ってしまった。
東北のお酒が少ないのは残念だが、こうして店に買い物に行っても無いものは何も無い。半年前のあのガラガラの商品棚は何だったのかと思い起こす。まるで夢の様だと。思えば画面や紙面の向こう側のあの異様な光景もまるで夢の様である。いっそ夢なら覚めて欲しいと願う。