2011-11-01
10月28日・金曜
先日トルコで地震があり数百人の死者も出たが、国内の関心は低いようである。災害疲れと言うのもあるだろうが、地震被害の形が違いすぎるのも原因の一つかもしれない。トルコでは建物の倒壊で多くの死者が出た。津波という水の被害とそれは、同じ地震被害と言ってもかけ離れた印象を与えるのだろう。
反対にタイ国の洪水被害は連日大きく伝えられる。それにしても大河の氾濫と言うものも、日本人には全く違った形の水害の印象を与えている。あれは川の水が溢れたと言うより、川以外の全ての地盤が沈下したと言った方が日本人には理解しやすい。
一日晴れ。大部冬型は緩んだから暖かい。午後出社。本日は漢字能力検定実施の為、授業に加えて監督業務も重なり忙しかった。英語の検定なら大昔からあるが、漢字の検定は割と最近の生まれである。漢字検定をやり始めた頃は、日本人に漢字の読み書きの試験をした処で、釈迦に説法、河童に水練、孔子に論語の試験を課すが如きで、とても受検者がいるとは思わなかった。併し予想に反し受検者は鰻上りに増え、漢字能力検定協会は儲かり過ぎで怒られたぐらいだから、世情というものは分からない。
最近は高校生でも漢字の勉強の仕方が分からないとぼやく。書いて覚える以外に方法は無かろうが、書かずに覚える方法は無いかと真顔で聞いてくるから、これも時代の変化のなせる技であろう。検定試験の類をどんどんやらないと、日本人の頭はすっからかんになるかもしれない。その内、箸の上げ下ろしから、尻の拭き方まで一つ一つ試験をする時代が来るだろう。
退社後、同じ世田谷区内に住む大学の後輩の坪上君の家に招かれる。結婚し今度子どもも生まれると云うから目出度い話である。終電までの2時間弱でお酒を掻き込み、お開きとなった。
10月27日・木曜
欧米の財務危機は其のまま経済危機に発展しかねず、また将来への不安はそれらの国国の消費の減退を招き入れている。結果として輸出依存度が高い新興国経済も安閑としていられない情勢とのことである。ついこの間まで新興国バブルの崩壊を先進国は非常に警戒していたが、どうも順序が逆になってしまったようである。なんだか誤認した容疑を掛けてしまって新興国には申し訳ないと思うとともに、これから掛ける御迷惑の規模を思うと、何だか忸怩たる思いである。
一日晴れて風は無く気温は昨日より高くなる。午後出社。久久に立って飲んで帰る。秋刀魚の塩焼きは150円と今年の最安値を記録す。焼き立てを食べて帰った。こうして焼き秋刀魚もある程度の量をこなして食べると、尾と頭と背骨と肋骨以外は全く残さず、しかも素早く食べられるようになる。秋刀魚食も反復練習が肝心である。
10月26日・水曜
政府の原子力委員会は原子力発電のコスト計算をやり直し、深刻な事故の発生確率を延べ稼働時間数万年に一度から、500年に一度に数え直したという。安全だと言い続けていた物を一気に2桁ずらしたことになる。ただ今回の事故の損害を4兆弱と見積もっているが、損害額はもう一桁ずらす必要があるはずである。それらを含めると原子力発電の原価は数円から十数円程度上昇し、火力等との差額はより少なくなるか、または高くなる。会議では色色な計算式が出されたようだが、それにしても、これだけの事故の取り返しのつかなさというものを、算定する方法はあるのだろうか。
一夜にして晩秋となる。今季初めての冬型である。空気は澄み切り一気に寒くなった。午後出社。退社後も直帰す。何だか風が吹き抜ける路地で立って飲む気もしなかったので。星が瞬くあたり空も一息に冬空である。確か、あの日の東北の夜は星が輝く綺麗な夜だったと、幾つもの被災者からの話しで聞かされた。当夜の私は空を観る事は無かったと思う。
10月25日・火曜
現内閣は人事院勧告を無視して国家公務員の給料引き下げに挑むらしい。大体1割弱を下げて復興財源に回すとのこと。しかし国会議員の給料引き下げは9月で終了し、10月からは満額支給と言うから、方方の不満が聞こえてきそうである。ならば労働基本権の回復とセットにして臨むべきであろう。
住宅エコポイントがまだあるので、此処の所福島から連続してお酒を取り寄せる。今日は郡山から焼酎が届いた。東北で焼酎とは珍しいが、地元の休耕田で育てた芋を使った乙類の焼酎とのことである。これで東北急行は45本に達したが、焼酎は初めてである。ちなみにこのエコポイントは昨年の秋に窓ガラスを二重化した際に付いたもので、今季が初めての越夏になった。節電成果の一部は、この二重化にもあったのだろう。
日中は暖かく25、6度に達する。日が暮れてから北風になり一気に冷え込む。時折風で家の節節が軋むほどであった。火曜不出社。一般的には俸給日なのでお誘いの電話もあったが、蟄居し難を逃れた。
10月24日・月曜
日中は曇り勝ちだが気温は高く22、3度はある。午後出社。一昨日も一夜にして大枚を失ったので歳出削減に挑む。今晩は立ち飲み屋が血祭りにあげられ、そのまま直帰とした。閉店間際のスーパーマーケットで半額の惣菜類を購入し事足りたとした。
10月23日・日曜
新聞連載によると、第一原発から30キロ離れた村では、放射能汚染が相当進んでいるにもかかわらず、住民は避難させられずに放置された嫌いがあるとのことである。事故直後から官公庁の者と思われる白装束姿の男たちは、身元を明かすことなく放射能を測定して回る一方、住民が身分や汚染状況を問い正してもはぐらかすばかりで大事な事は何も告げなかったという。結局本格的避難が始まるまで凡そ一ヶ月近くは掛かった。この間政府は安全だと言い続けたが、住民の被曝を放置した責任は誰かが追及し、また誰かが追及されねばならない事だろう。
雨は朝方には止む。大して晴れはしなかったが南の空気が流れ込み日中は25度になり半袖一枚となる。昨夜は飲み過ぎたので今晩は大して飲まなかった。すると寝付くのに結構苦労した。
10月22日・土曜
雨のち曇り。午前中は時折強く降るも午後はやむ。日本が地震と原子力事故に大わらわになっている頃に、中東も大変な事になっており、アフリカ北部の国では有名な佐官が殺害されるまでの事態となった。独裁政権は潰えつつあるが、しかしそれが中東の春という程、温かいものになるかどうかは不透明である。
また一方で謎のアルファベット三文字の貿易協定への参加も取り沙汰されている。貿易が盛んになるとの触れ込みだが、大体最近の日本は輸出で儲かる様な態勢ではない。おまけにこの円高状況で関税が無くなってしまっては、農業国と途上国から安価な製品が流入し、国内産業は大変なことになってしまうだろう。其れに推進派からは、自由貿易と言うバスに乗り遅れるなとの標語が出てくる辺り、何だか益益危ない感じである。
金曜会の別会として鮨の会が催され、知人の鮨店に出掛ける。尤も正確には知人の御両親のお店である。亦鮨店で行う会合を、わざわざ鮨の会と言うのも同語反復の様だから、次回までに、鮨を食べに行く会への改名を提案しようと思う。日本酒持ち込み可と言う事なので、会津と岩国のお酒を持参する。久しぶりに早い時間から飲んだ。その後いつもの立ち飲み屋に回航し飲み直しして帰宅する。幸い雨には降られずに済んだ。