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貧乏卿日誌

2011-11-08

11月4日・金曜

00:49 |

宮古市の瓦礫が遥遥貨物列車で都内に運び込まれる。震災瓦礫を外部で処理するのは、実にこれが初めての事例だという。何処の自治体放射能を恐れた住民の苦情が来て、受け入れに難色を示しているとの事である。

恐らく東京都が一番先に名乗りを入れたのは、あの知事の一声からだろうが、他の自治体首長ももっと真摯に住民を説得し、受け入れを加速すべきであろう。そうでなければ、やはりあの知事が唯一正しい判断をしたという事になってしまう。それは政治過程におけるある種の独善を認めてしまう事であり、即ち住民自治の敗北である。

一日薄晴れで気温は21度に達する。昼間は薄着でもよく、小春より小夏日和と言ったところであった。午後出社。漸く秋になったと思ったら、もう年賀状の発売である。商店街では即売の屋台が出ていた。その内職場にも営業が来るだろう。あらゆる商戦が年年前倒しになる傾向があり、来春から使うランドセルなど夏から売り出している。其れだけ需要が少ないという事なのだろうが、大体年賀状にしてもランドセルにしても売れる総量と言うものは決まっているから、苦しい営業活動になる。

退社後は何処の飲み屋も満員で入るのに難渋した。どの勤め人も昨日休んだ分、飲む気が漲っているのだろう。週の半ばの祝祭日も需要拡大には効果ありと見た。

11月3日・木曜

00:48 |

一日曇りで関東は滔滔晴れなかったが都内も含め全国的に気温は高い。今日は文化の日である。大半の祝祭日は月曜に移動させられ連休となったが、戦前からの休みは暦通りの設定である。確か本日は明治節に当たる筈だが、戦後は文化国家・平和国家を目指すという事になり、文化の日になった。とは云うものの文化らしい行事は一本も無い。眼にするのは近代文明のぶっ壊れた姿である。

自転車で近所の古本屋を巡る。午後7時半過ぎに茨城で震度4。都内も結構揺れた。

11月2日・水曜

00:48 |

被災地の地価調整率が公示され、津波被害のひどい所は7、8割引きとされた。相続税等の減免の意味合いが強いが、地盤液状化した浦安なども4割引きとされる。第一原発周辺は算定困難とされ10割引き、つまり評価ゼロとなった。土地の評価が下がると担保としての価値も下がる為、諸刃の剣の様でもある。

 第一原発二号機から放射性キセノンが検出される。キセノンと言われても何の事だか分からないが、焼け落ちた核燃料が再び核分裂した可能性があるとの事だから、まだまだ安心は出来ない。早速核分裂を抑える為の硼酸水が注入される。思えば硼酸など、小学理科の溶解の実験と油虫の退治と目を洗う以外の使い道があるのだから、何だか不思議である。出来れば世界中の人人の目と云う目を洗って、原子力の危険性を直視させれば良いと思う。

 一日晴れ。気温は20度にもなる。午後出社。授業終了後に臨時の個別授業が入った為、退社は10時半になる。お蔭で飲む時間が短縮され、お金も体力も温存される。

11月1日・火曜

00:47 |

世田谷スーパーマーケットの敷地から多量の放射線を感知したとの通報があり、地面を掘り返してみたところ、ラジウムの瓶が見つかったそうである。何でも近辺では40年近く前の造成工事の際に何でもかんでも廃棄物を埋め立てていたと云うから、その際に瓶が紛れ込んだのだろう。とんだ発掘騒ぎとなった。通報したのは、恐らく市販品の線量計を持った区民であろうが、市販品であっても結構な性能であると感心する。

月が代わり今度は節電冬の陣の開始であるが、冬の電力使用の峠は夕方から夜にかけての暖房使用だと云うから、この間の暖房を電気暖房からガス・石油暖房に切り替えればよく、達成は割と容易であろう。

冷房はごく最近の発明だが、暖房は人類が火を発見して以来の長い経歴を持つ。尤も人類の長い経験からいえば、石炭・石油の類を燃やすのも云わば邪道で、そもそもは木を燃やすのが本線なのだが、薪ストーブと言うのもあるにはあるが、今となってはこちらの方が贅沢である。其れに日本の家屋は夏向きに風通し良く建てられたので、建物に断熱性が無く冬は可成り寒い。而も暖房も精精炭を焚いて手足を温めるという部分暖房が主で、部屋や家全体を暖めると云う発想は生まれなかった。となると、少なくとも関東以西の平野部程度の冬の寒さは、厚着をした上で火鉢や炬燵や行火や懐炉に当たって凌ぐと云うのが本来の姿であろう。

エアコンによる全体暖房をやめ、電気炬燵と電気行火にすれば電気使用量は相当抑えられる。亦電気暖炉つまり電気ストーブの類は暖房効率が良くないからいっそ此の際禁止すべきである。ちなみに私は毎晩アルコール式の内臓暖房を焚くので、冬場に拙室の暖房器具を使うことは殆どない。

火曜不出社。天気は快晴で暖かかったが、朝晩は其れなりに冷えた。8月末頃に切った木がもう伸びて来ていて再びの剪定作業に取り組む。思えば太陽と植物の力は凄まじいものがある。

10月31日・月曜

00:46 |

食品の残留放射能の暫定数値は、来年の3月に向けて改める事になり、大方現行の十分の一程度になるという。事故から1年近くたって漸く改定の運びとなった。またお米からの放射能の検出は当初心配された程の水準ではなく、大半がゼロとのことである。となるとあとは消費者の度量と連帯意識の問題である。

一日快晴だが冬型では無い。非常に暖かかった。午後出社。退社後はいつもの巡回路を往く。立ち飲み屋のメニューには生牡蠣が登場した。三陸産がないので今年は非常に値段が高いとの但し書きがあった。

10月30日・日曜

00:45 |

除染によって掻き集められた土砂などを保管する放射性物質の中間貯蔵施設は、結局福島県のどこかに造らざるを得なくなった。3年後を目途に完成させる方針が明らかにされる。また最終処分場は福島県外に設けるとの方針だが、其れはそれで難しい事になる。

一日曇りで午後から小雨が降る。雨の降る前に久久に伯母の所に行く。始終電話が掛かってくるからそうとは思わなかったが、実に3ヶ月ぶりの訪問である。齢91ともなると頭の中は益益錯綜して甥の私を自分の弟と間違えしているようである。行き成り50近くも年上に見られた訳だが、年寄りの間違いを一一訂正しても仕方がないので其のままにしておく。弟とは即ち私の父だから、やはりどこか似ているのだろう。それに伯母の施設に家人全員で行くことは無いから、別別の身内がばらばらに来られると、伯母としては混乱に拍車を掛けてしまう様である。

10月29日・土曜

00:45 |

連日の胃腸の酷使からか日中何度も上厠す。一日家に居たからよいが、こういう日に外出すると辛いだろう。使い慣れた勝手知ったる厠があることに感謝す。亦避難生活で最も困る事の一つは厠であると言うから、感謝もひとしおである。

一日晴れ。昼の気温は20度程度。上厠の合間合間に、冬に向けて猫小屋を直す。外猫の為の発泡スチロール箱の貸家だが、少し狭くして三匹で寝るには丁度良い大きさにした。自宅が彼や是やと弄られて、猫達は心配そうに寄って来たが、家賃は現状維持であることを真顔で伝え借家人達には安心してもらった。