2011-11-24
11月20日・日曜
早朝から小さな地震が幾度かあり心配していた所、午前10時過ぎに茨城北部で震度5強。都内も一回ずしんと揺れた。天気は晴れだが夕方から北風に代わり、その際一雨来た。
午後は先週に引き続いて臨時出社。退社後は知人と職業野球を観る約束を取り付けていたが、先方に急用が出来て取りやめとなる。何処の店で観ようかと、昼から中継が見られる店をあれやこれやと詮索していただけに、残念な結果となる。仕方なく自宅で観戦す。猫にも手拍子をさせ真面目に応援したが中日球団は敢え無く敗れ、本年の職業野球は全て終了となった。負けたのは悔しいが、これで職業野球に振り回されなくなるのは有難い。
11月19日・土曜
一日雨。午後は南風が吹き付け一時激しく降る。南風なので外は気味が悪いほど暖かくなり、窓硝子は外側が曇る。一日外出せず。夕餉には早速新酒を登場さす。併し牛肉と馬鈴薯の煮つけに煎り豆腐と云う献立には葡萄酒は中中合わず、家人からも散散の不評を受ける。結局福島の吟醸酒を追加登場さすこととなった。
宮城県内での改葬が全て終了したと紙面にあった。改葬とは、震災直後に土葬された遺体を掘り起こし火葬にすることで、震災後8カ月で漸く完了した事になる。
11月18日・金曜
一日曇り。午後出社。定期試験は半分は終了したので、職場環境は少し落ち着く。酒屋に勤めている塾の卒業生から、仏蘭西の新酒を売り込まれる。立場上致し方なく購入す。一本1200円余り。ラベルには航空便とあったから、新酒の解禁日に合わせて空路で運び込んだ物である。通常民間旅客機にはお客の為のお酒は積んでいるが、今回はそのお酒がお客で、飛行機を態態仕立てて飛んでくるから、価格の半分は航空運賃であろう。其れに円高と原子力事故のお蔭で日本から運び出す品物も無いから、帰りは空荷かもしれない。となると帰りの運賃も少しは掛かっているのかもしれない。
頼みもしないお酒に、頼みもしない運賃が付加されているから勿体無い買い物である。そもそも葡萄酒など滅多に飲まないので、未だに旨いのか不味いのかさっぱり分からない。退社後は金曜会に途中参加。帰宅は深夜となる。
11月17日・木曜
朝は11度、昼は17度まで上がり、風が止んだ分昨日より暖かく感じる。午後出社。愈愈試験が近いので、あらゆる中学生が救いを求めて押し寄せ、土用の丑の日の鰻屋、大晦日の蕎麦屋、盆前のみどりの窓口のような忙しさとなる。普段から勉強しないからこういう事になるが、お客様を突き放す訳にもいかず、あれこれや課題を与え答えを合わせて回った。退社後は、ぐったりと立って飲んで早めに帰る。
福島市の米からセシウム検出。検出されたのは、福島市東部の小さな集落が点在する山間の田んぼの米だと云う。周辺の農家は不検出だそうだから余程濃いセシウムが降ったのだと思う。出荷停止区域は最小限とされた。毎度のことで、汚染の度合いは毎日食べても影響は無いレベルだと云う発表が付け加えられた。
米の全量検査を求める声も出ているが物理的に不可能だろう。あらゆる農作業が自動化された時代でも、米作りは水の管理が必要な分まだまだ手間が掛かるという。米と云う字はね…という例の説教臭い口上を持ち出す積りは無いが、一つ手間を増やしてしまった。八十九番目は残留放射能の検査である。
11月16日・水曜
朝は10度程度まで下がる。天気は快晴。昼は16度程度。被災三県の日本酒の出荷量は、前年より大きく伸びたと伝えられる。応援消費の効果だろうが、宮城が4割増なのに対して福島は1割弱の伸びと云うから、言わずもがなの事態である。これから今年の米を使った仕込みが始まるが、となると来年の方が心配である。また茨城は多くの酒蔵が被災したにもかかわらず、応援消費が少ないと嘆いているというから、これからは茨城急行も運転しようと思う。
午後出社。中学三年生の国語の教科書には大抵魯迅の「故郷」が出ており、本来国語は担当しないが定期試験対策の為久久に読む。従来、閏土や豆腐屋小町こと楊二嫂の変わり様は、近代中国が方方から背負わされた苦しみとして、背負わせた方の末裔としては心苦しく感じつつも、何処か遠い歴史絵巻のようには感じていた。今読み直してみると、彼らは将来の日本の姿かもしれないと少し戦慄を覚えた。堂堂とした貧乏ならまだいい。卑屈な貧乏が増える事は避けたいものだが、数度の経済危機と政治と税制の失敗を経たら、どんな世の中になるか知れたものではない。
退社後は、麦酒二杯に焼酎お湯割り一杯をお腹に詰め込んだが、その割合では冷却効果の方が大きく、震え上がりながらの帰宅となった。亦職業野球日本一を決める決定戦では昨日今日と連敗して仕舞い、尚寒かった。この時期まで職業野球に集中できるのは贔屓のチームが強いお蔭だが、半年に渡るリーグ戦をし、その後の優勝決定戦にも勝ち上がり、そして日本で一番のチームを決める連続試合となるが、勝てば勝つ程、強い相手チームが出て来るのだから、何だか馬鹿馬鹿しく思えてくる。
勝っても負けても活躍すれば選手や監督は給料も増え、関係者には超過勤務手当ても出るだろうが、一介のファンでは毎日あれやこれやとやきもきさせられた上に、勝ったら勝ったで知人にお酒を飲ませなくてはならないし、負けたら負けたで、平素なら何でもない穏やかな筈の晩秋の一日が、不幸のどん底の様な終わり方をする。そしてついお酒を沢山飲んで翌朝は具合が悪くもなる。無闇に勝ち続けてこの時期まで試合を観させられても、ファンとして良い事は何も無いと思った。
11月15日・火曜
ほぼ一日曇りで大して晴れなかった。昼の気温は15度程度。火曜不出社。折角出した電気炬燵だが、肝心の炬燵布団がつんつるてんの物しかないので買いに行く。3000円也。夜から冬型が強まり月と星が出て来た分寒くなる。夜更けに見上げると、満月ではないが、いい月であった。本来ならこの時期の月を名月と云い芒と団子で飾るべきであろうが、寒くては観月どころではない。
11月14日・月曜
津波と原子力事故に隠れた感があるが、先の地震による長周期振動の被害も大きかったと改めて伝えられた。気象庁は研究に乗り出すそうだが、遠くは関西でも高層建築は大揺れで、昇降機は故障し家具や複写機等が動いて散散だったらしい。東京湾岸地区の液状化も酷かったが、何だか震災後のどさくさで軽視されてしまった様な問題も多多あり、少しずつ掘り起こしていく必要はある。また前政権の鳴り物入りで作られた復興構想会議は、先頃最後の会合をひっそりと開いたそうである。前首相共共既に忘却の彼方といったところであるが、まだあの日から8カ月しかたっていない。
午後出社。夕方から雨が降り空気が冬型に入れ替わる。復路自転車急行強行運転。左手で蝙蝠傘を差し、右手でブレーキとシフトレバーを操作すると、警笛ベルを鳴らす事は出来ない。夜更けの交差点はどんな物が飛び出して来るか分らないから、口で警笛を鳴らす用意をしなければならない。折角鳴らすからには電気機関車の鳴き声の様にピィーと郷愁を誘う良い声で鳴きたいから、常に唇を尖らしておく。併し残念な事に何にも飛び出して来ないので口寂しい事この上なし。仕方なく無駄に数度吹鳴する内に終点に着いた。
11月13日・日曜
天気は薄晴れで終日暖かかった。日曜出社。講習期間以外では極めて珍しい日曜出社である。と云うのも中学3年生にとって二学期の期末試験は一番大切なので、こういう運びとなった。尤も家で勉強しない子は塾に来ても同様で、大した効果が上がるものではない。要は焼け原に柄杓で水を撒く様なものであるが、それでもやらないよりやった方が多少は良いに違いない。6時にはお仕舞いにして、方方の飲み仲間を誘って早い時間から飲む。どちらかと云うとこの日の後半の行事の方が主である。となると子どもらは単に酒飲みに付き合わされたと云う事になるが、当人たちは知る由もない。
11月12日・土曜
事故後の第一原発に報道機関が初めて入った。今までは映像と云えば関係機関が撮影した物か、作業員が隠し撮りをした様な物しかなかった。只取材とは云うものの、安全に考慮した結果、専用バスに乗ってひと回りしただけで特に目新しいものはなし。第一原発では今でも3000人が後片付けの為に働いていると言う。
午前中は晴れ。午後から曇りがちになる。気温は20度を超え暖かい。部分暖房を強化すべく電気炬燵を数年振りに引っ張り出し居間の中央に据え付けた。洋間に炬燵は貧乏ったらしいと云う事で此の処はお蔵入りだったが、今年は活躍してもらおうと思う。
その作業の合間合間に職業野球を観戦。各各のリーグを制覇したチーム同士の優勝決定戦だが、今年は震災の影響で二週遅れの開催である。相手チームの偶像は白い犬だから、対抗して此方は白猫を抱いて応援する。両前足を操られ勝手に手拍子を打たれてシロは迷惑そうな顔をしていたが、暫くは犬の様に大人しくしていた。
犬がいいか、猫がいいかは、長年結論の出ない論争だが、犬と猫を両方飼った経験から云えば、猫の飼い主の方が概して高級であると云える。犬は飼い主に合わせるが、猫は飼い主が合わせなくては懐かない。三日の恩を忘れない犬を可愛がるのは云わば順接の接続詞の用法と同じで、御恩を色色と与えても一向に素気ない猫を可愛がるのは逆接の用法である。文章でも人間でも逆接の方が複雑で面白みがあるのは云うまでも無い。