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貧乏卿日誌

2011-12-20

12月16日・金曜

00:32 |

一日晴れ。神経痛予防の為の漢方薬を飲んでいた家人の血圧が急上昇し、朝から大騒ぎとなる。何でも漢方の中の甘草が、腎臓の働きを邪魔するらしく、血圧が上がるのだと云う。直ちに服用を停止さす。血圧が元に戻るまで一週間は掛かると医師には云われが、家人は血圧の値を見ただけで卒倒し、寝た所で如何にもならない筈なのにお午前から寝込む。カンゾウがジンゾウを悪くするのでは洒落にもならず。神経痛が重くて死んだ人はいないが、高い血圧は毎年何万人も殺しているから、此処は痛みに耐えるより他は無い。

騒ぎが治まったのを見て、世田谷ボロ市に行く。大して買うものなど無いが、毎年一度は端から端まで観なくては気が済まない性質だから、こういう事になる。平日の午前とあって人出も少なく早足で歩けた。

午後出社。仕事が立て込み退社は10時半となる。二杯ほど飲んで帰宅す。

12月15日・木曜

00:25 |

奇跡の一本松こと陸前高田の海岸で唯一残った松の木は手当ての甲斐なく、滔滔枯れてしまったとの見解が明らかにされる。今の処立ってはいるが、養分が行き渡っている見込みは無いとのこと。幸い子孫をあちこちで育てていると云うから、復興を見守る役目は後代に譲ることになる。

今日から年賀状の受け付けも始まったが、被災地での年賀状の売り上げは例年の1―3割減だという。身内に不幸がなかった人も住所録が流されて仕舞い、葉書を出しようがないと述べていた。全国的に年賀状の文面も御目出度う等の文言を避ける傾向にあると云う。

一日晴れ。非常に暖かくなる。日中は15度以上。瓦斯御使用量のお知らせが来る。前年同月比8割増。金額にして5000円も多く居間のストーブで轟轟と燃やしてしまった事になる。こんなに沢山買えば、普通の商売人なら沢山のお買い上げ有難うございますと挨拶もされようが、無愛想な事に公企業と云うものはそういう事はしない。其れにしても、何処かの誰かに核燃料を燃やさせて作った電気でエアーコンディショナーを動かすよりよっぽど良い。瓦斯を燃やすと部屋の空気が悪い感じがするが、気持ちの上では却って素っきり晴れ晴れである。午後出社。退社後は一杯だけ立って飲んで帰る。

12月14日・水曜

00:24 |

第一原発からの避難者の外部被曝量が推定される。年間限度を超えたのは半数程度との判定だが、やはり避難が遅れた北西部の住民の被曝量は大きいようである。むろんいずれの場合も健康に影響は無いとの見解が付け加えられることとなったが。

 常磐線の一部区間が来週にも復旧す。併し東京からみて手前は原子力関係で復旧作業にすら入れず、また先の方はまだ工事中とのことだから、飛び地状態での運転となる。取り残された車両は整備不良で走れず、また線路が何処にも続いてないので、別の車両をトレーラーで運び込んでから運転するとのことである。

 朝方に小雨。以後曇りで一日寒くなる。午後出社。退社後は寒空の下、燗酒をたっぷり内臓に入れて帰った。

12月13日・火曜

00:23 |

今日も晴れて暖かくなる。火曜不出社。此処の処あんまり外でお酒を飲まないので、お金に少し余裕が出て来た。有り余ったお金を小脇に抱え、新型の電球を買いに行く。LED電球で一個950円也。早速食堂の電球と交換す。消費電力は7ワットで、白熱球の60ワット分光るそうである。尤も食堂の電球も既に蛍光灯換装してあるので、省電力効果は低いが、点けた瞬間にぱっと明るくなるのが良い。一昔前まで、蛍光灯とは頭の働きの悪い人の比喩だったが、点灯管を用いないものが出回り、点灯は早くなった。だが点灯は早いものの、明るくなるのに時間が掛かるのが難点で、最新のLEDにはそういう事も無いから大したものだと思う。ここは国を挙げて、エジソンから数えて三代目の灯りの恩恵に浴するべきである。

12月12日・月曜

00:23 |

一日晴れ。朝は5度程度、昼は14度に達する。ここ数日微震多し。午後出社。生憎いつもの立ち飲み屋は混んでおり、人を掻き分けながら飲む気もしなかったので、其のまま帰宅。残り物の惣菜を買って帰る。鯛の刺身とスペイン風混ぜ御飯を買って500円で済んだ。尤も家で麦酒と日本酒焼酎を500円分ぐらいは飲んだから、そんなに得をした訳でもない。

12月11日・日曜

00:22 |

一日晴れ。最近東の方に行っていないので少し出かけた。東と云っても東京下町の方である。最寄りの私鉄駅からの電車は全列車地下鉄直通である。元元その地下鉄は変な所で行き止まりだったが、何十年もかけて東の方へひょろひょろと伸びて行き、数年前に全面開通した。乗り換えなしで城東地区まで行く様になったが、都心を越えてしまうと沿線としての一体感と云うものは全くない。新しい電波塔の周辺を闇雲に歩いたが、街並みも歩いている人の風体も世田谷とは違うから、丸で外国に行った感じである。併し面白そうな店には行き当たらず、明るい内からお酒を飲む様な事も無かった。両国からJRに乗って帰った。

 震災から9カ月がたった。あちこちで慰霊祭が営まれた。児童と教員の大半が津波にのまれた小学校では、遺族の要望で壊れたままの校舎にクリスマスツリーが飾られたそうである。この小学校の話など余りに悲惨過ぎて思い出したくもない。本日付の死者は1万5841人。行方不明者は3490人。

12月10日・土曜

00:22 |

一日晴れ。日中は12度に達す。土曜不出社。大きな外出もなし。珍しく皆既月食になると云う事で、夜はあんまりお酒を飲まずに待機する。一時間掛けて押入れから探し出した双眼鏡で覗くと、煌煌と照った満月が、次第に隠れ朧月の様にぼんやりとなった。尤も双眼鏡がなくても十分観られたから、月の観測はお金が掛からなくていい。手元の双眼鏡は四半世紀前に買ったものである。小学生の頃は、有名な彗星か何かが来て、皆挙って望遠鏡やら双眼鏡やらを買いに走ったものだが、最近はそういう事を聞かない。皆自分の足元が段段危なくなってきたので、遠くの天体を観るどころではないのだろう。思えば80年代とは呑気な時代だったものである。

12月9日・金曜

00:21 |

小雨が朝まで残り午前中は曇る。朝は2、3度まで下がった。関東の山沿いでも小雪が舞ったそう。国会は今日で閉会。一応震災関連の法案は通したが、公務員給料の引き下げなどの重要法案は尽く棚晒しとなる。失言の続いた閣僚の問責決議案を可決し、漸く野党は溜飲を下げた。

 昼過ぎには太陽が顔を出すも、既に斜めになった態勢では大して暖まらず。東京電力管内では午後5時台に4500万キロワット、電気使用率94%を記録す。使用率は震災後最高の水準だと云う。寒い時期に電気暖房を減らすのは大変だろうが、せめて方方の白熱灯を何とか出来ぬものかと思う。光っているだけで忌忌しく思う。

午後出社。退社後は立って飲んだ。立ち飲み屋は外気の流入が絶えずあって寒いから、幾杯飲んでも内臓暖房の効きは悪い。亦帰宅後は部屋に籠り、溜まった日誌を書いたが、気温10度の拙室では25度の焼酎を割らずに飲んでも暖まらず、其れに大して酔いもしない。何時もの通りに酔わないから、書き進むことは書き進んだが、仕舞には耳たぶも冷たくなり手も悴んで鍵盤が上手く打てない程となる。

12月8日・木曜

00:20 |

午後から冷たい雨。日中でも7、8度と云ったところ。此の処お天気が続かない。第一原発では汚染水の持って行き場が愈愈無くなり、浄化した水を海へ放出することが検討される。当然漁業関係者が反対の陣を張ることとなる。汚染水は雨水地下水の流入でどんどん増えていると云う。今までタンクを増設して凌いできたが、無尽蔵に溜めて置けるものでもない。

 居間のエアコンを全面停止した結果、この一ヶ月の電気使用量は前年比約3割減の6700円となる。その分瓦斯代は上昇した筈だが、これは倫理の問題であるので、総支出で損した得したで計るべき事柄ではない。木曜定時出社。同退社。居間の炬燵で暖まり内臓暖房が切れない内に布団に入った。

12月7日・水曜

00:20 |

10兆余りの復興国債が売り出され、全体の約1割が個人向けに販売されると云う。1万円から購入出来、購入者には財務大臣の感謝の手紙が付くというが、投資や貯蓄ではなく、情に訴えて来るあたり、愈愈この国の財政も危ない感じである。

大手乳業会社が製造した粉ミルクからセシウム検出。原乳は外国産だそうで、製造過程でセシウム交じりの外気が入って汚染された可能性が指摘される。工場は埼玉にあり、製造は3月の事故直後だと云うから、関東地方の多くでそんな感じだったのだろう。二本松の米からもセシウム検出。いずれの場合も健康に支障は無いと云うが、この判で押した様な文言も聞き飽いた感がある。

日中晴れ。午後出社。退社後は割と遅くまで立って飲んで帰った。