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貧乏卿日誌

2011-12-30

12月27日・火曜

22:09 |

お午前の出社。授業中、決壊したように喋りつづける生徒がいる一方、一言でも喋ったら損だと云うように黙り込む生徒もいる。黙りこくったまま辞められると困るので、30代半ばが10代前半におべっかを使わなくてはならない。先生と先生と崇めたてられているようでも、実態は一介のサアビス業であり、時には幇間の様な事もせねばならないので尚草臥れる。

政府はいよいよ再来年からの消費税の増強を試みる。増税財政破綻かという困難な二者択一を突き付けて。事を税金に限れば、後の時代から考えてあの頃はまだ良かったと云えるのが、正しく今であると思う。幸運な時代の最後の最後を噛みしめながら、これから日日のお酒を飲むことにしたいと思う。

退社後は一杯400円のたんめんを平らげた後、普段の店に転進し一皿350円の馬刺しを立って食べた。馬の御命を其のまま頂戴したお蔭で全身が発熱し帰り道も寒くなかった。新手の暖房方法だと思った。

12月26日・月曜

22:08 |

この冬一番の冷え込みで都心でも初氷を観測。昨日に続いて早朝から出社。別に早起きせなければならないと予め分かっているから、取り立てて辛い事は無し。8時半まで仕事し、少し飲んで帰った。

12月25日・日曜

22:07 |

日曜だと云うのに早朝出社。今日から冬の講習である。冬の講習と云うと受験勉強も大詰めと云った感じがするが、此の処真面目な受験生も大していないので職場に緊張感はない。ただ風邪の欠席が幾つかあり、講習というのは冬にしろ夏にしろ気象条件が厳しい時期に態態やるから、体調が悪化することもあるだろうと思う。ならば平素に講習をやればいいが、学校が休みにならない限り講習はやれない。年に三回の講習をやらないとこの業界に殆ど儲けはないから、学校とはとんだ場所塞ぎであると思った。

一日晴れ。但し非常に寒い。スカッと晴れて宇宙まで見えそうな感じで気持ちが良い。併し燦燦と陽が差していても大して暖かくない。将に関東の冬と云う感じがする。夜まで仕事して退社後は2000円ほど立って飲んで帰った。

12月24日・土曜

22:07 |

来年度の基礎年金の支払いに必要なお金が2兆円も足りなくなり、政府は交付国債を発行することになった。確か昨年は埋蔵金を掘り起こして凌いだ筈だが、滔滔鉱脈も掘り尽くしてしまったので、今年は聞いたことも無い国債を発行することにしたそうである。聞けば将来の増税分の前借りだと云う。滔滔そんなものまで発行することになったのだから、立派なものである。また宮城岩手避難所がすべて閉じた。あとは福島で十人ちょっとが暮らしているという。

日中は晴れた分昨日より暖かくなる。今晩も家人と過ごす。時節がら洋食にした。一本398円のチリの葡萄酒と、一缶95円のベルギー節税麦酒を飲む。どちらもそれなりに旨いから驚く。南米では葡萄は幾らでも育つから船賃と関税を払ってもこの価格で其れなりに旨いものが来る。このままでは国産のお酒も麦酒も悉く危ない気配である。

此の処食糧自給率は下がった下がったと云われているが、そもそも戦前は米の自給すら出来なかった。国民が白米ばかり好んで食べたので、米の三割は亜細亜各国から掻き集めていた。戦中戦後の食糧難は、戦争の影響で生産が下がったことも確かだが、それらの国国からの船舶輸送が途絶えたことが大きい。

これからの時代にお船がぶくぶくと潜水艦に沈められるような事態は考えにくいが、石油の価格が上昇して船舶が思うように走れなくなった時はかなり怖い。幾ら世界が平準化されようともお船が走らなければ、何にも運んで来られないし、自動車も走れない。今なら本を一冊注文しても配達屋さんがすっ飛ぶようにして届けてくれるが、物の流れがおかしくなったら、何処かの港か農村に食料を一一自転車とリヤカーで取りに行く様な事になるやもしれぬ。其れにその数十分の一の規模の事態なら、つい9か月前に皆が経験した。

12月23日・金曜

22:06 |

午前は曇り。午後から少し晴れたが、北から風が吹きたいへん寒い。北風は枝にしがみ付いた最後の葉っぱを容赦なく捥ぎ取って行ったので、落ち葉が大量に降り積もる。日中何度も掃き掃除する。祝日の為不出社。晩は家人と鍋を囲んだ。特筆すべきことは何も無し。一切の暖房機器具を撤去した拙室は8度まで下がる。靴下を履きトレーナーを重連にし其の上にジャンパーを着ても寒い。40度のウヰスキーを其のまま流しこんでも体内は暖まらず。

12月22日・木曜

22:05 |

一日曇り。昨日に増して寒い。日中でも7度前後と云った感じ。食品の残留放射能についての暫定基準は、許容量を概ね現行の十分の一とした本基準への改定作業が続く。施行は来年だが、此れには殊に干し椎茸業界から物言いがついた。理由は尤もなことで、椎茸は乾燥させると重量は十分の一になるのに、単位量当たりの許容量は同じだから、既に生椎茸と比べて十倍損している。その上規制が十倍強化されれば、他の食品に比べ百倍も規制が強化されることとなる。これは程度の差こそあれ、お茶や干し柿等も同様で、乾燥食品は尽く損な役回りで、全く気の毒な話しである。

午後出社。講習の準備と通常授業を同時並行さす。また休前日とあり会社関係の忘年会も多かったようであるが、多くの諸氏と普段同様立ち飲み屋で再会するあたり、どちらも一次会程度でお開きとなったようである。

日付が変わる頃に帰路に就く。帰宅後は猫の出迎えを受けた。犬と違って大口開けて寄って来る事は無いが、庭に並んで正座しているあたり、猫の兵隊の閲兵を受ける様でもある。人民猫軍の総大将として此処は何か恩賞を下賜せねばならないと思った。寒空に真っ裸では可哀そうだろうとシロを炬燵に入れてやった。頭だけ出して全身を炬燵布団に包んでやったが、ご厚意には感謝しますが其れには及びませんと、手を離した瞬間に出て行った。推定年齢は一歳半ぐらいだから、人間でいえば陸士や海兵に入る年頃である。血気盛んと見えてそれは無用の心配であった。

12月21日・水曜

22:05 |

曇り時時晴れたが日中でも10度に届かず。国は東京電力の発行株式の大半を買い取り、実質国有化するとの方針を示す。賠償金の支払いと数十年にも渡る廃炉作業の経費を考えれば、既に債務超過であるから仕様がない。原子力発電の連帯保証人日本政府だから、税金の多額投入も避けられないだろう。東電社員の給与公務員並みになるだろうが、それでも相当な高給取りである。二昔前の刑事ドラマを見ると、安い給料で命を張っている云云と刑事がぼやくシーンが必ずあったものが、官民の給料は此処二十年で逆転したから、最近はそういう事は聞かない。我が貧乏学院は命に関わる様な勤務は無いが、実質的には常に債務超過である。いっそ国有化してくれると助かる。この年齢で公務員への華麗な転身が果たせる。

午後出社。生徒向けの年賀状を一気呵成に書いて出す。退社後は立って飲んだ。割と早めの退店だったが、まだ11時過ぎだというのに駅前広場には誰もいない。大概この時間には、お行儀の良くない若者と四六時中お酒を飲んでいるお年寄りが屯している筈だが。道端を行き交う勤め帰りの酔客も少ないと感じた。

寒さのせいで皆家に閉じ籠れば、街頭の暴力沙汰は大部減るだろうと思った。だが、世の中の暴力の総量というものが季節に関係なく存在するとしたら、今頃は家庭内の暴力が増えていることになる。彼方此方の家から物を壊す音や家人の悲鳴が聞こえてきそうだが、幸い最近の家は気密性が良くなっているから外は至って静かである。

12月20日・火曜

22:04 |

やはり其れでは拙かろうと思い、再びLED電球を買いに出かける。一個777円。2つを手に取り会計場に並ぶ。歳末大売り出しと見えて列は長い。多くは子ども向けの玩具を抱えた母君だが、その列の中に電気ストーブを抱えたお客が二人もいる。一台1980円で、最大使用電力は800ワット。この電球は一個5ワットとあるから、二台点けられたら320個分になる。同じ電力を使うにしても新型のエアーコンディショナーならもっと暖かいだろう。而し態態電気ストーブを買わねばならないのだから、それ相応の特段の事情があるに違いない。彼らの分まで精精節電せねばならないと思った。一日晴れだが、冬型が強まり北から風が吹きつけ一層寒く感じだ。火曜不出社。

12月19日・月曜

22:04 |

関西方面では本日より節電要請を1割に強化。大半の原子炉が停止しているからとの理由だが、此れは一種の我慢比べである。節電はもう辛いから、原子炉を早く動かしてくれと云う声が出るのを、電力会社は期待している様でもある。

お午になった途端に、隣北の国の指導者が急死したとの報が伝わり以後大騒ぎとなる。只死んだとの知らせ以外に取り立てて騒ぐ種も無い。其れでも各放送局は識者を総動員して、死後はああなるこうなると予想して回っていたが、大体死後の世界と云うものは皆目見当がつかないものであり、それは大物指導者でも一庶民でも変わることは無い。

この件で一番割を食ったのは大阪の新市長であろう。選挙後初登庁の日だったが、この話題は何処かにすっ飛んでしまった。その市長は府知事を辞めてまで、態態市長になった変わり種で、始終威勢のいい発言が目立つが、詰まる所、公務員を叩く以外に然したる目的は無い様である。何処の国も自治体もお役人を好き勝手にさせておくと、市民の怒りを買い、仕舞にはこういう青年将校張りの人物が首長になる。お役人も急に給料が減らされては困るだろう。そうならない為には、平素からお役人は引き締めて措かなくてはならないと思った。

午後出社。職場のこの一ヶ月の電気使用量は三割減、金額にして1万3000円であった。退社後は其のまま帰宅す。此の処寒さに体が慣れてきた感じだったが、夜は流石に冷えた。恐らく翌朝は2度程度に下がるであろう。

12月18日・日曜

22:03 |

一日晴れ。前夜は三時間半で大枚が飛んで行った。予算が尽きたのでLED電球の配備計画は三個で一旦中止となる。とは云うものの、稼働時間の長い主要電燈にLEDを投入したので、余った蛍光灯を玉突き式に納戸に追いやり、拙宅の白熱電球は全面廃止となる。一日大きな外出は無し。

第一原発周辺では多くの動物も取り残された。家畜は概ね半分は飢え死にしたという。一方牛舎から逃げた牛は野牛となり闊歩し、飼い主のいなくなった犬猫は好き勝手に繁殖し子犬や子猫が生まれたという。逃げ延びた牛などは、道端の草を食べて却って長生き出来て幸せかもしれないが、草を食べられない犬猫の境遇は悲惨である。又牛は主に黒毛の肉牛の為、原発帰りの作業車との衝突事故も起きている。真っ黒だから、夜は闇と同化して非常に見え辛いという。

12月17日・土曜

22:02 |

原子炉と云うものは動かす時より止める時の方が難しいと言う。制御棒を突っ込み核分裂を落とし、水をぐるぐる循環させて冷やす。核分裂と発熱がゼロになる事を冷温停止と言う。昨夜首相が会見し、第一原発冷温停止を宣言した。尤も溶けて壊れてしまった原子炉に今更冷温停止は無いから、冷温停止に状態と云う接尾語を付けて誤魔化していた。当然各方面から物言いがついたが、新たな核分裂は起こらない事らしいので、一先ずは沈静化したと云う事なのだろう。どろどろに溶けた物が取りあえず冷えた事を指す何か良い用語は無いかと思案したが何も浮かばず。

一日晴れ。午前中は川崎の伯母の家まで自転車を動かし、四国の親戚から送って来た品物を取りに行く。夕方から立川の知人の店に行き、終電間際まで飲んで帰った。年末の飲食店は書き入れ時な筈だが、三時間半居てお客は私と月波君の二人では何だか気の毒である。此方は散散飲む以外に貢献方法は無し。