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貧乏卿日誌

2012-01-10

1月4日・水曜

11:38 |

首相年頭会見。お口を開けば消費税の話しだから、関心は薄し。震災瓦礫は愈愈太平洋を横断し、カナダに達し始めたという。現地では、瓦礫とは云っても元は家屋や家財などの大切なものであるから、丁重に片付けようとの声が出たそうである。他国からの漂流物に態態敬意を払っていただき、恐れ入る限りである。自国の物でありながら、あれは嫌だ此れも厭だと云う国とは偉い違いである。

与党は小分裂しきづな党との珍妙な新党が結成されたという。絆は最近流行の言葉だと云うが、本来は縁も所縁も絆も無い人人が助け合いお金を出し合うのが社会と云うものである。絆とは地縁血縁で固められた村落共同体への退行を意味する。見よ、原子力関係のお役人と学者先生方と電力会社殿は実に固い絆で結ばれているではないか。

今日から講習も再開し早朝から出社。8時半まで授業す。退社後月波君が訪ねて来たので飲んで帰る。連日の飲み過ぎで調子が悪いので今日は麦酒だけにしたが、もう飲みたくないと思っていても、飲むとそれなりに旨く感じるから不思議である。飲むと却って調子が良くなるようだから、私も愈愈第一級の酒飲みの仲間入りである。

1月3日・火曜

11:32 |

金曜会の遠足企画として学生駅伝を見物す。と云うのも金曜会の中に熱心な南海大学の卒業生がいて、毎年恒例とまではいかないが、こういう事になっている。とは云うものの我が鳳生大学は連年の予選落ちで発走は無し。鶴見の中継所まで出掛けた。そもそも私には運動を見ると云う習慣がなく、職業野球をお義理程度に見る限りであるので、金曜会に入らない限り駅伝見物など一生縁のないものだった。見聞を広げる機会を与えて頂き有り難いと思う。沿道は結構な人の出であったが、此れも駅伝を見る限りは只だからであろう。お金のかからない物ばかりが繁盛してもらっても困る。

繁繁と見物していると歩道を一台の自転車が通り掛かる。この先は中継所なので通り抜け出来無い旨を警備員が伝えると、初老の運転手は激高し、通せ通すなと言い争いを始めた。周囲の観戦客も飽きれ顔で観ていたが、私としては駆けっこよりこっちの争いの方が面白かった。

その後、総持寺にお参りし彼方此方の飲食店に襷をつなぎ、帰宅は11時となる。私も走者宜しく帰宅後に倒れ込む。

1月2日・月曜

11:31 |

昨日にも増して雲が分厚かったが、午後から意外に晴れて暖かくなるも今度は南の風が吹き荒れる。新聞は休刊で、ラジオも録音の作り置きが多い。その中でスーパーマーケットだけは一生懸命である。大規模な小売店はいつの間にか元日からやるようになってしまった。此れも当面の売り上げを確保したいという願いからだろうが、正月は断じて休むべきである。従って買い物は断じて行わず。世の中便利に成り過ぎるのも感心しない。

昨年一年間で日本の人口は20万人も減少したそうである。地方の割と大きな街が丸丸一つなくなった勘定である。人口減少と高齢化デフレーションを引き起こしているとの見方もあるようだが、ここ20年は更にグローバル化が加わった。日本製品国際競争力を失うとともに、海外からの安価な製品の輸入が広がり、国内にお金が回らなくなった。云わば内と外から二重の浸食作用であるから、如何にも対抗しようがない。

お酒を飲むのは一週間に7日に限っているが、この時期は朝と晩と日に二度もお酒を飲むから延べ9日や10日にもなる。平素は飲むな飲むなと訓示を垂れる家人ですら、朝からお酒を勧めて来るから、始終酔って仕舞って始終具合が悪い。お酒など好い加減を越えるとただの毒水であり、お正月も考え物である。

1月1日・日曜

11:31 |

一日薄雲りで初日の出を拝むことは難しかったようだが、元来私には正月に出歩く習慣と云うものは無いから影響は無し。午前中から飲み始め、午睡をしていると地震がありかなり揺れる。広範囲で震度4を観測す。震源鳥島近海の奥底だと云うが丸で何処だかピンとせず。新年早早の鯰殿からの挨拶状だろうが、今年は受け取り拒否を念ず。

12月31日・土曜

11:30 |

晴れ時時曇り。陽が弱い分寒く感じるが北風は無し。午前から掃除と片付けをす。ここ数年は百貨店からおせち料理を取り寄せている。午後に配達されたが、元日まで取り置きをするような面倒なことはせず、届いた晩から家人と摘まみ始める。12時には就寝。除夜の鐘は聞こえず。

12月30日・金曜

11:30 |

一日晴れ。北風強し。大納会。本日の平均株価は29年前に逆戻りだと云う。大安売りの筈なのだか買い手は少ない。徐徐にこれだけ下がって仕舞えば、もう大恐慌の心配は少ないだろうと楽観す。

連日の胃腸と肝臓の酷使の為、午前中は何もする気が起きず。午後から溜まった日誌を整理し、少し買い物に出た。丁度60本目の東北のお酒を買う。日本酒売り場は混んでいたが、お正月にしか日本酒を飲まないと云う人も多いようで、国民のお酒と云う点では数年前に焼酎に追い越されている。

正月飾り国産品は1200円。輸入物は800円だが、お正月に外国産はあんまりなので国産品にす。新潟の物で、越後の稲藁は検査済みで安全ですとの表示がある。何時何処で何をしていても否が応にもこの不愉快な現実を直視させられる。

夜は天丼を肴にし麦酒数缶に留めた。12時には就寝する。まだ30日だと云うのに酔客の嬌声などは聞こえず。車も丸で通らない。街は怖いほど静まり返る。

12月29日・木曜

11:29 |

暮れも押し迫り、会う人会う人に良いお年をとの挨拶をするようになる。例年同じことを云っている筈だが、願いも空しく今年は少なくとも戦後最悪の年になって仕舞った。今年など振り返りたくもないと思う人も多いだろう。併し実を云うと、来年も最悪の年である。閏年なので一日多く働かなくてはならない上に、月曜日に移動できなかった祝祭日の多くが土曜日になって仕舞い、カレンダーの青い文字を無駄に赤くしている。尤も暦のお蔭で予め分かっているので、覚悟を決めて取り掛かることが出来るから助かる。

与党内での抵抗は大きく、結局お目こぼし程度に半年ほど先伸ばしし、14年の春から消費税を8%にするとのことで大方の決着が着いた。どちらにしても来るべきものが来た感じだが、所得税最高税率を元に戻す事や相続税の控除の縮小など、やるべきことはまたまだある。確か所得税など高額所得者は相当得をしている筈である。減税されたのは、お金持ちにお金を回せば、あっちの店にもこっちの店にも気前よくお金をばら撒いてくれて、何れ景気が回復する筈だと云う出鱈目な施策のせいだが、一刻も早く元に戻すべきである。其れではお金持ちが海外に逃げ出すとの見方もあるそうだが、ならば無税天国の様な所を国際法規で取り締まれば良いだけのことである。

お午過ぎに出社し3時間ほど補習と職場の片づけを行う。その後都心へ回航し鳳生大学の芥田先生ゼミナールの面面を集めての忘年会となった。芥田先生には一年に一回しか会わないから不肖の弟子の類に入るだろうが、お元気そうで良かった。月波君から日野百草丸4000錠貰う。最終電車にて帰宅。就寝前早速30錠を飲む。またこの会をもって年内の行事は全て終了す。

12月28日・水曜

11:28 |

早朝出社。本日で講習も終了。従って今年の授業も終了である。思えば、今年も酷い年であった。と云うのも我が貧乏学院は消費税を誤魔化し続けていたが、遂に滔滔2月末に税務調査が入り、3月の授業料が丸ごと差し押さえに遭った。全ては無責任社長の無策の結果だが、その負債は従業員の給料に直結し、私など3月と5月は給料ゼロである。一年には12個の月があるのに月給が10回では、12分の2の減給であり率にすれば15%以上である。実質破産企業なのでぐうの音も出ない。生憎非才の身にて退社した所で再就職の当ても無い。結局はこの貧乏学院に留まる以外の方策がない。本年も、躾の良くない他人の子の面倒とお金の工面に追われた一年であった。何だか取り返しのつかない一生の半分ぐらいを実に無駄な事に費やしてしまったと絶望的な気分になる。

何はともあれ暫く授業をせずに済むのは助かる。彼方此方の飲み仲間を誘い忘年会と云うほど組織立ててはいないが飲んで帰った。万事無計画なので、ちゃんこ料理の店は満員で入店を断られ、伊太利亜料理屋に入った。年末に洋食は食べたくなくなるらしく、店内は貸し切り状態であった。