37.0度-37.9度(あまり数値にはこだわらず)

2014年08月08日 金曜日

思い出のダイナソア

 高校の時の地学のサカイ先生は、新任でシュッとしていたので、私はほのかな憧れを抱いて地学準備室に通った。そこで同じように鉱石なんかを眺めていたのがユミとカオリだった。最初の話題は「天空の城ラピュタ」についてだったと思う。3人ともラピュタが好きで、私たちはポムじいさんに大いなる共感を寄せ、盛り上がった。そうしているうちに我々は仲良くなり、いつのまにか「地層を読む会」、通称・地読会が誕生した。



 ちまたの女子たちは、彼氏が出来ると仲間を集めて報告会を開くらしい。自慢するとともに、オトコがデキてもあたしはこのコミュニティーの一員ですよーってことをアピールする目的があるものと思われる。結成から15年が経った我々地読会のメンバーに今さら彼氏が出来るとは考えられないが、それでも急に呼び出されると少しだけドキッとする。

 今回呼び出したのはカオリだったが、要件は恐竜の化石を見に行こうということだった。先日の地震の影響で、いい具合に恐竜が見える地層が隆起したらしい。

 その週末、さっそく私たちはローカル線とバスを乗り継ぎ、恐竜に会いに行った。


 世界で一番短い小説は、グアテマラの「恐竜」という小説らしい。「目を覚ますと、そこにはまだ恐竜がいた」という一文のみだそうだ。小説に必要なのは「始まり」と「終わり」だ。この一文は、書き出しとしてもオチとしても使えて、重なった「始まり」と「終わり」の間に無限の物語を想像することが出来る。そういう意味で私はこの小説をいい小説だと評価している。というようなことを話したら、ユミは「でも、私もっと短い小説読んだことがある気がする。筒井康隆あたりが書いたやつ」と話の腰を折った。

 恐竜の化石は見事なものだった。見事すぎて作り物みたいで、逆にあんまり感動がなかった。生前どんな行いをすれば、8500万年も綺麗なままでいれるんだろう。

 私が白亜紀の生活に思いを馳せているとカオリが言った。

「私、結婚しようと思うんだよね」

「え、嘘。誰と」

「うーん、サカイ先生」


 あまりに衝撃的すぎて、私は何も言えなかった。ユミはカオリに根掘り葉掘りきいていたようだったが、私はどうやって帰ったかすら思い出せなかった。

 ただひとつ、思い出したことがある。私は、ポムじいさんに憧れて地学準備室に通っていたのではなかった。私は「耳をすませば」の雫に憧れていたのだった。素敵な恋と、それから、誰かに君はダイヤの原石だって言われたかったのだ。決して石たちの声を聞きたかったわけではない。


 その夜、私は夢を見た。サカイ先生が恐竜にまたがって飛んでいる夢だった。15年経って40を目前にしたサカイ先生は、筒井康隆に似ていた。

2014年03月07日 金曜日

荒野のハイエナ

 俺はハイエナと呼ばれている。たぶん。


 家の向かいのスーパーは9時閉店で、俺はいつも8時半頃そのスーパーに行く。むろん半額シールの貼ってある商品が目当てだ。8時ではいけない。その時間ではまだ2割引きシールだ。そうして俺は賞味期限の近づいた半額食品で夕飯を作り、食べ、寝る。

 きっとパートのおばちゃんたちは、俺のことを裏で「ハイエナ」と呼んでいるに違いない。くそっ。たしかに俺は、毎日半額シールを狙っているが、それは別に犯罪じゃないし、洗剤とかトイレットペーパーとか、日用品は普通に買ってる。それなのに、そんな不名誉なアダ名をつけられている(かもしれない)なんて。

 だいたい俺はお金のために半額シールを買っているわけじゃないんだ。半額シールは当然その日売れ残った商品に貼られている。だから、半額シールが貼ってある商品はそう多くない。俺はその日の献立を決めるのが苦手だから、あえて選択肢の少ない半額シールを使うという枷を自分に課しているのだ。選択肢が多いほど、人は選ぶことが難しくなり、また自分の選択を後悔することが多くなるということは、心理学的にも証明されている。それなのに、くそっ。ハイエナと呼ばれている(かもしれない)なんて。


 アダ名のことを考えると、スーパーへ向かう足取りも重くなった。店員さんが俺を笑っている気がする。いっそ定価の商品を買おうとも思ったが、膨大な選択肢の前に身動きが取れなくなってしまった。

 このままじゃ生活に支障が出てしまう。追い詰められた俺は解決策を閃いた。ハイエナと呼ばれることに納得がいかなくてストレスになっているのだから、ハイエナと呼ばれることに納得できればいいのだ。

 さっそく俺は黒い斑点のついた灰色のジャケットを着こみ、鼻と口の周りを黒く塗り、8時にスーパーへ向かった。そして、2割引きのシールが貼られた商品の周囲を(四足歩行で)うろうろした。8時半、ついに半額シールが貼られた商品を、俺は素早い動きで捕らえ、口にくわえたままレジに持っていった。

 これならハイエナと呼ばれても仕方ない。でもそれはネガティブな比喩的意味のハイエナではなく、動物としてのハイエナを指したアダ名だ。ついに俺はハイエナと呼ばれることを受け入れることが出来た。しかし、

「レジ袋はご利用ですか」

 その一言で頭が真っ白になってしまった。こういう時、本物のハイエナはどう対応するんだ。ハイエナの鳴き声を調べておくべきだった。

「あ、へへっ」

 俺は思わず照れ笑いでごまかしてしまった。くそっ。俺のなりきりは不完全に終わってしまった。最後の最後で素の、人間の、俺自身が出てしまった。今日からこのスーパーでの俺のアダ名は「ハイエナモドキ」だろう。悔しいが、自分の準備不足を責めるしかない。


 家に帰って調べると、ハイエナの鳴き声は人間の笑い声に似ているらしい。ということは! あの照れ笑いでOKなんじゃないか! やった! 俺はハイエナだ!

 その日、スーパーの裏でパートのおばちゃんが俺を「ハイエナ」と呼んでることを想像して、俺は眠りについた。

2014年02月10日 月曜日

犬街

 仕事帰りにペットショップに寄るのが趣味だ。飼う予定はないが、一応念のためペット可の部屋に住んでいる。

 ペットショップは子犬パラダイスだ。ちっちゃくてフワフワで、見ているだけで癒される。本当に子犬ばっかり。いつ見ても子犬しかいない。最高。犬のネバーランドだ。私はフック船長だ。

 でもこの子たち、大きくなっちゃったらどうするんだろう。

 そこまで考えて愕然とした。まさか、このパラダイスの裏には残酷な現実があるのではないか。

 私は子犬たちを救うべく、コツコツ貯めたお金をすべて使い、ペットショップにいる子犬をみんな買った(30代独身OLの財力をナメるなよ!)。

 しかし、翌日再びペットショップに行ってみると、パラダイスが復活している。私は借金をして、またしても全ての子犬を救った。

 だが、パラダイスは何度でも復活した。

 私は金を作るために、ありとあらゆる犯罪に手を染めた。私の部屋はフワフワの子犬であふれかえり、最早すべての子の世話をするのは不可能だった。

 しかし、捨ててしまっては、どの道保健所に連れて行かれ、私が救わなかった時と同じ末路をたどるだろう。

 私は子犬たちに身の守り方を仕込んだ。人間の視野は約200度。だから4匹で適切なフォーメーションを組めば、誰か1匹は死角から攻撃ができる。子犬といえども人間を倒すことが可能だ。

 私は戦い方を覚えた子犬たちを外に放した。

 あっという間に街には野犬が跋扈した。行政が駆除に乗りだしたが、野犬は訓練をうけた特殊部隊さながらの動きで人間たちを圧倒しているらしい。街の治安は悪化し、強盗やスリ、置き引き、万引きが多発、麻薬も広まっているらしい(このうちの何パーセントかは私の仕業だ)。

 しかし、ペットショップのパラダイスは止まらない。

 だから私は戦い続ける。

 今日も街には犬の遠吠えとサイレンの音が響き渡る。

2014年01月06日 月曜日

虫である

 虫が来るんである。

 三階建てアパートに住んでいる。10月の終わり頃、その三階の廊下でセミが死んだ。もう10月だからセミとしては長生きなんだろうな、などと思いながら放置していた。他の住人も、その死骸に手を出さなかった。自分の部屋の外に関しては、みんな知らん顔なのだ。だから廊下はいつも汚い。古新聞や落ち葉や不在票などと一緒に、セミの死骸はあった。

 その、セミの死骸に、パタパタ虫が来るようになった。来るようになったというか、常に、まとわりついている。

 パタパタ虫というのは、小さいが食欲が食欲が旺盛だ。

 セミにまとわりついている間はよかった。しかし、パタパタ虫はすぐにセミの亡骸を食べ尽くし、その周りにあったゴミを食べ尽くし、今度は301号室を食べ始めた。最初はドアの端っこを食べていった。パタパタ虫は食べながら羽をこすり合わせ、ででー、ぽぽー、という音を鳴らした。

 私は303号室に帰るたびに、301号室のドアが小さくなっていくのを確認した。301号室がパタパタ虫に食べられて消滅するのに、長い時間はかからなかった。

 301号室の次は、302号室だった。どうやらパタパタ虫に見入られてしまったらしい。ここのアパートは平気平気と、つけこまれてしまったらしい。誰も追い払おうとせず、まあいいかという心もちでいるのを見透かされたのだろう。虫に軽く見られるなんて、と思いながらも、やはり私はまあいいかと思った。

 間も無く302号室も消滅した。いよいよ私も、まあいいか、ではいられなくなってしまった。次は私の住む303号室だ。

 私は全身をストロンチウム合金で覆い、右腕にレーザー銃を取り付けた。下半身はジェットエンジン搭載である。普通の生活を送るのに、多少の支障は出るが、サイボーグ化しなければ、パタパタ虫に対抗することはできないのだ。



 結局、私は毎日、朝家を出る時と夜寝る前にパタパタ虫と一戦交える。しかし、仕事に出ている日中はパタパタ虫の天下である。ドアも半分くらいの大きさになってしまった。しかも、右手をレーザー銃にしてしまったのでお箸を持つこともできない。

 処置なしである。

2014年01月05日 日曜日

瞬き

 中学二年生の夏、恋をした。あの娘は抜け忍で、僕は童貞だった。

 僕はどちらかというとイケてないグループだったし、内気で臆病なシャイボーイだったから、いつも少し離れたところから眺めることしか出来なかった。あの娘は忍びの里を裏切った為に、いつも里からの追っ手に狙われてたから、僕は眺めるのも一苦労だった。

 声をかけることすら出来ないまま、想いだけが募っていった。僕は夜、ベットで眠りにつく前に彼女と2人きりになるところを妄想した。妄想の中では、すんなりあの娘に声をかける事ができた。一緒に下校するところを妄想した。一緒に外で食事するところを妄想した。初めて手を繋ぐところを妄想した。そしてキスをするところを……

 妄想はそこで途切れてしまった。僕にはあの娘のキスする時の顔が想像できなかったのだ。あの娘は四六時中追っ手から狙われていた。だから、瞬きをする時が隙となり、殺される可能性もあった。あの娘はその隙を無くすために、片方ずつ瞬きするクセが身についていた。僕はあの娘をずっと見ていたけど、あの娘が両目を瞑る瞬間は見た事がなかったのだ。

 妄想の中の僕とあの娘の関係は、キスよりも先に進むことなく終わった。僕は工業高校に進学し、あの娘は都内の私立高校に進んだ。


 それから10年が経った。僕は高校卒業後、横浜のラーメン屋で修行を積み、ついに独立することが出来た。試行錯誤を積み重ねて開発した、すき焼きラーメンが売りだ。

 オープン初日の11時頃、女性の客が入ってきた。あの娘だった。片方ずつ瞬きするところも、壁を背に座るところも、何も変わっていなかった。

 あの娘はすき焼きラーメンを注文した。僕がどんぶりを持って行くと、あの娘は割り箸を割って、手を合わせて、かすかな声で「いただきます」と言った。


 両目を瞑っていた。

Connection: close