生半可な学生

2011-06-15

わかんねえ。

03:05

「お前、人生のビジョンある?」

急に友人が聞いてきた。そんなことは、今まで言わなかったし、言うようなやつではない。

「ないよ。」と一蹴したいのは、やまやまだが、そうもできない。

どっかに引っかかるからである。

うーん。あったほうがいいのかなぁ。と

俺は今まで、特になかった。そりゃ、単発ではあったにはあったんですよ。(そういえば、悟りをひらくって欲を捨てることだっけ?まあ、いいや。)

が、人生を設計するようなことはしなかった。

設計をするという先を見ることにより、目の前の行動への意識が変わるという。

俺はどうにも得意としない。昔、そういう本を読んで試みてみたが、全く続かなかった。

だって、やりたいことなんてどんどん変わってしまうから。別に、好奇心旺盛ではない、感化されやすいだけだ。またの名を、ミーハー。しかし、二週間にまた目標を考えて、なんてやってたら、そのほとんどの時間を、目標を立てることに費やしてしまう。

目標=最高の目標を立てること。おお。これこそミイラ取りがミイラ。ん?失礼。違ったのかもしれない。

恐らく、カチッとしたレールが嫌いなのだ。なんか、未来にはもやっとしてほしいのだろう。というか、わけのわからないことに巻き込まれたいのだな。

そう、そっちの方が楽しそうだからだ。(といって、巻き込まれ続けるのも、一つのレールなのだろう。)

そして、思うのは、今の自分の計画に自分の人生をかけるだけの腰の強さがないということだ。いや、意思というものを信じていない可能性がある。今したいことって、明日違うかもだよねって。

やっぱ考えてみても、人生の〜ってあまりにも大きすぎやしませんか?

本音を言えば、20そこそこで、そんな大きなことはわかんねえし、わかんねえほうがいいんだけど・・・ってことだ。

分かんねえほうがいいって、なんだよ?って思った人もいるのだろう。

これを橋本治さん的に言い直すと、「わからないからこそ、それをやる」ってことになるんだと思う。私は、この言葉にうなずく以外の選択肢を持たない。

だから、とりあえず、やりたいことをやろうってなっちゃうんだよね。(カッコよく言っちゃってるけど、裏返せば、ただブラブラしてるだけだ。ブラブラ・・・)

それは、恐いからなのかもしれない。選択をするのが。選択をするとは、何かを選ぶというよりは、何かを失うことを強く意味する。

そして自分に、将来の可能性を捨てるべき、先見性を見るほどの賢さはない。

というわけで、先延ばし。

エイッと決めてしまうのと、先延ばしすることは、どちらが楽しいものなんだろうか?

うーん。目標をエイッと決めてしまうの、もう一回試してみようか。

やっぱ、わかんねえなあ・・・

POST ENATU

03:03

『江夏の二十一球』というフレーズをご存じだろうか。

79年の日本シリーズ広島クローザー江夏豊が投じた9回の投球数からきた言葉である。

あまりに劇的なことから、この名がついている。たしか、最初に言い出したのは『スローカーブを、もう一球』の山際淳司氏だと記憶しているが定かではない。

この特集番組を先日、NHKで再放送していて、食い入るようにしてみた。

そのマウンドには、投球の駆け引き、プライド、立場。そんな多くの要素が絡み合っていた。

そして、その江夏の大事な投球は、すべてボール球であったことに驚いた。

スクイズへのウェストボール。ウィニングショット(最近聞かない言葉だな)のカーブ。

んー。気付いてしまった。今までのすごい投手の場面というのは、ボール球であったことに。

ストライクよりもボールのほうが劇的になりうる。

高校時代の江川卓、雨の日の押し出し。松坂の155キロデビュー。大魔神佐々木のフォーク(ウィニングショットの方)は、ボール球である。

新庄はウェストボールをサヨナラヒットにした。

そして、長島茂雄はここぞの場面で、大根切りにより、ありえないボール球をたたいた。

それなのに、長島は次の打席でど真ん中を見逃して、悔しがっているのだという。

マウンドで笑ったと語るのは、前出の江夏である。

問題は、ストライクという枠に収まらないことだ。

ボール球でも、振らせればストライクなのであると・・・。

最近、世の中のいろんなものが、ストライクを意識しすぎているような気がするのだ。(ここから野球の話ではなくなる)

視聴率、ニーズ、アクセスカウンター。費用対効果、コストパフォーマンス

もちろん、ビジネスなんだからそんな悠長なことは言ってられないのかもしれない。

ただ、思わずボール球を振ってしまうことがなくなっているのではないか。

ストライクを意識するあまり、腕が振れてないのではないか。

分かっている。こんな文章がクレームであることは。

そして、ピッチャーの経験もなくこれを書くことは、自分をそのクレーム対象に含むことができてないことも。

一言でいえば、ただの文句だ。

ただ、一人のバッターとして、いや、一人のユーザーとして投げる側には“面白い”を信じてほしいだけだ。

そして、教えてほしいのだ。こんなおもろいもんがあんのか!とね。

市場のストライクは、刻々と変化している。

確かに、ものさしで測れば、今のストライクゾーンの幻は測ることができるだろう。

測れないのは、その投じる球にうねりがあるか、キレがあるかだ。

そして、記録よりも記憶に残るのも、後者だ。

まあ、それを、サードベースに投げ込まれても困るが。


私は待っている。何でこんなくそボールを振ってしまったのかな?と首をかしげることを・・・。

そんな、うねりとキレのある誰かの21球を。

2011-04-13

失うことのなにがしか

00:13

今年、私たちの卒業式はなかった。その私たちには、ぼくは含まれていないけど。

そんなわけで仲間たちは、学校で卒業証書を受け取り、紙袋を下げ、追い出しコンパに来たわけだ。

酔っぱらいながら、急に何かを失ったことに気づいた。

いつかは終わるってわかっていたのに。

失ったのはその時間か、もう会えなくなる友人か、それとも別なのだろうか。

おっと、今回は随分センチメンタルになるようだ。

何故か、大学の時間は終わりがわかりずらい。

終わりが、なんなのかというのもわかってやしない。

まあ、終わりがわかっていても、おそらく過ごし方は変わらないのかもしれないけどね。

でも、今までの卒業式とは違う気がする。

その失い方は、ふわっとしか感じられないのに、日に日に重くなっている。雨の日のスーツみたいに。

そして仲間たちは、スピーチで、今を大切にとか、悔いを残すなとか、目の前を大切に、とか言ってマイクを置いた。

教訓。

僕には、まだ多少時間があるような気もするが、どうしたらいいのだろうか。

今を大切にといっても、ね。

そんな気分になっても、僕はその気持ちをすぐに忘れてしまうのかもしれない。

僕は、すぐにいろんなことを忘れてしまう。

それは昔から、なにも変わってない。

教訓は、感じないとわからない。

感じても、どうしたらいいかわからない。

はあ。最近は気持ちがうまく言葉にできないことが多いなあ。

何かに覆われてるのかも。ははは。何にだろう。

よくわかんねえけど、とりあえず、これだけは言いたい。

卒業おめでとう。そして、これからもよろしく。

俺から遠く離れて

00:06

覚えている人も多いでしょう。先週の土曜はすごい雨と風でしたね。

そんな中で、僕は自転車を走らせ、びしょ濡れになってしまいました。

そして、駅の改札であることに気づきます。

財布がない。

いやー、こんな日に。

携帯電話で、後から出かけると言っていた妹に財布を頼もうとします。

そうだ。今、携帯電話の調子は極めて悪い。

参ったね。こりゃ。

公衆電話もかけられない、かといって家に戻るのはどう考えてもイヤだ。

そんなとき交番が目に入ります。ああ、電話を借りよう。

我ながら名案です。その交番のお巡りさんはとても優しいいい人でした。

そこから家にいる妹に電話をかけます。

「あ。もしもし、俺なんだけど。財布忘れたから届けてくれ。」

「どちら様ですか?」

「だから俺だよ。兄ちゃん!○○だよ!」

「そんな手にはひっかりませんからね!」

そうです。妹は、僕の電話をオレオレ詐欺だと勘違いしたのです。

「だから、俺だよ。財布があるだろう、頼むよ、持ってきてくれ」

「絶対にイヤです。じゃあ、きりますね。」ツー。

お巡りさんは、状況を察したらしく、私の家に電話をかけてくれました。それで、妹はやっと理解したらしく、お巡りさんから代わって僕が電話に出ると。

「二人組なんですよね。わかってます。」ツー。

うーん。どうしよう。どうしようもない。

その後、何とかやっと本当に苦労し、死力を尽くして、やっとこさ僕だとわかってもらえたのですが・・・

驚いたのは妹の話し方。

全然違う。トーンを聞くだけで、俺ってわかってねえな。ってわかるんですよ。

あと、本当に自分が自分ですってことを、言葉だけで説明するのは難しい。

詳しくは話せば、わかるだろうけど、チャンスは一言二言だ。

いやー。無理ですよね。

家に帰ると、両親は笑い転げていました。

ふう。

オレオレ詐欺でも財布を持ってきてくれって手口は、なかなかないですよねぇ。

PS 

お巡りさんは、「そのくらい警戒してくれた方が、私たちとしてはうれしいですよ」と言っていました。

みなさん。オレオレ詐欺にはご注意を。

あと、こんな時のために、合い言葉を決めておくといいそうです。(こんな時がないことにも、ご注意を)

2011-01-30

テストの余白に

00:56


はあ。やっとテストが終わった。大変だった。

でも、そんなこというと「学生のテストなんて所詮一夜漬けだろ?」なんて声が飛んできそうだ。

今回は、声を大にして言う。

死にそうになる。間違いなく。

三日徹夜なんてざらだ。本当につらい。

しかも、寝てないと寒さを三倍に感じるのだ。本当にここは東京なのか?

さあ、本題はここからだ。

じゃあ、常日頃から勉強していればいいじゃないかって声にどう答えるかが問題なのだ。

まず、すいません。としか言いようがない。

だってそのその通りだ。そうすれば、友達に何杯もラーメンをおごらなくてもいいし、テスト前日の「久しぶり!でさ、明日どこでんの?」という間抜けな電話代も浮くのである。

さらに、手をすり合わせる行為と背骨を曲げ相手に誠意を見せる仕草の肉体的疲労も馬鹿にできない。

そして、聞いた的がはずれて、その友達に文句を言って怒りを買い、肩パンされる肩のダメージもなくなる。

まさに万々歳!!viva freedom!!

よし。そんな自業自得。とは綺麗におさらばだ!

とは問屋がおろさないのは、本当に困ってしまうところだ。

あのスリルはたまらないのだ。私にとってテストとはある種、賭けに近い。またの名を山をはる。

勘と情報から導かれた、あの賭けがはずれるかはずれないか。

パラリ。テスト用紙がめくれた瞬間に勝負は80%決している。勝てば、静かに微笑みペンを走らせる。そして悠々と教室を後にし、友人に「まあ、むずかったけど、なんとかくらいついたわ」とかなんとか訳の分からない言葉を口走る。

そして、賭けに負けたときがたまらない。全然わからない状態から、いかにそれっぽく答えていくかという所を正に80分間問われ続けるのだ。本当の醍醐味はここにある。ない頭をフル動員し、なんとか文章に仕立てあげ、何となく意味の分かるものにする。そして、よろよろと教室をでて「まあ、魂込めて書いたから、単位はくるよ」とまたも訳の分からないことを自分に呟く。

どうやら、最近この賭けの勝率が上がっている。その出そうだなという臭いがわかるようになってしまったのだ。刑事ドラマで「こいつは臭うな」という台詞を私は全面的に支持する。ほんとうに、分かるんだから。経験をなめてはいけない。

それに関して、少し寂しい気もしている。あんなスリリングな80分はそうそうない。

あの肩パンが懐かしく思われる。まあ、もう一回は勘弁だけど。

でも、一番の問題は、この賭けの勝率の上昇と単位の取得率は比例関係にはないことだ。ゆゆしき問題だ。

今までとは比べモノにならない、もうスリルではないデンジャーは、正に今私の目前に迫っている。

何を問われることになるのやら。

2011-01-11

人生の記憶喪失

02:41


最近でもないけど、友人達と一番自分に影響を与えた本は何か?という話になった。

なんであろうか。

私が本というものを、恐る恐る読み始めたのは大学に入ってからだった。

それまでは、いかにしてベンチプレスを持ち上げるか、いかにして友達とアホな会話をするか、どうやったらスクラムで相手に勝てるのかというようなことしか考えていなかったと思う。

だから、本と言うものとは全くをもって無縁だったのだ。

とはいえ、振り返ってみると、人生に影響を与えた本なんてぱっとは思いつかない。

何となく浮かぶのは、高校の時に読んだ、沢木耕太郎氏の『破れざる者たち』であるが、これはスポーツの流れで読んでいたので、そのまま読書に傾倒することはなかった。

しかし、その華やかなスポーツ選手のその後を知るというのは、いずれ、今夢中であるラグビーというものをやめる日が来るという示唆には十分に富んでいた。

何かが終わるというのは、その最中はなかなかリアルに想像できない。仮に、終わることがわかっていたとしても。

そして、なんとなく燃え尽きてもかまわないと思っていたのだろう。

あしたのジョー』はそのときの愛読書であったし、あのラストには悲しいものではなくて、むしろ何かの格好良さを感じていたのだから。

もちろん、今思えばということである。

一体、一番影響を受けた書物なんてあるのだろうか。

一番の影響を受けたものということは、大きな変化を自分にもたらしたものであると言っていい。

不思議なことに、分岐点が思い出せないのだ。

これで私は変わりましたというモノが。

変わったかどうかもわからない。

それは私ではなく、周りが判断することなのだ。

そして、「あいかわらずだなぁ」とか「かわんねえな」なんて言われるのだから、変わってはいないのだろう。

幸か不幸か。

そして、私という起源は小さな積み重ね、というほどの量もないけれど、ぼんやりとしている。

これは私の記憶力が乏しいからなのかもしれない。すぐに忘れてしまう、なににつけ。

卑近な例で言えば、このブログに書いたことだって忘れてしまっている。

「あれっ、こんなこと書いたっけな」という連続だ。だから、少し恥ずかしいのだ。

自分の知らないところで、自分が何かを発言していることが。

記憶力がある人は覚えているのだろうか。

自分の分岐点、起源のようなものを。

今、自分史を書くということが、浸透しつつあるらしい。

その関連書を新聞の広告欄でみることも少なくない。

そういえば、祖父の自分史を読んだことがある。

それはかなり前の年代に書かれたものらしく、インクは色あせ、紙は黄ばみ、セピア色をしていた。

そして、そこに書かれていた物事は、実に詳細であった。

人生の記録は、本当に面白い。

同時に驚いた。私にはありえない、そんな記憶していることは。

私が自分史を書くとしたら、どんな歴史になるのだろうか。

とりあえず、文体は偉そうでないことを願うばかりである。

そして、全ページ空白の自分史にならないことを祈りし、最近日記をつけ始めた。

2011-01-01

2011

02:42

みなさま、あけましておめでとうございます。

今、私はせわしなく年も越し、やっと一息つける感じである。

その間もテレビCMは巡るましい。

クリスマス、正月の参拝のCMと続いていたのであるから。

そういえば祝祭というのは、本来晴れと袈に分けられる上で語られていた。

今はそんな二分法は存在していないのかもしれない。

今日は、どうやらシリアスになりそうだな。うん。

年明けだというのに、まったりした文章は書けないものか。

書けないんだろう、きっと。話を戻す。

なぜ日本人はそんな二分法が必要であったのか?

もっと言えば、今はそれが必要とされていないのはなぜと問うことの裏返しである。

それについて少し考えてみた。

そんで一つ浮かぶのは、ビジネスと社会身分である。

江戸時代は職業が、すなわちその人であった。

世襲というが、それは生まれながらに自己が規定されていたのだ。家系を継ぐのである。

そこには、私はなにが向いているのかなあ、とか考える余地は少ないように思われる。

やるべきことはそこにある。

そして常に袈であるからこそ、晴れが希求されたのである。

日常は、繰り返されるし、その繰り返しを変えようとすることは困難であったはずだ。

今は職業選択の時代である。

ビジネスの割合の多い時代である。

ビジネスは、プライベートと分けられるように、日常に晴れが内在しているのではないか。

「五時から男」というコピーはそれを如実に表している。

ビジネスとそれ以外の時間は、別人であるのだ。

そして、そんなビジネスシステムは、人に自由をもたらした。

人はどんな職業にも就ける。もちろん建前は。

もちろん、その人の出生はその人生に大きく関係する。

しかし、それが、割合意識されなくなっていることは否めないだろう。

そこで起きたことは、自己決定、自己実現という概念であった。

書店の手帳コーナーを見ると、自己変革という言葉がついて回るのは恒例だ。

自分は自分で変えられる。と言わんばかりに。

そんな観点からすれば、昔は自由がなくて、可愛想なんて思うかもしれない。

とはいっても、昔の人には自由が素晴らしいなんて概念を知らない訳なんだから、あながち違うのかも分からない。

変えられるというのは、一見自由であるが、逆を返せば何でもないという虚無を含んでいる。

自分が誰であるか言えないというのは、なかなかシリアスなことではないか。

そんな現代では、自己を自分で発見しなければいけなくなってしまった。

自己意識とは、自分の中に他人を持つことである。

対象としての自分と発見する自分がいなければいけないからだ。

いや、自分というものを凝視した時に、初めて自分の中の他人に気づくのである。

自分を求めるときに、オリジナリティを求める。

そのために自分の歴史を振り返り、自分の物語を立ち上げる。

そして、自分が特別だと思うことで、皆と同化するのである。

その物語は他人と同じではいけない。

それは、私の物語だとは言えなくなってしまうからだ。

私という個を確立するために、物語は立ち上げられる。

個を確立する理由は、一つしかない。

自分の存在の確証を得たいからだ。

自由の裏返し。

そう今、人は個なのだ。

反復ではいけない。新しい個、私。

どこにいるのか?どこにもいやしない。

それは概念の上であるからだ。

おっと。まずいところに、首を突っ込んでしまったのだろうか。

しかし、身体はここにある。

その物語も、身体を伴うのである。

物語の行方は、身体と現実の戯れの帰結といってもいい。

そして、その物語と現実の接点に接したときに何かが問われているといってよい。

その接点の戯れこそが、その人の味になるのではないか。

物語を貫くか、現実に合わせるのか。

正解なんてないし、恐らくなにをとっても後々なにがしかの意味を見いだすことだろう。

だから、ゴールを決めて物語を綴るのは、そそられない。

まあ、私という物語にはということだ。

この現象は、アメリカ発のものであることを柴田元幸氏の『アメリカン・ナルシス』から知ったが、この続きをかける日が来ればいいなと願いながらこの文章を閉じよう。

では、また。

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