blackdragonが、思ったことをそこはかとなく書き作ったものです。疑似科学批判が中心でしたが、今後はその他の雑感も書いていく予定です。
2011-07-26 韓国文化汚染と自虐主義
■韓国文化汚染と自虐主義について
なにやら、フジテレビが韓国文化による日本の汚染を進めているとの話がある。事実とすれば大問題、なの?
日本のテレビは、アメリカのドラマ・映画・音楽その他を沢山垂れ流してきていなかったっけ?
日本のテレビは、英語の字幕や英語をしゃべる人たちを登場させていなかったっけ?
欧米文化はいいけど、韓国の文化は駄目なの?
歴史的に、日本は中国や朝鮮半島から大きな影響を受けてきたし、様々なことを習ってきた。
中国や朝鮮半島からの渡来人たちが、当時の最新技術を日本に持ってきたことは、小学校の社会科の授業でも習ったはずだし、それは日教組かぶれの教師が勝手に教えたわけじゃなくて、文部省検定の教科書に明記してあった。
そして、現在の日本文化は、欧米文化からの影響を大きく受けているのは言うまでも無いし、だからと言ってそれを持って日本文化が毀損されたとも言えるのだろうか。
日本のすごいところって、様々な文化を取り込んで、それを咀嚼して自らのものにしてしまうことにあるんじゃないかと、私は思う。韓国文化に乗っ取られると大騒ぎするのは、韓国の文化がテレビで多めに流されたくらいで簡単に破壊されてしまうような脆弱なものだと、日本人の柔軟性と日本文化の逞しさを低く見る自虐的なものに見えてしまう。
かつて、韓国は日本文化の流入を恐れ、過度な規制を行っていた。当時の韓国は自国の文化に十分な自身が持てなかったのだろう。今や、日本の漫画やその他文化に対する韓国の政府規制はかなり緩んでいるというが、逆に韓国文化流入を大騒ぎしようという人が日本に増えているとしたら、日本文化に自信をもてない人が増えているということだろうか。
2011-06-06 国会で否決された不信任を場外乱闘で実現するという怪
■国会で不信任案否決、その直後に場外乱闘で辞任に追い込むという怪事件
なんとか酵素とかいう詐欺商品を地方紙の広告で見て、それについて書こうかとも思ったが、そんなのよりよっぽど重大な眉唾ごとがまかり通りつつある状況について書くことにした。前回からの続き的内容。
その直前の菅の演説は「一定のめどがついた段階」での辞任を言っていた。否決後に、事実上は暫くの続投を意味すると発言すると、なぜだか詐欺呼ばわりする人々が現れ、マスコミもその論調で染まった。国民を欺いたとまで言う産経新聞なども。
が、今が政争をしている場合ではなく、一丸となって復興と原発事故対策に当たるべきときだと私は思うし、そのような見解は世論調査などからみても国民の多くが共有していたのではないかと思う。その前提に立てば、「めどがついた段階」がそれなりの長時間を意味するものとして受け止め、受け入れたとしても何も不思議はない。現に、その後の世論調査でも、ある程度長期をあたえるべきという意見がかなりの割合を占めている。
鳩山との間の会談においてどんなことが仄めかされたのか、鳩山がどう受け取ったのかということはこのさい問題ではない。公の場で「一定のめどがついた段階」という条件を述べ、それが「比較的長期に及ぶ」という理解がなされ得たということが、不信任案の採決にあたる正当な前提条件だったはずだ。
国会における議決と言うのは、重いものではないのか?
それが、翌日には「実質的にはすぐやめるべき」「そんな長期とは思っていなかった、ペテン師だ」と言いだす輩が続出し、そしてそれがまるで正論であるかのようにマスコミを覆い尽くすのは、本当に民主主義国家としてあるべき姿なのだろうか?
テレビでは、評論家も政治家も、「菅では官僚がついてこない」とか、「菅では与野党間に信頼が築けない」などと声をそろえる。では、少なくとも与党民主党の政治家で、倒閣を声高に叫んできた人たちは、政策実現や災害対策への内閣の取り組みを支えるべく、官僚に言うことを聞かせるべく取り組みをしてきたのだろうか?
また、自民党議員や官僚についても、菅が嫌な奴であるらしいのは周知の事実だが、仲良しクラブなわけじゃないのだから、それを理由にあんな奴には力を貸せないとかいうレベルの話には全く理が無い。
いくら菅が信用ならないとして、菅より明らかに優れたプランを提示し、公の場でそれを認めさせればよいのである。そのうえでそれでも菅が信頼を損ねた行動をとるなら、それこそ不信任の明確な義となるであろう。
ところが、実際に見えてきたのは、あることないこと吹聴して内閣の足を引っ張るような企みばかりだったのではないか。
政府の取り組みに問題がたくさんあったことは、総理自身を含め誰もが認めることだろう。が、この未曽有の危機にあたって、それ以上の成果を誰ならどのように達成できたか、そしてこれからどう出来るかを語る姿は見えてこない。
原発問題に関して言えば、谷垣だったら、小沢だったらもっとマシな対応だったと期待できるのだろうか?
浜岡原発は止められていただろうか?迅速で大規模な避難が行われていただろうか?迅速で正確な情報公開は行われていただろうか?
震災・津波の対応も、合格点とは言えないだろう。が、災害への対応は、何よりも地元の自治体が中心となって進むもので、自治体自体の被害が限定的かつエリアが限定的だった阪神淡路大震災などと、役場を含めた自治体自体が人的にも物的にも大きな被害をこうむり、エリアも広大で、原発事故まで併発している今回とではまるきり事情が異なる。
何が言いたいかと言うと、菅降ろしをする前に、自民も民主もマスコミも、具体的なビジョンを示すことが無いということの異常さである。
そして、国会の場での議決より、非公開の場での口約束や、勝手な辞めろコールが優先されて、なし崩し的に倒閣が行われる異常さである。
2011-06-02 倒閣に動く民主党議員様
■倒閣に動く民主党議員様
内山晃様
前略
社労士としてのご経験をお持ちのあなたが国政に参加されることが、この国で働くもののために、少しでも良い変化を及ぼすことを期待して参りました。
あなたが、小沢氏の倒閣集会に参加されたとの報道を目にして、書かせて頂きます。(メールを考えましたが、秘書レベルで止まるだけと思い、ブログ上に掲載の形にしました。)
私は今回の震災・原発事故への対応に関し、菅政権の進め方について問題なしとは考えていませんし、消費税上げを画策しているらしきことなど、賛同しかねることは多々ございます。
しかし、不信任を唱える方々が、具体的に「何がどう悪くて、自分たちなら何をどう進めることができる」ということを示すことができているようには全く見えません。
我が国にとっても全く未経験なレベルの災害に対し、政府の仕組みが対応しきれていないことは明白ですが、それを現政権の責に帰すことはおかしいのではないでしょうか。しかも、与党の方々が。
原発事故に関しても、IAEAでは、発生後の対応はおおむね妥当であり、むしろそれ以前の想定や体制に問題があったと指摘しており、これもまた現政権不信任の理由とするのには無理があります。
そもそも、震災・原発事故に限らず、内閣を変えれば問題が解決するほど甘い問題でないのは、政権交代後に様々な困難に直面してこられた民主党の皆様が一番実感されているのではないでしょうか。
それにもかかわらず、震災後、政府の活動を推進するのではなく、憶測やウソの飛ばしまで行って(視察でベント遅れ、SPEEDIデータを自己の安全のためにのみ利用、自己の手柄にするために海水注水中断命令等)、政権を蹴落とすことに必死な、一部民主党関係者が暗躍していたことこそが、国民の政権不信をもたらし、復興や事故対策の政策実行を更に困難にしているのではないでしょうか。
小沢グループにいらっしゃるということ自体に異を唱えるつもりは全くございません。また、不信任そのものの是非についても、判断されるのはあなたの権利でしょう。それでも、先にあげた「菅内閣の何がどう悪くて、自分たちなら何をどう進めることができる」ことの明確化抜きでの不信任強行というものは国民に対しての説明責任を果たしたものとは思えません。
おそらく、時間的にも、この文章を採決前にお読みになることはないかと存じますし、今後もおそらく目に触れることはないでしょうが、元支持者のひとりとして ここに記させていただきます。
草々
2011-04-04 ありがとう、自衛隊員さんたち!
■ありがとう、自衛隊員さんたち!
自衛隊員の皆さんの、今回の震災に関しての献身的な活躍に対して、心から感謝し、尊敬します。
一方で、「ほら、自衛隊必要だったじゃん」とか「自衛隊要らないって言ってた奴は…」というような一部での論調には眉に唾をつけざるを得ないのも正直なところ。
なぜなら、今回の自衛隊の活躍は、自衛隊の代わりに、災害援助隊であっても果たせたものであるから。
災害援助隊なら、自衛隊の半分以下のコストで、同等の災害援助が可能になるのではないかと思う。具体的に正確な数字をたてて精密な検証をしたわけではないので、断言するのは確かにちょっと無理があるが。
この資料を見ると、防衛関係費に占める人件費の割合は45%程度である。
自衛隊の定数は陸海空を合わせると約25万人弱で、定員充足率が9割としても20万人超である。
災害援助隊であれば、その人数は15万人程度までに減らしても今回と変わらない程度の活動は可能だろう。更に、常勤の比率は下げて、一定の訓練を受けた後に定期的なフォローアップ訓練を続ける予備役的な位置づけにする割合も増やせるだろう。例えば、半数を即日対応可能な常勤に、残りの半数を3日以内に応集する予備役にするといった具合に。更に、消防とのオーバーラップを考えれば、常勤者のかなりの部分は平時は消防のレスキュー隊等に所属するかたちも可能だろう。
こうして考えると、人件費の部分でも、災害援助能力を下げずに、現状より大幅な削減は可能ではなかろうか。そして、その他の装備に関して言えば、イージス艦や戦闘機と言ったべらぼうに高価な装備は不要で、輸送機や輸送ヘリ、無人偵察機などに絞れば、その削減額は非常に大きいはずである。また、立地対策関係の予算も、もちろんほぼ不要になる。
というわけで、半額で出来るというラフな見積りに、それなりの自信はある。
そんな部隊を用意して、一体普段はどうするのという話にもなり得るが、もちろん、世界中に派遣するのである。世界中で見れば、大規模災害は毎年のように発生している。需要は十分である。
そして、その活動は、以前にも書いたが、なによりも日本を守る効果が非常に大きいはずである。現に、今回の震災に際して、世界で何が起こったかを考えればよくわかるはずである。世界中の多くの国の人々が、自身の生活も厳しいのに、身銭を削って日本に支援を寄せたのは、これまで、日本が行ってきた支援があったからこそである。これを更に拡大して、世界でダントツの災害支援部隊を持ち、世界中で更なる貢献を続ければ、何が起こるか、想像に難くない。
そのような貢献が積み重なれば、万一危機に乗じて日本を武力で占領しよう、領土をかすめ取ろうという国があったとして、国際社会がそれを許すだろうか?
米国の尻馬に乗って、道理に関わらず後方だからと国際紛争に参加するというようなことを続けていては、いくら軍事力を持ったところで、国民の安全を守ることが可能だろうか?そして、侵略されたときに国際社会は守ってくれるだろうか?
PKOや国際紛争の場に日本が人を出さなければ「金だけ」と非難されるという理屈はよく聞かれる。しかし、災害救助が命を張った崇高な使命感なしにできないことは、今回の自衛隊員の皆さんがおかれた厳しい環境からも明らかであろう。災害救助活動に世界ダントツの貢献をしていれば、PKOや国際紛争の場に日本が出ていかないことを「金だけ」と言って非難することなどできようはずもない。
軍事力で国民を守ることができないことは、世界中の人が911で学んだはず。そして、情けは人のためならずということを311で実感した日本人は多いはず。
もちろん、全くの丸腰でいいとまでは言わない。海保を強化した沿岸警備隊くらいは持っておくといった、ある程度の防衛力というのはあってしかるべきだろう。
(どのみち、中国と正面武力衝突して勝てるレベルの軍備なんて現実的とは思えないわけで。)
2011-03-30 原発が推進されてきた最大の理由
■原発が推進されてきた最大の理由
なぜ、原発はこれほどまでに推進されてきたのだろうか。
その理由としては、推進側からも反対側からも色々あげられている。
推進側:
- 資源の無い日本で化石燃料に頼るのは危険、再処理・増殖炉なども実現すれば無尽蔵に近いエネルギーを確保できる
- CO2を出さないクリーンエネルギーである
- しかも低コストで大電力を確保できる
反対側:
- 法律により、電力会社は設備投資額の一定割合のみの利益が認められており、高額な設備投資が伴う原発は、たとえそのものが不経済でも利益上乗せに好都合
- 危険性や使用済み燃料処分のコストなどに目をつぶればとりあえずは儲かる
- 実は核武装の目論見の下準備である
ざっと主なものはこんなところだろうか。
しかし、根本的な理由は、
「原発が危険だから」
ではないかと思うのだ。一見逆説的なようだが、どうしてなのか説明してみる。
- 原発は危険である。どう考えたって根本的に安全なんかじゃない。
- となると、当然様々なな対策が必要になる
危険であることによってどんなことが起こるか考えてみると…
- a
- 立地に絡んで、地元にお金を配らなければ誰も受け入れるはずがない。お金を配るということは、まさに利権が発生する。
- b
- 危険なものだから、かなりのお金をかけて作ることになる(高すぎとばれない範囲で)。当然受注先もうるおい、政治家にも還元がある。おまけに電力会社も利益をその分乗せられる。
- c
- 危険なものを扱うからには、厳密に規制・管理しなくてはならない。となれば、お役人が必要だ。そして、天下りがものを言う。
ほら、危険なおかけで、電力会社も、受注業者も、官僚も、政治家も、自治体もボロ儲けできてしまう。
これが本当に安全なものだったらどうだろうか?
bは安全でも高い設備が必要なケースが考えられるが、少なくともaやcは安全なら決して発生しないうま味なのである。本当に安全なものに、「安全委員会」とか、「安全・保安院」なんて必要なわけないのは、誰だってわかること。
ちょっと似ているのは、禁酒法でマフィアがウハウハという歴史の教訓。
元々感じてたことだが、強く意識したきっかけは昨日読んだ記事。
葉上太郎「原発頼みは一炊の夢か──福島県双葉町が陥った財政難」
これと、もうひとつ、青森の六ヶ所の再処理に絡む自治体の話(記事はどこだったか分からなくなってしまったが)。
もういろんなところで指摘されてることじゃないかとも思うが、念のため書いてみた。
2011-03-29 反原発の奴らって現実を見ていないよね
■原発必須だよね常考
脱原発なんて、思考停止もいいところ。余りに現実を見ていないお花畑だ。
原発を止めたら電気がめちゃくちゃ足りなくなるし、無理に原発以外で賄おうとすると電気代が何倍にもなってしまうという事実を直視していない。
脱原発論に関してしばしば出てくる意見だ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/116621
元のtogetterのめちゃくちゃさは置いといても、それについたコメントにも上記のようなものが散見される。
これって本当なの?
このようにいう人たちは、日本のエネルギー消費の何割が原発でまかなわれていると思っているのだろうか?
5割?7割?それ以上?
まず、電力だけに限ってみよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB
2010年時点で、日本の電力の約23%が原子力とある。もちろん、ピーク時電力も大切なので、そこまで見ても約3割。
さて、原発が本当にとても安いものだとしよう。色々な試算があるようだが、ここでは、思い切って、コストゼロだとしてしまおう。
さて、コストゼロの部分を、他の方法で賄うとして、残りの全ての平均と同等のコストで賄うと、全体のコストはどうなるだろうか?
1/0.7= 1.42倍
になる。あれ?原発はタダというトンデモ仮定をしてさえ、2倍どころか1.5倍にもならない?
ということで、あまりにもナンセンスである。
(原発以外の発電方式の、今後の追加コストは現状よりはるかに大きいというデータでもあれば別だが、実情はむしろ天然ガス発電の発電効率もかなり上昇しているので、逆だろう。)
それどころか、少なくとも比較的短期的に見れば、コストはそれほど上がらないどころか、今後厳しくなる安全に対する要求基準を満たすためにコストアップが必至の原発より安い可能性さえ高い。
そして、原発を全て直ちに止めろ!とまで言っている人は、脱原発を唱えてる人の中でも一部に過ぎないことも念のため。
化石燃料なんてそのうち無くなるじゃん!
とはいえ、資源がない日本で火力などに頼るのは危険すぎる?
ちょっと待ってほしい、2002年の日本の一次エネルギー消費に占める原子力の割合は15%ですよ(前出のWikipedia)。
この部分を他のエネルギーに変えて大変なことになるくらいなら、85%を既に他のエネルギーに頼っているのはとんでもないことですね。
大変だ、日本から逃げ出した方がいい。
でもどこへ?フランスでも行きますかね?
フランス以外の殆どの国では、実は原子力は全エネルギーのごく一部しか担っていないんですよ。
もちろん、化石燃料にいつまでも頼っていられるかどうかは危い。
メタンハイドレートや、シェールガスと言った新しい天然ガス源があると言っても、前者は実用化できるか不明だし、後者の埋蔵量も無尽蔵というほどではない。
したがって、短期的には火力と省エネ化で賄い、長期的には代替エネルギーによる発電を実現していかなくてはならない。
風力は公害の問題が大きいし、日本の国土では大きな期待はできないのは確からしい。
バイオマスも、少なくとも当面はエセロジーでしかない。
太陽電池は、当面は、火力の数倍のコストがかかり、あまり現実的ではなさそうだが、もういくつかブレークスルーで追いつけるくらいまで迫りつつある。
地熱については、従来の方法は公害や温泉との競合、資源総量ともに大規模化にはなじまないようだ。マグマの熱を直接利用する方法は、Wikipediaによると、未実用化段階だが、実現すれば資源量・コストともにかなり有望らしい。
(ちょっとググった範囲では、眉つばっぽい面もあるが。)
潮汐や海流については、資源量は十分あるだろうが、エネルギーの取り出しコストが見合うかが問題。
いずれも実用化出来てないじゃないかという話になりそうだが、これらの非原子力の新エネルギーに対する研究開発投資は、非常に限られてきた。
国策として原子力ありきで、核融合を含む原子力関連にこれまでに費やされてきた研究開発費と比べれば桁が違うレベルだろう。(正確な統計はないが。)
もちろん、民間企業も投資しないんだから、それはペイしないことの証拠だと言えないこともなさそうだ。
しかし、今回の福島原発の事故を受けて、世界中で原子力開発が失速するのは決定的な状況である。
ここで、新エネルギー開発に大きな投資を行うことは、単に国内の需要を賄うためだけではなく、この分野で先んずることは、この先数十年〜1世紀単位での最重要分野の一つで優位に立てるということにもなる。
国がやるのもいいですが、資本力が十分あるトヨタさんあたり、どうでしょう?
既に小遣い稼ぎもしくは、エコスタンドプレー的に取り組んではいるようですが、本腰をいれてやってみませんかね。
新エネルギーがらみは、電力会社は腰が引けているし、輝かしい未来を断言する情報源はかなりトンデモっぽさがあり、なかなか実際のところどうなのかにいたることができず、根拠薄弱なストーリーになってしまった。公開がためらわれるお粗末さながら、ここいらで、ちゃんとまじめに考えてみ<てもいいんじゃないかというスタートのきっかけとして恥ずかしながら公開。
2011-01-12 欲しいので
2010-07-13 民主党が負けた一つの理由
■民主党はなぜ負けたのか
そもそも、総得票数などからみて「負けた」のかどうかに議論もあるが、多くの議席を失ったのは確かだということで、ここでは「負けた」と考えることにする。
さて、負けたことのたった一つの理由などというつもりもないし、理由は一つではないと思う。
そのなかで、大きな理由の一つと思えるのに、あまり論じられていないものを指摘してみたい。
しかし、民主党にすべてを委ねようとまで決意していたわけではない。
一方、民主党は、政権交代の効果を早く出さなくてはならないという焦りからか、数多くの法案をごり押しで通してきた。
この姿は、確たる民主党支持ですらない無党派層の多くにとって、危険な姿として映ったのではないだろうか。実際に、選挙後に望む枠組みとして、「民主党を中心とした政権」を望む声は多い一方、単独政権を望む声は少なかったころからもうかがい知れる。
そう考えると、今回の敗北は、民主党にNoを突き付けた人による部分もあるだろうが、同時に、「勝ちすぎは怖いな」という消極的な支持・不支持の層が、勝ちすぎを恐れて第3極と思しき「みんなの党」に流れたり、バランスを取らせるために最大野党の自民に入れたりという部分がかなり大きいのではないだろうか。
消費税云々や官僚に支配された姿がなどと言われているが、何れも自民党に票が戻った理由にはなりえないわけで。
というわけで、ねじれ国会が問題という意見もあるが、実は多くの国民は、中庸を好み、大きな変化は好まない(と私は見ている)わけで、ねじれ国会をこそ望んでいた有権者も多いのではないかとも思う。
2010-01-14 災害救援部隊を作ってはどうだろうか
■サンダーバードではないが、災害救援部隊を作ってはどうだろうか
ハイチでの大地震がニュースになっている。とても痛ましい災害であり、地震国に住む身として決して他人事とは思えない。
各国からの救助部隊が到着し始めているころだろう。日本からの支援体制はどうなっているのだろうか。特に地震被害の場合、迅速な救助活動が求められるわけだが、日本にはそのような早い対応をできる体制が整っているだろうか。自衛隊の派遣となると、色々な国内外の政治的な問題も絡み、すぐさまというわけにも行かないことが多いだろう。
もし、日本に、災害援助・救援の専門組織があったらどうだろうか。
- 規模は、最初は数百人程度でも良いだろうし、場合によっては数千人規模でも良い。
- 専用の、もしくは直ちに使用可能な輸送機を最低1機、ヘリも相当数用意する。
- 軍隊としての性格を持つ自衛隊の下に置くのではなく、独立の組織、または消防庁の下に置く。これにより、政治的に微妙な地域への救援活動も迅速に行うことができるだろう。
要するに、サンダーバードの国際救助隊的なものである。
お金がかかる?もちろんそれなりのお金はかかる。でも、国防費(国を守るための費用)と考えたら、自衛隊にかけている数十分の1のお金で、ずっと大きな効果を発揮するはず。
- 国内の災害発生時への対応も、自衛隊以上の機動力と専門の訓練により大きな効果を発揮する:直接的に国民を守る
- 国外の災害にも迅速に対応することにより、国際社会において、憎悪ではなく、感謝・尊敬の対象となる:間接的に国民を守る
911のテロからも学んだように、アメリカほどの軍事力を持ってしても、国家は守れても国民を守ることはできない。
アメリカに追従し、アメリカの非道に異を唱えるどころか諸手を挙げて賛同したイラク戦争でのあり方が、日本を安全にしただろうか。「テロとの戦い」なるものに乗っかって給油活動をすることは、本当に日本が国際社会に貢献したと認められるようなことなのだろうか。
万一アメリカにとって日本が邪魔な存在となり、アメリカから非道な扱いを受けたとき、誰がそんな日本を助けようとしてくれるだろうか。
自業自得だと笑われるのが関の山である。
国家も国民も守るのは、結局のところ、憎悪の対象とならないこと、そして万が一の場合には助けるに値する国であると見なされていることではないだろうか。政府開発援助も、JICAのような活動も、そういった意味での国を守る活動でもあるといえるだろう。そして、国際救助部隊が活躍する日がやってくれば、その効果はこれらの活動に負けないほどの効果を発揮するだろう。
情けは人のためならず。
追記
やはり、散々既出ですね。
既にあることはあるのですね。id:tanasumiさん、情報ありがとうございます。
http://www.jica.go.jp/jdr/about.html
その割りに、プレゼンスが大きくないというのは、やはり運用上の問題でしょうか。
要請を受けてから24時間以内の出動というのも、緊急という意味ではいまいちですね。
既存組織からの召集というのは、現実的解決策として悪くは無いと思いますが、第1陣に必要な人数くらいは常勤がいても良さそうです。
あとは、要請を受ける前から準備をし、要請があり次第即時出られる(結果として要請が無くて無駄になることも覚悟で)ような仕組みも必要そうです。
というわけで、質のレベルでは既に高いものだと思うのですが、せっかくですので、政治的な部分も含めて、仕組み・運用と規模の面で、「世界でもNo.1の日本の国際緊急援助隊あり」といわれるレベルであって欲しいと思います。
(無論、国際緊急援助隊に関わっている方々のこれまでのご尽力と成果を否定するものではありません。)
同じような提案の書籍も教えていただきました。id:wacknnpapa さん、ありがとうございます。
2009-06-21 NHK BS2「“認罪”〜中国 撫順戦犯管理所の6年〜」 制作:テムジン

途中から観たが、非常に良い番組だった。
中国における戦犯の扱いについて、全く無知であったことを知らされた。
シベリアから移された日本人戦犯が、どのように扱われ、どのように感じ、どのように帰還し、その後どう暮らし、今どう思っているのか、更に、中国側の関係者の証言や、資料も丹念に集められていて、圧巻というほか無いものだった。
戦犯を断罪し溜飲を下げる代わりに、自らの罪を認識させ、悔悟させ、その上で寛大な処置をとるというやり方は、日中に今でもいる憎悪の応酬にとらわれている人たちと比べて、如何に未来を明るくするものであったかということを感じさせられた。
もちろん、政治的意図や、非人道的な面など、手放しに褒められたことばかりではないということは前提としても、トータルにみて、いい意味で大人の対応であったと。
特定アジアなどという言葉を使って、憎悪のスパイラルを募らせる人たちにも観て欲しい番組。
また、厳罰化を追い求める人たちにも。
まあ、これを観ても、偏向だと騒ぎ立てるだけの人もいるかもしれないが。
追記:
史実は一つでも、見方によっていろいろに見えるという例。
http://www.youtube.com/watch?v=RAdq0kAn24o
テムジンの制作したドキュメンタリーは、手放しで賛美する内容では決して無く、淡々と証言や事実を連ねていた。
もちろん、客観や中立なんてものは幻想に過ぎないわけで、どちらかというと好意的な立場ではあったと思うが。
一方のチャンネル桜は…。
2009-06-20 刑事万歳ドラマを観て

テレビ朝日が、何やら警察万歳番組をやっている。
だが、今回、敢て帝銀事件に関わった刑事を取り上げ、英雄化している。
(英雄化をしているわけではなく、清濁合わせて描いているとも取れるが…。)
警察が用意出来た材料では、平沢氏の有罪をとてもじゃないが立証出来ていないと私は思うのだが、そんな事案の警察側の姿を書いているのは、どういう魂胆があるのだろうか。それでも警察は悪くないというプロパガンダなのか、それとも、頑張っているようでも冤罪を生み出す罪深さを皮肉っているのか、それとも?
足利事件の件の後だけに、ちょっと勘ぐりたくもなってしまう。
偉そうにしていても、裁判官も警察官も、やり方を間違えて、無実の人を死刑にしたり、獄死させれば、ようするに人殺しなわけで、その怖さを分かっていてそれでも間違いを犯してしまったなら、それはそれでやむを得ない面もあるのかもしれないが、そういう怖さを分かっていない裁判官がいたら怖すぎる。
2009-03-22 ネタメモ
2009-03-21 毎日新聞に(その他メディアにも)お薦めしたいこと
■毎日新聞をはじめ、ネットに記事を公表しているメディアにお薦めしたいこと
発電装置:太陽光や風力より効率良く、電磁力で電力供給−−木下さん開発 /神奈川 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20090319ddlk14040128000c.html
として、毎日jpに、永久機関を騙る装置の紹介記事が掲載された。
もちろん、最低限の科学知識があれば、これが典型的な永久機関の類型に過ぎない、つまりあり得ない話であることは一読で判るだろう。
そして当然ながら、それを指摘するはてなブックマークが多数付いた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20090319ddlk14040128000c.html
そして、それから2日経った21日になっても記事は取り下げられていないようなのが、また驚きである。
そもそも、こんな記事が出てしまわないように、社内に科学記事に付いてきちんと考証出来るスタッフを置き、判断がつかない場合の外部アドバイザーを確保するのが、マスメディアとしては当然のことだろう。
とは言え、やはりそういった内部チェックの目を漏れてしまうことというのも、時には防ぎ得なかった場合が出てしまうというのも現実だろう。
そこで提案したいのは、ネットに記事を公表するメディアは、自分の所の記事についてのソーシャルブックマークをチェックする仕組みを作ったらどうだろうか。そうすれば、数多くの人が間違いに気付いた場合に、「知らぬは己ばかりなり」ということにならずに済むわけで、しかも、内部チェックの強化よりは遥かに低コストに実現出来るのだから。つまり、チェックするコストを、ブックマーカーがボランティアで負担してくれるという、都合のいい話なのだから。
もちろん、記事にコメント欄をつけるというのも似た戦略だが、その場合、許可制だと敬遠されるだろうし、自由解放にすると炎上で収集が付かなくなる危険が大きすぎるのではないかと思う。
ブックマークコメントが信用ならないという面に付いても、たいして難しくない基準で大まかなノイズカットはできるだろう。
例えば、どんな記事にも反対するようなブックマーカーは、そのブックマーカーが正しいかどうかは別として、自社の編集方針そのものと合致しないものということで、フィルターで除いてやることもできるだろう。その他にも、不自然に連続した類似したコメントについてはマルチアカウント利用のspam的な行為を疑って除いたりするのも良いだろう。このようなフィルターをかけて、場合によっては更に自然言語処理によるスコアリングで、多くのブックマーカーから誤りを指摘されている可能性を判定しても良いだろう。その上で、危険性のある記事だけにでも、記事の内容と、それを批判するブックマークコメントのいずれが妥当なのかを冷静に検討するのだ。
2chの自社関連スレを監視している企業は少なくないと聞くが、これからは、少なくともメディアは、ソーシャルブックマークもウォッチ対象してみれば?という話である。その他の企業もそうだが、特にメディアは。
誤報の検知というだけの意味ではなく、活用の方法と方針次第では、メディアのあり方そのもののパラダイムまでも変えうるだろうし、そこまで行かなくても、書き手にとっての良い勉強にもなるのではないだろうか。
まあ、マスコミのお偉い記者様やデスク様は、下々が書いたコメントなどから学ぶつもりもないのだろうが…。
2009-02-15 セクハラについて
■セクハラについて
はてな界隈で論争になり、私も少し首をつっこんでいるセクハラ論争について、ブックマークコメントや、他の人のエントリーのコメント欄での記述では意図が間違って伝わってしまう危険性があるなと思っていたら、危惧が現実になってしまっているようなので、自分でエントリーを立ててみることにした。と思って書いてみたものの、思いを文章にするのは難しく、逆効果かもしれないが公開する。
セクハラという表現の問題
あまりにも質的にも量的にも異なるものがひとくくりにされているのではないかと思う。
すなわち、故意なのか過失なのか、軽微なのか重大な犯罪なのか、性的といえるかどうか微妙なのか明白なのか。もちろん、それぞれどちらかではなく、いろんな中間レベルがあり得る。それらを全部くくって、「セクハラだ」というのは、次のような弊害があると思う。
- 重大な犯罪行為が矮小化される危険
- ハラスメント(いじめ・いやがらせ)です、いや、その意図はありませんという水掛け論
- 「セクハラ」ラベルを貼られることを恐れ、少しでも疑いのある行為ができなくなること
(「少しでも疑いがある」は、容易に拡張されうることに注意。)
- 更に、受け手の判断のみで認定されるなら、認定されうる範囲が際限ないこと
ではどうすべきと考えるか
明らかに「性的」で、明らかに「いじめ・いやがらせ」であるものを「セクハラ」というのは、問題ないと思う。(「明らか」かどうかに難しさがあるのは確かなので、どこに線引きするかは困難。だからといって、受け手の判断だけに任せるというのは行き過ぎ。)
しかし、「性的」であるか無いかに関わらず、「いじめ・いやがらせ」であると断定できないようなものについては、「セクハラだ」と糾弾するのではなく、その個別の行為の不適切さや、それによって不快であった/傷つけられた/被害を被ったという事実を指摘し、改善・事態の修正を図る方が良いのではないかと思う。(不適切さ/被害が大きかったり、改善が見られないような場合は、より強い言い方・措置がありうるだろうが、その場合も、「セクハラ」というラベルを引っ張りだす必要があるのかは慎重でありたい。)
これは、言われた側の立場でというだけの話ではなく、結局のところ、「被害」を受けた側の立場からしても、より有益な選択ではないだろうか。つまり、「セクハラだ」と言ってしまった場合の、「いや、そんなつもりじゃないから」といった反論は、「私は不快です」「そのような表現は私を非常に傷つけるものです」と言った場合は起こりえないとは言えずとも、起こりにくくなると考えられるから。
一方、立場を利用した性的関係の強要などのような重大な犯罪行為についても、「セクハラ」などという表現は、やはり不適切ではないだろうか。セクハラに限らず、「いじめ・いやがらせ」という言葉を使うことが事実を矮小化することになる場合が多いから。
例えば、学校における「いじめ」でも、「暴行」「恐喝」「脅迫」「監禁」といった犯罪行為は、「いじめ」と言ってしまってはマイルドになりすぎな訳で。
個人的背景
個人的には、私も、性的なからかいや、個人的な事柄についての無配慮に踏み込まれることに対しては不快と感ずる方だと思う。
なので、そのようなときに「セクハラだ」と糾弾したい気持ちも理解できるし、実際に言った経験も複数回ある。
たとえ冗談めかして「それってセクハラですからやめてください」と言った場合も、相手にその意図がなければ、相手が鼻白んで、気まずくなってしまうことが多かった。確かに、その行為をやめさせるという効果自体はあるのだが、必要以上に相手との関係を損なう危険性も感じられた。
個別案件に絡んで発言したことについて
個別案件に絡んで上記のような内容のコメントをしたことが、「セカンドレイプ」的であるとの批判があることは理解しているし、当事者にそう思われたのなら、平気でいられる訳でもないし、傷を深くしたと言われればお詫びしたい気持ちもある。
だが、公開しての糾弾が行われた場合に、それについて賛意だけではなく、異論が起こることまでを問題視することには同意出来ない。
異論を許容出来ないのなら、公の場で誰かを糾弾するべきでは無いと考えるから。(もちろん、異論と罵倒や揶揄は別である)
というわけで、このエントリーについても、異論は歓迎である。
2008-11-01 民族の誇りを取り戻すのに必死な可哀想な人々へ
■民族の誇りを取り戻すのに必死な可哀想な人々へ
自衛隊のお偉いさんや、産経新聞の皆様や、そこに登場する正論文化人の皆様は、民族の誇りを取り戻すのに必死らしい。
あまりの必死さに、脱帽するあまりである。
私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければなら ない
「私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途をたどるのみである」
一気に読み込んでいって、最後の文章にうなった。ここまで書いて更迭されるのであれば、それでいいではないか。こころある人の多くは、ひそかに拍手を送っているはずだ。
私なぞ、生まれ育った日本を愛することに、それほどの労力を必要とせず、小学校の頃から日教組の分会長の教えを受け、日本国憲法の格調高さに国を愛することを深めながら、今日に至っているので、苦労しながら国を愛そうと努めていらっしゃる方々には頭が下がるばかりである。
そもそも、過去に日本が成した愚行について指摘されると正気でいられないあたりが、国を愛する心の欠如を表していて嘆かわしくもあるが、そんななか、なんとか国を愛したいとあがく姿にも頭が下がる。
そんな中、過去の愚行を直視しながらも国を愛し続けることの出来る人を目の当たりにしたときに、ついつい羨ましさのあまり、「反日だ」「自虐史観だ」というような憎まれ口を叩いてしまう姿には、あまりに痛々しくて正視に耐えないこともある。
欠けているところを正視しながら愛すことは、子供には難しいのは分かるが、その一歩を越えてこそ大人になれるのにと、年齢の上ではかなり上なはずの某自称愛国ながらむしろ国を愛しきれない新聞社の記者には言ってあげたい。
そんなにじたばたしなくても、みんな日本は大好きですよ。
特に、あなた達に反日と言われる日本人は、あなた達より自信を持って日本を愛しています。
いいかげん、あなた達も、もうちょっと日本を信じてあげませんか?
追記:2008年11月2日
表題が内容に合致しないという指摘をいただきました。
(http://b.hatena.ne.jp/imo758/20081102#bookmark-10651255)
確かにおっしゃる通り、「取り戻す」ではなく、「水増しする」「取り繕う」「確立する」あたりの方が相応しいですね。
更に、この書き方では、該当するような人たちが素直に読んでくれるとも思えません。精々、ちょっとした皮肉にしかなっていません。
伝える目的で書くならもう少し書きようがあるはずですが、夜中に勢いで書いたこの文章自体はこのままにしておきます。
いずれ、工夫して書くエネルギーがある時があれば、別途書いてみるかもしれませんが。