Hatena::ブログ(Diary)

mikageの車窓から

2016-08-02

俺はずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜を、すごいと思ったんだ。

21:01

(以下の文章は、ふぇーすぶっくで怒りに任せて書いた推敲0のものに、若干加筆したものです)

 ちょっとまじめな話をすると(これから言う事が伝わるかはわからないけど)、「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」は、個人的にとても衝撃的アニメ映画で、これまでの価値観の一部を崩すほどの衝撃を受けた作品である。

 よく見るシン・ゴジラの「面白い理由」として挙げられるポイントの中に、「邦画的な売れる要素(イケメン、美少女、ポップな主題歌)がない」「頭の悪い人間がいない」というようなものが挙げられているが、そこをいくと、「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」にはイケメンはいるし、美少女もいるし、主題歌も劇中歌もポップだし、頭の悪い登場人物も大勢いる。

 話の筋としても、マーガレット少女マンガでよく見るような、ご都合主義的、夢物語的な話で、新鮮味はなく、むしろ展開の理不尽さ、一部の登場人物が一身に「物語的なワリを食っている」ところなど、粗の方が目立つといってもいい。

 しかしながら、「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」はロングランを続けており、つまり、売れているわけである。

 では、誰に売れているのか? ウケているのか? というと、勿論それは「前述のような感想を持たない人間」にウケているのだ。

 はっきりいうと、ヲタクという人種は、自分が面白いと判断できないもの、ぶっちゃけ「つまらないもの」に関しては、評価しない、いや、「下に見る」傾向が強い。

「なぜ、あんな売れないのがわかりきっているような、つまらないものを作るんだろう?」「その金があるなら、もうちょっと別な事に使えばいいのに」「同じ監督のあの(俺が好きな)作品に予算をつけて、傑作映画にしてくれればよかったのに」などというのは、ヲタクであれば、大なり小なり、一度は思った事があるであろう。

ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」は、前述のように、一般的な「ヲタク」の尺度から見れば、駄作である。しかし、我々が「駄作」と判断した作品を見て、女子高生は共感し、泣くのである!

 例えばこれが実写の邦画であれば、媒体が違いすぎるがゆえに、不思議に思うだけで終わったであろう。

 しかし、これは比較的ヲタクにも理解しやすいアニメ映画で、客層も(年齢層が違うとはいえ)ニコニコをメインとしたネットユーザーである。その、「どちらかといえば、比較的感性が近いと言えなくもない存在」が、私にとってはまったく理解できない感動をし、涙を流しているのである。

 これを大きな衝撃と言わずして、なんと表現するべきだろうか?

 ここから学べる事は、「自分の価値観、尺度は絶対ではない」ということである。私がこの映画を「クリエイティブな人に見て欲しい」と勧めるのはこのためで、自分が作り出すものに対して、常に「疑い」を持つという姿勢を持って欲しい、と考えたからだ。

(勿論、「そんな事はわかっている」という人もいるだろう。それは申し訳ない。が、そこはまずおいて欲しい)

 どんなに逆立ちしようとも、自分が作り出せるものは自分という範疇を超える事ができない、私は考えている。いくら「面白い」「つまらない」と自分で自分の作品にランクをつけたところで、そのどちらもが「自分が、自分の中から生み出したもの」であって、「自分」という枠組みを超えたものは、決して生み出せないのである(伝わり辛いだろうが……)。

 ここで、自分が「面白い」と判断した作品については、まぁ、とりあえずおいておこう。問題は、自分が「つまらない」と判断した作品である。

 自分が「つまらない」と判断して、人知れずお蔵入りにしようとした作品は、果たして本当に「つまらない」ものなのか? 自分がつまらないと感じるだけで、然るべき場所に届ければ、それは大きなムーブメントを生み出す力を秘めたものなのではないか? なら、その場所はどこなのか? どう発表すれば効果的なのか? そういった事を考える事が、「大ヒット」を生み出すきっかけになるのではないか?

 そういう事を、「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」を見て、思ったのである。

 私はクリエイティブな人間ではない。加えていうなら、自分の感性が常に正しいと思って生きている人間である。

 しかし、そういった「正しさ」は一方的なものであり、決して双方向的(他人も、同じ感想を持つ)なものではない、ということを、(普段から意識するようにはしているが)改めて強く感じたのである。

 この世に、本当の意味で「つまらない」という作品は、本当は存在しないのかもしれない。どんな作品も、誰かにとっての「面白い」になりえる可能性を秘めており、ゆえに、人はそれを笑う事はできないのだ。

 あらゆる作品は、「誰かの面白い」になりえる部分を持っている。ならば、それを頭ごなしに否定する事は、自分が絶賛する作品を、「所詮は、狭い尺度でしか物事を見ることができない人間の絶賛」と軽んじられてしまう可能性を秘めている。そうした気付きを、「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」は与えてくれたのである。

 

 

 だがケイオスドラゴン、テメーはダメだ。

埴輪オタ埴輪オタ 2016/08/06 12:40 最初に自分にとってつまらない作品があって、いやだけど他の誰にとってははとても面白いのかも、と考えることに何か意味があるかな。
まず売りたいターゲット層決めてから好みに合わせた作り方をして、利用者の多いメディアに広告打つのがふつうじゃない。

どうして狭い尺度でしか見れない人間じゃだめなの。凡俗な客と自分は違うんだって批評家気分がくせになってると面倒くさそうだね。

みかげみかげ 2016/08/06 13:21 コメントありがとうございます!
僕も、他人が「面白い」と言ったものに対して見もせずに「面白いわけないでしょw」と言ったりするのでなければ、別に「これは俺はつまらないとしか思えないけど、別の誰かは面白い思うかも」なんて考える必要はないと思いますよ!笑

「こういう考えを持っている人は見識が狭い」とか、そんなことは全然思っていませんが、誤解を与えてしまったなら申し訳ありません!
僕も「絶対これつまんねーだろ」というのはよく思うし、そう思ったものにわざわざ時間かけたりはしませんしね笑

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/blue876/20160802/1470139269