シフゾウのPhysical Graffiti

2011-02-08

オンライン小説2「規格外」33

| 14:38

 夏休みのあいだに奈緒子が経験したアルバイトは五つを数えた。中型の運転免許を持っていたので、まず深夜の運転代行のアルバイトに採用された。二人でペアになり、酔った客を店まで会社の車で迎えに行く。一人は客の車を運転して家まで送り、もう一人は後ろから会社の車でついていく。仕事が終わると二人で会社の車で戻るという仕組みである。一人で仕事をするのではないし、新米なので会社の車を運転していれば良かったから、気は楽だったが、夜一〇時から朝四時という勤務時間でありながら、時給換算すると千円にもならないのが割に合わず、一週間で辞めた。

 同じようにフォークリフトの免許を活かして工場で働こうとしたが、深夜勤務手当を入れても時給八五〇円にしかならなかった。きつい労働をしても金にならず、チャラチャラと酒を飲んでいるだけで母のように金になるのは、おかしな世の中だ。

 夜できる仕事として、コンビニの店員や、塾の講師は一般的だが、倉庫内での仕分け作業というのもあった。一日で集まった宅急便を、夜のうちに配達先や種類別に仕分けしておくのだ。これもフォークリフトが使えて、日払いで一万円くれたので、一週間は続けた。しかし毎日夕方に新宿駅でマイクロバスに乗せられ、埼玉のほうの集配所に連れていかれ、明け方まで働くのは、気分のいいものではなかった。

 なかなか金にもならず、身体もきついので、そのあと新宿でカウンターパブのフロアレディというのをやった。カウンター越しなので、客は女の身体に触ることは出来ない。その代り水商売だが時給も安くて二千円だった。

 もともと水商売はやりたくないと思っていたし、案の定母への反発や、酔っぱらってみっともない姿を晒している男どもへの反感や、きらびやかな外見の裏でセコい商売をやって金を儲ける経営への嫌悪でいっぱいになってしまい、楽しくもなんともなかった。あぶく銭でも有難く押し戴かなくてはならない立場とはいえ、もう少し実態のある商売をしたいと思った。

 毎日のように求人サイトを見ていた時、探偵社のアルバイトを見つけた。十名程度のスタッフを抱え、新宿二丁目の裏のほうに事務所を構えている会社で、ほとんどの依頼は浮気調査、素行調査、行方不明者の捜索である。奈緒子も探偵社が推理小説もどきの仕事をするとは思っていなかったので、それは意外ではなかった。

仕事というのは、探偵は夜遅くまで尾行することが多いので、夜間の連絡や、報告書と請求書の作成、インターネットで可能な調査、場合によっては車で尾行や張り込みの現場に行って届け物をしたり手伝ったりという内容だった。時給は千五百円で、勤務時間は六時から十一時半まで。

 電話をして大学名を言ったら、所長が会ってくれた。所長はおよそ敏腕探偵というイメージではなく、流行おくれの背広を着た顔も体型も狸のようなオヤジで、これも意外ではなかった。彼が「バイトの子」に求めるのは「パソコンで綺麗に報告書を作ってほしいの。フォーマットがあるからどうってことないんだけど、誤字脱字は困るのと、場所とか時間を間違うのは困る」こと、「フットワークが軽くて、機転が利いて」「運転が上手」「ぺらぺら喋らない」ということだった。

 最初この条件を聞いて、奈緒子は「パソコンはテストすればいいと思いますけど、あとは証明しようがないですね」と苦笑した。

「いいんだよ、若いから、多分出来るよ。頭よさそうだし。群れたがらない感じだし。とりあえず三日もやってもらえば、お互いに分かるから、やってみてよ」

 どうやら所長は六十歳を越していて、夜中まで所員の調査に付き合うのに体力的にも精神的にもうんざりしており、六時半にはあがって飲みに行きたいらしい。三日通って分かったのは、近くのフィリピンパブに贔屓のダンサーがいて、半同棲状態にあるということだった。しょっちゅう電話やメールをしているから、所員も全員が知っている。元気なことである。

夜にやらなければならないことは多くはないが、ほとんどの所員が尾行や張り込みに入っている以上、誰かが事務所で連絡や調べものをしないと話にならないのだった。それだけでは勿体ないから、報告書や請求書も作ってもらうということである。

 所長は一週間は奈緒子に付いて仕事を教えてくれたが、翌週からは奈緒子の顔を見ると、卑猥な冗談を二つ三つ飛ばして、さっさと帰るようになった。所員は一人か二人、オフィスに残っているが、報告書を書いたり調べものをしたりと忙しそうにしていて、あまり奈緒子には話しかけない。そもそも、単独行動が好きで団体が苦手だから、探偵なんかになるのだろうと奈緒子は独りで納得していた。

ここに週五日通えることになって、オフィスKの収入と合わせればどうにか手取り十四万円は超えそうだったので、初めて奈緒子は一人暮らしする自信がついた。奈緒子は徳永を携帯メールで呼び出した。

 徳永に毎月三万円の援助を取り付け、保証人になってもらって、八月下旬に奈緒子は中野坂上の賃料七万円のアパートに入居した。

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