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boehmflute.com - コラム集 -

2009-01-21 enokida氏のフルート遍歴

enokida氏のフルート遍歴

22:13

pankomedia:
ここではenokidaさんのフルート遍歴といいますか、これまでに使って来られた楽器についてお伺いしながら初期のベームフルートを演奏する意義になどついてもお伺い出来ればと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

enokida:
こちらこそ。何でもきいてください。

pankomedia:
enokidaさんは今でこそ19世紀のベーム&メントラーやルイロットが製作したフルートを吹いていらっしゃいますが、お若い頃はやはり日本で身近に入手できる楽器を使っていらしたのですね。

enokida:
ええ。はじめは国産の総銀製を使ってました。それからその時の先生の薦めもあって高校生のときには銀のヘインズに持ち替えました。

pankomedia:
ヘインズはハンドメイドでしょうか?

enokida:
いえ、いわゆるスタンダードモデルでした。それでもあの頃は高い楽器という印象でしたね。

pankomedia:
なるほど。それで、しばらくはヘインズがメインだったわけですね。

enokida:
ええ。アンドレジョネのオーディションでもそれで吹きました。それで通ってチューリッヒに行ったんです。

pankomedia:
持っていかれたのはヘインズ1本だけでしょうか。

enokida:
はい。それでチューリッヒでレッスンを受けて、先生の音を聴いてるともう他とは全然違う。はじめは奏法がすごいんだって思って、まあそれももちろんそうでしたが。

pankomedia:
アンドレジョネはルイロットとルーダルカルテの銀管も使っていたのですね。「ごしきひわ」を吹いたレコードにはルーダルを使用とありましたが。

enokida:
ええ、ピッチがロットより安定していて使いやすいからといって結構ルーダルを吹いてましたね。でも音色はロットの方が好きな様子だった。

pankomedia:
ルーダルの方がピッチが安定しているというのは興味深いですね。ロットは435スケールでルーダルは440スケールの楽器だったということでしょうか。

enokida:
そうだったのだと思います。それでも私はまあ、3年ほどはそのままヘインズを吹いていたわけですが、そのあとロンドンに行ったらベネットもロットを吹いてる。頭部管はボンヴィルの洋銀だったけど。

pankomedia:
なるほど。

enokida:
それはもうすごい音出してました。これは楽器の違いもあるぞ、と。その頃のベネットは正に絶頂期という感じでしたね。

pankomedia:
それでenokidaさんもヴィンテージの楽器を探し始めたというわけでしょうか。

enokida:
ロンドンのSOHOにビンガム(Langwill Indexの出版社であり著名な古楽器のディーラー)の家があって、そこに行ったらなんでもボンヴィルって書いてある楽器が置いてある。で、吹いてみたらびっくりするくらい良い音するんでそれを買ったんだけどそれはリングキーフルートという特殊な楽器でね。いわゆるオープンホールというのではなくて、トーンホールを直接指で押さえるやつ。

pankomedia:
ボンヴィルが特許を取ったリングキーシステムですか?それはまた珍しい。

enokida:
そう、だからそのまま普通には使いづらいので頭部管だけ使って。胴体は以前の通りヘインズで。

pankomedia:
ベネットみたいになったわけですね。

enokida:
そうそう。(笑)

pankomedia:
しばらくはそのボンヴィル=ヘインズをメインとして吹いていらしたのでしょうか。

enokida:
そうです。コンクールに入賞したときなんかもそれで吹いてました。評判よかったですよ。

pankomedia:
その時のファイナリストの演奏会、録音など残ってないでしょうか。

enokida:
ありますよ。カセットテープだと思うけど、どこかにあるはず。

pankomedia:
それ聴きたいですね。今度コピーさせてください。ここで公開しましょう。

enokida:
それは... また探しておきますよ。

pankomedia:
機会があれば是非。(話は戻って)ルイロットは日本に帰ってから入手されたのですか?

enokida:
やっぱりビンガムの所で5300番台の総銀製/金リップの楽器を買いました。頭部管のカットもなくて全くオリジナル。H足部管で低音のHを左手小指で操作するようになっていて、あれアメリカ仕様って言うのかな?違うか。なんでもボストン交響楽団の初代のフルート首席が使っていたとか、楽器に名前が彫ってありました。

pankomedia:
ルイロットといっても、またいきなりすごい楽器に巡り会ったというわけですね。

enokida:
もう素晴らしい楽器で、ピッチもそのまま440で問題無しという具合だから日本に帰って大フィルに入った時もメインで使ってました。

pankomedia:
その時代の大フィルにいきなりロット吹きが登場というのはなかなかすごい話だと思います。

enokida:
そう、オーディションで吹いた時も一人音の全然違うのがいるということだったらしいですよ。

pankomedia:
それでは、enokidaさんは日本でプロとして活動された最初からロット吹きとして今に至っているというわけですね。

enokida:
最初に買ったのが1978年だから、それからかれこれ30年はロットを吹いてるわけ。とっかえひっかえ何本吹いたかな、20本くらい?あんまりそんな人いないでしょう。

pankomedia:
いないと思います。(笑)それにしても、ソリストとしての修行をされてコンクールに入賞をされてオーケストラの首席奏者へと、フルーティストとしてのキャリアのとても大事な時期をルイロットをメインにして駆け抜けたというのはすごい。しかも本当に第一線でというわけですから。

enokida:
まあ、ジョネのところに行って、そのあとベネットのところでもレッスンの度にデュフレーヌだルボンだと色々なレコード聴かされて。その人たちみんなロットを吹いてたわけですから。(ルボンの吹いていた7000番台の総銀ルイロット/金リップの写った写真を出してくれる)

f:id:boehmflute:20090630002522j:image

pankomedia:
ルボンがルイロットを吹いていたというのはenokidaさんから初めて教えてもらいましたが、ギャルドと来日した時などはケノンの洋銀だったとか。

enokida:
そういう話だけど、このロットがメインだったらしいですよ。吹かせてもらったけど小さめの歌口でそれはすごい音がする。ケノンとは全然違うタイプの楽器ですよ。

pankomedia:
デュフレーヌやルボンなどの録音はベネットのところで初めて耳にされたのですか?(下はデュフレーヌ使用の9000番台ルイロットの写真)

f:id:boehmflute:20090630000617j:image

enokida:
実はデュフレーヌは一度実演も聴いてるんです。留学する前に日本で、ミュンシュとダフニスをやったんだけどあまりにフルートがすごいんで楽屋までサインもらいに行きました。(笑) それがそのデュフレーヌだったって結びついたのはずっとあとでしたけどね。

pankomedia:
東京でやったミュンシュとのダフニスはDVDでも観ることが出来ますね。あれをその場所で実際に聴かれたと。それだけでも本当に羨ましいです。その上サインまでもらって...

enokida:
(笑)ちょうどダフニスのミニチュアスコアを持っていたのでそこにしてもらいました。ずっとあとでデボストにも同じスコアにサインをもらおうとしたらデュフレーヌのサインが先に書いてあったので...

pankomedia:
それは書きづらかったでしょうね。

enokida:
苦笑してね、なんだデュフレーヌの後かよ、みたいな感じで。(笑) それでもまあ機嫌良く書いてくれましたが。

pankomedia:
次から次へとすごい話が出てくるのでクラクラしてきました。とにかくenokidaさんがルイロットを吹くことになったのは自然の成り行きだったわけですね。「素晴らしいフルート吹きあらばそこにルイロットあり」だったわけですから。

enokida:
本当に、なんでみんなロット吹かないんだろうって。(笑)

pankomedia:
普通はそういう風にいきませんから。(笑)ところで大フィルでは一時期、金のヘインズを使っていらしたと前に伺いましたが。

enokida:
大変に古いものでカバード引き上げの総14Kでしたね。

pankomedia:
それはメインで使っていらしたのですか?

enokida:
ええ、と言っても4年くらいかな?その期間オケではほとんどそれで吹いてました。

pankomeda:
あえてロットからヘインズに変えたのはどのような理由からでしょうか。

enokida:
それはね、昔からランパルは金のヘインズ吹いてたっていうのがずっと頭にあって...

pankkomedia:
なるほどランパルですか! ということはenokidaさんもランパル大好きという時代があったわけですね、今と違って。

enokida:
(笑)いやいや、今でもランパルは大好きですよ。何でもかんでもというわけではないけれど、良い時の録音は素晴らしい。

pankomedia:
まったくそうですね。でも、ランパルのヘインズは1950年代後期の物(2万9千番台)ですが、enokidaさんが使っていらしたのは金で引き上げという事ですから、シリアル番号4ケタの楽器で大分性格も違ったのではないでしょうか。

enokida:
そう、きっかけが金ヘインズ=ランパルだっただけで自分で使ってみるともうそんなの関係なくなってね。もう音は素晴らしいし、それに音程の良いのにおどろきました。 ロットは440ピッチで442でもなんとか使えるという程度でしたがヘインズはそのまま442で完璧。

pankomedia:
1910年とか、そのあたりの楽器ですね。私も銀管を持っていたことがありますが、やはり442の完璧なスケールでメカニックも大変頑丈に作られているものでした。

enokida:
ヘインズの古いのはとても良いですよ。その楽器はトーンホールは引き上げだけどカールしてなくて、総金なのにそんなに重くもなかった。

pankomedia:
引き上げ管でも初期のものはカールしてないですね。

enokida:
銀でもカールしてないの?金が硬いからしてないのだと思ってたけど。

pankomedia:
銀でもしていませんでした。それでもむしろ数十年後のヘインズよりしっかりとした印象でした。ジョージヘインズやパウエルも工房にいた時代ですし、そのへんでもやはり違うわけですね。

enokida:
古いヘインズは音程悪いって言う人いますけど、それは吹き方が悪いんだけなんじゃないかな。

pankomedia:
えーっと。(汗) 例えばシリアル2万番台でも442で使えるのとそうでないのとという具合ですし、しかしそれは元々のスケールの問題で音程が悪いというのはまた違うのでは無いでしょうか。それにオールドヘインズといっても戦後から1960年頃までの楽器が多くて、それ以前の楽器を吹いた事のある人は少ないのではないでしょうか。

enokida:
ややこしいよね。楽器が良くないんだか、笛吹きが悪いんだか。

pankomedia:
えーっと。(汗)とにかくenokidaさんはランパルつながりで金ヘインズという時代があって。

enokida:
キーにも全て彫刻が入っていて本当綺麗な楽器でした。見た目ってのもやっぱり大事ですよ。それだけ楽器に愛着も湧くし。

pankomedia:
彫刻入りという点でもランパルですね。ヘインズは1960年頃まででも色々とタイプの違う楽器を作っていて、それこそ初期には木管が多くて金属管の方が少ないくらいですが、それらを通してみても「ヘインズの音色」というのはなにかしらありますね。これは先入観だけとも思えないのですが。

enokida:
それはあるとおもいますよ。ロットだって六代続いても最後までやっぱりロットだし。

pankomedia:
またそのような研究もここで出来れば良いのですが。ところで、enokidaさんにとってはその金ヘインズの時期というのはもう一つ重要な転換期であったわけですね?

enokida:
そうです。システムをオープンG#に変えましたから。

pankomedia:
オーケストラの首席をしながら運指のシステムを変えるというのはとても勇気のいる事ですね。やはりそれだけの理由があっての事でしょうか。

enokida:
そうです。そのヘインズを吹いている時期にベーム&メントラーの楽器を手に入れたことがまずあります。ベームの楽器はそれまでに他の人が持ってるのを何本か吹かせてもらったことがあって、とにかくどれも素晴らしいからいつかは欲しいと思っていたのがようやく見つかって。ベームはオープンG#しか認めなかった人ですからその楽器も例外では無くオープンG#ですからすぐには本番で使えないわけですよ。でもベームの書いたThe Flute and Flute Playingという本を読んだりするともう吹かずにはおれなくなるわけです。テオバルトベームという人はフルート吹きとしてもとんでもない腕前であったのは作った曲見ても分りますし、研究者=発明家としてもトータルに素晴らしい。こんな偉い人、他にいませんね。そのベーム本人がオープンG#でないといけないと言ってるわけですから。

pankomedia:
The Flute ~ は素晴らしい本ですね。英訳についてるMillerの注釈がまたマニアックですごい...(笑)

enokida:
そうそう。まあそんなわけでベームフルート吹くのならベームだろうと(笑)、思い切って乗り換えてしまったわけです。

pankomedia:
しかし、そこはすごい集中力で乗り越えていかれたわけですね。何しろオーケストラでは失敗は許されない。

enokida:
クビになるのも覚悟してね、それはものすごく練習しましたよ。毎日8時間というのも大袈裟ではないくらいに。

pankomedia:
それだけの事をしてリスクもはらって、オープンG#にした甲斐はあったということですね。

enokida:
ありましたね。やっぱり響きにもう一本筋が通るというか、余計なトーンホールがひとつ無いわけですから。

pankomedia:
確かに高音域でも響きのつながり方が違うように思います。

enokida:
他にもいろいろありますよ。このオープンG#の利点についてはまた別に書く事になるでしょう。ベームフルートを吹く人は誰でも一度はオープンG#を経験しておくべきだと思ってますので。そのあとどうするかは人それぞれかも知れないけど。

pankomedia:
そうですね。現状では楽器屋さんでオープンG#の楽器に触れるという機会さえも普通にはないわけですから。

enokida:
システムを変えるというのはそれなりに苦労のある事ですが、フルーティストとしてオープンG#の利点を実は求めているのにその存在さえ知らないというのはね。

pankomedia:
ベームの著作ももっと普通に読まれるべきですね。読みやすい日本語訳があればと思います。

enokida:
ここでやりましょうよ。協力しますよ。

pankomedia:
是非にお願い致します。いまロックストロをやってますが、本来ベームの方を先にしなければいけないですね。

enokida:
それはもちろんそうですよ。なにやってるんですか。(笑)

pankomedia:
(汗)ところで、最近はチタン製の頭部管を頻繁に使っていらっしゃいます。フルートの素材などにつきましてもまたお話を伺えれば嬉しいのですが。

enokida:
ええ、他にも歌口やトーンホールの問題もありますから。まあ今日は私のフルート遍歴という事で。

pankomedia:
本当に興味深い話ばかりでまだまだお話をお伺いしたい思います。大変にお忙しい中でお時間を取っていただくわけですが、いずれまた続きをお願い致します。

enokida:
そうですね。こういう事は黙っていてもしょうがないんで、こちらこそお願いしますよ。

pankomedia:
本日はありがとうございました。

enokida:
いえ、こちらこそ。

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