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boehmflute.com - コラム集 -

2009-10-24

円錐管のベーム式フルートについて part2

12:34


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円錐管フルートの胴体。一番上のGodfroyは1840年頃の作。
下の2本に比べてメカニズムに特徴があり、より太い管体が採用されている。

pankomedia:
しかし、誰もが円錐管ベームで吹いていきなりenokidaさんほどの張りのある響きを作り出せるわけではないですね。

enokida:
技術の有無についてはそれぞれの奏者が訓練によってどうにかするしかないですが、仮に高い技術を持つ人が円錐管を吹いたら音が出なかったということであれば、それは音に対するイメージの持ち方がずれているからです。私にとって、フルートの響きのイメージはやはりあの偉大なるフレンチスクールの伝統から生み出されたもので、デュフレーヌやクリュネルの音のイメージそのままでロットや円錐管ベームを吹いたときに、楽器とその奏法の間に不都合を感じることはありませんでした。逆にフレンチスクールの音を知らない、もしくはその価値を認めない人にとっては円錐管ベームというのはまずもって古い楽器だから、お年寄りを相手にするがごとく遠慮がちにか弱い息で吹かなきゃいけないとかいうことになるのでしょう。それだと当然ながら鳴りません。

pankomedia:
そうですね。円錐管のフルートというとまずバロックトラベルソのイメージになるのかもしれませんが、ロマン派の時代になるとベーム式以前でもニコルソンやテュルーなどの名手はかなり速いしっかりとした息で演奏していたということです。

enokida:
そうですね。バロック時代のフルートというのは内径が太くて息を入れるとボワっというやわらかい感触があってフレーズに自然なふくらみが生まれます。その柔和な感じが今でいうヴィブラートの役割をしているので、それ以上に息の圧力を上げて音を振動させる必要はあまりないのですね。フルートにドラマチックな表現が求められる場合は指でヴィブラートをかけて音を震わせたりと、いろいろな工夫があったのだと思います。それが古典のフルートになるとグッと引き締まってくる。内径の絞りも急なものになってバロックの楽器にあった柔らかな抵抗というものは少なくなってきますので、自然とフレーズも直線的になって吹くほうにもより速い息が求められます。ロマン派になるとその傾向がより大きなものになって、フルートのための音楽にも大胆な跳躍が多く用いられるようになってきます。当然より強い息が求められるようになって、歌口やトーンホールもそれぞれの奏者が自分の望む形をそれぞれに求めるようになりました。ニコルソンフルートの大きなトーンホールはその極端な例で、ベームによるフルートの改良もその流れの中から生まれたものです。テュルーはニコルソン式のトーンホールを限界まで広げるということを嫌いましたし、ベーム式に関しても結局はトーンホールが大きいということで反対したのですが、そのテュルーの使用していた楽器も古典期のものと比べれば歌口も大きくて大変強い響きを持つものだったのです。手元にテュルーの手によるフルートがありますが大変バランスの取れた、そして驚くほど良く鳴る楽器です。

pankomedia:
テュルーの楽器はノノンによるものも含めてほぼ例外なく素晴らしいですね。木材も最高級のものが使われていて、フレンチスクールの基礎はやはりここにあるのではないかと思われます。

enokida:
ベームがブロードウッドにあてた手紙の中に息の速さで音程が上がる例として「私以上に高い音で吹く人はいない、あの大音量で知られたテュルーを除いては…」という意味の文言が一度ならず二度も出てきます。ドリュス(テュルーの弟子でベーム式フルートを最初期に採用した名フルーティスト)が同じフルートを吹くと自分より四分の一音は低く響くだろうとさえ言っています。 こういうことからもテュルーが当時としても早く鋭い息で演奏をしていたであろうことが伺えます。
また、テュルーが弟子であったゴードンという人の作った新式の楽器について以下のような批評を残しています。
「フルートはpではメロウな響き、fでは最大のソノリテを発揮しなくてはいけないがゴードンのフルートは内径がオーボエのようなものに偏りすぎて、とても響きが薄く“音量がない”。」
何かと保守的であったといわれるテュルーですが、フルートという楽器に表現上のダイナミクスを求めていたのは以上の意見からも明らかです。 後にベーム式がパリ音楽院の主流となったことはテュルーの本位ではなかったかもしれませんが、彼の優秀な弟子たちはこぞってベーム式に転向した後も、偉大なるテュルーの教えの大事な部分を受け継いでいたのではないかと私は思います。
時々ベーム式フルートとトラベルソを比べてどうのという人がありますが、ベームの楽器とせいぜいドヴィエンヌまでの時代のトラベルソの対立があったというのは歴史的にみるとまるでおかしいわけです。ロマン派の多鍵フルートは今日「トラベルソ」と一括りに呼ばれる楽器とはまるで違いますから。 (注:ゴードンはベームと同じ時期に独自のメカニズムの楽器を考案したとされる人物で、そのアイデアにベーム式と共通するところが多かったことから、フルートの特許をベームと争ったライバルたちはゴードンこそが新式フルートの開発者であると主張した。)

pankomedia:
円錐管のベーム式が普及したのはその音量の大きさもさながら、全音域に渡るより均質な響きと操作性によるところが大であったといわれます。 テュルーのように一度頂点に登りつめて偉くなってしまった人にはなかなか難しい状況だったのではないでしょうか。それは彼の開発したFlute Perfectionee という独自の機構を持つ楽器にも現れていると思います。この楽器自体は響きも素晴らしく造形的にも美しい大変優れた名器ですが、開発のコンセプトとしてはベーム式を意識しすぎているような感があります。実際テュルーは5キーの楽器を終生愛用していたと伝えられています。

enokida:
偉くなるということは、時には不幸を呼び起こすものですね。しかし、テュルーの場合は本当にベーム式の機構を必要としないほど上手だったということですからね。まったく、どんな演奏であったのか聴いてみたいものです。

pankomedia:
話が少しそれたようですが、ともかくベーム式のフルートはロマン派の時代において主流となったのですが、だからといってフルートに求められる表現が急激に変わるということはなかったであろうということですね。

enokida:
その通りです。そこであの有名なワーグナーの話が出てくるわけですね。それは、ティルメッツというベームの弟子がパルシファルの初演でオーケストラに新式の円筒管ベームを持ち込んで吹いたときに、ワーグナーが「キャノン砲」といってそのフルートの音を気に入らなかったのでその次に円錐管のベーム式フルートを持っていって吹いたらたいそう喜んだ、というような昔話です。単に音が大きすぎるということでしたら、ティルメッツのような名人であれば円筒管のままでも対応できたのでしょうが、ワーグナーの不満だったことはやはり先ほど言ったような音楽の表現上の問題だったのでしょう。書いた曲を見ている限り、ワーグナーが大きな音を嫌いだったわけではないでしょう。(笑)

pankomedia:
とても有名な話ですね。そのときティルメッツの持っていった円錐管はビュルガー(J.M.Buerger)というベームのお弟子さんの作だったようですが… パルシファルの初演ということは1880年より後のものですね。

enokida:
ビュルガーの楽器は私も持っていまして、先ほど言ったベートーヴェンブラームスのコンサートでも使用しました。全く素晴らしい楽器でローピッチなのですが今回はオリジナルのそのままで使えました。


一部ですがコンサートの音源を聴くことができます。--->音源のページへ

下はenokida氏所有のJ.M.ビュルガーによるフルート

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(ブラームスの音源を聴く)

pankomedia:
...現代のオーケストラの中で、円錐管のフルートがこのように美しく響くということはこうして聴いてみないとわかりません。もちろんenokidaさんならではの偉業だとは思うのですが、ビュルガーの楽器も素晴らしいですね。さすがはベームの弟子というべきでしょうか。

enokida:
ベーム自身の円錐管ベームもイギリスにいたときに吹いたことがあるのですが、やはり素晴らしい楽器でしたね。

pankomedia:
そうですね。あのベーム嫌いのロックストロでさえコシュとビュッフェによる円錐管ベームの音色が「通常の旧式フレンチフルート」よりは良いものの「ベームのモデルよりは劣る」とはっきり書いているくらいですから。

enokida:
ともかく、円錐管ベームは現在の音楽シーンにおいてリバイバルされてもいいと本気で思いますね。これはフルートを吹く人の勉強になるという意味だけでなく、純粋に音楽を聴く人たちに対しても良い事になるはずですから。

pankomedia:
たしかに、フルートの問題というだけで語るといろいろなしがらみが出てくるのかもしれませんが、聴く人あっての音楽だということを考えたときに新たな一歩を踏み出す意義を否定する人は少ないのではないでしょうか。

enokida:
繰り返しになりますが、なぜルイロットの円筒管フルートが特別なのかということを考えたときに、それは円錐管のフルートで楽に実現可能であった"ソステヌート"の表現を金属の円筒管フルートにおいても可能にしたためだと考えます。まさにその点、設計の思想からして現代の大抵のフルートとは違っているのでしょう。管体の素材やその製作法などはその思想の上に立ってからの話だと思いますね。
ルイロットのような楽器を吹いてみてうまく鳴らないとか観客に音が届かないというのであれば、わざわざメンテナンスの難しい古い楽器を使う必要などないわけですが、うまくやればより良い結果の出ることがあるのですから。

pankomedia:
今度、大フィルで円錐管ベームを吹かれるときには大いに宣伝したいものです。

enokida:
これは失敗するわけにいかない。すごいプレッシャーですね。

pankomedia:
期待しています。

enokida:
まあ、がんばりますよ。

円錐管のベーム式フルートについて part1

12:34



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(上はenokida氏所有のGodfroyとpankomedia所有のLouis LotおよびBonneville。 すべて円錐管のベーム式フルート。各々が製作された時期には50年もの開きがある。)

pankomedia:
今回はいよいよ円錐管ベームのお話を伺います。

enokida:
ええ、前からやりたいといっていたわけですが、もう少しオケで使ったりして実戦の感触を持ってから話したいと思ったものですから。

pankomedia:
現在、モダンのフルオーケストラに円錐管ベームのフルートを持ち込んでいるのは世界を見渡してもenokidaさんだけではないでしょうか。

enokida:
そうかもしれませんね。円錐管というとその音量の無さのために円筒管にとってかわられたというイメージばかりですから、現在のオーケストラで使えるとは誰も考えないのでしょう。

pankomedia:
しかし、そのいわば”ひ弱”なイメージというのはまったくの間違いですね。

enokida:
ええ、むしろ広いコンサート会場の隅々まで音が届くという意味では円筒管を凌ぐようなところもあって、それは私自身も実際に本番で使ってみるまではわかりませんでした。いまや円錐管ベームはある意味フルートの理想の姿として私の手元にあります。

pankomedia:
私もenokidaさんがモーツァルトドボルザークの作品で円錐管ベーム吹かれたときにはまったく驚きました。オーケストラの中であそこまで鼻筋の通ったフルートの響きを聴いたことはそれまでなかったように思います。

enokida:
つい最近ベートーヴェンブラームスのそれぞれ第1番の交響曲の本番があって、そこでも使ったのですが広い会場で観客の評判も上々でしたよ。(記事後半に音源あり。)音量云々という以前に音が実に良く通るんですね。そして響きの質が低音から高音まで均質でフレーズが自然とつながっていくことで音楽の「表現」としての聴衆への伝わり方が断然違ってきます。これは管体が先細りの円錐であることの一番大きな利点でしょう。

pankomedia:
以前からenokidaさんは、尊敬するベームに対して一つだけ物申したいことがあって、それは歌口やトーンホールを大きくすればそれだけ音が大きくなるというが、それは間違いだとおっしゃっていました。それは今回まさにプロフェッショナルの現場において証明された訳です。これはとてもセンセーショナルなことだと思います。

enokida:
そう言っていただけるとありがたいですね。何を持って大きな音というのか、それはどういったものが演奏を聴いている人たちの耳にどれだけ届くかという意味でいうのが本当だと私は思います。声の訓練が出来ていない人が拡声器を使ってがなりたてても何を言っているのか分からない。しかし、声も発音もしっかり出来上がっている人だと口に手を添えて話すだけでその何倍も内容が伝わるという例えではどうでしょうか。何をもって美しい音かという基準は人によって違う場合があるでしょうが、その音でもって何かを伝えなければいけないという目的においてどのような楽器が優れているかという点についてはある程度はっきりしたことが言えるのではないかと思います。
私は何事もバランスが取れていないと良いものは出来ないと思っています。フルートの場合は、管体の内径に対して歌口やトーンホールの無駄に大きすぎるものが多いことが、音楽表現としての空虚さにつながっていると事あるごとに主張してきました。その方が吹きやすいという人がいますが、聴いている人に質の高い音楽を届けるという目的でフルートを吹く身分としては、そういった楽器はかえって使いづらい楽器だと思うのです。円筒管のフルートは低音に行くほどどうしても音響的にうつろになっていく部分があるのに対して、円錐管では管が長くなる(低音にいく)にしたがって内径が細くなっていくので、息の圧力を一定に保ちやすく、その結果として音がやせずに済むのですね。円筒管でも初期のものはその欠点を意識して歌口に抵抗を持たせたりして奏者が息の圧力を保ちやすいようにする工夫があったのですが、現在ではそういった視点からフルートという楽器を考えることはないのではないでしょうか。

pankomedia:
19世紀にはまず大きくされたトーンホールについての議論があって、トーンホールを大きくするとフルート本来の響きを失うといった意見のせいで、なかなかベームの作った楽器の真価が認められませんでした。円筒管でも当時でいうところの”フルートらしい響き”を作り出せるということを、タファネルなどの奏者やルイロットなどの楽器が証明したからこそ円筒管のベーム式フルートが普及して現在のフルート環境があるわけですが、今ではそういった円錐vs円筒のような対立の図式自体がありません。

enokida:
そろそろそういった議論を復活させてもいいのではないかと思うのですが、いかがなものでしょう。バロックのトラベルソとベーム式フルートというような比較で一時議論がありましたが、それらはあまりに時代が離れているので、今ではそれぞれに妙な棲み分けみたいなものが出来てしまっていてお互いが刺激しあうということがなくなっています。現在のベーム式フルートのルーツがロマン派の時代の楽器にあることは明白なのですから、今普通にベーム式フルートを吹いている人が、自らの楽器に対して更なる可能性を求める際にそのルーツとなっているロマン派の円錐管フルートに目を向けることは大変に有意義であると思います。どうでしょうか?


---> part2に続く