bogus-simotukareの日記

2008-10-27

「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート64(追記・訂正あり)

| 07:09 |

パート63の続き。

■2月17日 チョルテンジャブさんを囲む会 「チベットチベット」のトークとランチの集い(三浦の個人ブログ

http://miura.trycomp.net/?p=1579

 慰安婦の違法性を否定し、朝鮮学校を無償化から除外しろと主張し、「戦前日本の朝鮮植民地支配にはいいところもあった、経済は発展した」という三浦に「中国のチベット支配への怒り」があるわけもないでしょう。要するに反中国、反共の腐れ右翼・三浦の反中国宣伝でしかないわけです。チベットも三浦とつきあわないといけないとは追い詰められてると思います。この集会の紹介者は例の三浦のダチ公・劉燕子です。三浦ごときゲス右翼とつきあって劉も恥ずかしくないのか。

 今年、チベット*1では水蛇年*2のロサル(新年)は、漢族の春節*3と一緒*4です。つまり、今日、二月十一日がチベット歴では元旦になります。

 でも、多くのチベット人は、今年も自覚的に息をひそめて、喜び祝うべき祭日の歌舞音曲や催し事を自粛しています。度重なる弾圧の被害者や犠牲者、百名を超えた抗議焼身自殺*5を思えば、喜び浮かれることは、「先人の遺体の上で競馬をする」、「父を失い嘆き悲しんでいる時にドラや太鼓をたたく」という行いです。

 別に「祝え」と強要する気もないですけど、「それはそれ、これはこれ」「つらいときこそ明るく祝うべき」と思いますけどね。「祝っちゃ行けない、祝う奴は中国の手先」的な変な同調圧力がなきゃいいけど。

チベット問題について日本の仏教界は沈黙しているという批判は前からありましたが、限界はあっても、日本の僧侶も声を挙げている人もいる。

 そんなの人それぞれの価値観です。声を上げる義務はない。社会問題は山ほどあるわけで、その中のどれに関与するかはその仏教教団、僧侶、信者の自己判断です。普通は「自分に関係ある問題」にまずは取り組むでしょう。

 三浦が紹介する産経記事(http://sankei.jp.msn.com/world/news/130211/asi13021107010000-n1.htm)にもコメントします。

執行猶予付き死刑判決

 実際には死刑執行はまずないようです。で、執行猶予期間が経ったら「無期懲役」と同じ運用のようです。「執行猶予付き死刑判決」を受けた有名人には江青*6がいます(ウィキペディアを参照)。

集会には、亡命チベット人数千人のほか、インド政府のラル・クリシュナ・アドバニ元副首相(85)や最大与党、国民会議派下院議員2人を含むインド側の出席者ら計約5000人が出席した。

 この参加した面子をどう評価すべきなのか。「インド版・安倍晋三」「インド版・アジア自由民主連帯協議会(三浦が宣伝する右翼団体)」、つまり「ただのアンチ中国」でなきゃいいですがどうだか。

亡命政府ロブサン・センゲ首相(44)は演説でまず、中国政府による人権弾圧を非難するとともに、「インドの首都でこうした集会が開けることは、チベット人に対するインドの親愛と思いやりの証拠だ」とインド側に謝意を表明した。

 ま、センゲ首相のリップサービスですね。インドもこういう集会は容認してもそれ以上は何もしないわけですから。思いやりも何も暴力的に弾圧するわけにもいかないでしょう。ただそれだけのことです。

インドのPTI通信によると、ロサン・ジャムカン(注:チベット自治区)主席は1月29日、「ダライ・ラマ一派と断固戦うため、強い政治的立場を取り、行動していく」と表明

 中国は今まで通りの強硬路線と。で、これにうまく対応する策は亡命政府にはなさそうです。見通しが暗い。

【追記】

 この集会は中止になったそうで今は記事が完全に削除されています。


朝鮮学校関係ブログの紹介(2013.2/2)

Arisanのノート『大阪市による朝鮮学園提訴』

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20130129/p1


朝鮮学校関係ブログの紹介(2013.1/26)

 今日が例のパブコメの締め切り日だ。前も書いたように俺はヘタレなので住所、氏名などを書かないといけないパブコメは送らない(極端な話、今回のケースの場合「文科省職員」「文科省記者クラブ員」「文科省出入り業者」なんか実名記載パブコメなんか怖くて送れないだろう。「ダム工事パブコメ」に国交省職員やゼネコン社員が、「原発パブコメ」に経産省職員や東電社員が実名記載パブコメなんか怖くて送れないのと同様に。いや俺がそうだという話ではなくてただの言い訳ですが。名前が外部流出して不利益を被らない保障もないですし)。「ヘタレの能無し」と言う批判は甘んじて受ける。ただし俺としては「ホンギルトンへの募金」「ネット上での批判」など最低限何らかの形での政府批判、学校支援(?)は行っていくつもりだ。何もしないよりは少しはマシだと思っている。

 パブコメは本来多数決ではないが「除外反対」というパブコメが「賛成」などというふざけたパブコメを上回ることを心から願っている。

 本来、少数意見だろうと正論ならば採用するのがパブコメだ。事前にいろいろな意見をきいて参考にしようというものだからだ。たとえば極端な話、今回の件に限らず「専門家一人のまともな意見」と「ド素人10人の箸にも棒にもかからない意見」とどちらが意味があるか言うまでもないだろう。

 が、そういう良識を現政権には期待できないので数で圧倒することが望ましい。

 ヘタレの俺と違って「除外反対の熱い思いを伝えたい」という方はどしどし送って欲しい。

 不幸にして、除外賛成などと言うパブコメが反対を上回ったとしても、「パブコメは本来多数決じゃない」「日本人にも良識派はいるからくじけないで」と朝鮮学校の生徒や保護者の方々にエールを送りたい。送らずにはいられない。それが「人としての情」と言うものだと俺は思っている。

 「安倍内閣打倒」「参院選での自民敗北」「裁判闘争」「国会での追及(共産党当たりに期待したい)」「朝鮮学校無償化除外が如何に間違っているのかという広報宣伝活動」などあらゆる手段で「無償化実施(卒業生にもさかのぼって支給)」「政府の謝罪」「慰謝料の支払い」を実現したい。最悪でも「無償化実施(卒業生にもさかのぼって支給)」は実現したいし、それが不幸にして当面難しいようでも「ホンギルトン」のような形で支えていかねばならないと思う。

 前振りが長くなったが遅ればせながら*7まず小生が大阪市に送ったパブコメを罪滅ぼし的に参考にでもなればと掲載した上で、その後ブログを紹介してみよう。長いので本文は引用しない。リンク先をお読みになってほしい。

【追記】

 締め切り後に気付いたのでどうしようもないが、「氏名等は任意記入」というご指摘をツイッターでいただいた。


大阪市に送ったパブコメ

 朝鮮学校中華学校補助金については従来通りの額を支給するのが当然だと思います。教育内容を問題にするのは思想差別の疑いが強いと思いますし、またこうした教育的支出を財政再建のために廃止などすべきではありません。何よりも子どもの人権を考えるべきです。自分の学校だけ支給されないなどということが子どもにとっていい影響を与えるとは思いません。


Arisanのノート『初めの一歩として』

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20130126/p1


もどきの部屋 education, sociology, history『高等学校等就学支援金支給制度(いわゆる「高校無償化」制度)から朝鮮学校を除外するための省令改正案パブリック・コメントは本日締切です。』

http://d.hatena.ne.jp/morinaoto/20130126/p1


planetカラダン『「朝鮮学校の完全排除を意図した「高校無償化施行規則改定にパブリックコメントを送りました』

http://d.hatena.ne.jp/Romance/20130125#p1


猿虎日記『いわゆる「高校無償化」からの朝鮮学校の排除に反対するパブリックコメント

http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20130126/p1


Scrap−Laboratory『朝鮮学校の排除を狙った自民党の「高校無償化施行規則省令改訂案に送ったパブリックコメント

http://d.hatena.ne.jp/motorunder/20130126/1359158374


hituziのブログじゃがー『朝鮮学校高校無償化政策から排除することに反対するパブリックコメント。』

http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20130125/1359052725


hideskiの日記『授業料不徴収・支援金支給法に関する文科省令の改訂について』

http://d.hatena.ne.jp/hideski/20130125#1359121075


朝鮮学校関係ブログの紹介(2013.1/21)

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート61(追記・訂正あり)」(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20081030/1307052595)、「パート62(追記・訂正あり)」(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20081029/1307052595)で『パブリックコメント』(http://d.hatena.ne.jp/mskunv/20130110)を『川村肇氏〜川瀬貴也氏&匿名氏』まで紹介しているが、未紹介分が今日見たらあるので紹介する。なお、前回紹介分とは別エントリになってる。なお、今のところ法学者がいないように見受けられる。その点が残念だ。

http://d.hatena.ne.jp/mskunv/20130128/1359333357

なかむらともえ

 高等学校就学支援金の支給について朝鮮学校補助金について再開して頂くコメントをさせて頂きました。

 民主党政府の時から朝鮮学校補助金には検討がされていましたが、それが中途のまま政権が交代してしまい、先般12月28日に新政権において文科省は高校授業料無償化の朝鮮学校への適用については「適用しない」と発表されました。

 その理由について、「北朝鮮による拉致問題の進展がない事」、「国民の理解が得られない」とのご判断がありました。

 私も補助金再開には賛成で少なからず支援させて頂いておりますが、在日朝鮮人の方から見聞きして知る限りでは、教育に至っては、日本の文化、朝鮮の民族文化、また英語教育など多岐にわたっており、きちんと日本の学校で教える教育と同じ事を教えています。

 また大阪ではキムジョンイル主席*8の写真を学校の部屋から下ろしたら検討するという話でしたが、写真をすでにおろしているのにもかかわらず検討についての進展がないようです。

 いくら朝鮮学校朝鮮総連と関係があるといっても、在日朝鮮人の子供達は日本で生まれ育っています。北朝鮮の右よりの教育というより、日本で生きて聞くために必要な民主的な教育を受けているといえると思うので、「拉致問題」とは直接関わりがないと思います。朝鮮総連との関わりは親戚に会うためや学校の修学旅行北朝鮮に渡航するための手続き上のため、(日本の在外領事館と同じ役割)また、朝鮮民族教育、文化教育について日本では知り得ない事をサポートするため、と考えられ、キムジョンイル思想を教えるものではないと考えます。

 記者会見で「民族差別ではない」とのコメントがありましたが、(韓国系学校も含め)他の外国人学校には補助金が下りるのに、国交が正常でないという理由だけで、朝鮮人の学校だけは補助金が下りず、親御さん生徒さんが苦労して遠く迄通われて、高い授業料も負担しないといけないのは明らかに差別的と感じます。

 「国民の理解」についても、(注:日本マスコミによる?)北朝鮮の報道に頼る事なく、在日朝鮮人の問題は特別永住許可証をもっている、日本における一市民として考えて頂き、事実を報道した上で国民に問いかけて頂き、「理解されるかどうか」一方的に決めるのではなく、そこから議論をして頂くのが妥当かと考えます。

 文科省の方々が一度機会を見つけて実際に日本の高校に相当するかどうかをみて頂き、学校関係者、親御さんなどに話しを聞かれる事を希望します。報道の限りでは北朝鮮の右寄りの教育をしているように受け取られかねませんが、(朝鮮語を話せる事以外は)実際朝鮮高校の生徒と話しても普通の日本にどこにでもいる学生さん達だし、教室の中も映像写真等で見ましたが、日本の学校と代わりはなかったです。

 ご検討法律改正よろしくお願いします。


永野潤*9

 いわゆる「高校無償化」からの朝鮮学校の排除を目的とした本省令案に反対します。省令案を撤回し、朝鮮学校に対して「高校無償化」をただちに適用すべき(就学支援金を、凍結されている卒業生への分も含めてただちに支給すべき)と考えます。

 ただし、朝鮮学校に「高校無償化」が適用されるべきなのは、朝鮮学校が日本社会にとって「無害な」存在である【から】、とか「むしろ有益な存在である」【から】というような理由では決してありません。それがなされていないことが、人権侵害であり、差別である【から】、という唯一の理由にもとづいてです。

 朝鮮学校に「高校無償化」を適用しないのは、朝鮮学校の生徒たちの教育を受ける権利の侵害であり、民族教育を受ける権利の侵害です(日本も批准している「こどもの権利条約」第30条には「種族的、宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者が存在する国において、当該少数民族に属し又は原住民である児童は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。」とあります)。

 人権侵害はやめるべきだし、その理由はそれが人権侵害だからです。それ以上の理由は存在しないし、するべきではありません。その意味で、朝鮮学校への「無償化」適用を行うかどうか、つまり「人権侵害の中止を行うかどうか」を、「判断」したり「議論する」という余地はそもそもなく、ましてやそんな「判断」や「議論」を当の人権侵害の加害者が行うなど、ありえないことでしょう。ところが現在、そのような議論が実際になされてしまっています。そこでは、「反対派」が、朝鮮学校が日本社会にとって「有害」であると告発し、「賛成派」は、逆にそれが「無害」であるとか「有益」であるとか弁護する、といった状況が生まれています。まるで朝鮮学校やその生徒たちが被告席に座らされているかのようです。しかし、被告席に座るべきものがいるとすれば、それは、朝鮮学校の「無償化」からの排除という人権侵害を行っている日本政府ではないでしょうか?

 朝鮮学校は、日本による朝鮮の植民地化の結果日本に渡らざるをえなかった朝鮮人たちが、否定された自らの言語と文化をとりもどすために作り上げたものです。日本政府は、その朝鮮学校をつぶそうとし、またその後も一条校として認可せず、助成金や税の免除において差別的な扱いを行ってきました。「高校無償化」からの排除を含めて、こうした日本政府による朝鮮学校への「加害」は、その意味で、植民地主義の暴力の継続であると言えます。

 したがって、朝鮮学校に「無償化」を適用するか否かを「判断」する資格は、日本政府にはありません。それについての「議論」も成立しえません。日本政府ができること、またするべきこととは、ただ一つ、今行われている朝鮮学校への「加害」「攻撃」を直ちに「やめる」ことです。そして、謝罪と賠償を行うことです。すべてはそれからです。


仲野誠*10

 朝鮮高級学校の生徒を就学支援金支給の対象から除外しようとする今回の省令案に反対します。

 その政策が行政手続き論、人権論および社会正義などの観点から極めて大きな問題を含んでいることは既に多くの人たちが指摘しているとおりであり、論理的に破綻していると考えます。そして今回の省令案は朝鮮学校の生徒たちをこの社会から排除するばかりでなく、長期的にはそもそも日本社会のためにならないものであると考えます。

 ここでは、行政手続き上および人権侵害上以外の観点からコメントを述べさせていただきます。それは、この社会を支えていくこれからの若い人たちを育んでいくためには朝鮮学校が内包する豊かな教育力をむしろ日本の教育が学んでいく必要性があるという観点です。それは朝鮮学校に対して「恩恵的」措置を講じるべきだという主張ではなく、むしろ朝鮮学校の教育力を日本社会のひとつの「財産」として位置づけることによって日本社会の将来をつくる活力を豊かにすることができるということです。これは数量的計測が比較的難しいメリットであるために議論しづらい側面があるかもしれませんが、看過できないことであると考えます。

 たとえば、朝鮮学校を訪れた多くの日本人学生は、朝鮮学校の校内でみられる豊かな社会関係資本を目の当たりにし、自分の学校生活と比べて「うらやましい」と口にします。また朝鮮学校の美術作品に出会った多くの日本人学生たちがその表現の力にしばしば衝撃を受けるのを私は目の当たりにしてきました。高校時代に美術部に所属していたある大学生は次のように言いました。「朝鮮学校の絵を観て、いかに自分が狭い環境で面白くない絵を描いていたのかがわかりました。私が描いていたのは評価されるための絵で、それは美術ではなかったことに気づきました。子どもたちの作品を観ていると次にどんな絵がくるのかわからないドキドキ感があり、同時に羨ましさも感じました。まるで作者と会話をしたかのような充足感が得られ、自分も新しい視点で絵を描きたいと思えました」。

 別の大学生は次のように語りました。「作品を観て私は頭の中をパンチされたような感覚を抱きました。その理由は作品の圧倒的な力強さです。評価されるための絵を描いているのではなく表現したいものを表現する、というすごくシンプルで難しいことをやってのけている彼らの作品は自信に満ちていました。とても堂々と描かれているため、私は作品を“みている”というよりも、“みせつけられている”ような感覚に陥りました。私は彼らの自信に満ちた絵に圧倒され、豊かな発想力に頭の中を揺さぶられて疲れてしまったのです。それと同時にこれだけのものを表現できる彼らを羨ましく思わずにはいられませんでした。“他人の目は気にしなくてもいいんだ”と勇気づけられました」。

 様々な近代的制度が機能不全に陥り、この社会全体が未来を切り開くことを手探りで模索している現状において、戦後試行錯誤しながら独自の教育を構築し、不確実性を生きる知恵や技を蓄積してきた朝鮮学校の教育から日本社会が得られるヒントはたくさんあると考えます。このような状況下、まさに私たちの「共生」の思想(あるいは排除の思想)が根源的に問われています。そこで問われているのは、朝鮮学校の生徒たちをもこの社会を担っていく成員として位置づけて、この社会の未来を共に構築することができるかどうかという日本人側の思想です。

 朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)の国家をめぐる課題と朝鮮学校子どもたちを結び付けて考えようとする今回の省令案は理不尽であることは明らかです。それは朝鮮学校の生徒たちをこの社会から排除するばかりでなく、この社会自体の将来の可能性をも縮減する/奪っていくものに他なりません。他者に配慮ある社会をつくることは、「マイノリティ」のみならず、この社会のすべての成員の新たな可能性を生み出す根幹になるはずです。

 以上の理由から、朝鮮高級学校の生徒を就学支援金支給の対象から除外することは、日本社会にとっても不適切であり、速やかに支援金を支給することを求めます。


三宅晶子*11

 朝鮮学校高校無償化制度から排除することに反対します。

 2010年3月、国連人種差別撤廃委員会は、人種差別撤廃条約の実施状況をまとめた日本政府報告(第3回〜6回)への総括所見で、朝鮮学校高校無償化の対象から除外する動きについて懸念を表明したうえで、日本国籍をもたない子どもたちの教育の機会に関する法規定に差別がないようにすること、義務教育において子どもたちがいかなる妨害も受けることがないようにすること、外国人のための学校制度などについて調査を実施すること、自分たちの言葉で授業を受けられるような機会の提供を検討することを勧告し、さらには、ユネスコ教育差別禁止条約への加入の検討を求めました。

 また、続く6月の子どもの権利委員会の総括所見でも、「外国人学校への補助金を増額し、かつ大学入試へのアクセスにおいて差別が行なわれないことを確保するよう奨励する。締約国は、ユネスコ・教育差別禁止条約の批准を検討するよう奨励される」との勧告がなされています。しかし今、政府は、これらの勧告が求めたのとは真逆の方向に決定的に動こうとしています。

 この排除には、主に3つの問題点があると思います。まず第1に、子どもたちの教育を受ける権利の侵害という観点です。母語を学び、ルーツとなる国の文化・歴史を学ぶ権利を子どもたちは有しています。今回のやり方は、単に学習権の侵害というだけでなく、教育を成り立たせる基盤である<人間の尊厳>そのものを深く傷つけることが深く憂慮されます。二つ目は、日本人に対する影響という観点です。この差別がまさに国によって公的に、それも教育の場で行われたことは、反教育ともいうべき行為となってしまい、日本人やそれ以外の子どもたち、そして国民に対して、差別してもいいと教えるプロパガンダを実行しているに等しいのではないでしょうか。現実に、国が行った差別を準用する形で、重要な自治体が、これまで続けてきた補助金を停止し、学校の存続そのものを危機に陥らせています。ここには、あらゆる子どもに自民族の言語、歴史、文化を学ぶ権利があることへの根本的な無理解と、ましてや、かつて植民地支配の中で姓名、言語、文化を奪い、戦後も国籍選択権を奪った当事国として、より深い責任を負うべきことを認識しようとしない自閉的な国民意識と、拉致問題・砲撃問題で刺激された敵対的国民感情の発動が見られます。しかし、政府は、だからこそ、感情的な差別の助長ではなく、国際的な人権意識、子どもの権利条約のレベルで子どもの権利を擁護し、東アジアにおいて記憶と歴史を共有し合うことによって真に戦争を終わらせ、21世紀になっても果たされていない講和を成し遂げ、積み残されてきた責任を果たすこと、真の和解を目指すべきでしょう。この、歴史的観点が、第3の観点です。


高橋哲哉*12

 政府・文科省は、朝鮮学校への無償化適用については政治的判断ではなく、教育的見地から判断する旨、くり返し表明してきました。今回の適用除外の決定は、その言に反し、政治的理由を持って朝鮮学校生徒を無償化の適用から除外するもので、そもそも高校無償化法の規定に反するものです。この決定は、国連人種差別撤廃委員会からも懸念が表明されているとおり、日本政府が教育において民族差別的な政策を公然と実施することになり、朝鮮学校に学ぶ生徒たちの基本的人権を侵害するものです。日本政府が批准している児童の権利条約にも違反するこの決定を、ただちに撤回し、朝鮮学校生徒への無償化適用を実施するように強く求めます。

http://d.hatena.ne.jp/mskunv/20130127/1359273637

李成基さん

 「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」(以下、高校無償化施行規則の規定を改正することは、下村博文文部科学相の発言からも明らかなように、朝鮮学校をこの制度から合法的に排除するための人種差別的な行為であることが明白なため、改正を強く反対する。

 下村博文文部科学相は、「朝鮮学校については、拉致問題に進展がないこと、在日本朝鮮人総連合会と密接な関係にあり、教育内容、人事、財政にその影響が及んでいることなどから、現時点では国民の理解が得られない」ことを理由として、朝鮮学校への高校無償化を適用しないと明言した。このような理由により朝鮮学校高校無償化から除外することは、不当であり、人種差別である。

 高校無償化は、国際情勢や政治的事象、国民の理解以前に、学生に対して当然の権利として平等に適用されなければならない。日本政府は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)を順守しなければならない国際法上の義務を負っている。高校無償化の不平等な適用は、第2条および第13条に違反し、人種差別撤廃条約が禁止する、民族的な出身に基づく「人種差別」にあたると考えられる。

 そして、高校無償化は学生個人への就学支援であり、国際情勢や政治的事象と結びつけることは適当でない。高校無償化の適用が、生徒個々人が受けられる当然の権利であるということを、国民に理解が得られるよう、日本政府がしっかりと説明すべきである。

 高校無償化施行規則の規定改正を撤回し、速やかに高校無償化を対象となる全ての学生達へ適用することを、強く強く要求する。


佐野通夫*13さん

 公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則の一部を改正する省令案に反対する。 

 そもそも、この省令は、公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律に基づいて作られねばならない。

 同法は、その(目的)で「第一条  この法律は、公立高等学校について授業料を徴収しないこととするとともに、公立高等学校以外の高等学校等の生徒等がその授業料に充てるために高等学校等就学支援金の支給を受けることができることとすることにより、高等学校等における教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の機会均等に寄与することを目的とする」と定めている。第二条で「専修学校及び各種学校」について、「文部科学省令で定めるもの」という限定が付されているが、第一条の趣旨からして、その対象を限定的に制限することは許されないといえよう。

 その意味では、現行のイ、ロ、ハに区分する必要もなく、すべてが現行ハ項の「高等学校の課程に類する課程を置くものと認められるものとして、文部科学大臣が指定したもの」で十分なはずである(当該課程の主な就学者の年齢等を考慮すれば足りるので、当該外国の学校教育制度においての位置付け等は不要である)。

 現に改正案に「※現時点で、(ハ)の規定に基づく指定を受けている外国人学校については、当分の間、就学支援金制度の対象とする旨の経過措置を設ける」と記されていることは、ハ項でなければ、同法に対処できないことを示しており、ハ項を削除することは、今後、設置されるであろう学校についても対処できなくなることを意味する。

 イ、ロ、ハに区分することは不当であるとしても、ハ項によって、すべて対象とされうる状態であったので、この省令の正当性が保たれているとしたら、そのハ項の削除は許されないことである。


坂元ひろ子*14さん

 私は自身、昨年11月、文科省・政府への「高校無償化」制度の朝鮮学校への適用を求める要請行動に参加しました。それ以前にも3度、参加しています。文科省のかたがたは、そのたびに、政治的な理由で差別をするということを文科省では考えない、と言われ続けてきました*15。けれどもトップ・レベルの「政治判断」で遅れてしまっている、朝鮮高校への審査を継続している、といった説明をし続けてきました。そのあげくに、政権が変わって、下村博文文部科学大臣が「朝鮮学校については、拉致問題の進展がないこと、人事や財政面で朝鮮総連と密接な関係にあり、教育内容、人事、財政にその影響が及んでいることなどから、現時点の指定は国民の理解が得られないので、不指定の方向で検討」、「子どもには罪はなく民族差別をするわけではないが、拉致問題や国交回復という一定の問題が解決された後に考えるべき問題」との考えを示すに到りました。そのためだとしか思えないのが、このたびの省令改訂案((ハ)項削除案)です。

 すると、政治的理由によって教育面で差別をする、ということに文科省は方針転換されたということでしょうか。それは、昨年、政府が国際人権規約の中等・高等教育の漸進的無償化条項の留保を撤回したことをも再度、撤回することをも意味するのでしょうか。「子どもには罪はなく」ということと、相反する処置としかみえません。「国民の理解が得られない」(私も国民なのですが)という理由で、たとえば学校教育での「体罰禁止」を認めず(体罰をよしとする国民や保護者も少なからずいるようです)、世界経済フォーラム発表の男女平等実現度が135カ国中、日本は101位に下がってきているという状況下にあっても(研究者の男女比においても突出していますが、最悪なのは政治家レベルでのそれです)なんら有効な策を講じることなく(男女平等実現を求めない国民も少なからずいます)、教育現場国際人権規約に反し、人権蹂躙に至ろうとも、「国民の理解」・「政治問題」次第(恣意的な口実といわれてもやむをえないでしょうが)、という方針なのでしょうか。そんな文科省ならさっさと「仕分け事業」対象としていただくほかありません。

 国籍にかかわらず、民族語による教育を受けたくて民族学校に通いたい、という納税者子どもたちも少なくないのです。「子どもには罪はない」のはもう当然の当然として、朝鮮学校出身の学生を受け入れている国立大学の教員として、朝鮮学校(前述のように生徒の国籍はさまざまです)が朝鮮総連との関係で何かとりわけ教育上の障害になると思えたことは一度もありません。それどころか、教育面での多様性をもたらす点で寄与しています。文科省はどうやら教育の面での「グローバル化」を英語一辺倒教育化とはき違え、他方、多様性を極力、排除し、また自他ともに傷つけた戦争をめぐって被害者に到底受け入れられない歴史認識に固執しようとしていますが、それは人道的、国際的な一応の合意とも相容れないものです。このようなことをしているからこそ、国際的な場面で活躍しようとしても、その「国」民は恥ずかしい思いをさせられることになっているのです。

 このほどの省令改訂には反対です。今回の方針を速やかに撤回し、国際人権規約に沿って、「高校無償化」制度の朝鮮学校への適用への決断をされるよう、強く強く求めます。


岡田正則さん

 「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行令の一部を改正する政令案」に関する意見を申し述べます。

パブリックコメントに対する意見」

 改正の内容は、上記法律2条1項5号の委任を受けてこれを具体化する同法施行規則1条1項2号の定める3つの類型のうち、(ハ)の類型を削除するものである。この改正は、次の3つの理由から違法であると解される。

 第一に、適法な委任立法であった従前の規定を、合理的理由なく(あるいは立法事実が存在しないにもかかわらず)適用対象を限定する点で、過剰な規制になる。改正後の規定は、同法の「高等学校等における教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の機会均等に寄与すること」という目的を没却する、委任の範囲を逸脱した規定になってしまうと解される。

 第二に、改正の概要の備考として、「現時点で、(ハ)の規定に基づく指定を受けている外国人学校については、当分の間、就学支援金制度の対象とする旨の経過措置を設ける」という方針が示されているが、この改正は、法令上の基準に適合するとされた地位を当該外国人学校から剥奪するものであり、不利益処分となる。法令上の基準に適合するとみなされる地位と恩恵的な経過措置による地位とは、法律上の地位としては本質的に異なる。この点は、後者の地位がいつでも政策的に剥奪されうるという不安定なものであることをみれば、明らかである。そして、この不利益処分は、合理的な理由を欠くものであるので、違法である。

 第三に、仮にこの改正が、朝鮮学校を狙い撃ちにした改正だとすれば、それは最高裁判所の判例に反する違法な改正だとみなされることになる。すなわち、最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決・民集58巻9号2536頁は、一定の申請を了知した上でこれを阻止する効果をもつ条例を制定する場合、制定者は十分な協議を尽した上で申請者の地位を不当に害することのないよう配慮すべき義務を負うとし、この義務に違反して拒否処分をした場合には当該処分は違法となる旨を判示しているところ、この改正は上記最高裁判例のいう協議義務・配慮義務に反していることは明らかであるから、違法な改正だといわざるを得ないし、この改正後の規則に基づいて拒否処分を行った場合には、その処分も違法だと判断されることになる。現時点で、文部科学省朝鮮学校に対する調査さえ行っていないとのことであるから、協議義務・配慮義務以前の、申請に対応する調査義務さえも果たしていない状況にある。そうすると、この改正は、最高裁判例に照らしてみても、違法な改正といわざるをえない。なお、行政手続法39条1項によれば、意見公募手続として、関連する資料をあらかじめ公示すべきものとされているところ、上記に関する資料がまったく公示されていない点で、本意見公募手続自体が手続法上違法だとも解される。

 以上のとおりであるから、文部科学省は、この改正案を撤回し、改正方針を内閣法制局等と慎重に検討し直すべきである。拙速な改正を慎むことをお勧めする。以上。


古屋哲さん

 省令案に反対です。

 朝鮮高校の生徒にも、無償化制度は適用されるべきです。

 教育の権利はすべての子どもたちに保障されるべきであり、朝鮮高校の生徒も例外であってはなりません。

 審査は必要でしょう*16が、朝鮮高校についても他の学校同様、その教育内容のみを現在の高校無償化法の基準で審査し、判断すべきです。


吉田絵理子さん

 公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行令の一部を改正する政令案等に関する意見

 2010年4月の無償化制度開始からすでに3年近くが経過したにもかかわらず、朝鮮学校だけが、拉致問題、砲撃事件など、生徒たちに何の関係もない理由でこれまで手続きを引き伸ばされてきました。

 国籍や民族にかかわりなく、誰もが高校段階の教育を受けることができるよう、学習権を保障することを目的とするこの制度から、朝鮮学校の生徒たちのみを排除することは、国連人種差別撤廃委員会がすでに2010年3月に懸念しているように、差別にほかなりません。

 朝鮮学校の生徒たちは拉致問題にまったく責任がありません。朝鮮学校排除を目的とする省令改訂は、憲法や国際人権法に明らかに違反しますが、それだけでなく、日本の社会をふるさととして働いて生きていこうとする青年たちの心を傷つけるものです。

 省令を変えようとするやり方だけでなく、パブリックコメントというやり方自体も卑劣だ*17と思いますが、日本の社会がよりましであるために、敢えて意見表明をする1人になることにしました。

 朝鮮学校を無償化の対象からはずすことに断固反対します。


落合知子*18さん

 改正案に反対いたします。

 海外における日本語教育、日本における外国人児童生徒への教育問題を研究する者として、朝鮮学校への就学支援金の支給を直ちに現行の法定の手続きに従って行うべきと考えております。

 多くの教育学者は外国にルーツを持つ少数派の子どもたちへの母語支援、母文化に係る教育支援の重要性を指摘しています(例えば、ジム・カミンズ*19、J・バンクス、中島和子*20、梶田正巳*21など)。梶田(1997)は外国人の子どもへの教育対応の土台に「アイデンティティの支援」を挙げ、その重要性を指摘しています。外国にルーツを持つ子どもたちへのアイデンティティ支援を公立学校の枠の中で行えないのであれば、民族学校の存在は大変に重要であると考えます。特に日本の朝鮮学校の2言語によるイマ―ジョン教育は4世代にわたってその継承語の維持、バイリンガルの輩出に成功している稀有な例として考えられており(中島2010)、長きにわたる朝鮮・韓国学校の言語教育実践は世界に誇る言語資源として評価されてしかるべきではありませんか。

 また朝鮮学校への就学支援金不支給の理由が朝鮮学校に通う子供たちの先祖の出身国である北朝鮮日本国政府の外交上の問題に求められていますが、外交上の問題は外交の場で解決すべきであり、日本国内で育ちゆくわれわれ社会の子どもたちの教育権を侵害することによって解決は図れないでしょうし、そのような試みは正義に反します。

 太平洋戦争中、日本からの移民の1世2世はアメリカにおいて財産を奪われ、強制収容所に入れられましたが、その後、補償と大統領による公式謝罪が行われました。またその後アメリカの教育の場で「日系人学習」という教育カリキュラムが実践されています。これは強制収容された日系人を「共感的に理解」することが学習目標としてあげられ、さらに戦後の謝罪と補償のプロセスを学習し、「アメリカが戦争中の不正義をただし謝罪と補償という民主的な対応をしたことを知り、」「(生徒に)どんなときでも、憲法・権利章典およびすべてのアメリカ人の市民的自由を擁護するための責任を共有していることを考えさせ、理解させる。」ことを目標としているのだといいます。

 私たちもまた、民族教育という児童の権利条約(注1)で規定された権利を侵害されようとしている朝鮮半島にルーツを持つ子どもたちの権利を擁護する責任を共有すると考えます。

 世論は折に触れ傾きますが、政治が世論に流されず、正義を貫くことを期待します。第2次世界大戦後、ブラジルで起きた日系移民の勝ち組負け組の争いによって多数の死者を出した事件を受け、ブラジルでは日系人を危険な移民とし、排斥の世論が巻き起こったといいます。その折日系人排斥決議がブラジル下院で討議され50対50で賛否同数となり、下院議長に判断がゆだねられました。議長は「ブラジルは多文化の国であり特定の移民を排斥しない」と揺れる世論を収めたといいます。この時議長による正義の主張がなかったら、現在のような日本とブラジルの友好関係は築けたでしょうか。

 日朝の未来にどのような未来が広がるか、その架け橋となる子どもたちを私たちの社会が健全に育てることにかかっています。朝鮮学校を排除、排斥することに強く反対いたします。新政権の最初の仕事がマイノリティの弾圧だったというメッセージを世界に向けて発しないように、この国を愛する1市民として強くお願いいたします。


・梶田正巳他1997『外国人児童・生徒と共に学ぶ学校つくり』ナカニシヤ出版

・中島和子2010『マルチリンガル教育への招待-言語資源としての外国人・日本人年少者』ひつじ書房

(注1)児童の権利条約第29条第1項C「児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること」、同条約第30条「種族的、宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者が存在する国において、当該少数民族に属し又は原住民である児童は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない」


辻知幸さん

 今回,高校無償化から朝鮮学校(だけではないのかもしれない*22が,実質はこれが目的と考えます。)を除くという案が出ています。

 信じられません。

 北朝鮮の蛮行*23は絶対に許してはいけないことではあります(同様に日本の以前の行為*24もですが…。)。

 だからといって,日本の高校課程に当たる生徒たちの未来を奪う権利はどこにもないのです。彼らのほとんどは,少なくない差別を受けながらも日本で生きていくのでしょう。この差別には,今回の措置も入ります。

 私は,日本が先進国とは絶対に考えませんが,中にはそうだと考える人もいるでしょう。しかし,今回の措置で日本が先進国とはだれも考えることはないでしょう。先進国という意味が,世界と日本では全然異なるものとなるのでしょうね。

 私は教育機関の末端で働いていますが,今回の措置はまったく納得がいきません。

 教育というものは政治と無関係とはいかないかもしれません。だからといって,今回の措置は行き過ぎです。

 少しでも彼らが未来を感じられるように要請します。


濱田麻矢さん

 省令の改悪に反対します。教育を受ける権利は国籍には関係ありません。また、学ぼうとする生徒たちは外交問題とは何の関係もありません。 政府ぐるみが組織的な差別に加担することに絶対同意できません。


廣岡浄進さん

 上記省令改定案に反対します。

 これは、報道されているように、朝鮮学校を狙い打ちして排除するための政策であると理解しています。巻き添えになって、朝鮮半島の南北分断を批判する立場から「本国」政府との関係を有さない、大阪府茨木市のコリア学園も、高校授業料補助金制度の対象外とされます。このことにも、反対します。そもそも在日朝鮮人は日本による朝鮮植民地支配の歴史を背負って二世三世四世と代を継いでいるのであり、日本政府は戦後その民族教育を保障すべきであったにもかかわらず、かえって弾圧してきたことが、まずもって問題であり、反省と政策転換が求められてきました。

 日本政府が加入している子どもの権利条約においても、子どもの生まれた地位にかかわらず権利が保障されるべきであり、とりわけマイノリティ子どもにおいては言語などその属する共同体の文化を尊重する教育が政府によって保障されねばならないと、うたわれています。その観点から、すでに、国連子どもの権利委員会日本政府のこの処遇に憂慮を表明してきました。

 政府文部省は自主的な民族教育機関さえも否定してきましたが、地方行政において各種学校認可がなされ、少額ですが学校補助金も実現されてきました。

 さらに、大学進学にあたって、朝鮮学校が含まれる所の民族学校について、それまで大学入学資格検定試験の合格を要していたものを、各大学の入試要項に記載されている「高等学校卒業と同等程度以上の学力を有する」条項の適用を求める運動がなされました。小生も微力ながら関わりました。その結果、「本国政府」「国際バカロレア資格」などが一律認定される一方で朝鮮学校は個別大学の判断に委ねられたという不十分さをのこしてはいますが、大きく改善がなされました。

 今回の省令改定案はこの取組みを逆流させようとするもので、到底容認できません。政府による差別煽動に他なりませんし、実際に、この制度ができて以来、朝鮮学校への適用審査凍結という形で朝鮮学校排除がおこなわれると、小生の住まう大阪でも、その尻馬に乗って、それまでの地方自治体補助金までも停止そして廃止という事態を招いています。つまり、新しい制度からの排除は、既存の制度からの排除までも、呼びこんでいるのです。

 近年の国際化において、在日朝鮮人が本名を名乗ることでスポーツ選手や芸能人あるいは知識人として多く活躍していることが知られ、日本社会であたりまえの状況となってきました。また韓流ブームなどの朝鮮半島との交流を支えてきたのも、民族教育をうけてきた在日朝鮮人であります。日本社会の多様性を可視化し肯定していくときに、彼らの果たしてきた役割たるや大なるものがあります。

 朝鮮人があたりまえに朝鮮人であることを認められ、かつ自ら肯定できる社会にしていくためには、政府が差別せず、のみならず差別をなくしていくための政策をとらねばなりません。

 ひとりの部落民として、そして部落問題の研究者として、最後に述べます。部落差別をはじめ、どんな差別も、孤立しては存在しません。それが日本社会において生起している以上、あらゆる差別がつながっています。

 朝鮮民主主義人民共和国の政権を仮想敵国として危機を煽り、朝鮮人の民族教育を弾圧する政策は、日本社会の底流にある人種差別をかきたてています。それは、内なる他者をあぶりだす動きとして、地震によって地殻が動くように、連動します。すでに、部落差別を煽動する雑誌報道までも出現していることは、周知の通りです。差別を許容する雰囲気が形成され、垣根、敷居が下がっているのです。その情況を、政府が先導しているのです。

 これは、世界人権宣言国際人権規約人種差別撤廃条約などの諸条約に照らしても、政府の責任に帰すべき問題です。かかる政策は、絶対に取ってはなりません。


匿名

 「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則」第1条第1項第2号において定めている三つの類型のうち、(ハ)類型を削除する“改正”を行なうとして示されている、新たな省令案に対して、強く反対します。就学支援金制度の対象となる外国人学校を(イ)と(ロ)のみに限定することによってでは、たとえば朝鮮高級学校の場合、日本の高等学校の課程に相当する教育課程を有していながら、就学支援金の支給制度の対象から除外されてしまう、ということになるからです。この点を熟慮し本制度の趣旨に照らして偏りなく制度の実現を図ることが、何よりも大切だと考えます。


池田恵理子さん

 朝鮮学校高校無償化の対象から外されることに反対します。これは明らかな民族差別であり、重大な人権侵害です。人種差別撤廃条約国際人権規約子どもの権利条約にも反しています。下村文部科学相は「朝鮮学校への無償化適用に国民の理解が得られない」と言っていますが、これは多数決で決める類の問題でありません。日本社会に生きる子どもたちには平等に高等教育を保障すべきなのです。まして日本は朝鮮半島植民地にした過去を顧みず、戦争責任も取ることなく現在に至っています。そのため国際社会では「戦争責任を果たせない国」として蔑まれてきました。このまま恥ずかしい国の国民でいたくありません。断固、撤回を求めます。


蔵原清人さん

 省令改正案に反対する。

理由

1)

 日本に居住する青年が国籍や人種によらず等しく高等学校教育を受けることを保障するために、日本の学校制度によらない教育であるとしても就学支援金を支給することは当然である。

2)

 日本国朝鮮民主主義人民共和国と現在国交を結んでいない状況であるが、当該国の国籍をもつ朝鮮人日本国に居住していることは特別な歴史的経緯によることであり、国交を結んでいないことを理由に朝鮮高校生に対する就学支援金を支給を停止することは許されない。

3)

 日朝間に、日本人の拉致問題など懸案事項が存在することは明かであるが、それらと日本に居住するものに対する就学支援金の支給の是非とは別個の問題である。在日朝鮮人に対する就学支援金を支給することは若い世代の日本への信頼感、友好関係を高めることになり、両国間の関係改善に資するものである。就学支援金の支給を行わないことによって生じる日本に対する不信と失望を引き起こすべきではない。

4)

 児童の権利条約第18条第2項には、「締約国は、この条約に定める権利を保障し及び促進するため、父母及び法定保護者が児童の養育についての責任を遂行するにあたりこれらの者に対して適当な援助を与えるもの」とあり、就学支援金はこの「適当な援助」に該当するものである。したがって、朝鮮高校生に対する就学支援金の支給は子どもの権利条約に照らして、日本国として国際的な義務を負っているというべきである。


小此木喜美代さん

 朝鮮学校高校無償化を適用することを要望します。その理由について的確に書かれた文が手元にありますので一部引用させていただきます。「朝鮮学校地方自治体から各種学校の認可を受け、教育課程・内容を公開しており、大学受験資格もあり、高体連など学校教育会でも認められている学校である」「民族的少数者がその居住国で、自らの文化を継承し、言語を使用する権利は、日本も批准する自由権規約(第7条)や子どもの権利条約(第30条)において保障されており、日本はこれを遵守する法的義務がある」「北朝鮮の国家的犯罪と、日本で生まれ今を生きる在日朝鮮人の子供たちの教育は、何の関係もない」「国際法を遵守し、多文化共生社会をめざす世界の流れをきちんと受け止めるべき」朝鮮学校は地域に根ざし開かれており、行事の際には地域の方々はもちろん、地元の政治家の方々も足を運び交流を持ち続けています。生徒や先生には韓国籍日本国籍の方たちもいます。自らの学校を親しみを込めて「ウリハッキョ」と呼び目を輝かせて学ぶ子どもたち−一日も早く「高校授業料無償化」が適用されることを強く望みます。数えきれないほどの卒業生たちは、かけがえのない市民として、今も昔も、日本社会を共に支えているのです。


http://d.hatena.ne.jp/mskunv/20130121

河かおるさん

 本省令案に反対する。

 本省令案は、「公立高等学校に係る授業料の不徴収および高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則」第1条第1項第2号に定めた(イ)(ロ)(ハ)の3つの類型のうち、(ハ)の規程を削除するというものである。

 下村文部科学大臣記者会見等で述べ、報道されているところによれば、本省令案は、(ハ)を削除することにより、朝鮮学校高校無償化の対象から除外することに目的があるという。

 以下、反対する理由を述べる。

(1)

 私は、高校無償化制度発足時まで遡って朝鮮学校高校無償化を即刻適用(朝鮮高級学校生徒に就学支援金を支給)するべきであり、その間、就学支援金を支給してこなかったことに対して謝罪すべきであると考えている。従って、この省令案には反対である。

 朝鮮学校高校無償化を即刻適用すべき理由は、昨年11月15日付に提出した「「高校無償化」制度の朝鮮学校への適用を求める大学教職員の要請書」およびそれ以前にも提出した要請書のとおり。

(2)

 「改正の概要」によれば、現時点で(ハ)に基づき指定を受けている外国人学校については、「当分の間」、「経過措置を設ける」とされている。しかし、現時点で(ハ)に基づき申請を受理し審査中である外国人学校については言及されていない。

(2)-1

 (ハ)を削除した場合、(イ)に定めるような、ある特定の国の在外校や、(ロ)に定めるような、特定の学校評価団体の認証を受けたインターナショナル・スクール以外の外国人学校の存在を想定しないことになる。朝鮮学校以外にも既に(ハ)によって指定されている外国人学校*25があるように、日本における外国人学校は(イ)や(ロ)のみで規定できるものでないことは明らかである。

 朝鮮学校は、在日朝鮮人の学校であり、(イ)の想定するような形の、朝鮮民主主義人民共和国の在外校ではない*26。つまり、仮に日朝の国交が樹立しても(イ)の規定に従って「大使館を通じて…確認」できる外国人学校ではない。在日朝鮮人および朝鮮学校の存在は、他ならぬ日本が朝鮮を植民地支配したことに歴史的淵源がある。

 つまり朝鮮学校が(イ)には該当し得ない歴史的背景をもつ学校であることは、日本が一番よく理解しなければならないことである。

 然るに、かろうじて存在していた(ハ)項すら削除し、(イ)や(ロ)の想定する学校のみを外国人学校として扱い、朝鮮学校の存在を無視し除外することは許されない。従って、この省令案に反対である。

(2)-2

 既に指定を受けている外国人学校*27に対しても、根拠となる条項*28を削除しておきながら、「当分の間」「経過措置」などとしか示さないことが無責任であることは言うまでも無いが、朝鮮学校に関しても、既に(ハ)に基づき申請を受理し審査中であるにもかかわらず、審査結果すら出さないまま根拠となる項目自体を削除するなどということは、およそ法治国家の所業とは言えない。従って、この省令案に反対である。

(3)

 「省令案の概要」には、「改正の概要」は書いてあるが、改正の理由や目的が書かれていない*29。下村大臣が記者会見等で述べ報道されたことによれば、「拉致問題に進展が無い」「国民の理解が得られない」ことを理由として、朝鮮学校を無償化の対象とする根拠となる条文を削除するのが目的であるという。

 「拉致問題に進展が無い」については、そもそも無関係であるものを勝手に関連づけているだけである。「国民の理解が得られない」については、アムネスティ・インターナショナル日本支部が発表した声明にあるように、「国民の理解」の有無にかかわらず、履行しなければならないのが人権の保障である。

 このような「理由」がまかり通って本省令案が施行されるならば、今後、どのような人権侵害的措置も同じ「理由」によって「正当化」され得るだろう*30地方自治体による補助金支給には既に波及しており深刻な問題である。さらには、例えば同じ「理由」で朝鮮学校卒業生の大学受験資格を再び認定しないという大学が出て来ても、「正当化」されてしまうだろう。

 本省令案は、このように、あってはならない「差別の正当化」そのものであるので、反対である。


中野敏男*31さん

 高等学校等就学支援金制度からの朝鮮学校の排除を意図した今回の省令改正案に反対します。

 高校教育の無償化を実現する就学支援金制度は、そもそも教育を受ける権利を万人に保障した民主主義の基本原理に発してすべての高校生に一律に適用されるべきもので、如何なる政治的理由によってもそれが妨げられてはなりません。それを妨げることは、日本の民主主義の根幹に関わることであり、日本が批准している子供の権利に関わる国際条約の理念にも反することで、民主主義国家の政策としてとうてい受け入れられるものではありません。

 また、わたしは大学教員ですが、すでに多くの日本の大学において朝鮮学校出身者を高校教育修了者としてそのまま受け入れ、他の学生と対等に平等に教育が進められている実績があります。それなのに、朝鮮学校だけに就学支援金制度が適用されないとすれば、大学教育における平等性もその前提が否定されることになって、これは大学人としてもとうてい受け入れられるものではありません。

 そのような意味を持つ省令改正案を撤回し、就学支援金制度の原点に戻って、長い間引き延ばしになっている朝鮮学校への制度適用を法律施行の当初に遡及して直ちに実施することを求めます。


大田美和*32さん

 省令改正案に反対します。

 私は東京朝鮮中高級学校を訪問し、授業を見学しました。文化祭にも出かけました。先生も父母も協力して子どもたちのより良い教育の場を作ろうとしている姿に接し、日本の学校も朝鮮学校も同じ「学校」だと思いました。

 特定のマイノリティのみを除外する省令を作ることは、21世紀のグローバル社会の重要な目標であるダイヴァーシティ*33を認める社会の実現の努力に逆行します。日本の多くの若者(高校生、大学生)も、朝鮮学校が無償化から外されたことを「民族差別」「イジメ」として受けとめており、朝鮮学校はずしが生む弊害は、朝鮮学校子どもたちや父母や関係者のみならず、日本人の子どもたちにも及んでいます。文部科学省や政府がイジメの先頭に立ってはなりません。

 近い将来、朝鮮半島朝鮮民族をはじめとした世界中の人々が自由に行き来できる場所になった時、母語と母国に誇りを持ち、また生まれ育った日本にも愛着を持っている朝鮮学校子どもたちは、日本をこの地域の平和交流に導いてくれるでしょう。彼らが日本社会で伸び伸びと、経済的心配なく教育を受けられることを願っています。子どもは社会の希望、未来の希望です。日本社会で学ぶすべての子どもが日本社会の将来を背負っているのです。


末永恵子*34さん

 日本に住むすべての青少年が教育を受ける権利を平等に保障されることを希望します。したがって、高等学校等就学支援金の支給対象から外国人学校を除外することはしないで下さい。


酒井裕美さん

高校無償化に関する法律施行規則の一部を改正する省令案」に反対します。

 この「改正」は朝鮮学校を排除するためのものであることが明白です。

 もともと法律制定時、即時に朝鮮学校にも適用するべきところ、適用を渋りに渋ったあげく、排除のための法改定を強行しようとするのは、あまりにひどいやり方です。

 在日コリアンは日本社会の重要な構成員であり、その子どもたちは民族教育を受ける権利があります。

 健全な国家であれば、マイノリティーの子どもたちが民族教育を受ける権利を保障しなければなりません。

 在日コリアン形成の歴史的背景を考えれば、日本はより積極的にこの権利を保障するべきでしょう。

 それなのに、政府がこのような政策を打ち出すことは本当に残念です。

 高校無償化から朝鮮学校が意図的に排除されるとき、それは同時に日本社会がより健全に、より豊かになっていく可能性、希望をつみとることだと思います。


黒坂愛衣*35さん

 この省令案は、実質的に、いわゆる「高校無償化」から朝鮮学校を除外することを目的としたものでありますが、以下に述べる理由により、わたしは本省令案に強く抗議し、反対します。これは明らかな差別政策であり、国際的な批判、それに、将来のわれわれの子孫からの批判は免れられないでしょう。文部科学省は、この省令案に現在向けられている国内外からの批判に、真摯に耳を澄ませてください。この省令案を破棄し、すみやかに、朝鮮学校に通う子どもたちへの就学支援金の支給を開始してください。

 報道によると、下村博文文部科学大臣は先月28日、(1)北朝鮮による拉致問題の進展がない、(2)朝鮮学校朝鮮総連と密接な関係がある、といった点を挙げて、「適用は国民の理解が得られない」として、朝鮮学校の除外を決めました。

●「子どもの権利条約」30条は、「種族的・宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者が存在する国において、当該少数民族に属し又は原住民である児童は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない」としています。日本国内にいる在日朝鮮人子どもたち、ひいては、朝鮮学校に通う子どもたちが、この30条がいう「種族的・宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者」であることは、客観的に明らかでしょう。――「子どもの権利条約」は、国際人権規約(A・B規約)で定められた諸権利等を、子どもに広げるものです。そして、1994年のB規約委員会一般的意見23「27条について」は、B規約27条にある「マイノリティ」について、「(締約国の)国民・市民であることを必要とされない」「マイノリティの存在は締約国の決定ではなく客観的基準によって確定される」としています。このB規約委員会の意見に照らせば、朝鮮学校に通う子どもたちが「子どもの権利条約」30条の対象となるのは、明らかなのです。

 日本国は「子どもの権利条約」に批准しています。日本人の子どもたちが自文化のなかで学ぶ権利を保障されているのと同様、日本国は、国内のマイノリティ子どもたち――ひいては朝鮮学校に通う子どもたちが、自文化を享受して学ぶ権利を保障しなければなりません。

 国家のこの責務は、たとえ「国交のない国」にルーツをもつ子どもたちであろうと、あるいは、たとえ「敵国」にルーツをもつ子どもたちであろうと、かわりません。国家間の政治情勢のいかんによって、子どもの権利が奪われるようなことがあってはならないことは、教育を司る省にいらっしゃる方々にとっては自明の理でありましょう。

●近年、日本国内では、朝鮮学校へむけた攻撃、在日朝鮮人にたいする攻撃がますますエスカレートしています。国は(ましてや文部科学省は)、本来であれば、このような国内に存在する民族差別を「なくす」取り組みをする責務があるはずです。それなのに、前述した下村大臣の発言(「朝鮮学校の適用は、国民の理解が得られない」)、および本省令案は、あろうことか、国内でエスカレートしている民族差別を肯定し、それをますます助長するものです。この国の教育を司る省がこのような差別政策を進めることに、わたしは、この国の政治に責任をもつ一主権者として、深い悲しみと怒りを覚えます。

 日本国が批准している「人種差別撤廃条約」第4条(c)条項は、国や地方の当局や機関が人種差別を助長、扇動することを認めない、としています。(日本国は(a)(b)条項を留保していますが、この(c)条項については留保していません。)下村大臣の発言、さらに本省令案は、明らかにこの(c)条項に違反しています。

 以上の理由から、わたしは、この省令案に強く抗議し反対します。どうぞ批判に耳を傾けてくださいますよう、お願い申し上げます。


金鎮宇さん

 朝鮮高級学校に無償化を適用お願いいたします。拉致問題朝鮮総連など政治問題と、子供たちの健やかな育成とは別次元の問題です。

 現状では、文科省により大学受験資格を有する学校と認められながら、各種学校認可を受けていないため就学支援金の給付対象となっていないブラジル人学校等があります。大学受験においては高校同等と認められるのに、公的支援に関しては高校扱いしないというのは、明らかに法的整合性がありません。朝鮮学校に加え、これら学校を就学支援金給付対象とできるような省令改正こそ行うべきです。


林敏之さん

高校無償化法施行令改正に関するパブリックコメントについて(追加論点2)】

 1月9日に2通の意見を送付した者ですが、座視できない状況が新たに出来していますので、もう1通意見を送ります。

 報道によれば、貴省は11日に発表した2013年度予算の概算要求において、朝鮮学校への就学支援金給付に備えた2億4千万円を要求から外す一方で、市区町村が幼稚園の保育料を軽減している場合に費用の一部を国が支援する補助費を上乗せする要求を行ったとのことです。

 そもそも、本件省令「改正」案に対するパブリックコメントの公募期間も終わっていないというのに、朝鮮学校除外の結論ありきの概算要求を行うとは、国民を欺き、朝鮮学校子どもたち・保護者・教職員・運営者を愚弄するものです。このパブリックコメントは「意見を聞いた」という単なるアリバイ作りのために実施しているのですか?

 幼稚園の保育料等が高額で、保護者たちから補助金上乗せの切実な声があることは、私も保育運動に関わる父親として承知しています。

 しかし、それならば幼稚園への補助金増額も、朝鮮学校の生徒に対する(他の各種学校認可を受けた外国人学校と同様の)就学支援金給付も、ともに要求するのが文部科学省の仕事ではないですか?衆知の通り、日本の教育支出はOECD諸国中最低レベルです。教育予算全体の大幅アップを堂々と要求することが、文部科学省のなすべきことではありませんか。

 自民党は「保育園への助成が手厚すぎる」として、保育園と幼稚園との対立を煽るような言説を繰り返してきました。その自民党が政権に復帰した後のこの概算要求で、今度は朝鮮学校に幼稚園を対立させようとしています。

 本件省令「改正」案は前の意見で述べた通り、ただでさえ法的整合性がなく、国際人権諸条約の規定にも関係人権委員会の勧告にも反した、世界に恥ずべき差別法令案です。これに加えて、日本に暮らす子どもと保護者同士の「パイの取り合い」を煽ることは、子どもの健全な教育にとってマイナス以外の何物でもありません。

 子どもを分断し、政治の道具とすることは止めてください。


板垣竜太さん*36 

 いわゆる「高校無償化」制度に関する省令の「改正」案に反対します。

 欧米を中心に広がる「イスラーム嫌悪(Islamo-phobia)」にも相似した「北朝鮮嫌悪(NorthKorea-phobia)」にともなう日本社会の排外主義的な感情を抑制する努力をするどころか、むしろ日本政府自らが朝鮮学校のみを意図的に「高校無償化」制度から排除するのは、国の主導するレイシズムとして国際的にも厳しく批判されるべきことです。実際、「高校無償化」法案が成立する直前の2010年3月に開かれた国連人種差別撤廃委員会は、「一部の政治家朝鮮学校の排除を提案していること」に懸念を示す文書を発しました。まさにその懸念どおりのことを、日本政府自らが行おうとしているのです。

 今回の省令案は、条文の一項目を削除するものですが、これは外国人教育・民族教育をめぐる基本方針の大きな変更です。そもそも「高校無償化」制度は、いわゆる一条校に限らない様々な形態の後期中等教育に相当する教育課程に通う生徒らの就学を支援するように制度設計されています。外国人学校においては、(イ)項を通じて「本国」をもつ民族系の外国人学校を支援の対象とし、(ロ)項を通じて「本国」の有無に関係なくインターナショナル・スクールを支援する枠組を構築しています。さらに、それ以外の形態の外国人教育・民族教育の後期中等教育課程に対しても支援の対象に含め得る道を開いたのが(ハ)項でした。実際、朝鮮学校の審査は不当に滞っていたものの、この間、2つの外国人学校が(ハ)項を通じて支援対象に指定されました。(ハ)項そのものを削除することは、「本国」と日本との間に外交関係がない、またはそもそも「本国」がない民族教育は支援しない、というポリシーを日本政府が積極的に選択したことになります。これは言語・文化を中心とする(少数)民族教育を重要視する近年の国際的な動向に全く逆行するものです。

 昨年、日本政府はようやく国際人権規約の中等・高等教育の漸進的無償化条項の留保を撤回しました。その対象から朝鮮学校だけを意図的に外すことは、同じ国際人権規約で定められた民族教育の権利という観点からすれば、日本政府が新たな人権侵害を作り出したことを意味します。2010年から高校段階の年齢の子どもをもつ親の特定扶養控除が廃止されましたが、こちらの方は朝鮮学校高級部に子どもを送る親にも「平等」に適用されていることを合わせて考慮すれば、日本政府による排除の姿勢の問題性は一層鮮明になります。

 (ハ)項削除案を速やかに撤回するよう強く求めます。


浅野健一さん*37

 下村博文文部科学相安倍晋三首相の指示を受け2012年12月28日、朝鮮学校への高校授業料無償化を適用しないと表明した。文科省朝鮮学校への無償化適用を除外するため、省令を改定するという。この省令改定は、朝鮮学校を名指しはしていないものの、朝鮮学校を指定の対象外にすることだけを目的にした前代未聞の改悪である。

 下村氏は、日本人拉致問題で進展がなく、朝鮮学校の人事や財政に在日本朝鮮人総連合会の影響が及んでいることなどを理由に挙げた。文科相は会見で「子どもには罪はなく民族差別をするわけではない」と説明した。文科相はまた、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)「国交回復」がなされれば提供対象にするとも述べた。

 朝鮮学校に通う生徒たちは日本が朝鮮を植民地支配していた時に日本に渡ってきた人たちの子孫(2〜5世)で、日本に生まれ育った市民で、拉致問題に何の関係もなく、国交がないことにも何の責任もない。日朝間に国交がないのは、日本が敗戦後、朝鮮半島の北半分の政府と人民に謝罪と補償をしていないからだ。

 高校無償化法は10年4月に執行された。法の施行から2年9カ月もたってから、省令をいじることができるのか。省令といえども法律であり、特定の学校、生徒を狙い撃ちした改定は、普通の国の「法の支配」に反している。

 前政権は審議会朝鮮学校を対象に含めるかどうかの審査中だという理由で、引き延ばしてきた。前政権は、政治・外交問題とは切り離して審査しているという説明をしていた。

 無償化が始まってから、朝鮮学校で無償化の対象から外された卒業生は既に2回出ている。この措置で、今の3年生も無償化の対象から外れ、13年3月には3年目の卒業生になる。

 生徒たちが裁判を起こす動きもあったが、文科省が審査中だということで提訴を踏みとどまってきた。今回の措置はそうした経緯を無視した人権蹂躙だ。

 私の勤める大学には朝鮮高校の卒業生が多数学んでいる。大阪朝鮮高校はラグビーの第92回全国高校ラグビー大会に出場して善戦した。京都朝鮮高校も全国高校サッカー大会に出場したことがある。日本では様々な分野で高校と認められている。

 私は東京で9月に開かれた在日本朝鮮青年同盟などの主催した日朝青年ドリームフェスタで、東京朝鮮高級学校の3年生の女子生徒が「どうして私たちを差別するのか。日本に生まれ日本人と仲良く暮らしたい私たちを特殊視するのか」と語っていた。当時は「適用の可否を審査中」で、これまで卒業生が2年連続で、無償化の適用のないまま卒業している。彼女は3年目の卒業生になる。

 東京朝鮮高級学校3年生の女子生徒は周囲から「補助を受けたいなら日本の高校へ移ればいいではないか」ともよく言われるという。元生徒の男性は「11年3月に卒業した一番上の学年の先輩は、無償化問題で解決できないでごめんね」と後輩に言って卒業したと打ち明けた。

 私は11月、学生と一緒に京都朝鮮中高級学校の授業を見学した。その日に出会った生徒、教員は心を深く傷つけられたと思う。

 朝鮮学校には朝鮮籍の生徒のほか、韓国籍日本国籍の生徒も通っている。

 下村文科相は「子どもに罪はない」「民族差別ではない」というが、朝鮮高校の生徒たちに会って話を聞いてほしい。

 今回、文科相に指示を出した安倍氏は2002年9月に日朝平壌宣言の際、官房副長官として小泉純一郎首相の隣にいた。宣言を履行するよう努力する義務が安倍氏にはあるのではないか。

 小泉首相は東京都内で04年5月28日から2日間東京で開かれた朝鮮総連第20回全体大会に自民党総裁として初めて祝賀メッセージを送り、在日朝鮮人の差別をなくすために努力すると述べている。佐田玄一郎筆頭副幹事長*38が代理出席して代読した。

 朝鮮学校在日朝鮮人が民族教育、言語・文化の継承のために設立した学校で、朝鮮政府や朝鮮総連が支援してきた。国からは一円の支援もないが、大阪などを除いてほとんどの自治体補助金を出している。小泉氏は二度目の訪朝の際、「拉致が起きたのは国交がなかったからだ」という趣旨の発言を記者団にしている。日朝関係を「敵対から友好に」「対立から協調へ」と呼び掛けた。

 前政権時代に朝鮮に残る日本人遺骨問題などを契機に局長級会談が実現し、対話の機運が生まれていた。

 下村文科相は「朝鮮学校への無償化適用に国民の理解が得られない」とも言っている。国民の現在のような世論は誰が創ったのか。

 日本が朝鮮の人々に対し1905年から1945年まで行った加害行為を、なかったことにして、1945年から今日まで米韓と組んで朝鮮を威嚇、脅迫してきたことへの自問もない。アジアの人たちがなぜ日本の軍国主義の復活を警戒するのかに想いをはせない日本国と日本人は東アジアで孤立を深め、世界の敵になるだろう。


藤永壯さん

 朝鮮高級学校生徒を「無償化」の対象から排除しようとする今回の省令案に反対します。

 報道によると、下村文科相は、今回の措置について「子どもに罪はなく、民族差別でもない」と述べたそうですが、ごくシンプルに考えて、日本の学校や他の外国人学校には「無償化」を適用し、朝鮮学校のみ不適用とすることが、差別でなくて何なのでしょうか。

 また下村文科相は、朝鮮民主主義人民共和国に対して、「拉致や核、ミサイルの問題を解決し国交正常化に努力してほしいというメッセージにもなる」と述べたそうですが、「無償化」は教育の機会均等を保障するための制度であり、政治・外交問題と結びつけるのは筋違いです。あえて言えば、日本政府はこの間、朝鮮船籍船舶の入港禁止や輸出入禁止などの、いわゆる「制裁」措置を取ってきましたが、こうした強硬政策が上記のような政治・外交問題の解決に全く効果がなかったことを踏まえ、むしろ朝鮮民主主義人民共和国との関係を改善する方向へ政策を転換するべきなのです。

 さらに今回の省令案は、朝鮮高級学校生徒を「無償化」の対象から除外する手段として、交付のルール自体を変更しようとしているわけですから、一言で言って卑劣と言わざるをえません。大阪に住む私たちは、すでに朝鮮学校をめぐって同様の「掟破り」を経験しています。大阪市は2012年3月、大阪府の決定に追随して朝鮮学校への補助金停止方針をまず決定し、そのために補助金交付要綱を駆け込み的に改悪して、遡及的に施行しました。こうして補助金申請は前年9月に行われていたにもかかわらず、事後のルール変更で朝鮮学校に対する補助金が停止されてしまったのです。今日の日本は、中央政府地方自治体も、朝鮮学校を排除するためであれば、手段を選ばないということなのでしょうか。これでも朝鮮学校に対する差別はないと言い張るのでしょうか。

 こうしたことから私は、今回の省令案が朝鮮民主主義共和国に対するメッセージとなるどころか、むしろ「朝鮮学校は差別されて当然」というメッセージを日本社会に発信する効果を生むであろうことを、深く憂慮しています。日本社会に蔓延する在日朝鮮人への差別意識に政府が「お墨付き」を与え、在日朝鮮人児童・生徒に対するより深刻な人権侵害事件が発生するかも知れない危険性を、政府はいかばかり認識しているのでしょうか。

 最後に、下村文科相は朝鮮高級学校への「無償化」適用は「国民の理解が得られない」と述べたと伝えられましたが、教育の機会均等実現や民族教育の保障は、憲法その他の国内法規や国際人権法に定められ、政府として実行しなければならない義務であり、「国民の理解」を口実とする「正当化」は許されない事案です。在日朝鮮人をはじめとする在日外国人も、日本人と同等の納税の義務を果たしているのですから、当然、日本人と同等の教育を受ける権利を有しているはずです。今回の朝鮮高級学校を「無償化」から除外しようとする省令案は、それこそ「納税者の理解を得られない」改悪案にほかならないと考えます。

 以上の点から、省令案に改めて強く反対し、撤回を求めます。


庄司俊作さん*39

 安倍新政権が「高校無償化」制度を朝鮮学校に適用しないことを決定したことに関して、意見を述べます。

 「高校無償化」の問題と拉致問題の解決等は、別の問題です。政府が決定した方針は、それを混同し、教育行政において旨とすべき公平さを逸脱するものであり、許されることではありません。

 「高校無償化」については、日本に住む対象者すべてに等しく適用されるべきです。


匿名

 この省令案は一部のマイノリティの子供たちの教育を受ける権利を制限する、差別的政策であり、認められない。

 憲法にも国際人権条約にも違反している。

 政治的または外交的問題と、国内の弱い立場にあるマイノリティに対する政策を結びつけて考えること自体不当である。このような国際情勢下でも、人権は保障されなければならないことを、(国民の理解が得られないことを言い訳にせず)国民に周知させる責務があるのではないか。

朝鮮学校関係ブログの紹介(2013.1/20)

朝鮮学校の完全排除に反対しよう! 高校「無償化」施行規則改定へのパブコメ

http://imperialism21.wordpress.com/2013/01/09/mushoka/

*1:ググった限りではチベット暦と中国暦の違いはよくわかりません。

*2:日本の干支みたいなもののようです

*3:いわゆる「陰暦の正月」(旧正月)です

*4:単なる偶然でしょう

*5:既に連鎖自殺化しており「中国が悪い」ですましていいとは思われない

*6毛沢東の妻、江青・四人組裁判により1981年に死刑(2年間の執行猶予付き)判決を受ける。1983年には無期懲役に減刑された。1991年5月14日に、北京市にある小湯山秦城監獄でガンの療養中に首吊り自殺した。

*7:掲載が1/26の午後8時で済みません。もっと早く気付けば良かったが

*8:原文のまま。「キムジョンイル」が「金日成」の誤記なら話は別だが、そうでないなら、本当は「総書記」または「国防委員長」が正しい

*9:「猿虎日記(さるとらにっき:http://d.hatena.ne.jp/sarutora/)」管理人。氏の見解については『いわゆる「高校無償化」からの朝鮮学校の排除に反対するパブリックコメント』(http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20130126/p1)も参照。著書『図解雑学サルトル』(2003年、ナツメ社)、『哲学のモンダイ』(2011年、白澤社)、『図説あらすじでわかる! サルトルの知恵』(2011年、青春新書インテリジェンス)

*10:著書『近代という病いを抜けて―統合失調症に学ぶ他者の眼差し』(2007年、批評社

*11:著書『「心のノート」を考える』(2003年、岩波ブックレット)

*12:著書『教育と国家』(2004年、講談社現代新書)、『国家と犠牲』(2005年、NHKブックス)、『戦後責任論』(2005年、講談社学術文庫)、『靖国問題』(2005年、ちくま新書)、『犠牲のシステム 福島・沖縄』(2012年、集英社新書

*13:著書『近代日本の教育と朝鮮』(1993年社会評論社)、『日本の植民地教育の展開と朝鮮民衆の対応』(2006年、社会評論社)、『子どもの危機・教育のいま―「改正教育基本法」時代の教育体制』(2007年、社会評論社)。佐野氏の見解については朝鮮新報『「高校無償化」 民族教育の自主性尊重を、佐野通夫教授に聞く』(http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/03/1003j1117-00002.htm)参照

*14:著書『中国民族主義の神話―人種・身体・ジェンダー』(2004年、岩波書店

*15文科省が除外に乗り気でないことがよくわかる

*16:審査自体不要と俺は考えるので古屋氏の考えがよくわからない。文科省への妥協か?

*17:そもそも省令変更にはパブコメが義務づけられていたと思うので文科省のもくろみが「パブコメで除外意見が多いことを理由に自己正当化する」というものであったとしてもパブコメ募集それ自体は卑劣ではないと思う。そもそもパブコメは少なくとも建前では「事前に意見を募集し行政の参考にするため」であって多数決ではない。

*18:著書『外国人市民がもたらす異文化間リテラシー―NPOと学校、子どもたちの育ちゆく現場から』(2012年、現代人文社)

*19:著書『言語マイノリティを支える教育』(2011年慶應義塾大学出版会)

*20:著書『バイリンガル教育の方法(増補改訂版)』(2001年、アルク)、『マルチリンガル教育への招待』(編著、2010年、ひつじ書房

*21:著書『異文化に育つ日本の子どもアメリカの学校文化のなかで』(1997年中公新書) 、『勉強力をみがく―エキスパートへのみち』(2003年、ちくま新書

*22:(ハ)条項が削除されてると影響を受ける学校は他にもあるので

*23:拉致のことだろう

*24従軍慰安婦南京事件731部隊などだろう。他にもある

*25コリア国際学園がそれに該当するようだ

*26:なお、高林氏などが批判するように在外校だったら「北朝鮮よりである」とする批判は筋が通らなくなる。

*27コリア国際学園がそれに該当するようだ

*28:(ハ)条項のこと

*29:理由や目的が書けないとはとんでもない話だ。さすがに文科官僚は下村大臣の記者会見発言は公文書的な形では表沙汰にできない、したくないと思ってるのか。しかし裁判闘争になれば嫌でも明らかにせざるを得ないが。

*30マジレスすると「非嫡出子の相続差別」など既に「国民の無理解」を口実に政府によって正当化されている差別は存在する

*31:著書『詩歌と戦争―白秋と民衆、総力戦への「道」』(2012年、NHKブックス

*32:著書『アン・ブロンテ―二十一世紀の再評価』(2007年、中央大学出版部)

*33:日本語で言うと多様性

*34:産経にコメント捏造されたことで一部では有名な福島県立医科大学教員の方。著書『死体は見世物か: 「人体の不思議展」をめぐって』(2012年、大月書店

*35:著書『黒坂愛衣のとちぎ発部落と人権のエスノグラフィ〈Part1〜3〉』(創土社

*36:著書『朝鮮近代の歴史民族誌:慶北尚州の植民地経験』(2008年、明石書店

*37:著書『犯罪報道の犯罪』(1987年講談社文庫)、『メディア「凶乱」:報道加害と冤罪の構造を撃つ』(2007年、社会評論社

*38:第一次安倍内閣で規制改革担当相に就任するが事務所費疑惑で辞任

*39:著書『近代日本農村社会の展開:国家と農村』(1991年ミネルヴァ書房)、『日本農地改革史研究:その必然と方向』(1999年、御茶の水書房)、『近現代日本の農村:農政の原点をさぐる』(2003年、吉川弘文館)、『日本の村落と主体形成:協同と自治』(2012年、日本経済評論社)

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