今日の産経ニュース&人民日報ニュース(6/18分)(追記・訂正あり)

■産経『中国とセルビア、急接近! 関係格上げで合意 首脳会談で21の協力文書』
http://www.sankei.com/world/news/160618/wor1606180078-n1.html
人民日報
習近平*1主席、ベオグラード*2に到着 セルビアへの公式訪問を開始
http://j.people.com.cn/n3/2016/0618/c94474-9073986.html
■習主席と彭夫人*3 セルビアNATO中国大使館爆撃の犠牲者を追悼
http://j.people.com.cn/n3/2016/0618/c94474-9074032.html
■中国・セルビア首脳 国家主権と領土保全の尊重を強調
http://j.people.com.cn/n3/2016/0619/c94474-9074333.html
■習主席 セルビアニコリッチ*4大統領と会談
http://j.people.com.cn/n3/2016/0619/c94474-9074366.html

 習氏が今セルビア訪問です。

http://www.sankei.com/world/news/160618/wor1606180078-n1.html
 シルクロード経済圏構想「一帯一路」を推進する中国は、欧州市場の投資拡大拠点の一つとしてセルビアを重視している。

ということで今後の動向が注目されます。
 なお、中国大使館爆撃事件については以下のウィキペディアの記述を紹介しておきます。

■アライド・フォース作戦(ウィキペディア参照)
 1999年5月7日には、米軍機が誤って中国大使館を爆撃し、29人の死傷者を出している。後に緊急会議が開催され、NATOは中国に対し謝罪したが、当時中国はセルビア側を支援していたため、故意に攻撃したのではないかという疑惑が報道された。
 なお、中国大使館を爆撃目標と指定したのは、CIA中佐のウィリアム・J・ベネットであり、「誤爆」の責任を取らされて、2000年にCIAを解雇されている。その後、2009年3月22日、ベネットが妻とともに公園を散歩していた際に、窓のない白い不審車両が公園に入って行き、激しい物音がした後に車が走り去るという出来事が発生した。発見された時にはベネットはすでに死亡しており、妻も重傷を負っていた。この殺人事件に関して、2009年4月に米誌『フォーリンポリシー』は、「中国大使館誤爆事件」などベネットの過去の経歴が関係している「政治的暗殺」ではないかと報じている。一方、FBIは、「事件とベネットの経歴を結びつける証拠は一切ない」と政治的暗殺説を否定している。


■人民日報『中国海軍のリムパック再参加が発する4大メッセージ』
http://j.people.com.cn/n3/2016/0617/c94474-9073803.html
 無理に4つに分ける必要もない気がします。
 大事なのは「リムパックのメイン主催者は米国だ」つうことです。つまり米国も中国もお互い全面対決する気はないと。全面対決する気だったら中国が参加したがらないし、米国も参加させるはずはないわけです。
■産経『オバマ米大統領ダライ・ラマと会談*5、人権擁護を「強く支持」』
http://www.sankei.com/world/news/160616/wor1606160010-n1.html
なんてのもそう言う意味では割り引いてみる必要がある。そもそもオバマの任期も残り少ないからこういう事ができるという要素は明らかにあるわけです。


■人民日報『中国共産党成立95周年記念特集:中央指導機関の歴史的変遷』
http://j.people.com.cn/n3/2016/0617/c94474-9073601.html

 1924年11月、中共中央は初めて陳独秀、蔡和森、ヴォイチンスキーの3人からなる政治局を設立した。

 ちなみに「陳独秀、蔡和森、ヴォイチンスキー」はウィキペディアに寄れば次のような人物です。
 党創立時の大幹部でありながら、全員「国民党に暗殺(蔡和森)」されたり、「政治的対立から党から除名(陳独秀)」されたりして毛沢東*6劉少奇*7周恩来*8トウ小平*9ら伝説的人物が実権を握った後の政治的影響力があまりないのが何ともかんとも。

陳独秀(1879年10月8日〜1942年5月27日)
■経歴
辛亥革命によって1912年に中華民国が成立すると、安徽省で都督府秘書長という要職に就く。しかし、中華民国大総統の袁世凱*10は国民党幹部の宋教仁を暗殺して議会を解散し、批判勢力を強権的に排除する姿勢を強めたため、陳も職を辞して日本に亡命する。
・陳は1915年に帰国し、9月に上海で『青年雑誌』(のちの『新青年』)を創刊する。『新青年』において陳は、伝統的な文化や社会体制が中国の近代化を妨げる元凶であるとして徹底的に否定し、中国を滅亡させないためには、もはや現代社会にそぐわない儒教や家族制度を廃絶して、「民主」や「科学」といった西洋文明の原理を全面的に取り入れるべきだと主張した。この主張は、当時の中国知識人の広い共感を得、陳は一躍有名なジャーナリストとなる。『新青年』の活動は歴史上「新文化運動」と呼ばれ、胡適*11魯迅など、近代中国史上に著名な作家や学者、政治家を多く生み出した。若き日の毛沢東も『新青年』への投稿者の一人であり、陳を当時「思想界の明星」と絶賛している。この活動に北京大学校長の蔡元培が注目し、1917年に陳は北京大学の文科学長に就任する。
・陳の転機は1919年の第一次世界大戦後のパリ講和会議であった。西洋主義者であった陳は、議長であり民族自決論を主張するアメリカのウィルソン*12大統領に大きな期待を寄せていた。しかし会議では、対華21ヶ条要求でドイツから日本に譲渡された山東半島の権益がそのまま維持されるなど、理想とは程遠い現実に「ウィルソンはウソつきだ」と深く失望する。5月4日に北京の天安門前で、学生を中心として山東半島の中国返還を認めないパリ講和条約への不調印を求める民衆デモ(五四運動)が起こり、多くの市民を巻き込む民衆運動に発展する。陳は民衆の力に深い感銘を受け、自ら街頭で「北京市民宣言」というビラを配っているところを警察に逮捕され、3ヶ月ほどの獄中生活を送る。釈放後は、都市労働者の運動の理論としてマルクス主義に急速に傾倒する。1920年には中国で共産党を設立するためコミンテルン極東支局からグリゴリー・ヴォイチンスキーが訪中し、1920年8月に、陳とヴォイチンスキーらにより、中国共産党結党準備が始められた。1921年にはコミンテルンの指導の下で、上海で中国共産党を結成し、初代総書記に選出される。
・1922年頃からコミンテルンの指示で、陳個人は反対であったが、党指導者としての立場で、孫文率いる国民党との合作を模索。1924年には共産党員が国民党に入党する形で第一次国共合作が成立する。しかし1925年に孫文が死去し、1926年以降は反共産党の姿勢を強める蒋介石が指導権を獲得。1927年4月の上海クーデターの発生によって共産党は徹底的に弾圧される。窮地に立った陳は、コミンテルンの指示に従い、国民党内で蒋介石に敵対する汪兆銘武漢*13国民政府と連合して国共合作の維持をはかろうとするが、武漢政府の政権基盤自体が脆弱だった上に、汪も土地改革などをめぐって共産党と対立しはじめ、1927年7月に汪との国共合作は最終的に解体する。陳は汪との連合の失敗を、コミンテルンから「右傾日和見主義」と厳しく批判されて総書記を辞任する。しかし、「右傾日和見主義」路線はコミンテルンからの指令であり、陳の立場ではなかった。
・指導者としての地位を追われ、蒋介石によって息子二人も殺害された失意の陳は、1929年にスターリンソ連共産党書記長に敵対するトロツキー*14の存在を知り、コミンテルンの中国政策をトロツキーが批判していることに狂喜する。陳はソ連共産党中国共産党に対する激しい批判者に転じ、コミンテルンの中国政策こそが「日和見主義」の元凶であると指弾し、「コミンテルン及び中国共産党中央の日和見主義者と闘争しなければならない」と訴えた。この発言のために中国共産党から除名された陳は、トロツキーとも連絡を取りながら1931年に中国トロツキストの統一組織を結成してその総書記となる。しかし、国民党と共産党の両方を敵に回した中国のトロツキズム運動は瞬く間に壊滅し、陳も1932年に蒋介石・国民党の弾圧によって逮捕される。
・蔡元培や胡適など『新青年』時代の盟友たちの助力もあって処刑はまぬがれ、第二次国共合作という政治情勢の変化を受けて1937年8月に釈放される。胡適アメリカに移住するように勧められたり、トロツキーから第四インターナショナルへの参加を要請されたりしたが、全てを拒絶して四川省・江津に隠棲している。古代音韻学の研究に沈潜するかたわら、ときおり抗日戦争に関する見解などを発表した。なお毛沢東の、農村を根拠地とした遊撃戦戦略に対しては、大都市を重視する立場から批判的であった。1942年に江津でひっそりと死去した。
 もともと陳の墓は江津にあったが、後に故郷である安徽省安慶市の郊外に移された。長い間その存在すらあまり知られていない簡素な墓だったが、近年省政府の手によって安徽省文物保護単位に指定され公園として整備されつつある。
■評価
 陳は中国共産党創設者であり、毛沢東魯迅孫文蒋介石など近代中国史上の重要人物で彼と関わりのない人物はいないといってよく、新文化運動、五四運動、国民革命など1910年代から20年代にかけての中華民国史の流れの常に中心にいた。特に毛沢東にとって、陳は『新青年』や共産党組織という活動の場を提供した重要人物である。しかし陳の名は中国において一般的にはそれほど有名ではなく、評価もあまり芳しいものではなかった。その理由は、一つには「トロツキストへの転向とそれによる党除名」によって中国共産党の公式史観から否定的に評価されてきたこと、もう一つは思想そのものが西洋からの表面的な直輸入で独自性や深みが乏しく、研究対象としてあまり魅力的と思われてこなかったことが挙げられる。
 性格的にも、正しいと思ったことは衝突を厭わず強引に押し通そうとする直情型のタイプであり、ある雑誌や組織を立ち上げる段階では力を発揮するものの、それを粘り強く指導していく実務的能力に欠けていた。それまで信じていたものに失望しては新しいものに飛びつくという「転向」の多さも、彼の評価を著しく低いものにしている。彼自身も晩年の書簡で、儒教からコミンテルンに至るまで権威であれば何でも反抗した人生を自省し、「適兄(胡適)が私を『終身反対派』と呼んだが、まさにその通りだ。ただ故意にそうなっているわけではなく、事が迫るとどうしてもそうせざるを得なくなってしまうのである」と、自嘲的に述べている。
 ただし陳のこうした激動の人生は、中華民国期の政治社会史を理解する上で非常に魅力的な題材を提供していることも確かである。事実、近年中国では彼を扱った伝記が多く出版されている。なお、一時期孫文の軍事顧問をつとめた日本陸軍の佐々木到一中将は、陳の第一印象について「何だか昔の読書人のような感じのする男で、共産主義者というよりも道学先生のようだった」と語っている。
■参考文献
横山宏*15陳独秀』(1981年、朝日選書)、『陳独秀の時代』(2009年、慶應義塾大学出版会)
・長堀祐造『陳独秀:反骨の志士、近代中国の先導者』(2015年、山川出版社世界史リブレット人)

■蔡和森(1895年3月30日〜1931年8月4日)
1921年2月フランス・パリにおいて留学中国人によって中国少年共産党が創設されると、蔡はこれに加入。1921年10月に蔡は帰国し、上海で中国共産党に加入した。
 1925年には五・三〇事件に参加。その年の12月にはソ連に赴き、モスクワ中山大学に学んだ。1927年にソ連から帰国。中国共産党第五回全国代表大会において中央政治局委員、常任委員に当選。また、中国共産党中央秘書長、北方局委員、宣伝部長にも就任した。1928年6月にはソ連で開催された中国共産党第六回全国代表大会に出席。中国共産党中央政治局委員、常任委員、中央宣伝部長に就任した。
 1931年にソ連から帰国して、3月に広州*16において中国共産党両広省*17委員会書記に就任した。同年6月、英領香港の当局に逮捕され、広州で国民政府側に引渡された。8月4日に広州軍政監獄で殺害されその一生を終えた。

■グリゴリー・ヴォイチンスキー(1893年4月5日〜1956年6月11日)
・1918年、ロシア共産党に入党、1926年から1927年の間、上海のコミンテルン極東局委員長。
1920年ソ連コミンテルンの支局としてシベリアに極東支局を設立した。極東支局の成立直後、 その副支局長であるヴォイチンスキーは中国に派遣され、顧問として陳独秀中国共産党を設立させている。実際に新しく中国共産党を成立させる過程の大部分には彼が関与したが、中国国民党との国共合作など党の公式路線については彼の後継の顧問らによる関与が大きかった。


【ここからは産経です】
■【ポスト舛添】蓮舫*18一転、出馬見送りは「なぜ」 大勝負逃したと嘆くベテラン
http://www.sankei.com/politics/news/160618/plt1606180037-n1.html
 彼女が都知事選で野党統一候補となれず、あるいは当選できず、一方で参院選挙区のポスト蓮舫候補が当選できずで「知事選に勝てず参院選でも一議席減」という事態を執行部が恐れ、「大臣経験者だから参院議員を続けるなら今後それなりに厚遇したい」と蓮舫氏を説得したということのようです(彼女が参院選に出れば現有議席を維持できることはほぼ確実でしょう)。
 彼女としても「当選がほぼ確実というわけでもない」のに、執行部や支持者にある「都知事選出馬反対論」を無視できないと言う事でしょう。
 別に彼女に都知事選に出て欲しいわけではないですが、民進党も最大野党として早急な都知事選候補擁立が期待されているわけでいつまでも「誰それが出る予定」「やっぱり出ません」などといったごたごたをやっている場合ではないでしょう。
 まあ彼女が今、落選して無役なら「2011年当時、落選して無役だった小池晃氏(現在、参院議員、日本共産党書記局長)が都知事選に出馬*19したように」出馬したんでしょうけどね。


■【米大統領選】トランプ流「勝利の方程式」に陰り 乱射事件後も支持率上がらず 本選へ迫られる戦略見直し
http://www.sankei.com/world/news/160618/wor1606180070-n1.html

 政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した世論調査の支持率平均値によると、トランプ氏の支持は5月下旬に一時、クリントン*20を上回った後に下降を続けている。16日時点でクリントン氏44・1%、トランプ氏38・3%。12日の乱射事件後も反転の兆しはみえない。ワシントン・ポスト紙の最新の世論調査では、トランプ氏を「好ましくない」としたのは70%で、クリントン氏の55%を大きく上回った。

 サンダース*21が「第三候補として出馬しアル・ゴア*22民主党大統領候補の票を奪ったとされるラルフ・ネーダー」のような行為*23を取らない限り、トランプ敗北が確定的になってきたということでしょうか。大変いいことです。


■中国と「戦争」すればこうなる…尖閣守る日米同盟と「核の傘」 東京国際大学教授・村井友秀
http://www.sankei.com/column/news/160617/clm1606170006-n1.html

 中国が配備する核兵器による戦争になれば、核兵器保有しない日本に勝つチャンスはない。
(中略)
(ボーガス注:しかし日米安保を理由に米国が日本を支援すれば)数千発の核弾頭を持つ米国と数百発の核弾頭を持つ中国との核戦力には大きな差があり、核戦争になれば米国は中国を圧倒できる*24。故に、中国が核戦争に踏み切る可能性は低い。
 米国による「核の傘」が機能すれば、日本に対する中国の核威嚇は機能しない。

 ばかばかしい。たかが尖閣問題で中国が核兵器を撃ってくるわけがないでしょう。米国だって「中国が撃ってくる事態に備えて、撃つ用意をする」なんて物騒な事を考えるわけがない。

安全保障の基本は最悪の事態を考えることである。

と強弁する村井氏ですがほぼ100パーあり得ない事態を想定して意味があるのか。
 「ロシアがクリミア問題解決のためにウクライナ核兵器を撃つ」「米国が金正恩政権転覆のため北朝鮮核兵器を撃つ」「北朝鮮が朴政権転覆を狙い韓国に向かって核兵器を撃つ」レベルの与太です。
 大体この理屈だと南シナ海問題で「核兵器を持たないフィリピンやベトナム」に対しても中国は核兵器を撃つかも知れないというとんでもない話になります。
 さすがに本気ではなく故意の反中国扇動でしょうが産経と村井氏がバカであることには変わりありません。


■【河崎真澄のチャイナウオッチ】AIIBによる対パキスタン融資を監視せよ 高速道路や湾岸整備の狙いは軍事転用ではないのか?
http://www.sankei.com/premium/news/160618/prm1606180012-n1.html
 そのパキスタンへの融資は

最有力の案件は、日本が最大の出資国であるアジア開発銀行(ADB)が10日に公表したAIIBとの協調融資によるパキスタンでの高速道路建設だ。両行が1億ドル(約107億円)ずつ融資する。

というものです。ADBとの共同融資という時点で産経の主張する

 中国では有事の際、高速道路で軍用機の離着陸が行える設計*25になっている。パキスタンで建設する高速道路に軍事転用の懸念*26はないか

という疑念は「根拠のない物」でしょう。
 仮に根拠があるとしてもその場合、ADBも非難されるべきであり、AIIBだけ非難する産経の態度は異常です。


■「息を吐くようにうそをつく韓国人」…日本の経済誌の記事にショックを受けた韓国のテレビが検証したら…?
http://www.sankei.com/world/news/160618/wor1606180059-n1.html

 「韓国人は息を吐くようにうそをつく」。
 こんな衝撃的な書き出しで始まる「ビジネスジャーナル」の記事。2013年に韓国国内で、起訴された人が、偽証罪で3420人、誣告罪で6244人、詐欺罪が29万1128人だったことを紹介し、2000年と比較しても急増しているとした。
 そのうえで、起訴された人の数がそれぞれ日本と比べ、偽証罪が66倍にのぼり、人口比では165倍にもなることを指摘。「韓国は世界一の詐欺大国」と紹介した。
 こうした背景には韓国が世界でもまれな学歴社会で、プレッシャーからか自殺する若者が後を絶たないこと、評価基準が人より優秀か劣っているか、ということであるため、人を蹴落としてでも自分が上に行かねばならない社会であることがあると分析した。
 日本を韓国がバッシング*27する背景にも、世界の中で日本より韓国が上であると誇示するためであるとし、韓国自身が評価を高めるための努力をせず、日本を叩けば自らをおとしめることに気付いていないと、かなり辛辣に分析している。

 くだらないですね。嫌韓国極右メディア「ビジネスジャーナル」が韓国に悪口雑言し、産経が「そうだそうだ、韓国はろくでもない」と一緒に悪口するという気持ち悪い風景です。
 まあ正直、最近でも「旭化成建材のくい打ちデータ偽装(2015年発覚)」「三菱自動車の燃費偽装(2016年発覚)」「東芝の会計不正(2016年発覚)」「東京五輪招致での不正疑惑(2016年発覚)」などさまざまな不正が横行する日本が韓国に比べて「正直国家」だとは俺には全然思えません。


■【スクリーン雑記帖・予告編つき】“美しすぎる作曲家”羽深由理の旋律が緊張感を高める恐怖映画「クリーピー 偽りの隣人」
http://www.sankei.com/premium/news/160618/prm1606180022-n1.html

 6月18日公開の「クリーピー 偽りの隣人」は、ある夫婦(西島秀俊竹内結子)が“奇妙な隣人”(香川照之)に翻弄される「実に気味の悪い(クリーピー)」物語。
 映画を盛り上げる緊迫したスコアを書いたのは27歳の“美しすぎる劇伴作曲家”、羽深(はぶか)由理だ。
 「黒沢監督からは『羊たちの沈黙*28やヒチコック*29の作品とかを参考にしてくれと言われました」と羽深は語る。

・「映画で音楽って大事だよなあ」と改めて思います。愉快な音楽なら愉快になるし、不安をかき立てる音楽(サスペンス映画、ホラー映画)なら不安になるわけです。とはいえ実際には「何かが起こるとき音楽などもちろん流れない」ので、「音楽が観客に押しつけがましさを感じさせてもまずい」わけでそこはなかなか難しいでしょう。
・つまりはこの映画はサスペンス、ホラーですよね。これだけではどんな作品か分かりませんが。
 普通に考えれば、「奇妙な隣人=香川」が大久保清のような殺人鬼で、竹内結子を手にかけようとするとかそう言った話の展開でしょう。香川と言えばTBSドラマ「半沢直樹での大和田常務*30」「ルーズヴェルト・ゲームでの諸田ジャパニクス社社長*31」など悪人役は評価されているように思います。
 「実は香川は悪人でも何でもなく、本当の悪人は別にいました」とか「実は香川ではなく西島・竹内夫婦の方が悪人でした」なんて「ひねった展開」も考えられますけど。
 見てみたい気もしますが、いずれにせよ、この映画、最初から「香川が怪しい」という設定*32でしょうから、うまくやらないと興行的な意味で外す可能性高いでしょうね。
1)香川が実は悪人ではないパターン
 たぶん序盤では「香川が怪しい」をさんざんやるのでしょうから、途中でうまく「実は香川は怪しくなかったのです!」をやらないと「話の展開が無理矢理だろ」という批判を浴びます。
2)やはり香川が悪人パターン
 この方が自然なわけですが、「大久保清レベルのとんでもない悪人」でないとホラーとして怖くないし、とはいえそういう悪人を「そんな奴いるか!」「西島・竹内夫婦が怪しいと思う前に警察が逮捕してるだろ!」と思わせない現実性をそれなりに持たせるには脚本の説得力ある展開と、演じる俳優の演技力がかなり求められるでしょう。
 ちなみに小生的には幽霊映画よりこういう「悪人による話」の方が怖いですねえ。その方が現実性があるからです。

 映画は、新居に引っ越した犯罪心理学者の高倉(西島)と妻の康子(竹内)が、隣人の西島*33(香川)と一家失踪事件との関係性に気づき始める話。

 普通に考えれば「坂本弁護士一家失踪事件(オウム真理教による皆殺しであることが後に判明)」のような香川による皆殺しなんでしょうね(動機が何かや共犯者がいるのかはともかく)。「見たい」と書きましたが小心者なので「一家皆殺しの鬼畜」の映画ってのは一寸見たくないかな。
 まあそれはともかく「いくら犯罪心理学者で隣人でも香川が犯人では?なんて普通思わないだろ」「つうか一般人がそんなの気付く前に警察が気付いてるわ!」つう疑問を映画内でどう解消してるのか気になります。
 まあそれはともかく「隣人が一家皆殺しの殺人鬼かもしれないのに、俺以外その疑惑に気付いてないらしい」「下手したら俺、隣人に口封じに殺されるかも」「警察に話を持っていきたいが決定的な証拠がない」つうシチュエーションは確かに怖いですよねえ。「繰り返しますが」現実的にあり得ませんけど(現実的にあり得ないので、映画でうまく話を作らないと「いくら映画(フィクション)でも、そんなわけあるか!」ということで、怖がるどころか、観客が呆れて大笑いという最悪のパターンも危惧されます)。

*1:アモイ市副市長、福州市党委員会書記、福建省長、浙江省党委員会書記、上海市党委員会書記、国家副主席、党中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席などを経て国家主席、党総書記、国家中央軍事委員会主席、党中央軍事委員会主席

*2:セルビアの首都

*3:人民解放軍総政治部歌舞団団長。1980年代初頭に「在希望的田野上」という曲でスター歌手となる。 中国では民族歌謡・愛国歌謡の大御所として知られる(ウィキペディア「彭麗媛」参照)。

*4:国会議長、副首相などを経て現在、大統領

*5:もちろん中国は■産経『「中米の相互信頼損なう」オバマ氏とダライ・ラマ会談、中国反発』(http://www.sankei.com/world/news/160615/wor1606150038-n1.html)としてオバマとダライを非難するわけですが。

*6:中国共産党主席

*7:全国人民代表大会常務委員長、国家主席など歴任。文化大革命で失脚し失意のうちに病死するが、死後、名誉回復される。

*8:首相

*9:中国共産党副主席、副首相、人民解放軍総参謀長などを経て国家中央軍事委員会主席、党中央軍事委員会主席

*10:山東巡撫、北洋通商大臣、直隷総督(直隷省(今の河北省)・河南省山東省の総督)、軍機大臣、外務部尚書などを経て中華民国大総統

*11:後に北京大学学長。共産党国共内戦に勝利すると、アメリカに亡命した後、1957年から台湾に移り、外交部顧問、中央研究院長などを歴任した。

*12:ニュージャージー州知事を経て大統領

*13:湖北省省都

*14:外相、国防相を歴任。スターリンによって国外追放されるが国外からスターリン批判を続けたため、スターリンの放った刺客により暗殺される。

*15:著書『中華民国:賢人支配の善政主義』(1997年、中公新書)、『中華思想と現代中国』(2002年、集英社新書)、『中国の異民族支配』(2009年、集英社新書)など

*16:広東省省都

*17:広東省と広西省(今の広西チワン族自治区)のこと

*18:音響機器メーカー・クラリオンキャンペーンガールクラリオンガール」に1988年に選ばれ芸能活動を開始。日本テレビスーパージョッキー』のアシスタント(1990〜1992年)、TBSテレビ『3時にあいましょう』の司会(1992年)、テレビ朝日の報道番組『ステーションEYE』のキャスター(1993〜1995年)、TBSラジオ『BATTLE TALK RADIO アクセス』の司会(2003〜2004年)などを務めた。2004年、民主党から参院東京選挙区に出馬し当選。菅、野田内閣行政刷新担当相などを経て現在、民進党代表代行

*19:残念ながら石原が四選しました。

*20:オバマ政権で国務長官

*21:上院議員バーモント州選出)

*22:下院議員、上院議員テネシー州選出)、クリントン政権副大統領を歴任。温暖化問題で活動を理由に2007年にノーベル平和賞を「気候変動に関する政府間パネル」と共同で受賞。著書『不都合な真実』(2007年、ランダムハウス講談社

*23:民主党アウトサイダー」ネーダーならともかく、民主党のインサイダーであるサンダースにそんな行動は到底取れないでしょうが。

*24:米国が数千発も核兵器を持ってることを何ら問題視せず、それどころか「数千発持ってれば数百発の中国を圧倒できる」と好意的に評価する辺りさすが「日本核武装論」産経です。

*25:本当にそんな設計か知りませんが,仮そうでも「高速道路で離着陸」なんてよほどの異常事態にでもならない限りやるわけもないでしょう。

*26:今時高速道路にそんな設計しないでしょう。また仮にそう設計すれば隠せるとも思えず、速攻で分かるでしょう。

*27:慰安婦問題での安倍批判をこう描き出す時点でビジネスジャーナルはまともではありません。

*28:第64回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞を受賞

*29:代表作『見知らぬ乗客』(1951年)、『ダイヤルMを廻せ!』、『裏窓』(以上、1954年)、『北北西に進路を取れ』(1959年)、『サイコ』(1960年)、『鳥』(1963年)など

*30:半沢(堺雅人)に不正融資を暴かれるのを恐れ調査妨害するが最終的には半沢に敗北する。

*31:経団連副会長。坂東・イツワ電器社長(立川談春)と組み、坂東が画策する青島製作所とイツワ電器の合併計画(青島側は乗り気でない)を側面から支援するが、必ずしも坂東の全面的な味方というわけではない。青島製作所が尾藤・東洋カメラ社長(坂東三津五郎)の支援で新型イメージセンサーの開発に成功し、さらにスマートフォン対応の小型イメージセンサーを完成させてジャパニクス社に売り込むと、青島製品を採用し、坂東を切り捨てた。ドラマでは細川・青島製作所社長(唐沢寿明)ら主人公たちにとって最大の敵であるはずの坂東がかわいそうになるくらいの酷い切り捨てぶりであった。

*32:もちろんサスペンスでは『最後まで誰が怪しいか分からない(ネタバレ厳禁)』という作品もあります。

*33:この辺り主役の西島氏の芸名と、「奇妙な隣人の名前」をかぶらせることにより観客に「奇妙な感覚」が生じることを狙ってるのでしょう。