2006-09-16
■[旅行記]Day 8 /電気式湯沸かし器
さて、うたた寝をしたものの、腹が減って深夜目が覚めてしまった。何かお腹に入れないとという事と、なんと宿代がチェックアウト時払いなのに残金が3$を切った状況だったことで、町にふらふらと歩き出す。門番の老人は、ちょっと行って右、そのままずっと行って左に行けば、屋台があってパンくらいは買えるだろうと言っていたが、このナビゲーションで迷わずに到着できたら、奇跡である。僕は東に行けばインドに行けると信じていた15世紀の極端な楽観主義者の心持ちで町に繰り出した。ちょっと行って右、までは簡単で、右に曲がってすぐにバークレーズ銀行が有った。ここならVISAのクレジットカードで24時間キャッシングが出来る。当座の用として50$ほどおろして、一息付いた。日本で24時間バンキングが出来る様になったのはごく最近の事だ。つい10年前の大学時代は土日にお金がおろせなくて、金曜にどさっと手元現金を増やしたり、それを忘れて土日をクレジットカードで過ごしていたものだが、アフリカも人々のベーシックな暮らしに反して、こういう所ではプラスティックマネーの使い勝手が上がっている。
さて、銀行を出ると、夜になってもうじゃうじゃ人が居るアクラと違って、クマシの夜は静かで暗い。途中から、初めて来た街でいきなり夜に繰り出すのは、アクラの安全さに慣れてしまって、自分にしては非常にリスキーな選択をしたなと後悔をし出した。次の角でギブアップして帰ろうという決意を3回位覆した後、暗闇の中に屋台を見つけた。闇の中の乏しい明かりでの商売である。時折タクシーが通るくらいのこの場所で商売になっているのだろうか。
パンは無くて軽食とお菓子の屋台である。ビスケットをリスクヘッジに2種類と、テトラパックの印に安心してブリックタイプのオレンジジュースを買った。日本メーカーもよく使っているテトラパックなら、きちんとパックされているから、アフリカのハードなロジスティクスでも汚染されていたりとかはしないだろう。食べ物と飲み物を手に入れると、帰りは足早に戻った。この2種類のビスケットの内、クリームビスケットと書かれた方はなかなかうまく、薄い味のオレンジジュースで一気に流し込んだ。食べ終わった後、ビスケットの袋をよく見ると、台湾製である。これに限らず屋台で売られているお菓子や食品の類は、殆どが台湾、中国、タイ、インドネシア、バングラディシュといった国の製品であった。食品のような基礎的な需要すら内製化できず、遠く異大陸から運んだ方が安くつく。アフリカの産業の切ない現実がここにはある。
そんな事を考えている内に眠りに落ちてしまったようだ。起きると、体がだるい。バックパッカーとしてはあるまじきエアコン付きの宿という事で、たっぷり効かせたまま寝たからだ。シャワーでも浴びてしゃきっとするかと浴室に行ったら、天井から巨大なドラム缶様のものが吊り下がっている。2ちゃんねらーならキターとか叫びそうだが、これは電気式湯沸かし器なのである。アクラで泊まったCROWN PRINCE HOTELはエアコンも付きの一番高い部屋に泊まったのに水シャワーだった。中国では陽朔という南の町で、生涯2番目に安い4$の宿に泊まったが、そこでもホットシャワーが付いていた。アフリカーナと中国人の価値観の違い、それとインフラの違いが如実に現れている。ここガーナでは50$払わないと、まともにホットシャワーが出る宿に巡り会えない。
電気式湯沸かし器はルールが有って、とにかくさくっと入るのが上策である。電気はガスに比べると湯を沸かすスピードが遅いため、ジャージャー流しっぱなしでシャワーにはいるといつしか湯は水に変わっていく。過去、この電気式湯沸かし器の宿は数え切れない位に泊まったので、経験は相当に蓄積されているが、特にダブルの部屋だと問題はクルーシャルで、どちらが先にはいるかで血を血で洗う争いになりがちである。
昨年、秋口にボリビアを訪れたが、標高4,000m前後の高原が続く冷え切った大地のこの国で、ホットシャワーの有無は真面目に大問題である。僕は、アメリカで乗り継いで日本を出てから首都ラパスまで28時間、そこから更にバスと夕方発深夜着の鉄道に乗って、殆ど40時間くらいろくに寝ずにOruroという街に辿り着いたが、お湯は出るがelectricだと言った最初に見つけた宿を気力を振り絞ってディクラインし、周りのバックパッカーを引き連れてガスの湯沸かし器があるという宿を探し出した。これは大正解で、ふんだんに飛び上がる程熱いシャワーを使えたのである。僕的には、このとき道連れになったバックパッカーからは人間国宝クラスの尊敬を受けてしかるべきだと考えているが、現実には特にお礼の言葉もなかった。人生そんなもんである。
さて、そろりそろりと赤い方の蛇口をひねると確かにお湯が出る。素晴らしい。僕はざっと体を濡らすと、頭・体・顔を同時に洗って、一気に洗い流した。十分に熱いお湯を最後までエンジョイするにはこの方法しかない。
今日は土曜日である。クマシは大きい都市だし、もしかしたらサッカーの試合があるかも知れない、と思って宿の従業員にサッカーの試合は今日あるのか、と聞いた。
「クマシでは無い。オブアシという町ならある。」
「おぶあし?」
「クマシのアサンテ・コトコ(地元クラブチーム)は、今夜チュニジアでアフリカン・チャンピオンシップを戦う。テレビのスーパースポーツという局で19時からだ。」
最初の都市の名前は半分聞き取れなかったし、聞き取れたとしても後ろの話の方に興味を引かれてしまっただろう。後日談だが、ここはちゃんと前の方のオブアシの話をきちんと確認しておくべきだった。なんと、クマシから2-3時間の位置にあるオブアシ、リン・クレイ・スタジアムで同じくアフリカチャンピオンシップのゲームで、アクラ・ハーツ・オブ・オークと隣国コートジボアールのチームが闘っていたのである。こんな機会にあたる事は滅多にない。これは行っておくべきだった。
その時はリアルタイムでアフリカ・チャンピオンシップの中継が見れることにすっかり満足してしまって、ではそのゲームの下準備としてアサンテ・コトコのホームスタジアムでも見てくるか、と外出先を決めた。アサンテ・コトコのホームスタジアムは、市の南側にある。遠いのと、クマシの町が日本には余り見られないhillyな、日本語だと何と表現すればいいのだろう、起伏が多く丘の上に広がっている様な街で、上り下りが疲れるので、タクシーで行ったのだが、着いてみると何と工事中である。2008アフリカン・ゲームのホストにガーナがなる為、このスタジアムもアクラのスタジアムと同様にリノベーションをしていた。暫く、現場の工事人夫と話していたら、折角来たのだから中を見るといい、と入り口を指し示した。工事現場というのは最近は警戒も厳しく、自宅の新築でも無い限り、余り一般人が入れるものではない。こんな話を断るはずがなく、いそいそと入り口を抜けたのだが、中を見ていいかの認可権限が無い人が勝手にあれしたらこれしたらとお節介を焼いてフレンドリーなのがアフリカである。ここから本当に入れるかは僕の交渉能力にかかっている。案の定、入った途端に入り口を守る警備担当に呼び止められた。
「日本から来たスポーツ・ジャーナリストです。アフリカン・ゲームの準備を取材に来ました。」
真っ赤な嘘である。これ以外に、スタジアムの中を見たがる合理的な理由が思い付かなかったのと、カメラを使う方便としても良かったので、こんな言い訳を使ってみた。理由はともかく、こんなスキニーな日本人に何か悪さが出来よう筈もないと思ったのか、警備担当は一人暇そうにしている工事人夫を捕まえて、おまえが案内せよと言付けて、入場許可は割とスムーズに得られたのだった。
かなりでかいスタジアムである。後から調べてみると、公称45,000人収容だ。サッカー専用ではなく、陸上兼用で、かつスタンドの傾斜が割と緩やかなので、あんまり日本のスタジアムには無いアバウトな広さを感じる。アフリカーナは日本人より全体に眼がいいのだろう。傾斜を付けてなるべくグラウンドと席を近くする必要もないし、ガーナ人は割と穏やかなので、ホーム・アドバンテッジを出そうと声援の音響効果を最大限にしようとか、そういう事を余り考えないのかも知れない。
僕はそのまま30分弱、工事人夫に連れられて、スタジアムのあちこちを見て回った。各所にその場所の工事を担当するチームが居て、そのボスに挨拶しながらの見学である。電光掲示板の設計をしているボス、トイレの水周りを施工しているボス、VIPルームの内装をしているボス、グラウンドの基礎を作っているボス・・。僕を連れて回った工事人夫が、僕と警備担当とのやりとりを聞いてなかった為に、僕が何者かを理解しておらず、僕のことを適当に日本のエンジニアだとか各ボスに紹介している。これは結構いい理由かも知れない。僕はすぐに自己紹介を、日本でエンジニアを勉強している学生で、アフリカの工事現場をフィールドスタディしているという風に変えた。How old do I look like?"とか聞くと、メジアンが15歳で返答のある国である。オリエンタルは若く見られるから学生でも十分通じた。この現場では働いているのは殆どが黒人だが、建設総指揮、つまり日本のゼネコンに当たる役目は、イタリアのコンサという企業が行っている。各現場のボスまではガーナ人だが、その上のプロジェクトマネジャーはイタリア人とのこと。理由は判らない。スタジアム建設のようなヒト・モノ・カネの調達から時間管理までカバーする複雑なプロジェクトマネージメントの経験がガーナ人に無いからかも知れないし、単にEUかイタリアの援助でスタジアムが出来ているから、元請けは援助元の企業で、というそれだけの話の可能性もある。
一通り見て回ると案内してくれた工事人夫と警備担当に礼を言って立ち去った。しきりに2008年に出来上がってからまた来いという。作ってる方としては、それは建設途中のものより綺麗に出来上がってからの方が見せたいだろう。それは、旅人の好奇心とは少し違うのだが。
行きはタクシーだが帰りは歩いて帰ろうと、ぶらぶらと歩き出した。2,3kmの道のりといったところだろうか。クマシはアシャンティ文化という黒人王朝の文化の中心地で、彫刻やバティックという織物が有名で、欧米人バックパッカーもそれなりに多い。アクラでは、OSUという地域以外では殆ど観光客相手の物売りというのは居なかったが、この町には観光客ずれした物売りがそこそこ居る。プレスビテリアン・チャーチの物珍しい祭りを見物した後、バークレーズ銀行の近くで子供が話しかけてきた。e-mailアドレスを交換してほしいとのこと。そんなのはお安いご用と手帳とペンを出して渡したら、おもむろに自作のガーナ国旗をあしらった栞のセールスが始まった。e-mailの交換云々というのは、アイスブレイキングトークと、とりあえず顧客の足を止めさせる為のツールだったらしい。栞はプラスティックの芯にカラフルな糸を巻き付けて黄・緑・赤のガーナ国旗を表現するもので、10分待てるなら真ん中に僕の名前を織り込めるという。普段はこういう手合いに絶対にカネは落とさないのだが、まだ10歳にもならない子供だった事もあり、なんとなくバクシーシという事で、作業風景を写真に収める事を条件に、あんまり値切らずに作って貰うことにした。1-2$の話である。そしたら、足を止めてしまった旅行者を見て、わらわらと現れる物売りの嵐。50回位NOと言っただろうか。スムーズに旅行するなら、こういうのには足を止めないに限る。
しかし、クマシというのは旅行者が多い割にレストラン少なき町である。Stall、屋台は多いのだが、長距離移動はこれから本番なので、お腹を壊すリスクを取るのはまだ早い。人に聞きまくって、ようやくインド人経営のレストランを見つけ、極めて普通のJollof rice with fishにありついた。僕がレストランを見つけるのが恐ろしく下手なのでは無いという証拠に、その店は腹を空かせた白人旅行者だらけであった。小金が有れば、クマシの中心地で小じゃれたカフェレストランを開くというのは良い投資だろう。きっと白人旅行者からお金を巻き上げられるに違いない。
あとはお決まりのネットカフェ探しである。クマシでもなかなかラップトップを繋がせてくれる所は無く、ようやくナーディな若者が店番をしていたネットカフェで、僕の小さなシグマリオン3をちらつかせて店番の興味をそそり、無事LAN回線を借りることに成功した。昨今は、大体ラップトップ持ち込み用の回線を持っているネットカフェか、店員のオタク心をエキサイトさせて、なんとかこの小さいガジェットを自分のLANに繋がせたいと思わせるか、どっちかでないと、なかなか海外でのラップトップからのネットアクセスは難しい。ただ、折角つながったのだが、インターナルプロクシを通さないと外にパケットが出てかないネットワーク設定になっており、WindowsXPなら問題ないもの、CEのシグマリオン3では、メーラーにうまくプロクシを刺せず、ウェブメーラー経由でのアクセスに結局なってしまった。律儀に仕事のメールを読んで、一通り返答を返した。割と重要なレターの作文をチームでしていたので、もう1週間も殆ど日本語に触れていない頭で、うんうんと添削を試みたが、出来映えは果たしてイマイチだった様に思われる。
そこから西アフリカ最大とも言われる市場を見に行こうかとも思ったが、やや歩き回って疲れを感じたこともあり、ホテルに帰ることにした。今晩はアサンテ・コトコ対CSSチュニジアのアフリカン・チャンピオンシップの中継がある。これ以上疲れ果てて、これを寝飛ばしてしまったら、元も子もないからである。ま、ゲーム自体は余り面白いものでは無かったのだが。チュニジアのチームがアルゼンチンの様なパスワークとスピードで攻めてくるのに対し、アサンテ・コトコは単発的なドリブルが出る位で、パスワークにも球さばきにも戦術にも余り見るべきものがなかった。日本で言えば、JFLレベルの様な感じである。果たして、ここからあのチェコ、アメリカを連破し、局面局面ではブラジルを圧倒していたガーナ・ブラックスターズがどう生まれてくるのか、そこが考えてもさっぱり判らない試合だった。
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