ソフトバンクの財務戦略

 ソフトバンクモバイルが、やっとデータ定額を導入するというニュースが4日に出た。面白いことに、MVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)として、ライバルであるイー・モバイルのデータ通信網を利用して提供するらしい。ディズニー・モバイルソフトバンクMVNOであり、ソフトバンクはMNO(Mobile Network Operator=キャリアと普通呼ばれる)だが、今回はMNOたるソフトバンクMVNOをやるのでややこしい。
 なぜ自前でやらないのか。理由は多分ソフトバンクは最も周波数が逼迫しているMNOだから、定額データ通信を賄うだけのキャパシティが電波的に無い、という事が第一だろうが、設備的なキャパシティも無いという可能性も十分考えられる。ソフトバンク基地局は増やしていると主張しているが、06年度に3000億円台だった設備投資を、08年度は2200億にまで減らしている。一方のドコモは減ったとはいえ7000億円台である。加入者数はドコモ5400万 VS ソフトバンク 2000万で、約2.7:1の比率だが、設備投資額は約3.3:1であるから、ドコモと比べて絞っているのは間違い無い。設備投資をケチっているので、その分基地局のキャパシティに余裕が無く、キャパ食いの定額データ通信はアウトソースせざるを得なくなった、という仮説は十分有り得る話である。この話は、イー・モバイル側にとってみると、彼らはまだ事業立ち上げ期で逆にキャパは空いているだろうから、固定費回収の観点で、単価は安くてもこういうベースロードが出来るのは有り難い話の筈である。
 MVNOの話の原因かどうかに関わらず、ソフトバンクは設備投資をケチっているのは事実である。ソフトバンクは今期は増益見込という大変レアな会社だから、利益的には余裕がある筈なのに、なぜ設備投資をケチるのか。その理由は間違い無くボーダフォンの買収資金の返済圧力であろう。ソフトバンクは、携帯事業を事業証券化する事で最終的にボーダフォンの買収資金を賄っており、返済は進んだがまだ1.2兆円の負債を抱えている。EBITDA(償却前利益)は6000億とデカいが、装置産業は設備投資もデカいので、ソフトバンクは連結CFで2000億前後がせいぜいである。買収ローンだけで手取りの6年分の借金を抱えていたら、幾ら有価証券報告書で高らかに「財務制限条項には抵触しておりません」と宣言していても、実際のプレッシャーは相当なもんだろう。財務部門としては、なるべく設備投資削って、CFを創出し、返済に回したいと思って当然である。データ定額においては、ドコモにもAUにも遅れを取り、ソフトバンク的には対応を迫られている状況だったが、そこでえいやとカネを突っ込まず、賢く考えて、設備投資ゼロで参入したのは、なかなか凄いワザと財務規律である。事業と財務が乖離していることが多い事業会社においては希有な話であろう。
 そんな事を考えていて、ふと思ったのは例の「新スーパーボーナス(スパボ)」という名の割賦販売のことである。1-2年前だったと思うけど、これは相当な騒ぎになり、世の解釈としては端末を安く配って、高い通信費で回収する「近視眼バイアス」を利用した料金体系を改めて、適正価格の端末を売り、適正価格の通信費とする、という事であったと思う。それで、この方式だと端末価格がぐっと高くなるので、それは固定期間契約としてその期間、割賦で延べ払いとしている。
 端末にインセンティブを払って、それを高い通信費で回収するのと、端末にインセンティブを払わず、その分通信費を割り引くのは、経済的にはニュートラルの筈である。唯一困るのは、端末が高くなって売れなくなった端末メーカーだが、事業証券化の仕組み的にも経済的にニュートラルであれば、問題ない筈である。経済的にニュートラルなら、なぜリスク犯して割賦導入したのかが当時は腑に落ちなかった。総務省の販売方法適正化に関する指導という説も有ったが、ソフトバンクはそんな事を気にする会社ではあるまい。この点について、最近気が付いたのは、この2つの方式の間の一つの大きく違いである。それは、「スパボ」の場合は、ソフトバンクのBSに明確な割賦債権が立つことだ。MNOは、端末メーカーから端末を買って、顧客に売っているから、ソフトバンクの負債サイドには「スパボ」の有無に関わらず、常に端末メーカーへの支払債務が立っている。借方サイドはどうかと言うと、「スパボ」以前は、有償で端末を売れば現金が入っているが、ソフトバンクは端末ゼロ円が多かったから、軒並み代理店へのインセンティブの払いとして消え、インセンティブが損失として相手勘定になっていただろう。これをPL上で高い通信費で相殺する形である。それが、「スパボ」以降だと、借方サイドに割賦債権が立つのである。
 「スパボ」以前でも、実質を見ると高い通信費で回収する延払の債権みたいなものが顧客に対して暗黙的には存在したのだが、「スパボ」で販売方式を改めたことで、これが明確に財務上認識できる債権になるのである。財務上認識できれば、それは流動化して現金化できることになる。事実、ソフトバンクは2000億円の余を割賦債権流動化している。混乱を恐れず、「新スーパーボーナス」導入を強行したのは、この割賦債権流動化によるボーダフォン買収ローンの早期一部返済が目的では無かったか。
 MVNOのニュースを見て、ふと気付いたのはこんな事である。整理して考えた訳では無いので、仕訳とかに間違いがあるかもしれない。ただ、この推察が正しければ、ソフトバンクの財務はタダモノでは無い。財務の視点で事業戦略を組み立て、双方の連関度が極めて高い。その観点では間違い無く日本で有数の会社であろう。ソフトバンクCFOが居るのかどうかは知らないが、これがCFOの仕事であれば、凄くバリュアブルな仕事だと僕は思う。