続ドクバリニッキ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2006-08-28 「記事」と「感想文」は違います。 このエントリーを含むブックマーク

うわさの「オーマイニュース」を読んでみました。

市民みんなが記者だ」と書かれてますが、市民記者になる人にはまず「記事」と「感想文」の違いを説明し、「感想文」ではなく「記事」を投稿してもらわくちゃいけないんじゃないかなぁ。


「記事」とは事実や事象を書き記すことです。

「感想文」とはある事実や事象に対する自分の主観、すなわち感想を書いたものです。

オーマイニュースに書かれてるもののほとんどは「感想文」です。

記事=事実ではあるけれど、感想=事実ではありません。

(事実と真実も違います。発生した事象そのままの記載のことを「事実」と言います)

自分はこの感想を事実と錯覚させるトリックをオーマイニュースが使用してるのがとても気になります。


「記事」は「批評」などと同じく下調べが必要になります。

それは例えば取材であったり検証であったり。

何日、いや何年もかかった取材や検証の上に成り立つ記事もあるでしょう。

そういう取材や検証は普通に社会生活を送ってる人が片手間に出来ることではありません。

だから取材や検証のプロである新聞や雑誌の記者が職業として成り立つのです。


それに対し「感想文」は下調べの必要はありません。

取材や検証も必要ありません。

「アイツ、気にいらねぇ!!」とか「腹が立つから制裁を加えてやりたい!!」とかいった主観で書くことが出来ます。

鼻くそほじりながら三分で書くことも可能でしょう。


例えばAというラーメン屋であまり美味しくないラーメンを食べたとします。

お金を払ってまずいものを食べさせられたら腹が立ちますよね?

でもそれを「Aというラーメン屋は不味い店」と書いたとしたら、これは記事でしょうか? 感想文でしょうか?


そこには取材や検証というものが存在していません。

たまたま自分の味覚に合わなかっただけかもしれませんし、他のメニューで美味しいものがあるかもしれません。

それを一時の怒りの感情で「Aは不味い店」と書いたらこれは単なる感想文でしょう。


そういった主観で書かれた感情論である「感想文」を、取材や検証をおこなった「記事」として事実ですよ、とオーマイニュースが公開するのは、ニュースメディアとして失格と言わざるをえません。


記名だから、というのは「オーマイニュースの記事」の信憑性とは何の関係もありません。

だって感想文なのですから。

その人の主観ではそれが正しいことなのですから。

記名の信憑性を問うてみたところで「ある人がこういうことを言ってるな」程度のものです。


編集長の鳥越氏は新聞記者として記事を書き出した頃に「感想文を書くな!! 記事を書け!!」と教育されなかったのでしょうか。

「記事」と「感想文」は違います

そのことを徹底しないと、オーマイニュースはニュースメディアたりえないし、単に感想文を投げ捨てるだけの不毛な場になるでしょう。