Hatena::ブログ(Diary)

DreamMap!

2012-12-30

僕とサッカー、女子サッカー編

f:id:bonita-sc:20090627131725j:image:w360

女子サッカーに興味を持ったきっかけは、 今から4年前ぐらいになるかな? 文京区のクラブに2人ぐらい小学生の女の子がいて、 なかなかセンスがいいな〜と思い、もっと指導してみたいなーと思ったのがきっかけです、しかし女の子に対してどんな指導をしたら良いのか?どうゆうふうに接したらよいのか?悩みだしました、そこから女子の指導をされている方の話や練習が見たいと思い、栃木県河内SCジュベニールやスフィーダー世田谷を訪問して監督さんから、いろいろなお話を伺いました、河内SCの方は、なんでうちなの? なんでこんな田舎に来るの?といろいろ聞かれ疑われたこともあったけど、なんとか許可をいただき、宇都宮の隣の橋本へ向かいました。

わざわざ僕のために代表の鮫島さんが車で迎えに来てくださり、来てとゆうか駅で待っていてくれました(嬉しかった(^.^)) 「鮫島さんですか?」と聞いたら「あ!喜多山さん。こんにちは」と握手してくれました。車の中でいろんなことを話グランドへ向かいました

これ以前に、まだ女子サッカーに興味がそれほどない頃に、指導方法に悩みだし、フットサル女子日本代表の方が活動されていた八王子のフットサル教室や元日本女子代表の方が運営されていた小平のクレールなどを訪問したことがあり、もしかしたら、アトランタの前ぐらいから女子サッカーには興味があったのかもしれませんね。

話は戻り

グランドに着き、ジュニアは急に試合が入ってしまったとかで、ジュニアユース以上の練習を見させていただきました、本当にサッカーが好きなんだな〜と言うのが凄く伝わってきて、良いチームだな〜って感じました。 上手くなるのにグランドの広さ狭さは関係ない、気持ち一つで変わると感じたのを覚えています U−13日本代表でベトナムへ行った子もいますしね、今はU17ですね。

国体選抜に呼ばれた子もいるそうですが、その子達は興味がないとかで断ったそうです、やっぱりチームの練習が楽しいんですね

その数ヶ月後、本格的に指導をしてみたい気持にもなってきたし他の女子チームの練習も見てみたいと思い、インターネットで検索したら、まっさきにスフィーダ世田谷とゆう名前が出てきて、東京で1番選手が多いってことで興味が出てきて、連絡をしたら「募集をしていないこともない」と返事が返ってきて、経歴みたいのを送り、1度事務所で会いましょうとゆうことになりました。

事務所に着き30分〜40分くらいスフィーダーのこと女子サッカーのことなどを教えてもらい、語りました。 Lリーグの2部のチームより関東リーグの大学の方が強いんだって話をしました、ここに問題があるってことも言ってたかな スフィーダーもLリーグ入りを目指していることをこのときから聞いていたので、チャレンジリーグ入りを決めた時は祝福をしました

東京1部から関東を飛び越えてチャレンジリーグまで行ったんだから、たいしたものですよね。

その後、監督のワゴンに乗り下高井戸運動場に移動して練習の見学をさせてもらいました、ワゴンを降りてまず驚いたのが、選手がなだれのように近ずいて来て「こんばんは、こんばんは」挨拶の嵐でした! グランドに近ずいても同じような光景がみられて、徹底した人間性の教育がされているのが解りました。

結局の所スフィーダーのコーチの件は無くなるのだけど、最初の面談の時に品川でもチームがありますよと教えてもらったことを思い出して FC駒沢や大崎すみれに問い合わせて、その後、大崎クラブすみれの監督と会い、コーチの人数も少ないしお手伝いをすることになりました、5月ぐらいまでは中学、高校生を相手にしてましたが、その後はずっと小学生を担当していました

監督さんと考え方などが合わないかなと思い、辞めることになるのですが、とても良い経験をさせてもらい、感謝をしています、 女の子でもサッカーが好きで、やりたい子が大勢いることを知り、これからも応援してあげたいと思いました

スフィーダーのコーチになっていたら出会えなかった子供達もいるだろうから、今を思えば、すみれのコーチなっておいて良かったと思っています

品川選抜のコーチにもなれたし、関東少女大会のブロック予選や東京都大会を経験できたし、その後同じブロックの監督さんに6年生のセレクションの時にいろいろ教えていただいたこともありましたし良かったです

すみれを離れてから、なぜ上手い子でもセレクションに受からないのか?考え出して、セレクションスクールなどへ出向き追及しはじめました。

そして 、旅に出ました、まずは静岡学園中学へ行きました、帰ってきて神奈川のSCHフットボールでの20分ぐらいの指導実践に参加!6年生のセレクトクラス対象だったのでドキドキしましたね、たくさんのダメ出しを受けましたが、代表の方にいろいろ聞けて凄くためになりました、もちろんセレクションのことも聞きました。

全日本女子選手権ベスト8、U18選手権準優勝の強豪、藤枝順心高校を訪問してジュニアユースを見学させてもらいました、数か月後にもう1度訪問して高校とジュニアユースを見学させてもらいました。

静学に行く前に行く予定だったんだけど、行けて本当に良かったと思いました、順心ジュニアユースの監督さんには本当によくしていただき感謝しています。

SCHにしても静学にしても順心にしても感じたことは人間性の素晴らしさですね、挨拶の雪崩には驚きました(^−^)

やはり中高生は挨拶や礼儀などの人間性を育てることが大切なんじゃないかと感じました、勝ち負けも大切かもしれませんが、将来につながる人間教育が大切なんじゃないかと思いました。

その後、女子チームのFCエルマナ、大和シルフィードなどを訪問しました。自分でスクールを作る為の参考にさせてもらおうと思っています

研究をして勉強をして子供の夢を叶えてあげられるように頑張りたいです。

セレクションを受ける子だけでなく、初心者にも対応します



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

サッカー個人レッスン(マンツーマン、家庭教師)少人数レッスン,女子スクールをやります

気軽にご連絡ください、個人レッスン男子、女子OKです、

女子チームで高校生までなら一緒に練習、指導したことがありますので女子なら高校生も相談してください、普段の練習では物足りない選手、個人技術を身につけたい選手、

セレクションのために練習したい選手がいたらお手伝いします、

現場の中で使えるものを紹介していきます

初心者でも相談してください。

http://eiichikitayama.blogspot.jp/p/blog-page.html

kitasaneiichi@gmail.com

皆様からのご連絡をお待ちしております

2012-12-27

僕とサッカー、指導者編

初めて指導者として参加したのは10年前、特にやることもなくふらふらしていたので経験のあるサッカースポチャンで何か出来ないかと思い、求人で見つけたバディスポーツクラブのアシスタントで働き始めました。

サッカー、体操のアシスタントです、大田区の幼稚園へ週3回行ってました、丁度幼稚園のお帰りのバスを待つときに行くので、すごい大勢の幼稚園児が門で待ち構えているんです、正直緊張します、サッカー以外にも体操もあるのし、バディでは子供の扱いについてなどを学ばせていただいた最初のクラブになりました、本当に勉強になりました、しかし僕がまだ子供だったんでしょうね、指導について真剣に考えてなくて、お金のことなどで少し揉めまして、辞める理由は違うけども辞めてしまいました、辞める前にすべての幼稚園の先生などに挨拶をしたとき、少し切ない気持ちにもなりました。 バディは東京にもありますが、それは別会社で神奈川のバディです、バディはサッカーに力を入れ始めて、ここ数年凄く強くなってますね、全国優勝などもしたようです

その後スポーツチャンバラインストラクターとしても活動をしていましたが何ヶ月かたち、クリップコーポレーションのユアササッカークラブへ行きます!、アシスタントとして採用されて、東東京支部、西東京支部(合わせて1年)補助インストラクター以外に初めて1人でスクール指導も経験させてもらいました、ここでも初めてアシスタントについた先生が立派な方で、当時子供が小さな子供を屋上から投げるむごい事件があり、すごく心を痛めていられて、子供にはきちんと挨拶をさせようと話していまして、お母さん達にも真剣に話していました。本当にこの方にはアシスタントとして動き方や子供の対応の仕方などを教えていただき感謝をしています、東東京支部ではアシスタントの仕事が少なくなり、西東京に移りました。

広尾教室でアシスタントをしている時、いつもの先生がお休みで、入って1週間ぐらいの新人の先生が来て、少し驚いたけども人間性が素晴らしくて年も近いし話やすくて良かったのを覚えています、彼は週末に別のクラブチームのコーチをしているとかで、働きはじめて3日目ぐらいで1人でコーチをさせられた!話を聞いた。

練習後「いやー本当に助かりました、へたな研修の人より良かったです」と褒めてくれたのを覚えています。

西東京支部に移り、洗足池スクールでも1人が辞めて新しい先生が来たのだけど、これまた入って1週間ぐらいの人でした、今度はサッカー経験はあるけども、子供あいては、それほど上手くないかな?って感じの人でした。 彼からはクラブの裏側をいろいろ教えてもらった想い出があります 自分が辞めてからも何回か行き、かたずけなども手伝ってあげたこともありました、


このスクールは公園を無断で使うこともあり、ゴールをたててスクールをやるので苦情なども多く来たみたいです、指導員もほぼアルバイトで、3日もしないで1人で指導をさせることもあるみたいです、今日は何本入会があったとかで地位が変わるみたいな感じでした、僕はアシスタントなので詳しいことは知りませんが指導員はお祭りの日など一生懸命勧誘していたのを覚えています

ここも1年たらずで違う仕事をやるからと辞めることになります、やめる前に指導者として成長したのはサッカー指導員の資格を個人的に取りに行き取得したことですね。

辞めてからいろいろなところから耳にしましたが、ユアサはかなり苦情が来ているスクールみたいだったので、辞めて正解だったのかな?と今は感じています。完全にお金もうけのクラブですからね。最近こうゆうクラブは増えてますね、

この次が文京区のTクラブですね、今でも活動しているので話は省きます

次が同時進行で世田谷やはたFC3年生コーチ、週2回丁度空いている日に募集をしていたので、申し込みをして初日に指導実践をして次から正式にコーチとして参加し始めて、3年のAチームを担当することになりました、ここでもよい経験をさせてもらいました、僕が辞めた後3年Aにいた子がヴェルディジュニアに移籍して全国大会で優勝した選手がいたので、驚きました。現在はユースで活躍しているみたいです、仕事探しや講習会などへ参加したりしていたりしていて、行ったり行かなかったりで結局辞めることになってしまいました、子供たちは、なぜ来ないんだみたいな疑問をもったみたいでしたやはたは半年ぐらいでしたかね。別に喧嘩別れした訳ではないのでその後代表とはメールで話したりもしました

この時期に1つの疑問を持つようになりました、他のクラブはどんな練習をしているんだろうか?と思いはじめ、ネットで見つけたブラジル流サッカーを教えているクラブに興味を持ちました、アポを取り練習の見学へ行き、見学後事務所まで連れて行っていただき、2時間ぐらいお話をさせてもらいました、とても勉強になり、指導者として一歩前進したように感じました 、ここの代表がたまたま、やはた小の出身でして驚いたのを覚えているし、引き寄せの法則みたいのもあるのかな〜と感じています、COJBの代表には、今でも本当にお世話になっていますし尊敬しています。

(この後、神奈川のエンジョイスポーツクラブへ行き、2ヶ月ぐらいやりましたが大森FCでやることになるので辞めさせてもらいました)

その後地元の大森FC(キッカーズ)、大森FCジュニアユースのコーチの募集をしていたので、それに申し込みをしたのがきっかけで代表のOさんと知り合いました、文京区のクラブに当時週1回行ってましたが、それ以外のことが何も決まらず、ふらふらしていて、よく大森ジュニアユースの見学+トップチームに少し参加していて空き時間に代表とよく話をしていました、やはたを首になった話しもしました、株式会社アシストの研修にてヴェルディサッカースクール新宿にも参加したので、その話などもしましたね、そんな話をしている中、大森ジュニアのコーチとして最初は無報酬でしたが誘われて、勉強になるし指導実践が出来るから有難かったし嬉しかったです、次の年から報酬ありでやらせてくれ始めまして、幼児や1年生以上を担当、基本は2年生担当だったかな。

3年ぐらいの活動期間だったかな〜、文京区の方を優先するために辞めたのもあるし、 この頃は、やっぱり金で動いていたように思います、5年生のお父さんが亡くなったのを知らなかった!知らされなかったことが、とてもショックでした。知らなかったことがとても申し明けない気持ちにもなりました。本当に地元のクラブを盛り上げたい気持ちでいたのだけど、辞めることにしました

その後、文京区のクラブで男の子の中で女の子が2人いました、なかなかセンスがいいな〜、女の子の指導をどうしたら良いのか?と感じたり、もっと指導してみたいなーと 思ったのが女子サッカーに興味をもった、きっかけです そこから女子の指導をされている方の話や練習が見たいと思い 河内SCジュベニールやスフィーダー世田谷を訪問して監督さんから いろいろなお話を伺いました

その後、大崎クラブの監督と会い、コーチの人数も少ないしお手伝いをすることになりました、(もちろん無報酬です) また地元に近いクラブをやれることが嬉しかった、5月ぐらいまでは中学、高校生を相手にしてましたが、その後はずっと小学生を担当していました、小学生はU12品川選抜のヘッドコーチ的な感じになり少し驚きました 監督さんと考え方などが合わないかなと思い、辞めることになるのですが とても良い経験をさせてもらい、感謝をしています。

辞める前に親とも子供とも直接話すのは禁止すると言れて、これではいても意味がないかなとおもったのもあります。 女の子でもサッカーが好きで、やりたい子が大勢いることを知り、これからも応援してあげたいと思いました。

この頃から、指導はお金ではかえられない喜びがあるのではないだろうか!と感じられるようになってきました、心から伝えたいとゆう気持ちになっています。 そして自分でスクールをやりたいと思いました

女子チームで活動させてもらったことが指導者としてのターニングポイントになってます、セレクションなどに関わり上手い子なのに何故受からないのか?とゆう疑問を持ち、さらに指導について勉強するようになりました、僕と女子サッカーについては、また書きます

いろいろなクラブやスクールへ行き勉強をさせてもらいました


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

サッカー個人レッスン(マンツーマン、家庭教師)少人数レッスン,女子スクールをやります

気軽にご連絡ください、個人レッスン男子、女子OKです、

女子チームで高校生までなら一緒に練習、指導したことがありますので女子なら高校生も相談してください、普段の練習では物足りない選手、個人技術を身につけたい選手、

セレクションのために練習したい選手がいたらお手伝いします、

現場の中で使えるものを紹介していきます

初心者でも相談してください。

http://eiichikitayama.blogspot.jp/p/blog-page.html

kitasaneiichi@gmail.com

皆様からのご連絡をお待ちしております

2012-08-06

僕とサッカー、前編

サッカーに興味を持ったのは、小学生の時キャプテン翼を見て、本物のサッカーを国立競技場で観戦してからだと思います、当時はJではなくて日本リーグですね読売クラブのパスワークがすごくて読売に入りたいと思ったものです。 だけど、小学校から剣道をやっていて、サッカーは放課後など友達同士で遊ぶ程度でした、ドライブシュートだーでやーとかやってたね、中学でも剣道をやりサッカーは小学生時代と同じで放課後や学校終わりに遊ぶ程度でした!

小学校の終わりから中学生になってから、高校サッカー選手権に憧れをもちました、それと同時に塀内夏子先生のオフサイドとゆうサッカー漫画に影響されましたね。本当に高校サッカーは良く見ましたね、帝京VS東海大一の試合に燃えました、当時は磯貝選手が好きでした。

中3になり、剣道をやめて小太刀護身道(スポーツチャンバラ)などもやっていました。小太刀などをがんばり過ぎて受験などでは大変苦労した思い出がありますが、それは置いておき!

今では有名になった成立高校(現在は学園)へ入学して、何部へ入るか少し迷った部分もありますが、同じクラスの友達とサッカー部へ入ることにして名前とクラスなどを紙に書き、その後サッカー部の1年生ミーティングに参加をしました、大勢いましたね、成立は埼玉に近いので、県でベスト4とか埼玉の強豪学校から推薦の話を断り、こっちに来たとか、板橋などの強い中学から集まっていて、まったくの初心者の僕は怖くなってしまいました! ほぼ全員が3年間サッカー部でやってきた者ばかりだしね

当時の成立は地区予選で決勝に行くレベルで1回戦で負けるレベルではないと監督は(社会の先生でした)1ヶ月は考えさせてくれる期間がありその期間なら辞めさせてもらえるとゆうことで、考えて辞めることにしました、もう一つやりたかった陸上部へ入り直しました、職員室で担任に陸上部の先生を紹介してもらい挨拶をしたのを覚えています、もう一つのプランを考えました!、陸上部へ入り、足を早くして、クラブチームのセレクションを受けようと考えたのです、陸上部の夏合宿をへて、だいぶ体力やスピードもついたと感じていました、そこでサッカー部を辞めた友達と話し合い、日立柏ユース(現柏レイソル)のセレクションを受けることにしました、サッカーは友達の家の近くの公園などで教えてもらったりしていました。

セレクション当日は柏まで行き、緊張したのを覚えています,試験内容は50メートル走とゲームだけだったように思います,陸上部の夏合宿で鍛えて来てるので体力には自信があったつもりでしたが、ぜんぜん走れませんでした、この時実感したのは陸上の走りとサッカーの走りとは違うとゆうことです、当然のように落ちました! その後柏を受けた同じ友達とセレクションなどもない新宿FCとゆうクラブへ入りました しかし、大きな試合前にしか練習に来ないものが多く、あまりやる気があるクラブではありませんでした、たぼこを吸ったり酒を飲んだりするものもいましたね、そんななかでも一生懸命練習して、2年の冬近くには多少上手くなったのかな?と感じられて来ました、今まで僕のことを小ばかにしていた先輩と1対1の練習をした時、そんな簡単に負けずに(負けたんだけど)

向こうはふらふらで休んでいて、こっちはピンピンでした、その休んでいる先輩の所に挨拶に行ったら「上手くなったじゃん」とゆう言葉が返ってきました、その後も強いところから移籍をしてきた先輩からも練習後に「上手くなったじゃん」と言ってくれました、その先輩がもう1人の先輩に「彼上手くなったよねー」と聞いたら「そうだね前よりね」と言ってくれました。

この前まで練習でのフォーメーション練習や紅白戦などにも混ぜてもらえなかったこともあったぐらいだからね、1人でゴールポストの横に立っていたこともありました。 同級生から「お前使えねーナ〜」と言われたこともあります

このような経験から初心者でも上手くなれると感じています、その手段は絶対にあると自信を持って言い切れます。本格的に始めて、この時点で1年ぐらいなのでは?

褒められはじめたやさきに社会人との試合に出て、左足首脱臼、靭帯断裂と筋肉を切ってしまい当日5時間の手術をすることになりました、3週間の入院をすることになり、このクラブとはおさらばすることになりました

それでもサッカーが好きな気持ちはあるので、高校卒業後、浪人をへて、日野市のFC杉野→西麻布FC→品川の尾山台の定時制のOBが作ったクラブなどへ入れてもらい楽しくサッカーをやっていましたが 、なぜか尾山台のクラブは消滅をしてしまい、

その後 品川2部リーグYUKIGAYAFC、神奈川の宿ヶ原FCなどで活動をしましたが、どうも自分とは合わないクラブばかりで、うまく行きませんでした。

YUKIGAYAFCは品川の2部なので自分でもついて行けるかな〜?と思っていたら、なぜか留学経験者やJリーグの練習生(鹿島)なども来ていて、大変だった思い出があります、よくやる鳥かごの練習も、すごい狭いスペースでワンタッチで回したりできつかった!

Jの練習生(同い年)は、いつも俺はJだ!と鼻にかける態度だったので、どうも好きではなかったです、いつも人のまたを狙って来て1点!2点とふざけていたのでカチンと来ていましたが、僕にはそんな高い技術はないので、 すっぽんのように密着マークをしてやったことがありました。

その後何回か参加しているうちに、「君の場合べた足だからかかとを上げた方が上手くなるってゆうか反応よくなると思うよ」と言われたことがありました。教えてくれたのはありがたかったです

彼は埼玉の国体選抜で優勝して湘南ベルマーレに入団しているからサッカーに関しては尊敬できる部分はあったと思うけど、練習中Hな話などもしているし人間としてはちょと!って感じでした、その後関東リーグ1部のクラブでも10番をつけていたらしいし、上手いプレヤーだったのでしょう。

その後、サッカーはやらずに二子玉川のフットサル場でフットサルチームに入りやっていました、そのチームがサッカークラブも持っていてサッカーの試合にも出させてもらっていました、でも残念ながらこのチームも解散してしまいました。もうサッカーはやめようか?東京の4部ぐらいの所でゆっくりとやろうか考えました、やっぱりもう一花さかせたいと思い、ネットで見つけた都リーグ2部(現在3部)のMクラブを見つけて、試合のアップに参加させてもらいました、なんとその試合が2部の優勝決定戦だったのです、負けてしまいましたが、代表と選手達の人間性が素晴らしく感じたので、ここでやってみようと思い、現在まで所属しています(10年目)

しかし次の年に膝の軟骨を痛めてしまい、2年ぐらいは棒に振ってしまいましたが、レベルの高いクラブで練習や試合に参加することで指導者になってから、凄く役にたっています。このチームでも上手い方ではなかったけど、何年かたって代表から「あれ?なんか上手くなったじゃん」と言われたことがあります(笑い) おじさんになっても成長できますよ!

ここまでがひとまずプレイをする方のお話です、それぞれのチームでの話もありますが次からは指導者編が始まります。