気になる書評24

確かに、周りにも独身者は多い。この社会の行く果ては…と思うと、ちょっとそら恐ろしい。

「家族」難民 生涯未婚率25%社会の衝撃 [著]山田昌弘

■行き着く先は年間20万余の孤立死

 「パラサイト・シングル」「婚活」といった流行語を世に送り出し、家族問題を検証してきた筆者による新刊。今回のキーワードは、「難民」と穏やかではない。家族とは「自分を必要とし、大切にしてくれる存在」であり、それは経済的・心理的両面のケアをしてくれる人を意味すると筆者は述べる。それゆえ家族を持てない人や家族の支援が期待できない人の抱える困難は極めて大きい。もはや難民と呼んでいいレベル……というのは、決して誇張ではない。
 これまで日本社会は、家族を標準単位として、社会福祉等の制度を整備してきた。だが周知のように、現在「シングル(単身)」つまり配偶者のいない人が急増している。しかも、その多くが積極的に選択した結果というよりも、望んでも結婚できない人である点が問題だ。とりわけ男性は所得水準が家族関連行動に直結するため、低収入の場合は「結婚しにくい」「離婚しやすい」「再婚しにくい」の三重苦となる。この傾向は、1990年代以降顕著となってきている。
 シングル化の波は、現在広く日本社会を覆っている。この趨勢(すうせい)に沿って、社会保障制度も早急に家族ではなく個人を単位とすべきだが、その場合家族世帯を営む人からの反発も必至だ。世帯のあり方によって、社会が分断される可能性も危惧される。
 家族難民の行き着く先は孤立死だろう。未婚者と孤立死した人の多くが重なっているとすると、今の生涯未婚率(50歳時点未婚)では、25年後に年間20万人以上が孤立死すると筆者は推計する。さらに、家族や社会に包摂されない人の増加から、社会不安の高まりも予期される。離別や死別が新たな難民をもたらす可能性も示唆される。鍵は、シングルであっても難民化しない社会づくりとの指摘は、まさにその通り。家族と社会の関係性を問い直すためにも、ぜひ一読されたい。
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 朝日新聞出版・1728円

2014.4.13 掲載 朝日新聞書評より

気になる書評23

そういえば、最近は犬も長生きになり、がんや糖尿病、心臓病など、人間と同じ疾患をかかえるケースが多い。人と動物の疾患をまとめて考える視点が興味深い一冊。

■人間と動物の病気を一緒にみる—医療を変える汎動物学の発想 [著]バーバラ・N・ホロウィッツ キャスリン・バウアーズ

疾病の治療・予防に新たな展開

がんや心臓病、性感染症自傷行為摂食障害など、人間だけが罹(かか)ると思いがちの、病気、実は多くの動物も罹患(りかん)したり、よく似た症状を見せるという。乳がんに罹るジャガー、捕獲の恐怖から心臓発作で死ぬヘラジカ。自分の羽根を抜き続けるインコ。
 症例の比較結果を読んでいくと、驚くほど動物と人間の病気は共通している。心臓専門医とジャーナリストによる本書は、人間独自の生活習慣などに根差すと思われてきた病気も、実は種を越え進化過程で組み込まれた何かが関与している可能性を示唆する。
 皮肉なことに、医学は20世紀以降、ヒトと動物とを厳密に分けてから急速に発展したため、両者の疾患をまとめて考慮する視点に欠けていたという。
 「汎動物学(ズービキティ)」と名づけられたこの新しい学問が、さまざまな疾病の治療や予防に新しい展開を与えるだけでなく、患者や家族が陥りがちな「因果探し」にも、別の視点を提示してくれることに期待する。
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 土屋晶子訳、インターシフト・2415円

2014.3.30掲載 朝日新聞書評より

気になる書評22

ドラマも好印象だった。比較するのも面白い。

■下町ボブスレー——世界へ、終わりなき挑戦 [著]伴田薫

氷のコースを時速120キロ以上で滑走するボブスレーは、氷上のF1と呼ばれる。摩擦抵抗と空気抵抗をできるだけ減らし、いかに減速させないかがかぎになる。不思議なことに物作りの国日本の選手は今まで外国製のそりに乗ってきた。高い技術力で知られる東京都大田区の町工場が中心となって、その国産化に挑んだ。ノンフィクションライターの著者は約80人の関係者に取材し、下町の人たちの挑戦を丹念に追う。
 下町ボブスレーは結局、ソチ五輪の日本チームに採用されなかった。しかし、その決定から1カ月後の全日本選手権大会で、優勝こそ逃したものの、滑走したそりのなかで最高速度を出した。このエピソードがすがすがしい。

NHK出版・1575円

2014.3.30 掲載 朝日新聞書評より

気になる書評21

不眠に悩む人は多いが、今さらながら睡眠の大切さがわかる一冊

睡眠のはなし 快眠のためのヒント [著]内山真

■眠れる、眠れぬ それが問題だ

睡眠は生命維持にとって不可欠な生理現象である。特に現代生活にとって睡眠が抱える問題とその影響は、しばしばメディアでも関心事のトップ項目に挙げられる。
 今日の激しい環境の変化が睡眠障害を引き起こすだけでなく、複雑な人間関係や仕事のストレスによる不眠は深刻な社会問題でもあり、五人に一人が不眠症であるという。
 若い頃から不眠気味の人生を送ってきた自分には、眠ったか眠れなかったかは世界観が二分されるほどの人生の主要テーマであり、睡眠に対する必要以上の執着が、「不眠恐怖症」を無意識のうちに義務づけてしまっていた。
 本書は人間にとっての睡眠のメカニズムと意味、さらに不眠症や過眠症(うらやましい!)が如何(いか)に健康(と不健康)に深く結びついているか、臨床の現場から最新の睡眠学を一般的にわかりやすく解説する。
 睡眠にはノンレム睡眠レム睡眠があるが、このメカニズムがわかったからといって不眠がすぐ解消されるわけではないし、例えば高照度光療法といって早朝の太陽光を目に感じることで、12時間程度心身を活動に適した状態に保ち、14時間後くらいから睡眠を誘うようにするという不眠対策もあるという。
 睡眠に関心を持つ人の大半は睡眠障害者ではないだろうか。睡眠の悩みは環境的なもの、心理的なものと個人差があるが、本人にとっては切実である。私も不眠症解消本を何冊も読み、医師にも相談したことがある。不眠がうつ病のリスクになることが、ここ20年の間にわかってきたという。うつ病には不眠が伴うことが多く、不眠がうつ病の原因なのか、結果なのか、断定にはまだデータ不足だというが、睡眠によってうつ病の予防ができるなら、朗報だ。
 睡眠を研究することで人間が如何に複雑な存在であるかに目覚め、また新たな人間への興味が生まれよう。

中公新書・798円

2014.3.9掲載 朝日新聞書評より

気になる書評20

犬好きには、興味深い一冊。


犬の伊勢参り [著]仁科邦男

■群衆と動物が入り交じった時代

 犬が伊勢参りをした最初の記録は一七七一年だそうだ。それ以来まさに「ぞくぞくと」犬の参宮が見られたのだった。本当なのか? それにしてもいったいなぜ?
 本書は数々の疑問に答えながら、その全体で江戸時代の人と動物の関係を描き出した。江戸時代の犬は里犬だった。個人が飼っているのではなく、町や村が放し飼いで育てていたのである。つまりハチ公のような忠犬はいなかったのだ。食べ物と眠るところがあればどこへでも行く。誰かが首に参宮と書いてある木札といくらかの銭をかけておけば、多くの人々が宿と食べ物を世話し、次に送り出したのである。この送りかたは、抜け参りの人々の送り方と同じである。さらに人々は、参宮犬が通ると他の犬が吠(ほ)えない、伊勢に着くと拝礼するという伝説を作ってゆく。
 犬だけではない。田畑で働く牛も、当時はほとんどいないはずの豚も、伊勢参りをした。豚は日常では食べないので家畜としては飼われていないのだが、朝鮮通信使を迎える広島や岡山では放し飼いになっていたという。そこで豚の伊勢参りとなる。
 こうなると人々は一種の奇跡、神の意思を信じることとなって伊勢はさらに賑(にぎ)わう。そのムードを盛り上げたのが、天からお札が降ってくるという奇瑞(きずい)である。こちらは仕掛けがある。高い山や木に登り、葦(あし)でお札をはさみ、下の方に団子や油揚げを串刺しにしておくと、カラスやトンビがくわえる。食べてしまったあとでお札が下に落ちる、という仕掛けである。
 本書の全体から聞こえてくる聖域の静寂と喧噪(けんそう)、厳粛と猥雑(わいざつ)、群衆と犬や豚や鳥たちが入り交じる生活のエネルギーが実に楽しい。
 近代になると犬は個人が飼うものとなり、その他は野良犬とされて殺されるようになった。近代的秩序というものだ。どちらが犬にとって良い世の中なのだろう。

 平凡社新書・840円/にしな・くにお 48年生まれ。毎日新聞記者を経て元毎日映画社社長。著書に『九州動物紀行』。

気になる書評19

やっと秋らしい気候になってきました。そろそろじっくり読書もいいかも。

■長い道 [著]宮崎かづゑ

■療養所での樹木のような70余年

 ハンセン病を発症して10歳のとき(昭和13〈1938〉年)に瀬戸内海にある長島愛生園に入園し、以来70年以上を園内で過ごしてこられた宮崎さんの自伝とエッセー。表題通りの長年の歩みが、温かく謙虚な筆致で綴(つづ)られている。
 家族愛に包まれて過ごした農村での子ども時代。入園後、病と闘いながら自立を目指して学び働いた日々。食糧不足で重労働に従事させられた戦時中。戦後は所帯を持ち、片足や手の指を失いながらも料理をし、ミシンを動かした。
 懸命に生きてきた一人の女性の話としてももちろん感動的だが、ハンセン病患者の隔離政策や、そのことが人々に与えた苦しみから目を逸(そ)らしたまま読むことは許されないのだろう。本書には元患者に関わる医師や聖職者の声も収められている。全国に13カ所ある国立のハンセン病療養所は、家族との連絡が絶えたまま高齢に達した元患者たちの終(つい)の棲家(すみか)となり、看取(みと)りの場所ともなっている。
 元患者のあいだにときに肉親以上の強い絆が生まれることは、親友の死を悼む慟哭(どうこく)のエッセーからもうかがえる。病気の後遺症に苦しみ、さらに癌(がん)という病を得た友人が、愚痴などは一切口にせず「視力が消えそうだけど、でも完全には消えてない。これってうれしいわあ」と、残っている機能を喜びつつ生きたこと。単なる執着とも違う、生への強力な肯定感に圧倒される。
 この本に綴られる食べ物の話も心に残る。実家で食べた料理の味、友人のために作り続けたスープ。目にした光景や耳にした言葉と同じくらい強く、食べ物の記憶が人を支え続けることを教えられた。
 「自分はまだ成長しつづけている樹木のような気がする」と語る宮崎さん。病気についても「かくあるべく与えられた」と受けとめ、長島という土地に根を張って、豊かに枝を広げている。その木陰で生涯を語っていただいたような、静かな感謝に満たされた。
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みすず書房・2520円/みやざき・かづえ 28年生まれ。80歳ごろからワープロで文章を書き始める。


朝日新聞 

気になる書評18

今や日本人の3人に一人ががんになると言われる時代。もしも自分ががんになったら、どうするのか、
そのヒントになりそうな一冊。

■がん放置療法のすすめ—患者150人の証言 [著]近藤誠


■どのように生きていきたいか

 慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠が乳がんでの温存療法を提唱したとき、日本の医学界では異端視されたが、やがて一般的な療法となった。「がんと闘うな」「抗がん剤は効かない」も刺激的言葉であったが、意味するところを正確に理解すれば故ある指摘であった。
 このたびの「放置療法のすすめ」もまた刺激的である。肺がん、胃がん前立腺がん、乳がんなどの「固形がん」、さらにそのなかで主に転移しない「がんもどき」の症例を取り上げつつ考察と提言を行っている。
 61歳時、前立腺がんと診断された男性は手術を勧められ、近藤のもとを訪れる。腫瘍(しゅよう)マーカーは高いが、治療の必要なしと放置。以降73歳のいまも元気に暮らすー。
 62歳時、スキルス胃がんとなった会社社長。手術を拒否して近藤外来へ。無治療での経過観察を選択、9年間は元気で社長業に勤(いそ)しむ。がんが腹膜へ転移した時点で緩和療法を行う。72歳で永眠——。
 多くの症例において、「もどき」であった場合はそのまま放置、転移し生活に障害が出てきた時点で対症療法を行う流儀が採られている。
 がんには早期の発見・治療が鉄則とされてきたが、転移がんは初発巣の発生時にすでに生じており、早期に発見・治療がされようがされまいが生存期間とすればほぼ同じこと。それなら少しでも通常の生活ができる日々を多くもったほうがいい、というのが本書の趣旨である。
 がんとは遺伝子の変異であり、「老化」であり「自分自身」である。根治という意味では「将来にも、たいした夢も希望もありません」。詰まるところ、残された時間、どのように生き、どのように死んでいきたいのか。がんはいつも哲学的命題を伴ってやってくる。自身の自由意思で人生を選び取っていきたいという人々にとって、本書は〈励ましの書〉ともなっている。

2012.6.24 朝日新聞書評より