2009-06-15
■
情報デザイン, エコツーリズム, ジオパーク, Book Watch, 地域資源
『木とつきあう智恵』Erwin Thoma、宮下智恵子
- 作者: エルヴィントーマ,Erwin Thoma,宮下智恵子
- 出版社/メーカー: 地湧社
- 発売日: 2003/05
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (4件) を見る
神域や聖域の認定の意識は、それが更に一般化されることにより、すべての土地にその土地固有の「土地神」(ラテン語で「ゲニウス・ロキ」Genius locii=genius 〔精霊〕of placeという)の存在を認めるところまで広がる。かつては(ローマ建国神話のごとく)人間の能動的な働きかけによってはじめて土地に意味が与えられていたものが、いまやそれとは逆に、すでにそこにそなわっている意味を人間が受身的に認知するというプロセスに変わってしまっているのである。それはある意味では、人間の選択行為を合理化したいための「方便」と見られなくもない。しかし好意的に解釈するなら、人々が土地の自然的条件・特性を何らかのかたちで把握し、それを外化(客観化)すべく、「ゲニウス・ロキ」と表現したものだとも言えよう。
かつて日本のどこの村や町でも村境・町境などに置かれていた道祖神や塞の神(さいのかみ)の祠はそうした土地・空間の境界認識標であったと言える。「西遊記」では、孫悟空が行く先々の土地神を呼び出して、三蔵法師一行のための便宜を図らせていた。中国伝来の「易学」やそこから出た「風水」の思想、わが国における「家相学」などは、いずれもそうした「ゲニウス・ロキ」の一局面である。実際、土地の特性認識の努力は、人類の歴史すべてにわたってなされ続けてきたものであって、地球環境に関わる自然科学はみなこうした目的のための営みであった。しかし自然科学の方法のみでは捉えきれない様相が自然環境のなかにあることは確かであり、そうした部分については、人々の主観を通して、「ゲニウス・ロキ」というかたちで定着させるしかなかったのであろう。こうした主観で捉えられたものをどのように(我々はロムルスとレムスのように祈祷でそれを済ますわけにはゆかないので、それに代わる何らかの合理的な方法で)対象化してゆくことができるかが、建設者に課せられた課題なのである。
(引用:prof.Fの西洋建築史講義 3.場所の認識と構築物 ゲニウス・ロキGenius Locii・「場所論」とその問題点)
人と濃密な関係にある木
自然にあるものを採取して暮していた頃の太古から、木と人のかかわりは親密であった。動物や敵と闘う武器として木の枝を使い、倒れた木を利用して河を渡り、枯枝を集めて火を燃やした、太古から人は身近にある木を道具として使用していた。 現在、北海道の土地面積の71%は森林に覆われ、針葉樹と広葉樹で構成される天然林、針葉樹を主体に植えられた人工林がある1)。これらの森林は、住宅資材や紙の原料などの木材を供給するばかりでなく、水資源の確保、地球温暖化をもたらす二酸化炭素の吸収・貯蔵、野生生物のすみかの提供など多様な機能を有している。太古から現在に至るまで人と木は濃密な関係にあり、樹木は、かけがえのない貴重な財産となっている。
エルヴィン・トーマは、著書「木とつきあう智恵」(1996)で、新月直前の特定の日に、伐採した木が極めて良質の木材になる。2)と述べている。良質な木材とは、しなやかで強靭で軽く、時間が経っても歪むことがなく、害虫に対する抵抗力が強いため化学薬品を使う必要がない、などの条件があげられている。
新月伐採の効果については、実証データが少なく未解明の点も多い。しかし「新月の木」を使う考え方は、地球環境や健康を損なわない建築を目指す研究分野としてオーストリア、ドイツなどに広まり、ログハウスや家具に使うという事例が報告されている。
