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FICTION

2017-12-09

[] 23:49


僕が逃げ、あなたも逃げた。打ち合わせなしに、逃げる者同士がどこかで偶然に出会うことがある

だろうか?そのような疑問と、冬の嵐が明けた退屈な朝が、僕を逃がし、あなたを逃がした。あな

たは後ろ姿を気にしていた。そのせいでなんども水たまりに足を踏み入れ、跳ねる水滴が僕の手帳

に新しい予定を書き加え、僕はその予定に従わざるを得なかった。僕はあなたの言葉尻を捕らえ、

その度、男らしくない、と罵られ、僕は男らしさについて気象庁に問い合わせてみた。今日は一日

雲ひとつない快晴でしょう、と男がいう。それが男らしさの本性なら、僕が罵られるのはもっとも

だと思うし、誰かの言葉尻を捕らえる行為が曇天みたいなものなら、偶然出会うためにこうして逃

げる行為は、僕があなたならひどく胸くその悪い天候だろうと思う。そう考えると、僕が逃げる理

由はないし、あなたにもおそらくないだろう。あなたに偶然出会った僕は冬の嵐に遭って全身ぬれ

そぼり、あなたの作った予定に行く手を阻まれていて、見渡すばかりの晴天のうちにあなたは豆粒

ほどに遠ざかり、僕はかろうじて難を逃れた左手の親指と人差し指でその豆粒をつまみあげ、水た

まりを飛び越えて来た方に戻る。ぬれそぼったあなたの様を想像している。かろうじて難を逃れた

左手のそれは苦もなく豆粒をすりつぶし、血ぶくれになった僕を見て笑うあなた、はやがて濃い霧

に包まれて見えなくなるだろう。晴天を告げる僕の言葉尻は捕らえられたあなたの左は、あなたの

本性に関する記述を手帳の最後に書き加えていく。


2017-12-08

[]Defeat 23:07


連中は右に折れていった。私はそれに続いた。連中の後ろ姿は、しかし、折れた先になく、振り返ると、連中の

一糸乱れぬ前進が目の前に迫っていて、私はたちまちストレッチャーに乗せられた急患だった。私は連中の一人

に聞いてみた。あなたはヒップホップを好んで聴く風体だけど、どうして人を救う仕事を?あんたは急患に見え

ないけど、こうしてストレッチャーで運ばれている。俺はあんたのいうところの人間じゃないし、俺たちはウー

タンクランでもないから、こうしてあんたをストレッチャーで運んでいる。彼の返答に深く肯いて、連中は右に

折れていった。私はそれに続いた。連中の後ろ姿は、しかし、折れた先になく、振り返ると私の後ろには一人の

人もなく、私は一糸乱れぬ規律でストレッチャーを押す連中の客演だった。いくら急いでも、しかし、連中との

距離は開いていくばかりで、マイクロフォンを握っていた私の手は、見慣れない女の両の手で遠慮がちに握られ

ていた。あなたなしでは生きていけないのと女は言うが、私には彼女なしで生きていける確信があったし、彼女

もそうだろうという直観があり、私はそれに従ってゴール前に、背の高いディフィンダーの頭を huwarito 越す

ようなチップパスを上げ、すると女は、猛然と連中を追い越し、毅然とした態度でその行く手を阻んで、私の絶

妙なパスは単なるいたずら電話と見なされ、連中は右に折れていった。私はそれに続いた。連中の後ろ姿は、し

かし、折れた先になく、振り返っても、やはり連中の姿はなく、ただ、観客は私に罵声を浴びせるばかりで、私

は首をすくめ、すでに湿気はじめたポップコーンを隣席の男に託し、座り心地の悪い座席から腰を上げた。エン

ドロールに巻き込まれ、観客が一人が大文字に、別の一人は小文字にと姿を変えていく様は見ものだったし、私

は私にどこで折り合いをつけられるのか、実は少しも見当がついていなかったので、私の描線がかすれ始めた頃、

私は左に折れる決断を下すだろう。ここは出口じゃないったらと訴える少年を横目に私は劇場を後にし、連中は

hidarini 折れていった。


2017-11-28

[] 20:17


なにもしない についてここで ディールしよう 君の主張と 防衛線と


それはそれ 僕の咀嚼と 僕の呪詛 苦くて甘い あなたの果肉


ただよりも 高くはないし 得でもない 手にとり眺め それから投げる


快楽と愉悦と非詩と口述と自己反復と防衛線と


鳥の鳴き声を机上で解体しそれは鶖と名付けて放す


落ち込まない話を二、三 聞いている 落ち込む話 あなたは不死身


僕はもう始めてしまった描線をぼやかし口を大きくあけて


かなしいなんて嘘だしまるで悪い癖 100キロ超の長い戦線


かなしいを迎撃し拾い持ち帰る 家人は興味なさげに笑う


わらわないしかなしまないしひらかない 矛盾?そうだよ 否定もしない


かなしみの頑迷さゆえのかなしさを 忘れた人が笑う口元


あたしらの描線はぼやけ順々に書き順崩した大文字になる


稜線を歩くつもりで けどあたし ビル風に顔しかめて駅へ


姉ちゃんは果肉を三枚におろし 手に染み付いた血なまぐさいの






2017-11-25

[]でぶ 14:20


指折り数えて、しかし、15あたりで断念する。重たい荷物はない方がいいが、体が重くなるのはどうにも

ならない。ゼロから再開し、今度は10にも至らずに、止める。これはきっと僕だけの病だ。名付けられる

だけの知識が欠けているのが悔やまれる。経験は十分だから、後悔が一羽、春の陽の中で緑に萌える稜線

のような、僕の肩にふわりと降りて、さえずる。息を吐いて、立ち上がる。後悔は飛び立ち、稜線から光

がこぼれ落ちた。大仰なことは嫌いだから、僕の一挙手一投足が大仰なのはたいそう皮肉なことだが、ば

かに見える一歩手前で踏みとどまっていたいとは考えている。


近いことは善だと思う。こんな日はなおそう感じるし、こんな日でなくてもそう感じる。街路樹の作る日

陰を選んで歩く。水たまりを越える感覚で、日向を避ける。水面に映る僕はローアングルにならざるを得

ず、だからと言うわけでもなく、雨の日は外出しない。再び指折り数え始め、稜線に雲が影を投げ、人々

は僕の倍速で移動している。スニーカーで日向を踏み、濃い影を残しながら僕は移動する。街路樹の枝で

後悔が羽繕いしている様を、僕は盗み見、それから油断なく日陰に逃げる。指折っていたことを忘れてい

る。それに気づいているのは、枝の上の後悔だけ。


悔いのないように。逆境であればあるほど。危険な道こそ選ぶ。そういう箴言をこそ、唾棄すべきだと人

に告げ、僕は手ぶらで歩いている。重たい荷物も、ばかに与えられる賞賛も、でぶに与えられる義務も、

そういう、僕に与えられたわずかな空白を侵食するようなものは、切り落とした手指の爪のように、惜し

みなく道端に捨て、僕は僕以上の荷を持たず、日陰を踏み、日向を飛び、スニーカーは歪み、ただつむじ

のあたりにだけ、僕は僕の経年を蒸発させ、水たまり、水しぶき、水煙る稜線、重い足取りで、重い荷を

背に、うつむきながら、僕の残された影が、僕のように大仰に身を起こし、猫背気味に僕が来た方へ。す

ると見送る僕の肩へ、やにわに日が差し込み、稜線をたどる人々の影は雲へ大写しになり、僕はまた大仰

に息を吐いた。





2017-09-21

[]まみえる(2009年) 20:36



川が流れている。街灯の光が川面に反射している。上下黒のウインドブレーカーを着た人が、わずかに白い息を吐きながら、ゆっくりと僕を追い越し、暗闇の中に溶けていく。川は浅く、ところどころ苔の生えた石が頭をのぞかせている。コンクリの護岸壁は高く、かつては大雨のたびに氾濫していたという、母の昔話を思い出す。川の両端の道は狭く、4人乗りのセダンが通れば、僕のような歩行者は、思い切り端に寄り、それをやり過ごさなければならない。水音が絶え間なく聞こえてくる。住宅を隔てた向こう側、市営バスの通る地方道を猛スピードで駆ける、マフラーあたりをいじっているのだろう、ビッグスクーターのエンジン音が、水音をかき消す。バイクは西に走り去る。そしてまた水音。川面に昼の光は揺れ、テレスターが光を浴びながら、東に流されていく。僕は先回りし、裸足になって川へと入る。川底の泥はぬらりとして、足首まで埋まってしまう。傍らではボウフラが流れに揺られるままその場に漂っている。足首を掴んでくるような泥濘から足を引き抜く間に、テレスターは指先をかすめ、さらに東へと流されていく。朝陽は丘の上のマンションの給水塔を前景に昇る。給水塔は今僕の右手にある。僕は南へ走っている。30分も走れば横浜の北端に辿りつける。港北区とか、その辺。区画の整然とした、管理の行き届いた新興住宅地。緩やかなアップダウンを繰り返す。あの辺は真っ平らな印象があるけど、どうだったか。ウインドブレーカーのポリエステルが規則正しい擦過音を鳴らし続けている。僕はようやく汗ばんできたところで、昨晩はずいぶん雨が降った。この丘を下ったら、氾濫に遭った生まれたてのベッドタウンに見(まみ)えることができるだろうか。咳払いして唾を飲む。血の味が鼻腔を抜け、つむじの辺りがぞくりとする。


父は、いつ死ぬだろう。母は。父の骨はどこに還せばいいだろう。母のそれは、どこに。見上げれば、くすんだ濃白色の3号棟。僕がここに欠いているのは、出生の記憶だけだ。その程度に、僕は貧しく充足できる。その程度に、僕は充足しなければならない。いつしか僕の故郷は奪われる。父はいつ死ぬだろう。そして母は。ここは根こそぎ瓦解していい。何年ぶりかに、川崎でも大雪になった。窓はひどく結露している。ガラス越しの滲んだ景色は、とにもかくにも、白、それから、着色されることを拒む、錆びた鉄塊のような、老いていくベッドタウン。窓をあけ、ベランダに出る。今日は水音が聞こえない。




死ね、家族たちよ

この濃白の建物は刑場だ



いつからか、左の内頬が切れている。母にそれによく似た細い下顎には、普通よりも一本歯が少なく、そのくせ僕はしょっちゅう内頬や、舌を噛みながら喋っている。アスファルトに唾を吐く。それとわかるくらい、赤が混じっている。どうやらこの冬は雪が降りそうもない。ゆっくりと北に反転し、僕は復路をはじめる。きっと、小一時間もあれば多摩川にたどり着ける。それを越えれば、もう何度目だろう、東京だ。指折りして数えられるくらい、愛しいことはない。今年も1年早かったね。そんな風に、特に感慨もなく僕は、誰かと早口の挨拶を交わしつづけるだろう。


午後3時は白々として、太陽はわずかに傾いている。4月。僕はひどくぎこちなく世界に参入し、結局テレスターは東に流されてしまった。正確に言えば、流されるに任せてしまった。僕は、校庭に飛びだして、ボールを蹴ったりしたかったわけじゃなく、放課後にはただ、ブラウン管のようにまどろんでいたかった。その程度に貧しく充足する才能にだけ富んでいた。靴と、靴下を、両手にぶらさげ、裸足でアスファルトを歩いている。足の甲からすねの辺りまでこびりついた川底の泥は、ようやく乾きはじめている。高い護岸壁のある川沿いの道で、時折自転車の女性とすれ違い、50CCのカブに追い越される。僕は3号棟に向かって歩いている。テレスターを失くした言い訳を、氾濫にあったベッドタウンのイメージに少しだけ高揚しながら、考えている。鯉の魚影が反転する。水しぶきが跳ねる。


長身で痩せた男と、中肉中背の女が歩いている。湾曲した地平線の向こうから、朝と夜とが同時にやってくる。ふたりの距離は夫婦のそれでも、恋人のそれでもなく、ただこの朝と夜の端境に偶然居合わせた、そんな距離で歩いている。やがて鴉が生まれ、それから斧が生まれる。真新しい鉄筋コンクリ造りの公団は緩衝、で、月日は薪木のように積み重ねられ、やがて火が放たれる。天井から溶けて流れ出すポリエステルが痛覚を刺激する。霙まじりの雨が家族の頭より先に肩へ降りそそいでくる。朝でも夜でもない、名づけられることのない端境に、打ち捨てられていく荷物。鴉は低く、低く見据え、轍を埋める濁った雪解け水を、啄ばむ。


雪の日は 魚影が濃いなあ 後ろでそうひとりごちた父の頭部を 斧は打ち落とし 肩には薄く霙混じりに いや これは雲脂だ 猛烈に働いていた父の背広の両肩に 片足の 鴉がとまり 母は じゅうたんの上に転がる父の頭部をつまらなそうに見やり ワイシャツにアイロンをかけている 蒸気がたちのぼる 父の金切り声 僕らは興味なさげにブラウン管に目を移す 傘 という名を 本当はお前に与えたかったのだが お父さん 僕は壁の薄さと 縁(えにし)の逃れがたさが どうしても許せません お母さん また裾上げに失敗しました 一体いつになれば 僕達はまっとうな服を着られるでしょう