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FICTION

2015-11-26

[] 21:26

隙間を埋めると誰かが言った。僕は肯き、帽子を深く被り直した。山行きに持っていくような、それだ。

僕は山に向かっているのではなく、ただ誰かの言葉に、耳を傾けていればそれで良かった。身体の中で何かが

持ち直していくような、乾いた地面に水がしみこんでいくような…。僕は直喩の多用に反省する。しかし、たとえ

それが自分の肉体の中で起きていることであっても、僕にはそれを実感として捉えることが、ひどく困難な

ことに思える。インフルエンザ予防接種を受けた夜、自分の血液中で、血液により行き届けられた身体の隅々で、

何が起きているかを正確に把捉することは困難で、僕はただ、注射を打った二の腕の痛みと、その後に訪れるであろう

痒みを誰かに伝えることでのみ、僕の身体に起きているであろう何かを言づけるだけだ。夜は静かに眠る。

隙間を埋めていく濃度が、血液中を駆け巡っていく。目深の男が身体をよじる。どこか見知らぬ遠くの、誰かの外国語

聞こえてくる。

2014-11-24

[] 21:04


矯正器の口元を隠して

みあげる空は明るい

表から 裏

裏から回って

片っ端から扉を開け放っていく

傍らに眠る

それは

置き去りにしておこう

と 少なくとも


白人の青い眼差し

消し忘れた電話のビープ音

なりたいものになるために

まず その手を退けて

大きく口をひらいてみせる

日差しが陰り

白いシーツにくるまれて

目覚めるそれに

どう声をかければいい?


血の味がする

この昼下がりに

どんな名を付けよう

君にもこれが

何か分かるように

呼んだ名でそれは来る

その速度や様態に

相応しい形容詞が

今は見つけられない

2014-02-15

[]Stealing 20:37


どこに置かれてあるか、による。誰が腰掛けているか、にもよる。長椅子を純粋に

長椅子として見るのは殊の外難しいことだ。今それは手術室の扉の脇にある。部屋が

使用中であることを示す赤いランプは点灯している。それだけで時間は区画的で限定的に

流れているように思える。


男は長椅子の端、扉から遠い方の端に腰掛け、黒い綿のパンツを履いた足を、左を上にして

組んでいる。白塗りの壁に背中を預け、目を瞑って、彼は何か音楽を聴いている。時折胸元から

プレイヤーを取り出し、親指を鷹揚に動かし、そしてプレイヤーを胸元に収める。また時折、

足を組み替えることもある。誰にでも経験のあることだ。


僕がこんなにも彼の一挙手一投足に詳しいのは、この時僕が手術室の中にいたからだ。

厚い壁を透かして、手術の間ずっと、僕は彼を眺めていた。そして僕の肥大した全能感は、

この時僕自身から、清潔な開創器から、区画的な時間とそれに付随するものから逃れ、

彼の腓腹筋の一部になり、高まっていく血管の圧力を、ワックスがけされた冷たい床に

逃がそうとしていたのだ。彼の耳からはUs3の"I'm thinking about you"が注ぎ込まれている。

血液のように、と思いかけて止める。それは腓腹筋たる僕の埒外であるからだ。無論、僕の

薔薇色した傷口から流れ落ちる血液についても。


次に何が訪れてくるか、それは分からない。彼のプレイヤーには5000以上の曲が収められている。

それらはジャンル別にも分類され、彼は好んで"Hip Hop"とタグ付けされた曲群を、順不同に聞く。

だから今流れている曲が"Excursions"であってもなんら不思議ではない。

僕は寝返りを打つ。もちろん打つ素振りを見せるだけだ、腓腹筋たる僕に。僕のそれは脱力し、

時折電気的な符丁を宿主に投げかけて、しかし、彼が目を覚ますことはない。


赤いランプが消えた後も、男はしばらく長椅子に腰掛けたままでいた。胸元からプレイヤーを

取り出すことも、あれきり一度もなかった。間断のないフロウの快感を得られた今日を、彼はしばらくの間

覚えていることだろう。最後の曲はとりわけ快感だった。それがフェード・アウトしていく最中、胸元から

プレイヤーを取り出しタイトルを確認する。"Heavy Hittin'"。アーティスト名は見なかった。しかし

それで十分なことを彼は知っている。立ち上がる。足元に停滞していたものが、途端に巡り出す。


2014-02-08

[]団地妻 23:27



こんな日は雨がよかった



丘 と名のつく町で

ぼくは会社をさぼり

きみはここからも看板の見える

徒歩数分のスーパーへと

裏手に広がる草原を

突っ切っていく

あれがいちばん近道なのよ

古い公団の台所だから

天井にはいくつか

ぬぐい取れない染みや

油汚れみたいのが

ついている

ガスレンジの上には

使いこまれた

ほうろう鍋


ゆっくりと感光する

このにおいは 好きだ

午後のかそけさの中を

たゆたう埃が

舞い上がり

時に下降する

陽射しが遠くから

ベランダのシャツを透かし

食卓の

ノートのディスプレイ

あわい影を

揺らしている

こんな時間だから

ことのほかすみやかな

ダウンロード


ふとんを

そんなに強く

たたく必要はない

震央のような

団地妻の肩の隆起

二の腕のP波が

くすんだ団地の壁に

反響している

叱られているような

気がして

思わずスピーカーを

ミュートにする


団地妻

が本当に団地に

住まう人妻であるか

どうかは問題じゃない

手つづきは十分に

ふまれているか

問題は そこだ

ひらかれた小窓の中にも

鈍い陽が射し

男優の筋ばった背中越し

音もなくあえぐ

団地妻

こわばる薬指の

プラチナ

そして

フレーム・アウトされた

ぼく


きみは

スーパーで

青い線がひとすじ

ひかれたほうろう鍋を

手にとって眺めている

朝摘みのミルクのような

鍋肌の縁で

きみがとびこみの

姿勢をとる すると

その背中を押す誰かの

左手の五本の指が

突然 強く突き立てられ―――




 (

  鈍い陽が

  その光量を増し

  からみあうふたつの身体を

  ハレーションさせ

  きみは

  指先から

  逆流をはじめる

  そして 遅れてくるS波に

  突き上げられ

  ふたり 上気していく

  染みのある天井へ

  フレーム・アウトされ続ける

  ぼくは

  ああ

  ほうろう鍋が あんなにも

  きれいだ

  )




晴れた日には洗濯物が乾く



買い物袋をぶらさげ

草原を突っ切ってきみは

もうじき

帰ってくるだろう

それも これも

いちばん近道だから

ぼくはコンクリうちっ放しの

ベランダに出る

お隣でも

アルミのサッシをひらき

誰かが出てくる

気配がする

いい天気ですね

ほんとうですね

そんな会話はいい

だからせめてこんな日は

ベランダの手すりから

身をのりだし

きみに向けて

ちぎれるくらい

乾いたシャツを

振ってみたい



2013-10-05

[]508 22:13


テパードのパンツと洗いざらしのポプリン地シャツ(白。首周りにニット素材で

細工が仕込まれている)。くるぶしが見えているけど、恐らくインソックスを履

いているだろう。日差しは高い。僕は日焼けをしていない。彼女も日焼けをして

いない。あのシャツはとても格好いい。パンツの黒が、濃い影のようにまつわり

しわのないふくよかな脚線を、イギリス製の革靴に届けている。