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2008-05-31

第2回 続・乙葉の巻

 長きにわたって更新を怠っている間、アイドル世界ではいったい何が起きていたのか。

 歌手の倖田來未ラジオ深夜番組で、三五歳を過ぎると母親の羊水が腐ってくる、と発言、物議を呼んだり、女優の広末涼子が電撃離婚したり、動画投稿サイトYouTube を賑わしていた日本語遣いの謎の米国人美少女マギボンが来日したり、巨乳系演技派女優・真木よう子の主演ドラマ「週刊真木よう子」の放映が始まったり、秋葉原の路上撮影会で下着を露出した自称グラビアアイドル沢本あすかがお縄になったり、元モー娘加護亜依香港映画で芸能界復帰することになったり等、相も変わらずの賑わいぶり。

 してみると、ワタクシがアイドル情報をどこいら辺から仕入れているかも自ずと明らかになろう。すなわち雑誌に深夜TVにインターネット−−って、世間の皆様と大して変わりないんですけどね。

 さて、ワタクシが乙葉を見つけたのは、深夜TVのバラエティ番組においてであった。ある晩気ままにザッピングしていたら、高田純次大竹まこと(だったか中尾彬だったか)といったコテコテのオヤジ達を相手に自分の贔屓のお店を独特のハイテンションで楽しげに紹介する娘あり。いかにも天然そうなその娘が乙葉だったわけだが、その時点では、モデル系なのか女優系なのか、まったくわかっていなかった。

 ダークな芸能界でも、たまに汚れというものをまったく知らなそうな清純派(死語)が出て来ることがあるが(最近では、たとえば女優の綾瀬はるか)、乙葉はまさしくそのタイプ。実際、理想のタイプは公務員と公言、初めての水着撮影の際には、水着になるのが恥ずかしいと泣いたものの、「水着にならなくていいアイドルは、松たか子だけじゃ〜っ!!」と説教されたという話はあまりに有名だ。

お馴染み『NIPPONアイドル探偵団2001』(宝島社)ではランキングこそ一八六位とふるわなかったものの(一位は深田恭子)、コメントでは「グラビアアイドル界の新世紀を担うのはこの人。童顔+巨乳+ナイスバディの基本はもちろん。透けるような白い肌、かわいい声、天然系のキャラクターとテレビなどでも確実に受ける。完璧すぎるのが唯一の弱点」と大絶賛。なるほど、その後あれよあれよという間に、バラエティに映画にドラマに、活躍し始めたのであった。

 もっとも、その後郷里にいる父親が変死するなど、暗い話題もなかったわけではない。その手のエピソードが「本当はもっとあるのだが、差し障りがあり過ぎるのでここでは挙げないでおく」(「グラビアアイドル50選 1997-2006」/『QuickJapan Vol.68』太田出版)などといった清純派のイメージを崩壊させそうなそら恐ろしい話もあるようだが、どっこい安曇野娘は強かった(乙葉北安曇郡池田町の出身)。不幸なイメージにつきまとわれることなく、その後も活躍を続け、二〇〇五年にはお笑いタレント藤井隆と結婚、間もなく一児の母となり、現在は奥様タレントとして芸能界に復帰している。

 オフィシャルブログでも頻繁に写真が載っているが、容貌はまったく衰えていないし、水着姿だってまだまだいけそうだ。まあまだ二〇代なんだからあたりまえなんだけど、奥様タレントとしての道を着々と歩みつつある今、水着になる可能性は限りなくゼロに近そう。となると、かつての水着写真が時間がたつにつれお宝化していく可能性のほうは大ということであるが、アホなワタクシは壁紙に使った写真をいつの間にか消去してしまったらしい。PCのどこを探しても見当たらないのだ。

 あー、バカバカ、と反省してももう遅い。

 失われた青春は二度と戻ってはこないのである。

(現在の壁紙:青島あきな

乙葉DIARY 二〇〇二‐二〇〇三

乙葉DIARY 二〇〇二‐二〇〇三

2008-01-25

第1回

「壁紙」
(1) 壁面の補強や装飾のため壁に貼る紙。
(2) パソコンのデスクトップの背景の装飾用画面。
(『広辞苑 第6版』岩波書店

 わが家にパソコンを導入したのは二〇〇〇年一月。以来八年余り、壁紙には一貫してグラビアアイドルの水着写真を使ってきた。
 四十男が(現在は五十男だ)二十歳前後のお姐ちゃんのきわどい写真を飾っているなんて、と顰蹙を買いそうだが、好きなものは仕様がない。
 でも、何でそんなに好きなんだろう。
 理由のひとつは、ワタクシがモノゴコロついた一九六〇年代半ば、エロいお姐ちゃんのグラビアが付いた男性誌『平凡パンチ』や『週刊プレイボーイ』が相次いで創刊されたこと。といっても、純真無垢な田舎の小中学生には、そうしたグラビアページを本屋で立ち読みする勇気なんてありゃしません。見たいけど、恥ずかしい。恥ずかしいけど、見たい。そういう鬱勃たるパトスが、その時期のワタクシのココロに深く根づいたと推測されるのである。
 もうひとつは、そんなワタクシが二十歳前後のときに、篠山紀信の〃激写〃でお馴染み『GORO』や『スコラ』といったグラビア系男性誌が続々と刊行されるようになったこと。もはやおおっぴらに立ち読みが出来るようになっていたワタクシは立ち読みはもちろん、積極的に購入するようにもなったわけだ。
 たまりにたまっていたマグマが噴出し始めたのはいうまでもない。
 そしてその火山活動が今日もなお、静かに続いているという次第。
 動機の探索はそれくらいにして、では、いったいどんな娘を飾ってきたか。
 これについては、当初は何の葛藤もなかった。女体とその動きのキモは曲線にあり(C坂東玉三郎)ということで、曲線といえば、やはり巨乳。幸い、四半世紀前の堀江しのぶ以来、イエローキャブ系を中心に巨乳系には続々とニューフェイスが登場している。最近のお姐ちゃんは発育もよろしく、まことに人材には事欠かない。問題はそれより、輝ける壁紙娘の第一号を誰にするかということであった。欲望が先走り過ぎて誰に決めたらいいかわからない、というか、候補がいっぱいい過ぎてわからないというか。
ちなみに、二〇〇〇年当時のグラビアアイドルの情況はというと、

釈由美子酒井若菜が前年にもまして大ブレイク、一般にも知名度を広げる一方、この2人を追うように眞鍋かをり川村亜紀が台頭し、さらに、他ジャンルで注目されたアイドルたちが参入してくるなど、まさに百花繚乱の様相を呈した(『アイドル探偵団2001』宝島社

 そう、何を隠そう、ワタクシが最初に唾をつけたのは釈由美子であった。ナイスバディの元祖天然系娘ということで、当然の選択ではあるけど、パソコンの装飾用画面には壁紙ともうひとつスクリーンセーバーというのがあって、釈チャンにはまずそちらを飾って貰うことになった。その理由は−−忘れた。そっちのほうがより多くの釈チャン写真が使えるくらいの単なる思いつきだとは思われるが、彼女をスクリーンセーバーに持っていったことが、壁紙娘の選択にも重要な影響を及ぼすことになった。つまり、壁紙のほうはグラマー系じゃなくて、当時の流行りでもあったピュア系や癒し系アイドルでもいいんじゃないかと。それで白羽の矢を立てたのが、そっち系のトップと目されていた本上まなみである。
 かくして本上まなみの画像をあれこれ探し始めたのだが、そのときワタクシの股間を、もとい、心眼を射抜く娘が現われた。
 乙葉である。
(この項、続く/現在の壁紙:松本さゆき

Shaku Shake!!―釈由美子写真集

Shaku Shake!!―釈由美子写真集