「僕は本をつくりたい。」荒木スミシ

小説を書く、そして自分で出版する。この魅力的な、だけど世の小説家志望のほとんどができないことをやってしまった男。その作品や名前は知っていた。もちろん店頭でも見たことがある。ペーパーバックのカジュアルな造本は「いい感じ」だったが、小説の内容はあまり自分には合わず、新刊を追いかけることはしていなかった。

かなり話題になっている本であることと、そしていまの自分に役立つことが書いてあるだろうと思い込み、早速読んでみた。

僕は若い頃ずっと本屋で働いていたので、本の流通する仕組みや書店員の業務内容、陳列のやり方などはわかっています。それを踏まえて言うと、この本に目新しさはあまりありません。しかし本の業界のことをあまり知らない、でも本が出したいの!なんて人には丁度よい読み物になってます。まずは。

そして、これは違っていたら著者の方に申し訳ないのですが、少し天然っぽいのかなと思いました。自著を紹介する文章などから感じたのですが、えっ?そこまで言い切って大丈夫?と心配になってしまいました。例えば「シンプルライフ・シンドローム」についての文章。

【どんな本かというと、ちょっと変わったストーリーです。三つのストーリーが交差しながら進んでいって最後にひとつになるっていう。】

まあこれなら別に問題はないし、ああそうなのねと理解するだけですが、次に続く文章で「?」が灯ってしまいました。

【当時の若者の「ああ、私も感じたことがある」っていう気持ちをそのまま書けてある小説ってことが特徴だと思います。だから、読んでいて「この気持ちわかる」っていうふうなところが随所にあった、と。】

【中学生の少年の気持ちにしても、元気溌剌な感じじゃなくて、疎外感を持っていて、教室にいても、自分はここにいないんじゃないかって思うような感じの少年の心境が読みやすく綴られている。】

【まず、その小説を一年間かけて書いた。今となっては、それがとても良く書けていたっていうことだったんだと思います。それが始まり。小説が魅力的でなかったら、何を頑張っても、絶対に広まりもしなかったと思います。まず、いい小説を書くこと。それを僕はまず頑張ったんですよね。】

どうでしょうか。僕は何だか違和感を感じてしまうのです。いいとかダメではなく、この言いきってる感じが不思議なのです。著者なら少しは遠慮がちに説明するんじゃないの?という前提があるからですが。もしかして読者からもらった感想を文中に挿入しているからなのかな?とも思いましたが、ちょっと天然入ってる?というところに僕の気持ちは落ち着きました。

それがどうしたと言われれば、いやそれだけですと答えるしかないのですが、この言い切ってしまう感じが随所に出てくるのです。でもって勝手に決めてしまいますが、この天然の部分が驚異の行動力につながっていることが良くわかるのです。

出来上がった本を前にして嬉しいのは当然のこと。それをタレント名鑑やクリエイター年鑑、マスコミ電話帳を駆使して好きなアーティストや読んでほしい人に送りつけることは想定できる。しかしなぜ海外のビースティーボーイズやレニークラヴィッツにまで送る必要があるのか。というかその発想は普通ないよね、いくら嬉しくとも。しかし彼は、日本語わからないよねと笑いながら送ってしまう。

さらには、営業のかいあって書店に置いてもらうことになった時、彼は本のチラシを作り、あそこの本屋で売っていますよー!とチラシ配りをしていたというエピソードにも驚いた。こんなの今までなかったでしょう。知り合いの店に宣伝代わりにチラシを置いてもらうということはあれど、自分で配り歩くなんて!ギリギリ、ポスティングなら考えつく。でも彼はまず駅前で配った、ついでポスティングをした。この回路はやはり変わっている。でもそれが功を奏するのだ。

彼の行動は次第に実を結び、ジワジワと拡がっていく。扱う書店は増え、店頭での販売数も有名どころを押さえて上位に食い込んだりする。並んでいるのは知っていたけど、ここまで売れていたのかと驚いた(実売数とかも書いてあるのです)出版業界は黙殺していたのかな?とかんぐってしまった。僕の思い違いかも知れないけれど。

その他にもたくさんのエピソードが書かれているのですが、その発想が面白く、そんなことで大丈夫か?とハラハラしながら読み進めていきました。彼が病にかかってからも衰えない行動力にはもう頭が下がるばかりです。

この本が素晴らしいのは、ジワジワ拡がっていくその過程が書かれていること。アーティストの卵たちは自分の未来をそこに重ねて読んでいくことができるでしょう。この寄り添う感じがとてもいい。

小説に限らず、何か自分で作品を作っていて、それでご飯を食べていきたいと思っている人は読んだほうがいいと思います。もしかしたら自分の想像力、行動力の足りなさを知って、また一歩前に進めるかもしれません。その文体も含め、上から目線が全くないのが多くの共感を呼ぶでしょうね。

今後僕が若いアーティストと知り合ったらまず聞くでしょう。お前この本読んだ?と。

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