2012-04-24 鬱と、ドーパミンと、ACと・・・・

2012-02-19 ひとりよがりな行動

私は介護の職場でコミニュケーションについて、何度も指導や注意をされていた。
自分では、コミニュケーションが取れる方?だと思っていたので、注意される、指導を受ける事に納得がなかなかいかないことも多かった・・・
でも、自分の母親との関係を見ていて、最近やっと納得できてきた・・・・
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何かをするとき、自分の思い込みで動いてしまうことが多かった。
自分では、思い込みではなく、経験によるものとして動いていたのだが、相手に聞くとか、声をかけてから動くというのをしないで、勝手にやってしまう事も多かったのだ。
目の前に何かあると、自分では、瞬時に判断し、動いているつもり、スピードのある動きだと思っていたのだが、
第三者から見ると、
目の前に何かあると、とりあえず飛びつく。
スピードのある動きだと思っている自分の動きは、他者から見ると、忙しなく見える。
立ち止まって考えて動いているのではないので、無駄の多い動き(つまりは多動)となっている・・と指摘を受けた・・・
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いつも自分の母親との関わりで、母のことを、一人よがり、忙しないと思っていたが、私もそうだったんだ・・・。
親の影響力というのもとても感じた・・
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なんか、ほんと、老人介護の業界に入ってから、私が注意や指導を受ける内容って、まんまADHDの特性に近いことなんだよね・・・
確かに傾向あったのかもしれないけど、自分がこんなにもそんな傾向があったというのを、改めて、ADHDの障害特性を知らない、第三者から言われてしまうとは、思ってもいなかった・・・
2011-07-20 親の愛情とは・・・

私は、AC(アダルトチルドレン)だと自覚しているのだけど・・・、親の愛情ってどういうものか全然解っていなかった。
私は、いつも何かにのめり込みこんでいないと、また夢中になる物が無いと、生きている実感が無かった。だから子供の事で、色々と大変で辛い事も多かったけど、子供に夢中になる事は、自分自身の抱えているACの特性(それぞれの個人のACの特性や、のめり込みや、依存する対象や、精神的な弱さや強さ、もちろん性格や個性も違うので、ACの特性も違うのだけど・・)
私の場合では、夢中になる物が無いと、生きている実感が無いという特性に、発達障害を持っている息子の子育ては、ある意味上手くはまっていたのかもしれない・・。
そして子育てから少し手が離れた今の私は、仕事依存になっている。独身時代の私は、仕事依存と遊び依存だった。
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ある人に出会って、そしてある人の見守る暖かさを実感した時に、親の愛情ってこういう物なのかな・・?というのを思った。
私は、その人を想うと心の中がぽっと暖かくなるのだけど、これってよく「親を思い出しながら頑張った」という人の気持ちに似ているのかな・・って・・・
私が親を思い出すときは、いつも嫌な思いばかりだったから、こういう事が言える人の気持ちがよくわからなかった。
私が親を思い出す時は、子供の頃なら「昨日また夫婦喧嘩がひどくて嫌だった・・」とか「今日の朝のお母さんは機嫌が悪くて、私も朝から嫌な思いをした」とか、他にも色々とあるけど、親を思い出す時って、いつも嫌な感情しか想い出せなかった。
子供というのは、両親が仲悪いだけで、自分の存在を否定されると感じるし、またその親が自分に対し訳も無く、また意味も無く、不機嫌でぞんざいであれば、更に、自分の存在を否定されると感じる・・・
そして、「妊娠しなければ、産まなければ、良かった」つまり、長女のお前が産まれて来なければ、お母さんは、こんな人と結婚生活をしなくて済んだのに・・・という、母の自分勝手な思いをぶつけられる事で、更に私の存在を否定されると感じた。
だから、子供の頃の私は親と居るだけで、自分の存在を否定する感情を感じる事が常にあった・・・
だから、勉強や仕事で、確実な成果の出せる事に夢中になる事で、自分の心の中の肯定感情をなるべく持って居たかったし、遊んで、やたらとハイになる事で、気持ちを切り替えていたというか・・・
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私は、子供が少しでも社会で上手くやっていけるように、ある意味厳しくもしてきたけど、息子はきっと私を思い出す時に、厳しい母親の印象しか思い出せないかもしれない。
息子が小さい時は、抱っこもしたし、あやしたりして、息子の笑顔がたくさん出るように、たくさん遊んだり、関わったりしたけど、でも厳しい関わりの時もたくさんあった。思春期以降は、息子も反抗期で、私もそれに対し、厳しいだけの親だったのかもしれない。
「親を想うと心の中がぽっと暖かくなる・・」ような親にならないと・・と思った・・・
2011-03-21 中村天風の哲学と私の支援

色々あって、色んな本を読んでいるうちに、中村天風の本を読み始めた・・・
究極のプラス思考を知った。
私は、今までプラス思考の人が苦手だった・・
プラス思考の人は、自己中心的で、自慢話が多く、自分に甘く、人の弱みに付け込みながら、自分勝手・・というイメージがすごくあったからだ・・
でも、中村天風のプラス思考、積極的な考え方とは、常に他人に感謝し、自分に厳しく、しかし笑顔を絶やさず、積極的に生きろという教えだった・・
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自分に甘いだけのプラス思考の教えとは全く違う、教えでもあり、とても自分にとって納得できる話だかりだった・・
今の職場も、働いてみると、色々とある・・
福祉って、どこいっても、弱者を食い物にしているヤツが偉そうにしてるんだ・・と思ってしまう事もあるけど
天風の哲学を知って、人の事より、まず自分の気持ちを大事にするという事はどういう事なのか、教えて貰った気がする・・
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私は、どこでボランティアをしようが、どこの福祉の職場で働こうが、私は、障害者を持っている人達の人権は常に尊重する。
そこに居る人は、○○障害を持っている人ではなく、1人の女性であり、1人の男性であり、1人の年頃のお嬢さんであり、1人の青年である。私は、常に1人の人として接する。
○○障害を持っている人ということだけをメインに、またはそれを前提で接したくない。
その人との関わりの中で、その人にとって必要な介助や支援をするだけだ。
支援してやってる、介助してやってる、なんて気持ちを、全くもって持ちたくない。
2010-11-09 ADHDの辛い気持ちと、ヒヤリハット

自分に常に甘い、偽善者の自己中人間の多い職場が嫌で、今の職場に変えたのだが
今の職場は、前の職場と全く違い、自分に厳しくないとやっていけない職場なので、まだ入ったばかりの今の自分の状況は、先輩から厳しく仕事を教えて貰っている状況で・・・
「まだ覚えられないの?」
「行動に落ち着きがない」
「一つの事に集中し過ぎて周りが見えていない」
「周りの状況を見ながら行動するように」
「注意力が足りない」
「注意力が散漫になってる」
・・・・等等・・・・
ADHDの人が、日々言われるような事を、言われている私・・・
やっぱり、ADHDの子供を産むくらいだから、もちろんADHDの特性は私にもあるんだろうが、本当に、自分の現在の能力以上の事を強く求められ、厳しく言われるのって、とっても辛い。
私に仕事を指導する先輩も、入職の最初の頃は、常に厳しく言われ、泣きながら仕事していたというが、今の私も同様に厳しく指導されている。
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厳しくて辛いのだけど、言われる事はとてもまっとうなことしか言われていないのだ。
なので、ある程度、ある仕事を覚えてクリアしていけば、それについては言われない。
インシデント(ヒヤリハット報告書)も、今後自分が注意するようになる為の、危険予測が出来るようになる為のものだから、インシデント(ヒヤリハット報告書)を書くことをためらい過ぎて、仕事に消極的になりすぎないように・・とも言われる。
だからと言って、ヒヤリハット報告書の書き方も、自分対し甘い様に書かないよう、またその状況に対しても、充分にリーダーからも、しぼられ、本当に厳しい事を言われるのだが、それだけ、厳しい職なんだよ・・ということなんだ
急変の可能性のある人達を介護しているのだから、甘い考えではやっていけない。という事なんだ。
そういえば、以前の職場では、ヒヤリハット報告書じだいを、正職員じたいが、書かないでいたもんね。
偽善者の自己中人間の多い職場だから、インシデントを、利用者の為の危険予測・危険回避・急変への対応となる為のモノと考えていない所だったからだ。
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偽善者の自己中人間の多い職場、自分さえよければ後はどうでも良いような人たちと一緒にいた頃のような、不快感は、今は無い。
自分さえよければ良いという人の、キツイ言い方や態度等の言動と、本当に自分に厳しい人の言動は全く違う。
それを、40歳過ぎてから、つくづく感じてる。