2011-12-31 今年も一年ありがとうございました
2010-12-31 大晦日ごあいさつ
■大晦日ごあいさつ
節目の日だからひとまとまりの心境を記しておくのも意味があるかと思い、つくりかけの文書を閉じてテキストエディタに向かってみたものの。
なんだかうまく整理出来ていないのが正直なところです。
でもたぶんそれは、すべてがずーっと動いている、流れはじめているからこその「まとまりのなさ」なのかもしれず、だとしたらそんなに悪いことではないのかもしれないなーと思ってみたりもして。
ここ数年のいかにも「停滞」「沈滞」「うじうじ……」の状況と比べると、底のほうでじたばた悪あがきをしたからこそ沈殿しへばりついていた汚泥、ヘドロが巻き上げられて視界不良に陥っているのかもと。
まあ、「そんなことだったらいいなあ」という希望的観測なんですけどね。
動き始めたっていっても、まだまだ前進にはほど遠いし。
振り返ってみると、今年、とくに前半は本当に貧乏でした……笑ってしまうくらい。
20代後半で会社を辞めて以来、いっつも明日のお金のことを考えて生きてきたようなもんだったけど、その中でも今年はやっぱりキツかった気がします。
(結果的に、いろいろ付き合い悪くてすみません)
ただもう、そのあたりは悪い意味で慣れてしまったというか、それはそれでどうにかなっちゃうものでもありますね。
まして私は同居の家族がいるわけでも、給料を払う従業員がいるわけでもない立場。
腹が減ったら水でも飲んで寝ちゃえばいいわけですから。
逆に言うと、「そこにだけ」自分の鬱屈の原因があるわけじゃないってことに気づいたのが今年だったのかも。
気持ちの面でも、実際的な生活の面でも、今年の前半ぐらいが底だったような(?)
私は今年が後厄ってやつで、やっぱりライフサイクルの中でいろんなことが起きやすい時期なんでしょう。
そうやって納得出来るのであればそれはそれでひとつの効用なのか。
流れが変わったのは、秋から「彩の国子ども・若者支援ネットワーク」に週数回通って仕事をさせてもらうようになったことがやっぱり大きい。
以前もちょっと書きましたが、埼玉県が行う生活保護受給者向け自立支援施策の一環として、生保世帯の中学生向け学習教室を行ったり、親の教育相談に乗ったりする事業にかかわるようになったのです。
この仕事を少しずつするようになって、それまで自分がいかに自身の中に感情を閉じ込め眠らせてていたかっていうことを思った。
うれしかったり楽しかったりこりゃ難しいなあと思ったり、そんないろいろが身近な人と人との間で毎日ふつうに起きて、そのまま共有できてってことが、ずいぶん長いことなかったから。
このあたりうまく言語化ができないんですけど。
端的に言えば、「たとえば」、教室で出会う中学生たち=子どもたちが本当にかわいいなあと思ったんですよね。
私は彼ら彼女らの親ではないし教室運営の責任者でもないから、気楽な第三者的立場でそう言って喜んでいられるってことはあるんだけど。
変な言い方ですけど、自分がいまどきの中学生年代の子たちと接して、「こいつらかわいいなあ」と思える人間だったってことにけっこうびっくりした。
そんな感情が、自分にもあったんだなと。
そしていままで、自分にはそんな感情の持って行き場がなかったんだなと。
少し脱線すると、自分はやっぱりあんまりうまくいっていない人、ダメな人、弱い人、そういう部分がちゃんと存在から匂っている人と一緒にいるのが落ち着くみたい。
まあ、それを言い出したら世の中の人なんてたいていそうだろうという話になっちゃうかもで、だったら私は私なりにもっともっといろんな人と接点を持つチャンスを見出していくべきなのかもしれないんですよね。
でも一方で、今の世の中はそこに気づいても気づかないふりをしなきゃいけなかったり、時間をかけて「ダメ」も含めてちゃんと関係作ったりが難しいでしょう?
「彩の国〜」にかかわっている人たちは、とても魅力的な方ばかりで、そういうデコボコの中で、ゆっくり着実に関係を積み上げていけばいいじゃん、うれしい気持ちや楽しい気持ち、喜びを積み上げてゆっくり成長すればいいじゃんって雰囲気を、私は勝手に感じています。
まー事業としては、そういうゆるさは課題なのかもですけどね。
でも、なんだかそういう場所が、やっぱり自分には合ってるんだなあ、いまの自分には必要だったんだなあと思ったり。
(うーん。伝わりづらい文章ですね……)
たださー、秋になって、リアル社会の友人知人から、「最近まっちゃん顔つきが明るいね」って言われるようになったのは事実なんですよ。
それまでどんだけ暗い顔して街を歩いていたかと思うと恥ずかしくてたまらんものがありますけれども。
人とちゃんと向きあうことに関して、ほとんどゼロだった自分のような人間が、少しずつでもそれをしていきたいと、意志だけは持つようになったと。
それが今年かなー。
無理矢理の総括ではありますが。
ちょっと良いように書き過ぎで、そんなにかっこいいものでは全然ないんですけど。
また話が飛びますが、先日、特養で働く理学療法士さんの仕事を間近で見せていただく機会があって。
結局自分がやってることも、お年寄りのリハビリみたいなものかなあと思ったりして。
80、90のお年寄りがリハビリしても、(はっきり言っちゃえば)ものすごく「活動的な生活」が手に入るわけではない。
人生が大きく変化するわけでもない。
ふだんは車いすを使っている人が、スタッフにはぶーぶー文句言いながらも棒につかまってよちよち歩く訓練をして、それでどうなるのか、と思う人は思うかもしれない。
でも、やっぱりそれをすることには「何かがある」んじゃないのかなあ。
それは、実際にその場を見て、感じたこと。
そういえば、辺見庸さんが脳出血で倒れて、その後「歩く練習」をしているときの話を書いていた文章があった(『しのびよる破局』の第六章あたり)。
いくら独学の歩行練習なんかやっても進歩はない、徒労だ、でもそうやって歩く自分はなぜか「許せる」「嫌いじゃない」と辺見さんは言っていた。
「徒労という窓口から世界を考えたり、自分の行為や自分の生を考えたりすることは、あながち悪いことじゃない」「徒労を徒労と承知で、自分を語ったり、不十分ながら恥をさらしたりするしかないのではないかとおもっている。それは、けっして起承転結のはっきりした格好のいいことではないわけだし、そうあってはいけない」と。
そういうの、昨日新宿で野宿のおっちゃんらと焚き火にあたってカレー食ったときにもちょっと思ったんだけど。
なんか全然違うかなあ???
話を安易に広げて一般論化すると、必ず私は間違えるので、こういう話はいい加減にやめておこう。
思ったことや感じたことを、もっと自分の内側にためて、たしかめながら大事に育てていくことも、今年私が身近な人から学んだことだ。
それは素晴らしい出会いだったと感謝しています。
思いつくままに書くとどんどん流れちゃいますね。
ひとつあるのは、とにかく(謙遜でもなんでもなく)本をまっっったく読まなくなってしまったという反省です。
情報や知識の上をサーフィンするため、カッコつきの「教養」のためということではなく、本当に自分の人生を手に入れるために、もうちょっと本を読まなきゃと、このごろつくづく思う。
それは私の中では、人とちゃんと出会うとか、向き合うとか、そのことと一直線上にあることです。
ただでさえ集中力のない自分には、そんなによたよたしている時間はないんだなと思わされるし。
これは来年のとってもとっても大きな目標。
本を読む。人に会いに行く。「やるべきこと」をやる。
戦略論戦術論的にいうと、書く仕事をまがりなりにも10数年やってきた「今の自分」を、書く仕事以外のところで(も)生かす道を考えていきたい。
書く仕事を通じて得たいくつかの技術(のようなもの)にしろ、興味関心にしろ、人との出会いにしろ、それを書く仕事だけで完結させていくやり方は、すでに私の中で明らかに限界、破綻していると感じるので。
何か、考えなくちゃなんです、ここは。
「彩の国」とのこれからのかかわりの話も含めてなんですけどね。
社会的なことについて、こういう場所で語るのは少し自粛して、それは実際に生きていく中で考えたり、人と話たりするようにしたい。
後から見て、この42歳の1年が、自分にとっての「底つき」の時期だったと思えますように。
今日はこれからちょっこし実家に帰ってきます。
皆様どうぞ良いお年を!
今年もありがとうございました。
2010-11-12 宮子あずささんの本
■宮子あずささんの本
(某所でつぶやいたことをそのまま貼り付けただけの日記です)
たまたま書店で見つけた宮子あずささんの『主任・リーダーになったら読む本 看護師の渡世術77編』。電車で読み始めたら止まらず。あくまで身の丈の言葉から離れず普遍的な仕事論になっている。超おすすめです。
宮子あずさ『主任・リーダーになったら読む本 看護師の渡世術77編』。版元HPで少しサンプル読めます。http://www.nissoken.com/book/1479/index.html(ページ見本ってとこ)。
宮子さん、10年前の『気持ちのいい看護』も本当にいい本だった。私はいまだに仕事で落ち込んだときに読み返しています。http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=4564
宮子あずさ『気持ちのいい看護』まえがきより一部紹介。http://www.igaku-shoin.co.jp/misc/0009417s.html
マイミクには現役の医療職・福祉職の方もけっこういるので、そういう方が読まれて「こいつ全然わかってない」と思われたらどうしようって気持ちもあるんですが……あくまで私が励まされた仕事論本ということです。
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追記(mixiにもらったレスのレス転記)
対人援助職の話は本当に興味深いです。
結局私はこういう人たちの「仕事観」に一番親近感があるのかもしれません。
書く仕事は一人仕事だし、医療や福祉はチームでのアプローチが相当に重要だと思うのでそこはちょっと違うかもだけど、ある種の「専門性」をベースに、「自分の技術を売るんだ」という職人意識を持ちながら、なかなかそこに自足できないところなんか、私とそっくりと感じます。
本当は「書く」以外の形で自分の経験、培ってきた力を生かせる仕事があったら一番いいんですけど。
2010-10-23 早川義夫『たましいの場所』より
■早川義夫『たましいの場所』より
朝日新聞の土曜版に早川義夫さんの話が出ていて、部屋の隅でいろんなものの下敷きになっていた8年前の氏の著書『たましいの場所』を引っ張り出しカバンに入れて出かけたのが今朝。
んで、いま1日の最後にやってきた歌舞伎町のルノアールで頁を開いてるわけですが。
『たましいの場所』好きな本だなあ……「いい」とか「納得」とかっていうより「好き」。
全部賛成じゃないし、自分のものの感じ方とは微妙に違ってる気がするんだけど。
同書からの引用だけなんで「つぶやき」にしてもいいんですが、それにしてはちょっと長いので「日記」として写経してみます。
それが終わったらまた「月曜の朝まで」「火曜の朝まで」式に「あの曲がり角までなんとか頑張る」式にやっていきます。
ずーっとこんなふうだけど、しょうがないんでしょうね。
(以下、早川義夫『たましいの場所』より)
悲しみは張り付いてしまったものだ。染み付いてしまったものだ。隠すことも、ごまかすことも出来ない。にじみ出てしまうのである。
もしかすると、変である。奇妙である。異常である。病気である。しかし、悲しみは、悲しいだけではない。美しい。色っぽい。人を慰め、そして、元気づける。
いい音はなつかしい。どこかで聴いたことがあるような気がする。それは、絵でも文章でもそうだ。ステキな人に出会ったときもそうだ。しかしどこかで聴いたのではない。どこかで見たのでも、触れたのでもない。かつてどこかで会ったのでもない。
会いたかった人なのだ。求めていたものなのだ。表したかったものなのだ。ずうっと心の中にしまってあったものなのだ。
ねえ父さん、お元気ですか/あれから僕は歌を歌ってます/自分の中の手に負えぬ部分や/行き場のない悲しみや思いを/何一つわかってないけど/美しいものをつかみたくて(早川義夫「父さんへの手紙」)
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朝日記事途中まで↓
2010-09-11 「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」をよろしく
■近況
ネット上の知り合いの皆様とは、本当にご無沙汰しております!
気がつけばなんと約5ヶ月ぶりの日記。
そういえばワールドカップなんてのもありましたな……。
本当に本当に時間が過ぎるのは速いです。
焦りますね。
私はおかげさまでなんとか元気にやっています。
相変わらずシャレにならない金欠で、いつも「いま財布に●円しかない……」ことが頭から離れない状況(いまもまさにヤバい……)ですが、まあこういうのも慣れの問題なのかもで、案外自分自身に対してずうずうしく開き直って暮らせるようになりました。
今夏の最大のイベント(?)は、仕事で沖縄に行ったついでに、沖縄本島の南部を歩き、「ひめゆり平和祈念資料館」http://www.himeyuri.or.jp/(超いまさらですが未見の方にはぜひおすすめ。力の入った展示をしています)に行ったことでした。
■「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」をよろしく
実は私この秋からひとつ新しい試みの末席の末席に加わっていまして、簡単ではありますがお知らせと近況報告を兼ねて日記にしてみようと思い立った次第です。
(先日もちょっと「つぶやき」した件ですが)
@@@@@@@@@@
まず大きな枠組みの話からしますと、このたび埼玉県が「生活保護受給者チャレンジ支援事業」という取り組みをスタートさせたのです。
http://prosv.pref.saitama.lg.jp/cgi-bin/scripts/news/news.cgi?mode=ref&yy=2010&mm=8&seq=166
上記リンクにもあるように、「職業訓練」「住宅への入居支援」「子どもの学習支援」を3本柱にした総合的なプログラムとなっています。
都道府県の福祉行政レベルで、こうした内容・規模で事業が行われるのは全国初、史上初と聞いています。
一種の社会実験といってもいいのではないかと思います。
この中の「子どもの学習支援」事業について、県から委託を受ける団体として、「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」が新たに立ち上げられました。
私はこの団体と、ボランティアではなく、「仕事」として、少し関わらせていただくことになったのです。
とりあえずいくつかマスコミ、ブログ等にに出た記事をリンクしておきます。
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/100831/stm1008312222018-n1.htm(8月31日産経)
http://okegawa-child.jugem.jp/(団体の代表理事である青砥恭さんがこの間の経緯等にも触れている「桶川 子育てと教育を語る会」ブログ。8月1日の項には東京新聞記事の転載も)
http://www.roukyou.gr.jp/index.php?itemid=161(ワーカーズコープHP。3事業のキックオフについての記事)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100731/trd1007311342007-n1.htm(7月31日産経)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-4287.html(上記産経記事に関する濱口桂一郎さんブログ)
@@@@@@@@@@
「子どもの貧困」の話、「貧困の連鎖」の話、いうまでもなくそう簡単に「ここをこうしたらいい」と簡単に良い方向へのむかう展望が見いだせる問題ではないと思います。
一方で、すでに全国草の根レベルでさまざまな実践、試行錯誤が行われており、それらを知るたび勇気づけられる思いもします。
「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」も、(はしっこから眺めている私がいうのもなんですが)すべてが手探りでの活動スタートという状態といっていいと思います。
ただ、集まっているメンバーの皆さんの情熱はすごいです。
なんとかこの試みを成功させたい、継続性ある活動にしていきたいと、私も心から思い、微力ながら尽くしていきたいと思います。
ここを読んでくださっている方の中には、福祉や教育の関係者の皆さん、こうしたテーマに関心を持っておられる皆さんも多いと思います。
ぜひいろいろ教えていただきたいこともありますし、ご意見もいただきたいと考えています。
私も、「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」の「中の人」の一員として、いろいろな形で情報発信できればと思いますので、今後ともぜひよろしくお願いいたします。
@@@@@@@@@@
以下個人的な日記に戻りますが。
いま、上記「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」立ち上げ仕事のお手伝いと並行して、どうしても、一刻も早く仕上げねばならない単行本づくりの仕事もしています。
月々の自転車操業を支えるこまごま仕事ともあいまって、本当に余裕がない生活になっちゃっています。
いろいろ不義理をしている皆さん申し訳ありません。
いつもの愚痴のループになるのでいい加減にしますが、結局私は生産性が低すぎるんですよね……。
たぶんこれぐらいの仕事量だったら、ふつうの人はもっと余裕をもって回せるのだと思うのです。
その証拠に、いつも青筋立ててため息ついてるのに、食っていくのもギリギリという状態がもう十年以上?なわけですから。
(まーこのビンボーの背景には、人にはけっして言えない恥ずかしい裏事情もいろいろあるんで、単純ではないんですけれど)
単行本仕事も、遅れに遅れて、版元さんには顔向けできないところまで迷惑をかけて(営業戦略上具体的に相当迷惑をかけて)、この秋は最後の死守ラインという感じ。
なんとか、なんとか、しなくちゃですね……。
また別の話。
上記の「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」の仕事で、週に何日かだけ浦和の事務所に通って、15年ぶり以上にオフィスワーク見習い的なことをやっています。
この経験によって、あらためてふだんの自分(一人暮らしで一人仕事)がいかに特殊な環境にいるのかってのを自覚しました。
やっぱり四六時中まわりに人がいるってのは、ものすごく違和感あるんですよねえ。
会議とか、打ち合わせとか、基本的にそういうのが苦手で会社員生活から逃げ出した人間なので、まさか天敵にここで再会するとは、て感じですが、まあこれも人生のタイミングというものか。
ライターの仕事は、基本的に出来高払いで、時間で管理されることはないし、「ここからここまでをいつまでに仕上げる」って切り分けがはっきりした「ジョブ」だから、みんなであれこれ揉んで、なんとなくものごとを形にしていく、っていう仕事のスタイルがすごく新鮮(あえて「ストレス」とはいいません。。。)
細かい話では、エクセルとかパワポとかも、基本が全然わかってないので一苦労。
学生に戻ったつもりで一から勉強です(それにしても素人の手によるホームページづくりは苦労してます……誰か助けて……)。
一方で電話の取次ぎ応対なんかは(自分で思ってるだけですが)わりとすんなりできたような気も。
「お世話になっております!」とか、数十年口にしたことがなかったけど、何も考えずに勝手に言葉になっちゃったし。
これでも、元営業マンのはしくれですから(爆)。
そもそも、この「彩の国 子ども・若者支援ネットワーク」の話を聞いたのが、7月上旬のこと。
それがいつの間にか「仕事として手伝う気はないか」ってな話になり、あれよあれよの間にものごとが動き出しています。
私にとっては、「これまであった受注先に、ひとつありがたいお得意様が加わった」という話であると同時に(それ以上に)、やっぱり自分なりに関心を持っていたテーマにダイレクトにかかわれるのはうれしい気持ち、やりがいを感じる気持ちがあります。
もともと「福祉本」をつくるという話があって、「高齢者」「障がい者」などと並行して「児童」、さらに「ケースワークの手法」なんかについても本を読んだり取材に行ったりしていたのが昨年後半から今年前半のこと。
ところがこの「福祉本」が「介護本」に企画変更になって、「高齢者」以外の勉強はムダになっちゃったかとちょっとがっかりしていたのです。
それがおもわぬところからボールが飛んできて、自分なりに学んできた福祉(ほんのわずかな知識と経験ですが)の本丸に近いところで仕事ができる。
めぐりあわせを感じています。
しかし川崎サポ的には、まさか自分がこんなに「浦和」に足しげく通うことになるとは思いませんでしたけどね。
「浦和」に魂は売りませんが、まあここもなかなかおもしろい街ではありますよ。
先日は赤いチームのオフィシャルショップにもはじめて行ってみたりして。
「敵地」の真ん中で頑張っております!
長くなりました。
やっぱり自分の書きたいことだけ好き勝手書ける日記はいいですね。
ずいぶん心が軽くなりました。
またたまにここに来て日記で息抜きをしようと思った土曜日の朝です。
最後まで読んでくださった奇特な方、お付き合いいただきすみません。
どうもありがとうございました。
また近日!
●資料リンク追加
少し古いですが江戸川区の中3勉強会記事 http://www.asahi.com/special/08016/TKY200812200236.html
「釧路における生活保護世帯の中学校3年生への学習支援をきっかけとした地域実践」
http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/shien/pdf/kushiro.pdf
書評 本田良一『ルポ生活保護』(中公新書)(「ささやかな思考の足跡」)
http://ono-blog.cocolog-nifty.com/sikou/2010/09/post-e622.html
子どもをつぶす日本社会の歪みと「月あかりの下で」希望を語り人間を再生する定時制高校 - ドキュメンタリー映画「月あかりの下で〜ある定時制高校(すくらむブログ)
- 作者: 本田良一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2010/08
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