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防災福祉 このページをアンテナに追加 RSSフィード

 『管理者の自己紹介』                                                 このブログのテーマは『防災福祉』です。阪神大震災では家屋全壊被災者(小学校体育館避難所生活8か月、仮設住宅二年)を経験、福祉・介護分野でも長く関わらせてもらったことから、福祉分野・介護分野での『防災意識』を高めていくことを視点に、使命感を持って取り組んでいる分野であります。詳しくは… らいふ&すたいる をご覧ください。緊急時の災害のヒントとなるような情報発信ができればと思います。  

2018-06-19 大阪で震度6弱の地震

今回、震災被災された方々には心からお見舞い申しあげると共に 復興に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることをお祈りいたします。

今回の地震、私も結構な縦揺れを感じましたが、震源地ではなかったので普段と変わらない時間を送っています。そんな中でも、ブロック塀等の問題は市に提起してきました。防災の視点では、かなり前から言われてきた問題。痛ましい事故を繰り返さないためにも、各地域で議論の輪が広がることを願います。

茨木市では応急危険度判定が始まりました。時間がかかるものなので該当する方は、早めの申請がよいと思います。

そのほか、交通機関が復旧したりと良いニュースも出てきました。

まだまだ、ガス水道等が大変な地域も多いと思います。早く元の生活の戻ることを願っております。

2018-01-17 阪神大震災23年

更新が1年に一回になりそうな感じですが…。1月17日は神戸にいた頃のことが蘇ります。姉は生き埋めになり頭がい骨骨折を負いながらも、今も元気に仕事をしています。生かされていることの意味を感じる一日。毎年、地元の追悼式に家族で参加しています(今朝の新聞にちょこっとだけ息子達が写っていました…)。

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教員で関わっている学生も阪神大震災後に生まれた世代。今日の講義で介護×防災の視点をしっかり伝えてこようと思います。

2017-04-14

熊本地震

あれから一年。早いもので、間もなく地元で登録したボランティア活動保険が期限が切れます。


発生直後、すぐに会社社長であり妻でもある相方に相談し、現地の情報収集を始めました。

個人でできることなんて少ない。募金という形が一番というのも心では解っているつもり。



けれど、新潟、東日本大震災被災地に入り、小さな何かを落としていくという方法も感じています。

熊本は親戚が多い。前月には母の故郷に行ってきたばかり。

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現地の方の話しをお聞きし、私自身の震災体験を共有させていただく。

たくさんのご縁をいただきました。




阪神大震災は22年が経過し、メディア含め風化してきていると思う。

神戸の人口150万のうち、震災体験者は半分以下になったと報道がありました。




私は自身でできる活動を通して、命ある限りつなげていきたいと思っています。

個人規模の小さな動きのみですが、これからもフリーに思うままに生きていきます。

2016-10-27 大川小学校の訴訟

2011年に起きた東日本大震災。学校組織の問題提起となった大川小学校問題。

今朝のニュースで、遺族側の勝訴とありました。

びっくりしたのはニュース記事のコメント。多くの意見が否定的だったこと。

「遺族の気持ちは解るが14億もの賠償金で解決すること」に疑問を感じる人が多いよう。

「そんな事まで責任を追わせたら子どもを預かる学校も塾も人もやってられない…」

親兄弟を亡くしている人からのコメントにも「被災者ビジネス」「結局、カネ」という意見もたくさんありました。

震災を経験した私自身が感じる部分は少し違った。

一番に「命」はお金があっても戻ってこないわけで、遺族としてはお金の問題よりも、空白の時間の解明だったと思う。ある程度アドバイスしてきているのは弁護士だと思うので、その色が出た結果だったのかなぁと思います。ただ予想以上の賠償金に世論がひっくり返り、訴えた遺族の方々はこれからが大変だと思う。

同じく大川小学校で亡くなった遺族の半分以上の方はメンバーに加わっていないことからすると、現場では温度差もあるのだろうなぁと思います。

当時、小学校に迎えにいった親御さんは助かった人が多かった部分からすると、私は学校防災対策と共に、今の会社の働き方や防災視点をもっと強化していくべきだと思う。

遺族の批判がすごくなっていますが、早期に迎えにいくことができるような会社の雰囲気つくりが、この裁判をきっかけに活発してほしい。私の会社では災害時には、仕事を止めてでも、家庭を優先にするありかたをとっています。あのとき、仕事の途中であっても子供たちを迎えにいける会社のシステムがあり、学校に行ける家族(大人)が多ければ、教員サイドともっとコミュニケーションがとれていたと思いますし、学校側の責任だけで終わらなかったと思います。

冷静に判断できる大人や親がもっともっと学校に集まって「逃げる」という決断をできていれば、大川小学校の悲劇ももう少し軽減されていたかもしれないと思うと、本当に悲しい出来事と思えます。

亡くなった教員を含めて「断罪」という言葉が出る今回の裁判。

遺族からすると、もはや肉声を聞くこともない亡くなった教員と闘わないといけない悲劇。

教員側の遺族の辛さ…。

色々なことを考えてしまいます。

あのとき、教員とたくさんの家族がコミュニケーションをとれていれば…。

勝訴に対しての批判が多かった今回の裁判。本当に考えさせられます。


亡くなったこどもたちの命は戻らない…。遺族のお父さんお母さんは一生この辛さを背負い続けると思います。同じ年頃の子を持つ親として、本当に辛いことです。この悲劇が繰り返さないためにも社会や会社組織が変わっていかないといけないのだと思います。大企業含め、会社の防災システムはまだまだ不備が多すぎるように思います。

阪神大震災の経験が東日本大震災で活かされなかった部分のひとつ。

東日本大震災の経験が次に活かされていくことを切に願います。

2016-04-29 熊本地震ボラで学んだこと

今回は社会福祉協議会でもお世話になりましたが、印象に残ったのは、的確なマッチングをされていたことと熊本市社協は県外ボラも受け入れたこと。従来だと土地勘ない県外ボラは直ぐには受け入れしないのがセオリー。今回も地域限定ボラがほとんど。そんな中、県外からよくぞ決断してくださったと思った。全国社会福祉協議会の自粛モードとは真逆に全国から募った形だ。現場で必要であれば積極的に発信してもらうことで、行きたいと思っている個人ボランティアも決断できる。

実際に現地入りして、メディアの自粛話しは何なんだと思うくらいにボラが足りてない地域はあったし、災害物資の車を邪魔することもなくボラは活動されていた。

新幹線も熊本までつながったので、これからが大切になりそうです