暴風日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2999-12-31 御挨拶

[]御挨拶 10:11 御挨拶を含むブックマーク 御挨拶のブックマークコメント

ふと思い立って、表紙をつけることにしました。

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[]あくまで自分用にカテゴリー別の目次を作りました 01:12 あくまで自分用にカテゴリー別の目次を作りましたを含むブックマーク あくまで自分用にカテゴリー別の目次を作りましたのブックマークコメント

気がついたら、こんなのが出来ていたので、自前の目次は削除しました。

[]トラックバックとかコメントとかについて 03:02 トラックバックとかコメントとかについてを含むブックマーク トラックバックとかコメントとかについてのブックマークコメント

基本的にはどんなコメントもトラックバックもありがたく戴くことにしているつもりですが、流石に全く何の関係も無いトラックバックは削除させていただきますよ。

[]「暴風」について 11:49 「暴風」についてを含むブックマーク 「暴風」についてのブックマークコメント

グーグルが、10周年記念として期間限定「2001 Google search」というサービスを始めた(期間限定で、既にサービスは終了しているようです。2001年時点のグーグルのトップページで、当時の検索結果を表示できるっていうものでした)。試しに自分の本来の名前である「暴風神父」で検索してみると、自分が始めて作ったサイトがトップに出て来た。1999年の11月3日に日記を書き始め、2000年の8月20日に更新停止を宣言している。

そのサイトに、「暴風神父とは?」という文章があった。ちょっと力を入れて書いた文章だったので、気に入っていたのだが、HDに残っておらず、書き直す気力もなかったので、今までそれについて触れていなかったのだが、見つけたのを幸い、再掲する。

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2012-01-17

[]定点観測 01:55 定点観測を含むブックマーク 定点観測のブックマークコメント

vipのまとめで見た。

年に一回か二回、この手のことをシミュレーションするのは必要だと思う。

31 名前:VIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/17(月) 15:37:18.73 ID:C2gMhKfg0

はっきり覚えてるよ・・

・大きく揺れて、ローボードの上に置いてあったテレビとかコンポが飛んできた

 一応釘打ってワイヤーで固定してたはずの本棚がワイヤーが切れたり釘が抜けたりして倒れた

 揺れが収まったときは停電してて部屋中わやくちゃ

  

・急いで暗闇の中で服を着て財布と部屋の鍵を確保してベッドから降りようとしたんだが、

 天井の照明器具が落ちてきていて、足を怪我するところだった

・靴を履いて部屋から出たんだが、周囲はガスの臭いが充満してて、怖かったから自分の

 部屋のガス栓は元から閉じておいた

・近所の公衆電話で実家に電話して「とりあえず俺は大丈夫」と言うだけで10円玉がなくなった

 テレホンカードは使えなかった

・近所のコンビニに行ったら一旦店を閉めて店内の片づけをしていた

 15分くらいで店主が店の前に出てきて

 「こういう状況なのできちんとレジも使えないけど、大体で会計するからわかってくれ」

 と言ってて、俺はお茶2リッターペットボトル2本と乾電池4本とバンドエイドと

 ウエットティッシュを買って、店主に「大体1500円です」と言われたので

 2000円払って「すいませんが10円玉をください」と言って10円玉を20枚

 くらいもらった

・その10円玉でやっと実家に電話しなおして家族の無事を確認して、建物の中に入るの

 が怖かったので車に乗って車のラジオで情報を集めた

 そのときに「神戸の震度は5に訂正された」と言ってて、「この大地震で震度5かよ・・

 マジかよ・・」と思った・・

・明るくなってきたので建物の中に入って、(靴を履いたまま部屋に上がって)部屋を

 片付けて、(停電が回復していたので)掃除機をかけて、風呂桶に水を張っておいた

 俺が風呂に水を張り終わってから10分くらいで断水した

・それから自転車で近所の小中学校を回ってみたんだが、電柱が倒れてBMWに刺さって

 たりとかがいっぱいで、細い道でも車で通れなくなってる道がいっぱいあった

 近所の小中学校を回ってみたんだが、1件目はなんか遺体の安置所に使われたみたいで、

 毛布にくるまれた遺体がどんどん担ぎ込まれてきてて、怖かったから別の学校に行ったら

 被災者がいっぱい集まってきていた

・なぜか郵便局の赤カブが走り回っていたので、「これは郵便局は無事なんだな」と思って、

 母ちゃんに電話して郵便局の口座にお金を振り込んでもらった

 このときに電話ボックスのまわりに「携帯が通じない・・困った」と言っている人が大勢いた

 のと「体を打って痛いんだけど、家の電話も通じないし消防署にもつながらない・・

 どうしたらいいんだろう」っていう人が大勢いた

・これは長期戦になるので一旦実家に帰ったほうがいいなと思って、冷蔵庫の中のものと

 前日に作ってあったおでんを大屋さんの所に持って行ってから部屋の電気を配電盤から

 落として、電話線もジャックから外してから車で4時間かけて実家に帰った

 3時間は国道43号線を抜けるまでの時間で、国道43号線を抜けたら1時間だった

 そこまで出てきたら普通に店が開いていたのが不思議だった・・

・1日実家で休んでから実家の近所のホームセンターで ポリタン2つ カセットコンロ

 カセットガス24本 を買って、アウトドア用品店とか登山用品店を回って 

 キャンプ用ガスコンロとガス 山用非常食数日分 を買って

 自転車用品店で 自転車のパンク修理キット数セット を買って

 スーパーで米を20kg買って、それを全部背負って部屋に帰った

 これらは友人たちの所に行ってばらまいてきた

・大家の張り紙で「部屋のトイレを使わないでください」と言うので大学のトイレを使ったん

 だが、ここでも水が出ないのでうんこした後にケツを拭いた紙は大型ゴミ袋に入れるよ

 うにしろと言われていて、トイレはそのうんこの臭いが充満していた

・大学は数日後になってやっと1日だけみんな集まったんだが、その後3月下旬まで休講で、

 3月下旬に一気に試験だった 全員進級だったと思う

国境なき医師団の「健脚ボランティア」というのが募集されていたのでそれに友人数名

 と志願して、祭りとかで使う大型のプロパンガスコンロとプロパンガスのタンクと

 (これは俺の金で買った)板チョコ30枚を持って灘区の避難所まで持っていった

 帰りに43号線を歩いたんだが、自衛隊とかの大型ユンボが、先っぽにコンクリート

 穴開けるあれをつけて、倒れた阪神高速を解体してたのを見れたのはいい経験

 自衛隊がテント張ってるところも見たんだが、アウトドアの教科書に載ってるのと寸分

 違わずテントの周りにきちんと溝掘ってあった

・後日から思い立った俺は自転車の修理キットを持って自転車で神戸市内まで行って、

 自転車修理のボランティアをやってきた 3週間くらい続けたが、需要がなくなってき

 たのでやめた


32 名前:VIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/17(月) 15:38:30.86 ID:C2gMhKfg0

教訓:

・家具の固定には頑丈なワイヤーを使うこと 家具が倒れてきてもベッドの方向には倒れてこないように

 部屋の配置を見直すこと

・ベッドの横には必ず靴を置いておくこと 部屋の中でも靴を履くこと

・トイレが水タンクがある形だったら、トイレの水タンクに2リッターペットボトルのお茶を2本くらい

 入れておくこと 普段の節水にもなるしあるとないとでは大違い

・水が出るうちに必ずできるだけ水を確保すること 水は重い 給水車が来ても運べる水の量は

 限界がある それを前提にすること

・必ずガスの元栓を締めること 部屋を脱出する場合は電気を配電盤で切って電話もジャックから

 抜いておくこと 

・最初に確保するのは財布(免許証とか保険証とか)携帯はその後でいい

 財布の中には必ず現金をある程度入れておくこと(コンビニATMが止まったらどうする?)

・服を着たら部屋から一旦出ること もしかしたら建物が大打撃を受けているかもしれない

・このような非常時は思っているほど携帯は使えない(つまりWimaxも使えない)

 停電していたらネットも使えない 必ずラジオを確保しておくこと

・ワンセグとかで携帯をフル活用してたら携帯の電池がすぐになくなる

 必ず乾電池で充電できるタイプの充電器を確保しておくこと

・意外に役に立つのが電気のコンセント 避難所でみんなが携帯に充電しようとすると電源が

 足りないので重宝する

・公衆電話はテレホンカードは使えなくなる 100円玉を入れても10円玉としてしか認識されない

 ので10円玉をある程度確保すること

・近所の小中学校は必ず2件以上回ること 遺体の安置所に使われる可能性もあるからだ

電子マネー コンビニATM 携帯電話 ネット が使えない環境を前提にすること

 できれば郵便局に口座を持って10万でいいから郵便局の口座に入れておくこと

・コンビニとかで乾電池はいちばん最初になくなる でも買い占めないこと(不必要に人の恨みを

 買うとこういう状況ではあまりいい結果にはならない) 普段からある程度乾電池は用意しておくこと

・2〜3回でいいからアウトドアクッキングをやってみろ 鍋でごはんを炊いたりカセットコンロ

 だけで料理を作れるスキルはアウトドアクッキングに通じるものがある

・あと、店頭からカセットコンロとカセットガスはすぐになくなるが、意外とキャンプ用のコンロや

 ガスはなくならない そういうのを備蓄しておくのも悪くはないし使い方に習熟しておくのが吉

・カセットコンロとカセットガスはいくらあっても足りない 普段から無駄だと思うレベルの量を

 備蓄しておくこと

・飯を食った後の食器を洗う水が絶対的に足りなくなる 食器にラップをしたりしてできるだけ

 食器を汚さないようにすること ラップの備蓄もあればあるだけいい

・電子マネー コンビニATM 携帯 ネットが使えなくなるという前提で全ての準備をすること

 水が足りない ガスが使えない 電気もダメかもしれない という前提で どうやって水を確保するか

 どうやって調理用の熱源を確保するか どうやってトイレを快適にするか を少し考えておいたらいい

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2011-11-21

[][]洋楽歌詞シリーズ第5弾 11:43 洋楽歌詞シリーズ第5弾を含むブックマーク 洋楽歌詞シリーズ第5弾のブックマークコメント

いつか書いたと思っていたけど、書いてなかったので、備忘も兼ねて。

今回は敢えてタイトルを伏すけれど、みんな知ってる超有名曲。

Kiss me, girl, your old one.

Till you're near, it is years till you're near.

Sounds of the dead will she know ?

She wants all told, now retained,

for, cold caves know the moon's seeing the mad and dead.

私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。

おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来てくれるまで。

死者たちの声を知ってくれるのかい。

すべてが語られ、今、心にとどめておくことを望んでくれるんだね。

だって、そうだよね。冷たい洞窟は知っているんだからね。

お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるってことを

ちなみに、以前別ネタで取り上げたのは、これ

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2011-11-03

[][][]違和感 22:26 違和感を含むブックマーク 違和感のブックマークコメント

 知り合いの教会が、震災支援の文書を出していて、それを見せてもらった。

○○教会の「××地区仮設住宅訪問救援活動」を喜び支えましょう。

キモッ!

「喜び支えましょう」ってナニ?

金を出すように要求されるのはわかるけれど、なんで感情まで強いられなければならないのか?

ヤダなぁ。。。

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2011-10-24

[][]もう戻れない 21:46 もう戻れないを含むブックマーク もう戻れないのブックマークコメント

日曜日の午後に、超教派の祈祷会があって出席した。バタバタしていて開始に遅れてしまい、その教会に入った時には既にメッセージの佳境に入っていた。その教会の牧師先生が、東北の被災地に行かれたボランティアの報告を読み上げていた。多分普段からそうなのだろうけれど、熱がこもって早口で、髪振り乱しと言った感じだった。その先生は、震災以来、既に何度か直接被災地に入り、ボランティアをされたり、ボランティアグループを派遣するとりまとめをされたりしている。どうも、その事を話しておられるようだった。その祈祷会の本来の趣旨とはずいぶん違うものであるような気がしたけれど、まあそれはどうでもいい事。

最後の方で、その先生が「3月11日以来、私たちはもう元に戻る事が出来なくなってしまいました。過去に立ち戻るのではなく、立ち上がって前に進まなければなりません。」とおっしゃった。そこで私は取り残される感じを覚えた。「ああ、この人たちは、初めてこういう状況に身を置いたのだ」と思った。私はもう15年前からその場所に立っている。確かに、東北の状況は阪神淡路震災とは比べ物にならない程過酷だ。けれどもあの事が無かったかのように、今回初めてこんな出来事を目にしたかのように語られるのは悲しい事だ。

地震から2ヶ月経った時に、大きな事件が起こった。まだバタバタしている時に、仲間とテレビのニュースを見ていて、正直思った事は「あぁ、これで神戸は忘れられてしまうな」という事だった。さすがにすぐに消えてはしまわなかったけれど、震災と言えどもそれはだんだんと記憶から消えて、無かった事にされていく、何も無かった元に戻っていく。そうあってはならない。

[]ごめんなさい 16:02 ごめんなさいを含むブックマーク ごめんなさいのブックマークコメント

何と言う事か。前日10月23日は、中越地震から丸七年目でした。

「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる(マタイ福音書7:5)」

忘れているのは私でした。

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2011-10-16

[][]I have a dream 20:04 I have a dreamを含むブックマーク I have a dreamのブックマークコメント

丁重なエントリー有り難うございます。私の意見に対し深い思考の上で論述されています。有り難うございます。もう少し書かせていただきます。

たぶん、この手の話は、同じものを見ながら、「これは白だ」「これは黒だ」と言い合うようなもので、最終的に意見の一致を見るのはとても難しいと思います。

でも、私自身ちょっと整理になりますので、もう少しお話しできればと思います。

誠に申し訳ありませんが、信じる宗教が違えば異民族として扱う。これが世界の常識です。

それは悲しいことです。

私は、日本人でありつつキリスト教徒であるという事ができないとは思わないのですが。

確かに、現在、欧州ではイスラム教徒が排斥されていますし、逆にイスラム圏ではキリスト教徒達が迫害を受けています。ちょうど敬愛する終風翁のところにもこんな記事がありました。

しかし今日、どんな国でも、単一の民族、単一の文化、単一の宗教の人々だけで構成する事は不可能です。ブータンのような小さな国が強権的に他民族を排除するのでもなければ、私たちは自分たちの周りに(信じる宗教が違う)「異民族」が生活していて、その彼らも含めて「私たちの国」であると理解せざるを得ない筈です。その辺りをうまく調和させる道を世界はまだ見いだしていませんが、私はそんな道が必ずある筈だと思っていますし、その道が見いだされる事を願っています。

日本の場合神道と仏教が習合し、また両宗教の特性もあり、宗教上の違いをことさら際立たせることはありません。ですから宗教(神道と仏教、仏教間の宗派違い)が問題になることはほとんどありません。神道と仏教自体考え方が近いですし、仏教においては、「宗論どちらが勝っても釈迦の恥」と古来より言われます。ですから日本人は宗教の違いを明らかにすることを嫌います。しかし、これは日本の伝統宗教に限ったことであります。

この点に関しては、私は残念ながら同意しかねます。

日本人が「宗教の違いを明らかにする事を嫌」うのは、それが実際に埋めがたい程に異なっているからです。そしてその違いに関して日本人は不寛容です。例えば浄土真宗の家の人に日蓮宗のやり方で葬儀をするかどうか尋ねたら、恐らくきわめて強く拒絶される事でしょう。


また「神道と仏教自体考え方が近い」というのも私にはよくわかりません。私は、仏教と神道は相容れないものを使い分けたり、変容させていると理解しているのですが。

全く違う価値観の宗教すなわちキリスト教になりますと、正直に申しますが日本的価値観で共存は不可能でしょう。となれば世界標準の考え方を取り入れなければならない。世界標準の考え方は、宗教が違えば民族そのものが違う。このようになります。外国では宗教が違えば、宗教行事に接点がありません。またそうしないと宗教紛争になります。

これに関しては、rebunさんが最初にコメントをくださった日のエントリーに、そうでもないぞという実例の証言を挙げてあります。これです。

我々日本人とキリスト教徒とキリスト教徒の方々が調和的に共存するには、お互いの宗教行事に関して不干渉であらねばならないと思います。葬式等の冠婚葬祭は、最低限の儀礼にとどめたほうが問題にならないと考えています。

この点が、そもそも、私とrebunさんの違いですね。そしてむしろ恐らく多くのキリスト教徒が同様に考えています。ほとんどのキリスト教徒でない方は、そんな事に気づいていません(というよりもむしろ、あえて目を塞いでいます)。

でも私は、キリスト教徒と仏教徒とがお互いに満足できる宗教行事を夢見るのです。

冷たいことを申しますが、どこの国でも当事国の伝統宗教ではない宗教を信じるのであれば、ある程度の不都合を甘受しなければならないと思います。日本くらい宗教の自由が保障されているのでしたら、問題はないかと思います。

確かに日本の信教の自由は、むしろ欧米に比べても広く保証されていると思います。フランスの公立学校でブルカが禁止されたりするのを聞くと暗澹たる想いになります。でも……I have a dream です。

rebunrebun 2011/10/16 21:46 再度丁重なるお返事有り難うございます。再度返答させていただきます。

>例えば浄土真宗の家の人に日蓮宗のやり方で葬儀をするかどうか尋ねたら、恐らくきわめて強く拒絶される事でしょう。

論点が外れています。奈良仏教のように葬式をしない宗派は別ですが、自分の所属する宗派で葬式をするのが当たり前です。あなたが論じてきたことは、他宗派、他宗教の葬式に出席した場合のことを考えているのでしょう。なぜ論点を意識的に外されるのでしょうか。我々日本人は、宗派、宗教が違っても葬式(神式、仏式)では当事者に合わせます。なぜなら、「宗論どちらが勝っても釈迦の恥」だからです。宗派にとらわれること自体恥ずかしいと日本人は考えます。

日本人が「宗教の違いを明らかにする事を嫌」うのは、それが実際に埋めがたい程に異なっているからです。そしてその違いに関して日本人は不寛容です。

これについてもどうかと思います。日本以外の国では、基本的に宗教が違えば結婚できません。欧米では、カトリックとプロテスタントが、絶対にできないとは言いませんが、そう簡単に結婚はできません。プロテスタントでも派が違えば難しい。日蓮宗と浄土真宗の家系が結婚できないようなことはないでしょう。神道のみ信じている家系と仏教のみ信じている家系(あまりありませんが)、結婚できないなどということはあり得ない。日本人が不寛容と言われるのは、根拠がありません。むしろ寛容すぎるため問題があると思います。

>また「神道と仏教自体考え方が近い」というのも私にはよくわかりません。私は、仏教と神道は相容れないものを使い分けたり、変容させていると理解しているのですが。

多様な価値観を認めるという点で、考え方が似ています。キリスト教のように異端、異教を問答無用に聖絶することはありません。

インドネシアの事例を挙げておられますが、隣のマレーシアでは、イスラム教徒が、キリスト教の聖書にヤハウェをアラーと翻訳しているのはけしからんと裁判になるほど問題になりました。世界ではこのような揉め事が普通です。

>そしてむしろ恐らく多くのキリスト教徒が同様に考えています。ほとんどのキリスト教徒でない方は、そんな事に気づいていません(というよりもむしろ、あえて目を塞いでいます)。

日本人が目を塞いでいるのではなく、前述したように、宗派が違っても相手に合わせます。たとえば葬式において仏式であろうが神式であろうが、相手の宗教のしきたりに合わせるのが日本の社会常識だからです。ですからキリスト教徒が、特別扱いを要求するのが理解できないのです。宗教に極めて寛容、いや宗教にとらわれないからこそ、このような社会常識になるのです。私が理屈をこねられる(?)のは、子供のころからキリスト教徒と接する機会が多かったからです。ですから日本人キリスト教徒の思考がある程度理解できます。しかしキリスト教徒と接するか機会があまりなかった日本人は、宗教に寛容でありすぎるため、キリスト教徒を社会常識のない融通の利かない人間と思うのです。もっとはっきり申せば、宗教に寛容すぎるがゆえにキリスト教徒の要求を全く理解できないのです。ここからお互いに満足できる宗教行事を造ることなど絶対に不可能です。宗教行事に関しては、お互いに距離を置くのが肝要であると思います。

>私たちは自分たちの周りに(信じる宗教が違う)「異民族」が生活していて、その彼らも含めて「私たちの国」であると理解せざるを得ない筈です。その辺りをうまく調和させる道を世界はまだ見いだしていませんが、私はそんな道が必ずある筈だと思っていますし、その道が見いだされる事を願っています。

残念ですがこれができるのであれば、先日のノルウェーの事件は起こらなかったでしょう。

bow-whobow-who 2011/10/17 11:47 rebunさん、どうもです。
現実はrebunさんが指摘される通りだと思います。
キリスト教徒の非寛容さと融通の利かなさは、私もよく承知しているつもりです。
恐らく、私は白い布を前にして、これを黒だって言いたいなぁと思っているのです。

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2011-10-15

[][]対話 10:27 対話を含むブックマーク 対話のブックマークコメント

先日のエントリーにコメントをつけていただきました。以前にもコメントいただいた方で、感謝です。(なお、この関連では、こんな記事も書いています。)

先回は「エントリーで……」といいながら、お待たせしたので、今回はいきなり書きます。

rebunさんの指摘は下記の通りです。

>>「手を合わせる」と言う最低限の挨拶をすることで、相手との人間関係を整理しておく。

「整理」という表現にどうも違和感を感じます。私ども日本人は、哀悼の念を持って手を合わせるのであって、自分の心を整理するために手を合わせるのではありません。整理するために手を合わせるのであれば、自分自身のことだけしか考えていないことになります。自分自身の心を整理するために手を合わせるのではなく。故人を想い、故人の気持ちを忖度するのです。勿論結果的に自分自身の心を整理することにはなりますが、これが始めの目的ではありません。

最大の問題は、私の言葉の選び方であって、言い訳になるかもしれませんが、「整理」という言葉を使う時に躊躇したのは事実です。もっとよい表現があると思います。


キリスト教徒は「手を合わせる=死者礼拝ないしは死者のための祈り」であると理解し、死者礼拝は偶像崇拝であり、死者のための祈りは信仰義認の教理にそぐわないと判断し、それを避けます。その種の意味合いの行為は必要ないと考えるからです。しかし、もしそれ以外の意味合いがあるのであれば、その意味合いは積極的に評価して、少なくとも代替となる行為を用意しなければならないと思います。その「それ以外の意味合い」を一言で言い表す言葉として私が考えたのは「相手との人間関係の整理」でした。

それは「哀悼の念を持つ」「故人を想い、故人の気持ちを忖度する」ということを含んでいると理解していただいて良いと思います。「自分の心(だけ)を整理する」のではなく、「相手との関係性においてしなければならないと思うことをする」という意味です。

例えば、先日のスティーブジョブスの死に際して、日本だけでなく、欧米でも、多くの人が花等をささげました。日本人はともかく、欧米の人たちはいわゆる「供物」としての意味を込める筈がありません。あくまで「哀悼の意を表し」「故人を想う」ものだった筈です。(「故人の気持ちを忖度」した時にジョブスがそれを望んでいたかは判りませんが……。)彼らは皆、自分とジョブスとの関係性の中で、自分がそのような行為をすることが必要だと判断したのでしょう。

変な言い方ですが、日本のキリスト教徒は自分たちの信仰を守ること、誤解されないように排除することに神経質すぎるのではないかと思います。

[][][]確かに決めつけるのはよくないです。自戒自戒。 10:31 確かに決めつけるのはよくないです。自戒自戒。を含むブックマーク 確かに決めつけるのはよくないです。自戒自戒。のブックマークコメント

これはあくまで軽口ですので、決して深刻に抗議するとか言うものではありません

キリスト教徒の方と話をしますと、どうも日本人の価値観を誤解している人が多い。キリスト教徒の方はキリスト教の価値観で人生を全うされるとよいわけで、日本人の価値観に踏み込まれるのは如何かと思います。

私はキリスト教徒ですけれど、同時に(民族的にも社会的にも経験的にも)日本人なんで、なんだかこう書かれると「お前はキリスト教徒だから日本人の価値観に踏み込むな、勝手に日本人ではないキリスト教徒してろ」とか言われているようで悲しいです。ヨヨヨヨ。(と泣き崩れてみたりして)


閑話休題

日本にキリスト教が入ってきて以来、この「日本人でありかつキリスト教徒である」ということをどのように実現するかは、ずっと続く悩みです。少なくとも仏式の葬儀をすることは「日本人の価値観」ではなく「(日本の)仏教徒の価値観」ですし、神道的な死者に対する「忌み」の感覚も、本当に日本人の価値観と不可分の本質なのか問うことは必要だろうと思います。


もう一つ、日本はキリスト教を受容しています。憲法で信教の自由が認められています。ですから、キリスト教の教会が沢山存在しているのです。何を信じるかは、個人の自由です。日本人を無理矢理キリスト教に改宗させようとして、キリスト教の理念を曲げでしまっては、かえってキリスト教の魅力がなくなるでしょう。憲法で信教の自由が保障されているのですから、それぞれの宗教が、それぞれの主張をし、日本人一人一人が選択すればよいだけではないでしょうか。

もちろん、一部の国のように、キリスト教徒であるだけで拘束されたり、社会的対立の原因になったりというのに比べれば、日本のキリスト者は信教の自由を謳歌していると思います。けれども、キリスト者になってみると、それまで当たり前だと思って気にもしなかったことに結構気づいてしまうんですよ。

もちろん、キリスト教国に行けば、逆のことがあるでしょう。例えば、アメリカ大統領は宣誓の時に聖書に手を置きますが、仏教徒がアメリカ大統領になる時にはどうするんでしょうね。

私は何も日本人を一人残らずキリスト教徒にしようと思っている訳ではありません。この一連のエントリーは、仏教徒とキリスト教徒がどちらも満足するような葬儀の様式について考えを巡らしているだけです。

その意味では、rebunさんや、以前同様にコメントくださったragarajaさんの指摘はとてもうれしいものです。またよろしくお願いします。

rebunrebun 2011/10/16 10:07 丁重なエントリー有り難うございます。私の意見に対し深い思考の上で論述されています。有り難うございます。もう少し書かせていただきます。

>私はキリスト教徒ですけれど、同時に(民族的にも社会的にも経験的にも)日本人なんで、

誠に申し訳ありませんが、信じる宗教が違えば異民族として扱う。これが世界の常識です。日本の場合神道と仏教が習合し、また両宗教の特性もあり、宗教上の違いをことさら際立たせることはありません。ですから宗教(神道と仏教、仏教間の宗派違い)が問題になることはほとんどありません。神道と仏教自体考え方が近いですし、仏教においては、「宗論どちらが勝っても釈迦の恥」と古来より言われます。ですから日本人は宗教の違いを明らかにすることを嫌います。しかし、これは日本の伝統宗教に限ったことであります。全く違う価値観の宗教すなわちキリスト教になりますと、正直に申しますが日本的価値観で共存は不可能でしょう。となれば世界標準の考え方を取り入れなければならない。世界標準の考え方は、宗教が違えば民族そのものが違う。このようになります。外国では宗教が違えば、宗教行事に接点がありません。またそうしないと宗教紛争になります。我々日本人とキリスト教徒とキリスト教徒の方々が調和的に共存するには、お互いの宗教行事に関して不干渉であらねばならないと思います。葬式等の冠婚葬祭は、最低限の儀礼にとどめたほうが問題にならないと考えています。

>日本のキリスト者は信教の自由を謳歌していると思います。けれども、キリスト者になってみると、それまで当たり前だと思って気にもしなかったことに結構気づいてしまうんですよ。

>もちろん、キリスト教国に行けば、逆のことがあるでしょう。例えば、アメリカ大統領は宣誓の時に聖書に手を置きますが、仏教徒がアメリカ大統領になる時にはどうするんでしょうね。

冷たいことを申しますが、どこの国でも当事国の伝統宗教ではない宗教を信じるのであれば、ある程度の不都合を甘受しなければならないと思います。日本くらい宗教の自由が保障されているのでしたら、問題はないかと思います。

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2011-10-06

[][]ジョブス死去 21:24 ジョブス死去を含むブックマーク ジョブス死去のブックマークコメント

とうとうこの日がきた。

「終わりの始まり」だという悲観的な意見は、既にジョブスが10月のプレゼンをせずにCEOを辞任した時点から言われていた。

ところで、こんな動画を見た。Apple Futureshock

iPhon4Sに搭載されるsiriときわめてよく似たデバイスの登場するこの動画の設定が2011年の9月16日であり、siriの発表された10月5日と半月ほどしか違わないことが驚きとして受け取られている。しかしそれ以上に驚きなのは、iPhoneのイメージが、既に四半世紀前から揺るがずに存在していたことである。Apple社は実に24年もの間、ある一つのイメージを追求し続けたことになる。それは、「携帯でき操作が直観的な作業支援ツール」である。そもそも、AppleIIやMacintoshがそうである。Newtonなど早すぎたipod以外の何物でもない。PowerBookDuoとMacBookAirが様々な機能を大胆に切り捨てているのも同じ思考だ。

さらに、Apple社は(一時期をのぞいて)頑に、OSだけを販売することを拒否してきた。彼らが作っているのは、ハードとソフトではなく、一つの完結した道具であり、使用者は中身の仕組みを気にせずに直観的に使うことができなければならなかったからである。

そんなAppleの哲学もジョブスの死去によって忘れられ風化していくだろうというのが、冒頭に述べた「終わりの始まり」をいう人々の根拠だろう。けれども、私が件の動画で驚いたのは、それが、まさ1987年という年に作られていることである。つまり、ジョブスが居ないアップル社がこの動画を作っているという事実である。ジョブスは1985年から1997年までアップル社を追放されている。件の動画も、Newtonも、PowerBookDuoも、ジョブスが作ったものではない。

ジョブスが居なくても、Apple社は自分たちが何を作るべきかをよく知っているのだ。もちろん一企業としてのApple社は永遠に続くとは思わない。けれども、ジョブスが死んでも仮にアップル社が死んでも、アップル社とジョブスが目指したものは死なない。

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2011-09-15

[]代案 16:03 代案を含むブックマーク 代案のブックマークコメント

リビアでカダフィ政権が(ほぼ)支配権を失った。気がつくと、新しい指導者がいて新しい国旗を振っている人々がいた。国旗の方はどうやらかつての王政時代の者であるらしい。アフガニスタンのタリバン政権が倒れた時も、(失礼ながら)どこからかカルザイ師が表れ、新しい国のリーダーとなった。国旗もすぐに新しいものが作られた(これも、以前の国旗のデザインを踏襲したものらしい)。

転じて、政権が倒れて出てくるのは、見たことがある顔ばかり。しかも、「与党慣れしていない」とか宣う。政権を担おうと思うのなら、すぐに代わりとなれるようにしておかなきゃダメじゃないの?

あと、日の丸反対とか言ってる人は、今の内から代わりの国旗を作っておいた方がよいよ

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2011-09-14

[][]弔う事について 15:26 弔う事についてを含むブックマーク 弔う事についてのブックマークコメント

先日、キリスト教と葬儀についての講演会があった。ぜひ聴きたかったのだけれど、残念ながら都合で出席できなかった。本当に残念。

というのも、このところ、やはりキリスト教の問題は葬儀、その根底にある死生観が日本の感覚と決定的に相容れない事にあるように思うようになったからだ。

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rebunrebun 2011/10/14 18:31 お久しぶりです。少し引っかかる表現がありましたので、書かせていただきます。
>、「手を合わせる」と言う最低限の挨拶をすることで、相手との人間関係を整理しておく。

「整理」という表現にどうも違和感を感じます。私ども日本人は、哀悼の念を持って手を合わせるのであって、自分の心を整理するために手を合わせるのではありません。整理するために手を合わせるのであれば、自分自身のことだけしか考えていないことになります。自分自身の心を整理するために手を合わせるのではなく。故人を想い、故人の気持ちを忖度するのです。勿論結果的に自分自身の心を整理することにはなりますが、これが始めの目的ではありません。

キリスト教徒の方と話をしますと、どうも日本人の価値観を誤解している人が多い。キリスト教徒の方はキリスト教の価値観で人生を全うされるとよいわけで、日本人の価値観に踏み込まれるのは如何かと思います。もう一つ、日本はキリスト教を受容しています。憲法で信教の自由が認められています。ですから、キリスト教の教会が沢山存在しているのです。何を信じるかは、個人の自由です。日本人を無理矢理キリスト教に改宗させようとして、キリスト教の理念を曲げでしまっては、かえってキリスト教の魅力がなくなるでしょう。憲法で信教の自由が保障されているのですから、それぞれの宗教が、それぞれの主張をし、日本人一人一人が選択すればよいだけではないでしょうか。

bow-whobow-who 2011/10/15 06:37 rebunさんどうもです。
ご指摘を受けてエントリを起こしました。今日中に投稿します。
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