2011-03-03
偽計業務妨害
携帯電話でカンニングをした受験生は、
<b>偽計業務妨害罪</b>の容疑で捜査対象となっているらしい。
僕は、正直、あまりこの罪名がピンとこない。
偽計業務妨害というのは、典型的には、
他所の家の家人を騙って出前を注文する電話をかけ、
蕎麦屋に余計な労働と損害を与える行為なんかがあたる。
偽計というのは人の錯誤(勘違い)を利用することなどで、
業務というのは、ちょっと堅苦しく定義をすれば、
「人の社会生活上の地位に基づいて継続する事務・事業」
なんていってるけど、
要するに「お仕事」ということ。
入学試験というお仕事に対して、
騙すような行動をしたということで、
このカンニング行為は「偽計」や「業務」にあたるのは
基本的に問題はないだろう。
まあ、国立大学の場合、
公務執行妨害罪との関係が問題になるけども、
警察官などの権力的な公務であれば
公務執行妨害罪だけが成立すればよく、
業務妨害罪の保護はいらないってことも言いうるけども、
私立大学と変わらない仕事なんだから、
独立行政法人かどうかなんて問題にすることなく、
「業務」性は認めてもかまわないだろうな。
でも、「妨害」ってのはどうだろう?
偽出前注文なら、
明らかに蕎麦屋の営業を邪魔してる面がある。
余分な蕎麦を作って関係ない家に運ぶ手間がある。
その間は他の仕事ができない。
それに対して、カンニングは入試の「妨害」になるだろうか。
見つけたらつまみ出す程度の余分の仕事は増やすだろうが、
試験中や採点作業で決定的な影響は出るだろうか。
実際、
<b>「カンニングや替え玉受験は
偽計業務妨害罪を成立させない」</b>
と明言する教科書もある(西田各論など)。
今回のように話が大きくなると、
さすがに余計な仕事が膨大に増えているだろうけど、
それすらも採点作業の一環といえないこともない。
とりあえず、警察が捜査に乗り出すには、
「何かの犯罪にあたるかもしれない」
というのが必要だ。
その意味で持ち出したのがこの犯罪だったと。
だけど、これを検察は起訴するか、
裁判所は有罪とするか、
法律家の判断は必ずしも確定はしていない。
(未成年ならそもそも起訴されない可能性が高いけど)
偽計業務妨害罪補足
ちなみに、このような、
<b>カンニング行為が偽計業務妨害罪の「妨害」といえるか</b>
という問題は、
講学上は(教科書の上では)、
<b>同罪の「妨害」とは、具体的侵害結果を要するのか、
それとも「妨害の危険」が発生すれば足りるのか</b>
という形で論じられているようだ。
通説は同罪を危険犯、
つまり妨害にあたりうる行為があれば良く、
実際に妨害されたかどうかは厳密に考えなくて良い、
とする。
蕎麦屋が嘘を見抜いて電話を無視しても同罪は成立すると。
その意味で、一応、今回の件が実際に起訴されても
裁判所も有罪にする可能性はあると予測される。
それに対して、反対説が、
同罪の成立には具体的に業務が妨害された結果が必要である、
と主張する。
判例も、実際には、事実認定として妨害結果を確定して、
量刑などの要素にしているという指摘もある。
つまり、カンニングによって、
実際に大学の事務が妨害されたことを要するかどうか、
という点で結論を分ける、
というのが従来の刑法学の議論の枠組みだ。
ただ、その議論の仕方も僕には釈然としない。
危険犯だといっても、
とりあえず「危険はある」といえる必要はあるはずで、
仮に
「カンニング行為はとくに妨害と呼べるような状況は発生させない」
と考えるのであれば、
そもそも危険だってないということになる。
なら、反対説はおろか、通説からも、
「妨害」とはいえないとするのが自然だ。
同罪が危険犯か侵害犯かという問題の立て方は、
カンニングへの同罪適用の有無を考える上で、
必ずしも関係がない。
そもそも、
<b>入試の事務には、
カンニングを発見し、不正受験者を不合格にすることも、
その内容に含まれるのでは?</b>
確かに大学関係者は余計な仕事を増やされたけど、
それも当然なすべき仕事だとすれば、
「妨害」の結果そうなったとはいえない。
作る必要のない蕎麦とはかなり違う。
昨今、警察への悪戯電話(偽犯罪予告)に
同罪を適用しようという議論があり、
どうも同罪を万能に扱おうという雰囲気が感じられるが、
それでいうなら、
同罪になるのは「偽カンニング予告」だろう。
実際に犯罪を起こすことを警察に対する業務妨害と言う人間はいない。
携帯電話入試 1
携帯電話を使ってカンニングをした奴がいたことが発覚して以来、
「いかに携帯電話を試験中に利用させないか」
という話題ばかりが飛び交ってる感じ。
<b>携帯電話で調べるくらいで根底が覆されるような、
程度の低い試験しかしてこなかった</b>
という部分の反省はあまりされてないよね。
膨大な情報を扱えるツールが
ポケットに持ち歩ける時代なんだから、
暗記した知識を多少その場で応用する程度の試験で、
人の一生を左右しようなんて厚かましい考えは、
もはや通用しないと思うべきなんじゃないかな。
受験勉強としていっぱい知識を詰め込んで、
思考力が試されているようでも結局は
その解法を覚えているかどうかしか試していない。
そんなスキルを身につけたとしても、
携帯電話を操るだけで簡単に乗り越えられてしまう。
もちろん、今までの試験だって、
頭のよさや能力の高さは試験できる。
試験範囲を一定に絞りつつ、
その範囲内の知識についての情報を
自分の頭の中で整理する能力を試すことで、
それができる人間は頭がいいと推定することができるから。
言ってみれば、
競走馬に目隠しをして
予め教えておいた競走場のコースを走らせるようなもの。
受験生の人格を無視し競走馬扱いすることで、
優秀な能力をピックアップしてきた。
目に見えて優秀じゃない者はゴミのように捨てることで。
教育というのは人格形成のために行うはずなのに、
そういう試験に勝ち抜くことだけが求められる仕組みが作られ、
むしろ教育によって人格が塗り潰され続けてきた。
結果的には大失敗に終わった「ゆとり教育」だけれども、
出発点はまったく間違ってない。
試験のために膨大な情報量を処理することだけを覚える教育は、
あまりに非人道的だという人間として当たり前の感覚がそこにあった。
ゆとり教育が失敗だったのは、
人格形成の代替手段を提示できなかったからと、
限られたパイを奪い合う競争社会を変えることができなかったからだ。
携帯電話というツールは、
そういう箱庭の教育をひっくり返してしまった。
箱庭の中から箱庭の外に簡単にアクセスできるようになったことで。
携帯電話入試 2
「彼(彼女)」のした行為は、
アンフェアであることは確かだ。
箱庭の中におとなしく囚われている他の家畜たちを、
自分だけ箱庭の外に飛び出すことで、
出し抜こうとしたわけだから。
決して許されることではない。
だけれども、そのこと自体を責められる人間は、
せいぜい同じ場所で試験を受けていた人間だけだ。
すでに試験を乗り越えた人間が言うのでは、
たとえ現役のときにいかに苦労をしていても、
安全な場所から物を言っている面が否定できない。
受験生は箱庭に監禁され、
目隠しして走らされるレースで結果を出せなければ、
すべてを失ってしまいかねない。
少なくとも、試験のために費やした人生の時間を無にする。
やってることは、
携帯電話一個で何とかなるような内容のレースだ。
人格ある競走馬からすれば、
なかなか納得のいく話とはいいがたいのではないか。
実際問題、今の大学入試をパスした人間と、
ちょいと姑息な手段を使ってパスした人間とを、
大学入学後に区別することができるだろうか?
断言してもいいけど、
今の大学教育の仕組み、
少なくとも学部段階の仕組みでは、
正当な合格者と不正合格者とを区別することなんかできない。
一方はきらびやかな人生。
一方は挫折した人生。
分けるのは携帯電話1個でダメになるルール。
基本的に僕も受験生なので、
この日記は明らかに今の我が身を省みる話が多く含まれるけど、
少なくとも司法試験は
たった1日でやり終えられるような、
90分の試験数科目みたいなものではないし、
試験に合格する力がないのでは修習所や実務をこなせるわけがない、
と一応は思うことができる。
携帯電話を使っても、
今回の事件以上になかなか役には立たないだろう。
大学入試でやってることは、
もんのすごく偏差値の高い大学であっても、
試験時間中にネット上で誰かが答えを教えられるような
(正解不正解はともかく)、
そういう程度のものなわけだ。
もう、こういう選抜の仕方は、
考え直す時期に来てるんじゃないのかな。
教育の仕組み自体を変えるべきなんじゃないのかな。
今度の事件が示唆することは、
決して不正防止に万全を尽くすべき、
なんてことじゃないと思うんだよね。