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小野俊介 サル的日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-05-14

草しか見えない

もう夏が来たのかと思わせる陽気だが、皆さんお元気? このまま真夏に突入したら、10月まで半年の間汗だくの日々となる。 今無料出張講義をやっている某社のネパール出身の方が 「ネパール気候が相当に変になってますよ」 と言っていたが、地球全体がグダグダになっているのだろう。

今日は東大生協学食でハンバーグ定食を食べたのである。 400円くらい。 この学食、半年間ほどの改修工事を経て、この4月から新装オープンした。 明るくなったし、きれいになったし、言うことないよ。 壁なんか真っ白だもん ・・・ ん? でもなんか違和感があるぞ ・・・ うーん、何かが変わったような、変わってないような ・・・ あ、そうだ、絵だ! 運動とヒトをシンボリックに表現した躍動感のある抽象画。 あれがなくなったんだ。 あの絵、どこに行ったんだろう?(棒) よし、生協さんへの一言メモで質問してみようっと。

「えーっと、あの大きな絵はどこに行ったのですか?」(笑)

正直に告白すると、私は絵が無くなったことにまったく気づかなかった。 あの絵の存在を覚えていて、生協さんに絵の行方を最初に尋ねたヒトは、はっきり言って、すごい能力の持ち主だと思う。 皆さんもそう思わない? ふだん行きつけのラーメン屋に貼っているポスターとか、スタバの壁に貼ってる不思議な絵とか、覚えてる? 旦那さん・奥さんの今の髪型、描ける? 家の中に飾ってあるひな人形五月人形に変わったことすら気づけないサル的なヒトにとって、その手の記憶力はもはや超人のそれである。

物忘れが激しいのは、しかし、私だけではないよね。 たとえば、ほれ、政府なんてのはずっと記憶喪失である。 記憶がまったく無いから、何十年間も同じ政策を繰り返す。 政府だけじゃなくて、国民も昔のことなど何一つ覚えてない。 過去の政策なんて誰一人覚えていないし、それを政府に思い出させようとする人もいないから (誰も成果を評価しないし、失敗を指摘しないんだもの)、まるで新ネタのような顔をして政府は同じネタを出し続ける。 ほんの少し名前を付け替えて。

たとえばこれ。2002年の時点での政府イノベーション推進策とやらをまとめた自分の過去のスライドを眺めていて驚いた。

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うーむ。 この頃からずっと、政策に進歩も進化も反省もない感じが ・・・ 「今後5年間、集中的にイノベーションを推進するのぢゃあ!」 と言ってから、今は何度目の 「集中的な5年間」 だろう。 羽毛布団よりも軽い 「集中的」 (笑)。

ご飯食べたことを忘れて何度も何度も 「ご飯食わせろ!」 と呟くボケ老人。 介護者もボケてるから、ご飯を食べさせたかどうかを忘れて、何度でもご飯をボケ老人に食わせる。 悲劇か喜劇かわからんが、それがニポンの伝統である。 こんな国に競争力 (意味不明な概念だが) とやらがあるわけなかろう。(注 1) でもこれって、とりあえず目先のおいしいメシの種を身内・お仲間だけで確保し続けることに命をかけるタイプの権力者・既得権者にとっては、サイコーに素晴らしい伝統ではあるな。

(注 1) むろん、お上に頼らず好き勝手にやってる人たちは元気である。 あと、お上を実質的に乗っ取っている (regulatory capture といいます。 昔の映画 「ボディ・スナッチャー」 のイメージ) 資本主義の権化のような一部の業界・会社も、実は国の政策なんぞ気にせずに好き勝手にやっているから、元気。

*****

最近、草にハマっている。 草って、草だよ。 道端に生えているやつ。 雑草。 草花の名前をあまりに知らない自分がイヤになって、本を買って勉強を始めたのだが、完全にハマってしまった。 草に心を奪われてしまったサル的なヒト。

「あ、あれはナガミヒナゲシだ! おおっ、ケシ坊主のミニのようなのがかわゆいぞ」
「お、こいつはカモジグサ。 毛がフサフサしてるからな。 隣のちょっと粒粒っぽいのはスズメノカタビラだよね」
「ムッキー、オオイヌノフグリ、はけーん!」

などとブツブツ呟きながら、日々通勤している。 気持ち悪いジジイである。 が、心の底から楽しいのだからしようがない。 大目に見てはくれまいか。

とにかく足元にしか目が行かなくなった。 ヒトの顔などここ数週間見た記憶がないが、脂ぎったおじさんの顔など見たくもないのだから何ら支障はない。 テレビのニュースやワイドショーでよく現場からの中継があるのだが、そのときにも現場のレポーターの足元に生えている草にしか目が行かないのである。 「ああっ、レポーターの足元に生えている草! あれはカヤツリグサだ!」 とか。 ビョーキですね。

でもね、それでいいのよ。 僕は、日本人古来の素養を欠いたまま、恥ずかしい思いをして五十余年も生きてきたのだ。 あと数十年で死ぬのだから、臨床研究法だの、スパースモデリングだの、GMM推定の漸近分散分散行列の形だのという、くだらないことをこれ以上学んでどうする。

そんなものよりも、まずは、草だろ。

草の名前を覚えることは、日本の歴史・文化を学ぶことと同義である。 万葉集以来の素晴らしい詩歌の背景を知ることができて感銘を受けたりもする。 サル的なヒトのブログとは思えない高尚な記述であるな。

いずれにせよ、草は、僕のような貧乏人にぴったりの趣味でもある。 金はかからないし、楽しいよ。 ぐろーばるに活躍して、コガネを貯め込んでいる業界の方々は道端の雑草になんぞ興味ないんだろうね。 かわいそうに。

*****

あ、こいつを紹介するの忘れてた。 トム・クルーズ様のちょっと前の映画。 「バリー・シール」。 草は草でも、ちょっとヤバめの草がたくさん出てくる映画である。

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トム・クルーズ様が出ているのだからサイコーの映画に決まっているのだが、単なる能天気なサイコー映画とは違う。 人生の光と影のコントラスト、皮肉がスパイスとしてよく効いている。 未見の方はぜひ。

2018-05-01

うどんの味にこだわらない

あー、なんて気持ちいいお天気なんだろう。 大学構内の木陰で、のんびりと神取先生の新刊のミクロ経済学の問題集をパラパラとめくりながら 「ああ、天国! 大学っていいなぁ」 などと呟いているサル的なヒト。 でもニポンって過ごしやすいこんな季節はほんの数週間だけ。 すぐに真夏の炎暑に突入するんだよな。 脇汗べっとり、顔面からにじみ出る脂汗の通勤電車地獄の季節ももうすぐ。

で、読者の皆さんはお元気でしょうか。 連休中にこんなブログを読んでいる方々はさほど元気ではないのかも。 もうこの先は読む必要はないですよ。 どうせくだらないことしか書いてないから。 筆者がそう断言するのだから間違いない。 パソコンの電源を切ろう。 外に出て散歩しよう。 野良猫とかくれんぼしよう。 スズメさんに餌をこっそりやろう。 クマ蜂のオスを捕まえよう (メスを捕まえると大変なことになるからな。 気をつけろ)。

・・・ ほらね、皆さんがすべきことはたくさんあるでしょ。

あ、携帯・スマホは持つなよ。 あんなものを連休中に肌身離さず持っているのはバカだけだから。

前々回のブログで 「ギガを消費するのがイヤなので、スマホの電源は基本オフにしてるから。 緊急事態でもつながらないよ」 と携帯からの解放宣言したサル的なヒト。 実はそこからさらに進化したのだ。 ここ数週間、スマホそもそも持ってない。 どこかに置きっぱなし(笑)。

だってさ、スマホって無用に重いんだもん。 胸ポケットに入れておくと、ポケットがずっしりと重くなってダラーンと垂れて、気持ち悪い。 気持ち悪いだけじゃなくて、乳首を圧迫して、擦れて痛いのよ、あれ。 そんなこんなで、そもそも外出時にスマホを持たなくなったのである。 それで何ら不自由しないし。

これってもう解放宣言どころの話ではない。 ケータイからの独立宣言である。 コンコードの戦い以来、長い年月を経てついに 「すべての人間はケータイから独立した存在である」 という憲法前文に至ったのである。 初夏の緑に包まれたコンコードの美しさを思い出す。

以前、宇宙物理学のS先生が 「自分はケータイは持たないのよ」 と言ってるのを聞いた際に、「宇宙の成り立ちやダークマターとかいう訳の分からん壮大なものを研究してると、ケータイなどというくだらん代物には興味がなくなるのか ・・・」 と感心した記憶がある。 2018年春、俗物界をきわめたサル的なヒトも、紆余曲折を経て、ついにその精神的高みに至った感がある。

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今日のお昼。 学食釜玉うどんを食べようと思ったのである。

いつものように 「釜玉うどん、お願いします」 と頼んだら、麺のカウンターにいたのはいつものオバちゃんではなく、若いにいちゃん。 「はい、釜玉うどんですね」 と答えてはくれたが、なんだか頼りない。

自動麺茹で器にうどん玉を恐る恐る入れるしぐさがすでに危ない。 麺が茹で上がる間にどんぶりに汁 (つゆ) を入れて準備をするのだが ・・・

ん? それ、いつもおばちゃんが入れてる茶色い汁ぢゃない気がするぞ。 気のせいかな? ・・・ あ、その後にまた白っぽい液を入れた ・・・ そんなもの、おばちゃんは普段入れてない気がする ・・・

だ、大丈夫か? このうどん ・・・ (゜Д゜;)

不安な顔をしているサル的なヒトなどお構いなしに、にいちゃんはその中に茹で上がったうどんを入れる。 半熟卵とネギと天かすが乗って、「はい、お待ち!」 と出てきたのである。

見た目はいつもの釜玉うどんである。 大丈夫かもしれん。 いや、仮に大丈夫じゃなくても、うどんの味ごときで四の五の言うようでは人間としてダメである。 そんな小さな奴が世の中を変えるような大きな仕事を成し遂げられるわけがなかろうが。

心はいつも太平洋ぜよ。 なぁ、竜馬。 いつもと違う味のうどんもまた良かろうぞ。 異国の味がするやもしれぬ。 フフフ

テーブルについて、おもむろにうどんをすする。

・・・

こ、このうどん ・・・ 

・・・ 味がまったく無い ・・・ (;д;)

*****

あのにいちゃんが入れた2種類の汁は、一体なんだったのだろうか。 それが当面のパブリックヘルス的懸念である。(注 1)

(注 1) なーんて意地悪なことを書いてはいるが、気にすんなよ、若い衆。 いーのよ、別に。 人間、若いうちは失敗するもんだ。 味がしないうどんを食わせたくらいで客は死にはしないから。 大いに失敗して、大いに怒られて、立派な大人になれよ。

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冒頭に挙げた神取先生のミクロ経済学の問題集、興味のある人はどうぞ。 というか、まずは教科書の方を買ってくださいね。 初学者向けの名著だよ。

ミクロ経済学の技

ミクロ経済学の技



連休だから、こいつも欠かせない。 二年半ぶりの新作。

よつばと!(14) (電撃コミックス)

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2018-04-15

底を抜かない

お上が大好きな皆さんにも、さすがに分かったでしょ? このニポンという国、完全に底が抜けていること。 政府・企業の不祥事の数々。 次から次に温泉のように湧いてくる。

だいぶ前から実態としてのニポンの底が抜けかけていたことは疑いがない。 しかし何十年もの間、お役人は国の体裁として守るべき最後の一線は守ってきた。 だからこそ私たちはお上・お役人を (好きではなくても) 信頼はしてきたのである。

ところが、あの国会答弁。 公務員 (大臣を含む) が 「決裁文書? あんなもの全部読んでるわけないでしょ?」 などと国民に向かって言ったら、行政の、そして法治国家体裁はもはや崩壊してる。 身も蓋もないことは (歯を食いしばってでも) 言わないのが公務員の役割であり、責任だろうが。 役人の矜持はどこに行ってしまったのだ?

「決裁文書に書いてあることを実際に決裁者がどのくらい理解しているか?」 はむろんタテマエ論ではすまない話である。 それはたとえば行政組織論社会学心理学などの文脈で、専門家が本気で追究すべき課題であろう。 そうした文脈などおかまいなしに、公務員自身が、こともあろうに国会で 「あ、俺、決裁文書の内容なんて理解してないし。 忙しくて決裁文書読む時間もないから」 などと言い始めたら、終わりなのよ。 社会が。

PMDAの審査官が 「ホントは私、薬効評価なんて知らないんです。 だって薬の開発なんて携わったこと、一度もないから。 テヘ」 と言ってたら、終わりでしょ? 実際、そういうことを真正直に人前で話す若手審査官は後を絶たないが、その都度上司から厳しく叱責される (はずである)。 よく知られた話だが、そりゃ叱責されて当然である。

もっとも、本来 「規制当局の人たちって、ホントに審査能力があるの?」 「この数十年の国の医薬品開発支援政策はホントに成果を生んでいるの?」 などと声を発しなければならないのは、ほれ、れぎゅ〇とりーさいえんすとやらの専門家のはずである。 これらの問題は政策科学的にきわめて重要 (誰か否定する人がいる?) だし、評価・対応には科学的なアプローチが必要だ。 が、その手の専門家って、忖度して、その手の重要な課題については何一つ触れないのな。 科学者のくせにタブーがあるなんて情けない。

そうした専門家の情けなさと上述の正直すぎる若手審査官の情けなさは、ニポンの医薬品行政の伝統的な脆弱さの表と裏である。

弱点を克服できないニポンの医薬品規制の世界の底は、いずれまた、抜けるかもしれない。 ここ数十年、数々の薬害事件や不祥事で何度も抜けたように。 しかし、これだけ何度も抜けて、何度も作り直したのだから、ニポンの医薬品規制の底は、他の行政領域よりはしっかりしているはずである。 そう信じたい。 がんばれ、医薬品の世界のお役人。 矜持をもって働いてください。 こんな政治的状況だからこそあえて応援するのがサル的精神。

お役人だけではない。 みんなね、落ち着こう。 自分にできる仕事をコツコツと。

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東大構内ってホントいろんな生き物が生息している。 あ、サル的なヒトは別にして。

数か月前の夜。 帰宅しようと赤門から少し離れた通用門へ向かっていたら、なんだか大きな丸い物体がノソノソとこちらに向かって歩いてくる。 誰かが犬の散歩をさせているのだろうと思い、飼い主の姿を探したが、姿が見えない。 こちとら根っからの動物好きなので、それはそれで嬉しくて 「オーよしよし、こっちにおいで。 おぢさんが抱っこしちゃるぞ」 と思って手を差し出したら ・・・ せ、節子。 こいつ、犬やない。 タヌキや。

でっかいタヌキのようなヤツが、人間様の通路をのっしのっしと歩いておる。 こちらが目を丸くしてる間に、そいつは私の足元10センチくらいのところをすれ違って、構内の奥へと歩き去っていったのであった。 なんと堂々とした態度。 まるで家人トトロを彷彿とさせる体形、貫禄である。

今思うに、あれはタヌキではなくて、ハクビシンあるいはアライグマではないか。 目撃者、他にもいるはずである。 情報ください。

昨日はまた別の生き物が医学部のあたりに。 やはり夜8時ごろ、目の前を横切ったのは、先日のタヌキとはだいぶ違う細長い体形の素早いヤツ。 おおっ、あれは ・・・ イタチかフェレットだ! 暗くて識別ができないけど。 どこかから逃げたか、誰かが構内に捨てたか。

ネズミ (実験室から逃亡したヤツも野生も) は昔から時々構内で見かける常連である。 ワンコは散歩中のやつらが掃いて捨てるほどいる。 野生じゃないけど。 カラス東京中にいるから別格。 そして、大学構内といえばこいつら。

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春になるとデローンと緊張感なく延びるのがニャンコの特徴である。 かわゆいのぉ。

虫さんもたくさんいるぞ。 薬学部そばの花壇ではクマバチがコロコロと転がるように花粉と蜜を集めてる。

春の大学構内は生き物がたくさん活躍していて、とても幸せな気分。 これで人間という醜い生き物が一匹もいなければどんなに素晴らしいことだろう。

*****

久しぶりに最後まで安心して見ていられる (つまり、お話としてきちんと起承転結が成立している) ホラー映画に出会う。 「Get Out !」

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ここまで見事に人種差別を手玉に取るとは、この監督、相当に腹が据わった偏屈者である。 素晴らしい。 映画の中で、名誉白人扱いされているニポン人の扱いがお見事。 哀れな名誉白人ならではのセリフをニポン人のじいさんが吐いてくれるので、ぜひ皆さんも楽しんでください。 外資系企業で働く人たちも 「あ、これ、私たちニポン人が言いそうなセリフだ」 と気づくと思うよ。

あからさまな差別主義者トランプが大統領になってしまったので、監督がエンディングを差し替えたらしいが、それも見ていてすぐに分かりましたよ。

この映画、特に米国で暮らしたことのある方々におすすめ。 良質の (笑) B級ホラーです。

2018-04-06

スマホはサルをも解放する

スマホデビューしたのである。

ガラケーが壊れてしまった。 液晶ディスプレイが真っ黒になって何も映らない。 つまり何一つ操作ができないのである。 電源が入っているのかすら分からない。 これはもうダメだ、スマホに買い替えようと、家人とともに渋谷ドコモショップへ。

私とてインターネッツの時代を生きるサルである。 ドコモが最近いろいろな料金プランを提供していることくらいは調べて知っておる。 そう、ギガ ってやつだ。 家族で ギガ をシェアすると安くなるのな。 何のことかよく分からんが。 あと、ドコモの機種限定・囲い込み戦略に乗ると、また少し安くなる。 わが家は子供だけがスマホで、親がガラケーというよくあるパターンなので、トータルで毎月の支払い総額がかなり減るぞ、これ。

で、渋谷ドコモショップに行く。 相当に混んでいる。 番号札を取って待っていると、最初に用件を聞く係のにいちゃんが寄ってきて、ぞんざいな口調で話しかけてきた。

にいちゃん: 「ご用件は?」
サル的: 「ガラケーからスマホに代えたいんですが、契約のことが分からなくて・・・」
にいちゃん: 「あー、とにかく機種決めてください。 機種。 それで待っててください」

と言うなりどこかに行ってしまう。 「忙しいのに、何をトロトロしてるんだ? このジジイたちは」 というオーラ丸出し。

こっちとしては、ドコモの機種限定・囲い込みプランとそうでないプラン、それらの内容を比較して、どちらが得かを考えないと機種が決まらん ・・・ のだが、店員のにいちゃんはこちらの話をまったく聞こうとはしない。

家人と二人、ファンシーな最新機種を眺めながら 「困ったね、どうしようか」 と悩んでいると、5分後くらいにまたそのにいちゃんが寄ってきた。

にいちゃん: 「機種、決まりました?」
サル的: 「いや、あのー、よく分からんのですが、家族が既にスマホなので、ドコモ with っていうのにして、セットでどういう契約にすれば安くなるかを教えてもらいたくて ・・・」
にいちゃん:
「はぁ? ガラケーからスマホにしたら値段は高くなるに決まってるでしょ? 安くなるわけないじゃないですか」

サル的: ムカ・・・(-_-メ) 

プッチーン ・・・ と何かが切れましたね、久しぶりに。 こいつ、客商売やっている自覚がまったくないのな。 しかしまぁ百歩譲ってそれは許そう。 こちとらなんせ大学教員という因果な商売をやっており、近頃の若いにいちゃんが礼儀知らずなのはよく知っている。 私が本格的にイラついたのは、この男が自分の会社の商品をろくに知らないってこと。 まともに仕事をやる気がないってこと。 社会をなめてやがる。

しかし私は人間 (human being) みたいに醜くて凶暴ではない。 冷静で心優しいサルである。 「おまえ、客に向かってその態度はなんだっ! 店長呼べ、店長!」 などと騒いだりはしない。

「店を出よう」 と家人に目配せをする。 家人も僕がブチ切れているのが分かっているので 「うん、帰ろう」 と一緒に店を出た。

で、その足で近くのヤマダ電機へ。 高飛車ドコモショップ店員と違って、この手のお店の店員は腰が低い (一般論)。 ドコモのジャケットを着てる店員のにいちゃんに、先ほどと同じように料金プランの分からない点を尋ねたら、一瞬で分かりやすく答えを教えてくれて、さらに、わが家向けに最も安い料金プランを提示してくれた。 すべて解決

結局、ドコモが宣伝している新しい料金プランにしたら、家族トータルの支払い額が従来よりもだいぶ安くなった。 当然である。 安くなるから 「安くなる」 と宣伝してるのだから。

で、そのままヤマダ電機スマホ買って、手続き一式して、相当にいろんな特典 (含ポイント) つけてもらって、サル的なヒトもご機嫌になって。

そんな感じのスマホデビューであった。

*****

こういう経験をたまにするのは良いことだ。 独占・寡占企業やお役所のサービスがいかに歪むか、つまり、トランプを含むネオリベ (libertarianism) 系の人たちが 「もっともっと競争が起きるようにしろ! そうでないと市場・社会が腐る」 と主張することの意味が、生活実感として分かるから。 どちらかというと私は、ネオリベとは反りが合わない egalitarian 系のサルなのだが、「独占者・寡占者が効率においても倫理においても腐敗する」 という歴史的事実の認識においてはネオリベの皆さんに完全に同意する。

昭和を生きたジジイだから、腐ったサービスや旧ソ連を彷彿とさせる不愉快きわまりないお役人的対応の例は山ほど知っているぞ。 たとえば、国鉄電電公社。 昔は塩やタバコも専売店が決まっていて、そういった専売店の店主のオヤジがことごとく不愉快な奴だった。 お役所のサービスが高飛車で、かつ、根本的にお客さん(=国民)不在な臭いがプンプンすることは、規制産業の王様たる製薬産業の人たちは肌身に染みて知ってますよね (口に出しては言わないけど。 仕返しされるもんね (笑))。 最近では一般の方々も、歴史的に繰り返される不祥事・改ざん事件を前に呆れている。

ちなみにスマホ本体の料金も、まわりのお店に比べてドコモショップはべらぼうに高い。 むろんそれは何ら悪いことではない。 お金持ちにとっては1万円や2万円の価格差なんぞ気にもならないだろう。 ドコモ直営店という安心感 (意味不明ではあるが)にプレミアムを払う人たちもいるだろう。 僕もこれまでは 「ドコモ直営店なら、他の量販店とは違って、説明だけはきちんと丁寧にしてくれるはずだ」 と思ってドコモショップを使っていたのだが、今回の件でまったくの勘違いであることが判明。 サービスの質も悪いし、価格も高い。 そんな二重苦を抱えたお店にはもう絶対に行かない。

こういうことを繰り返して、次は別のスマホ会社に移るのかもしれん。 きょ、競争、バンザイ (・・ と力なくつぶやく egalitarian ザル)。(注 1)

(注 1) 逆に 「競争が激しすぎるせいで質が低下するのだ」 と主張する人たちもいる。 国際貿易や市場分析を学問としてやっている先生方のそうした主張はむろん傾聴に値する。 しかし電電公社由来の会社の横柄さについては、それが競争の結果として新たに生じたものであるわけがあるまい。

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それ以外にも、スマホデビューして分かったことがある。 それは、

私にはスマホは要らない ってこと(笑)

買ってから3週間くらい経つが、まだ1回しか充電していない。 なにせ一日中電源を切っている からな (笑)。 スマホって要は小さなパソコンである。 一日中パソコンの前で仕事をしている私にとっては、スマホの情報は不要、むしろ不愉快なのである。 電車では本を読まないと、ただでさえ悪い頭がもっと悪くなるし。

スマホって電源入れていると、バッテリー残量がやたらと減るのよ。 あとね、よくわからんのだが、スマホって使うと ギガ 食うらしい。 ギガ は減らすとまずいらしいから、スマホは使わないようにしている。

緊急時に私の携帯に電話をかけてきても無駄である。 電源、切ってある から。 ごめんね、みんな。 携帯メールも見てないから。

2018年 3月。 私はスマホを買い、ついに自由を取り戻した。

2018-03-23

若葉の頃

出勤を急ぐ朝、いつもの交差点を渡ったところで、自転車にまたがった中年のおじさんと赤いランドセルを背負った小学生の女の子が立ち止まっていた。 女の子は小学校の高学年くらい。 お父さんと娘さんだろう。 お父さんが女の子の頭を何度も撫でている。 通り過ぎがてら二人の顔をちらりとみたら、女の子は少しメソメソと泣きながら、下を向いている。 お父さんは、「がんばれよ」 といった感じで最後に髪を2、3回くしゃくしゃっと撫でた後、女の子のそばを離れ、自転車をこぎながら私を追い越していった。 仕事に向かうのだろう。 振り返ると、女の子は私の後を追うようにトボトボと歩いている。

ねぇ、泣きながらトボトボ歩いているキミ。 おじさんにはキミが泣いている理由は分からないけど、つらいよねぇ、生きるって。 息をしているだけでも辛い。 特に学校って、イヤだよね。 行きたくないよね。 みんなに意地悪されるし、いじめられるし。 悪口言われるし。 無理矢理同じことをさせられるし。 怖い先生に怒られるし。

おじさんも、小学生の頃からずっと学校に行くのがイヤだった。 50歳過ぎて、学校の先生になった今でも学校が大嫌いさ。 いつも意地悪されて、いじめられて、仲間はずれにされる。 学校がイヤでイヤで仕方がない。 毎朝、学校に行きたくなくて下痢してるもん。 たくさんの大人が働く会社というところも同じみたい。 毎日毎日、意地悪な奴らが弱いモノいじめをするんだって。 気が弱いヒトや、他人と見かけ・言うことが違うヒトは、いじめらて、仲間はずれにされて、の繰り返し。

でもさ、キミのまわりにはきっとやさしい人たちもいるよね。 キミを怖がらせずに、ニコニコ笑ってキミと話をしてくれる先生や友だちもいるはずだよ (もしいないなら、おじさんが話相手になってあげよう)。 あとさ、キミにはやさしいお父さんがいるじゃないか。 だいじょうぶ。

みんなが不機嫌な顔をして、何かあるとすぐに怒り出すイヤな世の中だけど、よく見渡せば味方もちゃんといるから安心してね。 この交差点にすらキミの味方がいるのだから (キミは気づいてないだろうけど)、キミの味方はきっとあちこちにいるはずなのよ。 さぁとりあえず顔を上げて、歩いてみようか。 トトロの歌をおじさんと一緒に歌おう。


歩こう 歩こう わたしは元気
歩くの大好き どんどん行こう!

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やたらと胸を張って、大きく手を振って、大股でノシノシと前を歩いていく奇妙なおじさんの後ろ姿を、あの女の子は笑ってくれただろうか。

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さて、今年も春がやってきた。 昨日と本日は大学の卒業式。 T君、Y君、N君、卒業おめでとう。 これからが人生の本番。 がんばってね。 なーに、社会なんてどうってことない。 僕は30年間も働いてきたからよく知っているのだが、これから会社やお役所で君たちの上司・先輩となる、見かけだけはやたらとエラソーなおっさん・おばさんたちの99%は、(君たちがよく知っているはずの) Heckman モデルも、内生性を調整した回帰分析の原理も知らない程度の連中なのよ (笑)。 哲学論理学における構成主義も知らないし、カントの 「物自体」 も知らない。 その程度の連中にビビる必要なんてまったくない。 胸をはって、気楽に、生き延びていこう。

つらいことがあったら、大学時代に散々無理難題を押し付けてきた、君の大学の指導教員を思い出しなさい。 あの傲岸不遜 (ごうがんふそん) なサル的教員と付き合えた君たちなら、たいていのアホ上司や同僚は何とかなるさ。 負けるなよ。

君たちのまわりにいてくれる人たち、特に家族に、感謝の気持ちを忘れずに。 「誰かが近くにいてくれること」 「誰かが君を思ってくれること」 の幸せを忘れずに。 僕は、君たち卒業生のことを数か月に1回は間違いなく思い出しているから (壁に卒業生の名簿が貼ってあるのよ)、安心して。 「いや、むしろそれは困る」 という奴がいたら、そんな奴は廊下に立ってなさい。

幸運を祈る。

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若葉の頃は、別れの季節。

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