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小野俊介 サル的日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-11-22

漁師による煙炭グルメについて少々

生協の本屋で立ち読みをしていたら、生協のおねえさんが電話で取次に発注を出していたのである。 部数からして、たぶん教科書の注文。

「えーっとですね、書名が 『りょーし えん・・たん ・・・ ぐるめんと』 です ・・ はい、『りょーし えんたん ぐるめんと』。 それを50冊お願いします」

・・・ (ーoー?)ハテ?

漁師 煙炭 グルメ ? ・・・ 農学部水産学科の講義のテキストだろうか? ずいぶんとディープな講義だな、それ。 漁師さんが取って来た魚を燻製にするための技術なんてものも、東大で教えてるんだ。 へー、さすがに すごいなぁ、東大。 学問の間口が広いなぁ、東大 は。

・・・ とマジで思ったのである (以上 0.27 秒)。 が、しばらくしてから解釈の誤りに気付いた。

あ、それって、りょーし entanglement の方ね。 「量子もつれ」 ってやつ。 原理はまったく理解できないが、量子テレポーテーションとかの理屈で出てくるヤツだ。 そうか、物理学関係の講義のテキストなのね。 納得 (以上 1.22 秒)。

・・・ 

・・・ ふふふ。 でもさ、それが漁師 entanglement だったらちょっとすごい感じだよね。 「漁師もつれ」。 「痴情のもつれ」 なんかと比べると、すごく正々堂々とした豪快なもつれ方をするんだろうなぁ。 鍛えられた筋肉と汗。 一本釣りの船上で飛び跳ねるカツオ。 なびく大漁旗とどこかから聞こえてくる和太鼓の響き。 ふふふ。
すごいな、漁師もつれ! ちょっと憧れるぞ、漁師もつれ!
(以上 3.81 秒)

・・・ なんか疲れてるんかなぁ、自分。

*****

オ○ジーボの薬価が高すぎるとメディアで叩かれまくっている。 確かに年間薬剤費の 3,500万円は、たとえば我々が普段のスーパーの買い物に持っていく金額ではないという意味では 「高い」 のだろうが、より本質的な問題は 「高い」「低い」 じゃないよね。 ポイントは、お上が、新薬の 「価格のようなもの」 を、「ルールらしきもの」 に従って思うがままにつけると必然的にこういう状況が生じる、ということ。 論じるべきは、「高い」 「低い」 という帰結だけじゃなくて、その帰結を導く 「決め方」 を、我々が納得しているのか、ということ。 

フェアか。 効率的か。 弱者にやさしいか。 自由・権利は守られているか。 コミュニティの価値観と一致しているか。 などなど。

効率の観点から論じるとして、もしかしたら、ニポンの薬価を、経済学の教科書に書いてあるような意味での 「価値のシグナル」 と誤解している naive (幼稚) な人たちが未だに多いのかもしれぬ。 あのね、ニポンの薬価なんてものは、価値とは無関係な、単なる決め事なのよ。 たとえば原価計算って、生産費用に事後的にマージンのせただけの代物。

「類似薬効比較方式って、似たような薬、つまり似たような価値の薬に似たような価格をつけてるんだから、価値のシグナルでしょ?」 だって? いいえ、まったくちがいます。 そんなもの、松山選手や石川遼選手のフォームを形だけ真似てプレイしたら、彼と同じスコアが出ると勘違いしているオヤジのようなものである。 同じスコアどころか、その辺のおやじが無理して松山・石川選手と同じスウィングしたら、たぶん、ろっ骨を骨折するよな。 日本の薬価制度、かわいそうにあちこち骨折しまくり(笑)。 ゴルフでは 「オレも松山選手と同一のスウィングをしよう!」 なんて勘違いをするオヤジはいないのに、薬価の話になると 「完全市場の競争の帰結を形だけ真似すれば完全市場のご利益にありつける」 などと勘違いしたオヤジがあふれかえるのがニポンの医薬品業界のレベルである。

「高薬価品目がどんどん出てきて、皆保険制度が崩壊する!」 という煽り文句も、私にはちょっとビミョーに見える。 崩壊しないと思うぞ、たぶん。 よーく観察してみるとすぐに分かるのだが、お役所の方々にまったく危機感がないでしょ? 政府は勝手に 「価格らしきもの」 を下げられるんだもの。 「ちょっと財源がやばいぞ」 「メディア批判が厳しいぞ」 と思ったら、「薬価らしきもの」 をどんどん下げるだけのこと。 薬価を下げたいときに、テキトーに後付けの正当化の理屈と制度をつくって、下げる。 過去数十年散々やってきて、見かけ上は成功してきたことと本質的には同じことを繰り返すだけのこと。 悪知恵すら不要である。

「そんなことすれば、ドラッグラグ問題が再燃する」 などと危惧する方々もいるが、心配ご無用。 再燃しません。 少なくとも過去数十年のような形では。 過去のドラッグラグ問題は、日本市場での開発の成功・失敗の、日本人患者の健康にとってはとても意味がある 「フェアな一発勝負」 を強いられていたことに由来する、企業行動のごく自然な帰結であったのよ。 「日本への申請を後回しにすると、日本の当局が (当然ながら) 優しく・甘く承認してくれる」 ことの表れである。(注 1)

(注 1) 興味のあるヒトは私たちの研究論文読んでね。
Hirai Y, et al. Analysis of the success rates of new drug development in Japan and the lag behind the US. Health Policy 2012; 104: 241-246.


今では状況はまったく違いますよね。 ICHだの、世界同時承認 (笑)だの、国際共同開発の推進だの、海外データのほぼ無条件受け容れなどと言いながら、日本での貴重な新薬開発一発勝負の場を、審査当局自らが放棄しちゃったんだもん。 開発 (承認取得) の成功・失敗に由来する、新薬開発データの限界価値と結びついた、自然で意味のあるドラッグラグの時代は終わったのだ。(注 2)

(注 2) でも、いわゆるドラッグラグがゼロになったわけではないので誤解しないように。 情報・生産資源の世界的な分布の非対称性、そしてそれを利用した裁定取引が存在し続ける以上、ドラッグラグがゼロになるわけがない。

「製薬企業が日本市場で新薬を売らない」 現象がこれから起きるとすれば、これまでのドラッグラグとはまったく別の現象だろう。 今度は、開発戦略の合理的な帰結じゃなくて、ニポン政府グローバル企業の間の、ねじくれた、政治的な喧嘩の帰結 (笑)である。 ほれ、最近時々英国などで起きてるでしょ? ニポンでは、あれよりもずっと感情的な議論になるだろうなぁ。

でね、ねじくれた政治的な喧嘩を政府と企業がしたとして、どっちが勝つかというと、やはり 「個々の品目に関する局地戦 (例: 個々の品目の承認の可否、個々の品目の薬価設定」) では政府の圧勝なのよ。 10兆円のマーケットを背景に、「○社さんさぁ、なんだったら、江戸の敵を長崎で討つこともできるんだからね、政府は (翻訳: 今ここでお上に従わないと、別の機会に意地悪するよ。 別の品目の審査とか、薬価とか、工場の査察とか ・・)」 という信憑性のある脅しが可能なのだから、企業が局地戦で勝てるわけないじゃん。

だから私は、「オプ○ーボの価格が高い・低い」 「日本の薬価が高い・低い」 「製薬企業は儲け過ぎている」 とかいった、一見分かりやすいけど本当は難し過ぎて、誰も本質・因果関係を追求しきれない議論ではなく、「日本では (広義の) 政府側が好き勝手にルールを運用したり、変えていったりするんだが、それってみんな納得してるの?」 という一見曖昧だけど実はとても本質的・根源的な問いかけから議論を始めるべきではないか、といつも思うのである。 いかがだろうか。

・・・ と問いかけても誰も賛同しないのは知ってるけどね。

*****

実はサル的なヒト、相変わらず無茶苦茶な状況にある。 仕事上の借金 (締切をとうに過ぎた仕事ね) で首が回らない。 町工場の社長ならとっくに夜逃げしているレベルである。 周囲には、助けの手を差し伸べてくれるヒトどころか、死にそうになっている私に気付いてくれるヒトすらいない。

ムッキー! と大声で突然叫びつつ、目の前の仕事なんぞすべて放り捨ててトム・クルーズ様の映画を見に行く。

D

かつて自ら所属した組織に何度も裏切られ続けるジャック・リーチャー。 あんた、人が良すぎるにもほどがあるぞ。 でもカッコいいから良しとする。 点数をつけるとすれば、この映画は5億点だ。

2016-11-09

ふぅ、疲れた

もう11月である。 毎年、年始に 「ほら、気が付けば、すぐに次の年賀状を書く時期が来るよ」 と挨拶するのが恒例になっているが、本当にそのとおりの実感がある。 一年が経つのが早い。 今年は身内の不幸があったため、喪中ハガキを用意しなければならない。 毎年サル的なヒトは12月31日にまだ年賀状を印刷中という状況にあるのが通例なのだが、喪中の挨拶はそういうわけにはいかないので忙しい。

今日は多くの方々がびっくりしたのですよね。 私もびっくり。 トランプ大統領だってさ。 マジかよ ・・・ と思ったのは事実だが、でも、これってニポンもまったく同じ状況だよな、と気付いたら、納得。 

「Make America Great Again!」
とわめいているのがトランプさんだが、

ほれ、ニポンだって、
「ニポンを取り戻す!」
とかいう、わけのわからんスローガンをわめく方々が、少し前のニポンの選挙で大量の票を集めて圧勝したことをもうお忘れだろうか。

ははは。 瓜二つ。 ニポン人もアメリカ人も似たようなもんだ。 バカ丸出し。 政治家のレベルは国民のレベルを超えることはないもんな。 あの人たちは僕たちの鏡。 異国人を口汚く罵(ののし)る醜い顔 ・・・ あ、あれってオレの顔だ。 信条・哲学が相容れない議員からの質問に答弁する際に見せる、相手を小バカにしたような横柄な態度 ・・・ あ、それって私の姿だ。 ははは。

私の世代 (の医療制度の研究者) は、たいてい、ヒラリーさんには何らかの思い入れがある。 前にも書いたが、1993年頃のクリントン政権健康保険改革を進めようとした主役がヒラリーである。 結局あのときは 「圧力団体 (いくつかの業界団体など)」 にやられて皆保険への道は閉ざされたのであるが、その失敗のプロセスと原因を多くの日本人留学生が留学先でじっくりと学んだものである。 Health economics 関連の講義で何度もレポートを書かされたっけ。 「ややこしい国だのう、アメリカは。 先進国なのか後進国なのか、よくわからんぞ」 と語り合ったっけ。

そういうわけで私はヒラリーさんにシンパシーが相当にあり、今回の結果が残念なのだが、特段その手のシンパシーのない多くの製薬業界人、それも比較的若い人たちが 「げげっ!」 とショックを隠さないのは見ていてちょっと面白い。 「米国民を分断してしまった」 らしい今回の大統領選挙だが、遠い極東の業界人が 「稼ぎの良い側」 「グローバル化の恩恵を受ける側」 の米国人に近い心情を有しているのって、不思議である。 ニポン人がなぜか 「私は勝ち組の名誉白人なのよね」 と勝手に思い込む現象はとても興味深い。

*****

夜の渋谷駅。 一か所に留まっていると警備員さんに怒られるから、重い足取りで階段を上ったり、下ったりし続けているホームレスのおじさんたちがたくさんいる。 夜、寝るための自分用の段ボール箱を抱えながら。

おじさんのゆっくりとした歩調に合わせて階段を上ってみる。 なぜだか分からないが、足が鉛のように重くなる。 膝が動かなったかの感覚に襲われ、しばし立ち止まる。 横目でおじさんの顔をのぞきこんだ。 おじさんの目は、足元に広がる虚空をぼんやり眺めている。

*****

最近ちょっと仕事が詰まりすぎていて、じっくり考え事をする時間がない。 本を読んで勉強する時間すらない (寝る前の1時間くらいが唯一の読書時間である) のが情けない。 バカになり放題。 ブログを書く余裕もないのよ。 更新を待ってくれている読者の皆さん、ごめんね。 「余計な仕事はサボる・逃げる・放置して仕事が消滅するのを待つ」 作戦を全面展開中なので、もう少ししたら状況は改善するはずだ。

つまらない仕事ばかりしていると、ブログに書きたいことは山ほど出てくるのよ。 「どうしてニポン社会には威張りん坊の腐れオヤジばかりがこんなにたくさんいるんだろう?」 とか、「新しい組織や仕組みを作ったって、中で働いている連中の顔ぶれはまったく変わらんじゃないか」 とか。

しかし、忙しすぎると、そうした怒りや違和感をすぐに忘れてしまうのである。 いかんいかん。

「承認審査時間が世界最速になりました!」 という意味不明の自慢を始めた方々もいるらしいな。 アホくさ。 審査期間なんて、3日にも、3か月にも、3年にも、30年にもできるのだ。 ルールでそうするだけのこと。 審査時間だけを取り出して自慢するのはバカげていることを 「まともな」 欧米の当局の人たちや規制科学者たちは理解しているから、そんなくだらない自慢をしていないのよ。

こういう自慢を見てると、ニポンの業界人 (産官学すべて) の幼稚さがよく分かる。 お釈迦様であるアメリカ様の掌の上で鼻息荒くいきがっているサルそのもの。 困ったことに、そのお釈迦様ご本人がこれからどうなるかまったく分からない状況なのだがな (大笑)。

当然だが承認審査 (制度) を評価する上での本質は、「承認審査の社会にとってのアウトカムは何か? そのアウトカムに照らしての社会の視点から審査の費用効果 (ここに審査時間が含まれる) は正当化できるか?」 である。 米国FDAの審査の文脈での論文もたくさん出ている。 でも、ニポン人はその手の論文を書かないのね。 「当局のやっていること、ちょっとダメかもよ」 というその手の論文を書くべきなのが、ほれ、れぎゅらとりーさいえんすとやらをやっている人たちなのだが、そういう人たちって、当局のダメなところ・本当に痛いところを批判する系の話はタブーらしくて、決して触れないのね。

*****

椎名誠の 「この世で一番うまいものはなにか」 への回答が書いてあるこの本。 気分転換には最高なり。



心が病んでいるときはスヌーピーがよいな。 昔のマンガを読み返して、幸せな気持ちになる。

" I don't mind feeling stupid as long as I know I look stupid!" by Lucy (史上最悪のライト)

2016-10-26

サル的日記 番外編 in Geneva

皆さんお元気? ふだんは大学のオフィスかカビ臭い自宅の部屋から辛気臭い記事をお送りしているサル的なヒトなのだが、今日は違うぞ。 なんと、海外の街角のカフェーでカフェラテなんぞをすすりながら、ニポンの皆さんあてに本日の記事をお送りしているのである。

「ええっ!? そんなオシャレなサル的なヒト、私は認めませんからねっ!」 と言ったって無駄なのだ。 だってホントにスイスジュネーブ中央駅 (Gare Carnavan) そばのカフェにいるんだもん。 向かいの席ではブロンドのビューティホーなおねえさんがアイスクリーム食べている。 さっき目があったときにウィンクしてくれたもんね。 えへへ。 気分はジョージ・クルーニー(笑)。

「そ、そんなのサル的なヒトぢゃない! 東京の小汚いラーメン屋で醤油豚骨ラーメンすすりながら、ニポンの医薬品規制の欠陥を愚痴っているサル的なヒトしか私は認めませんからねっ!」 と再び怒った人たち。 スマンね、サル的なのにこんなに国際派で。

サル的なヒトは海外出張が好きではない。 第一に飛行機が嫌いである。 地面に足が着いていないと落ち着かないのは進化したサルの性質である。 第二に海外の食べ物が嫌い。 外国のメシってなんか一味が欠けているんだよなぁ。 どこに行っても結局和食か中華のお店を探し回ることになる。 そこから生まれた格言、「中華に外れなし」 は私からの教え子への秘伝の一つである。

だから、自分から海外出張の機会は作らないし、誘われても基本断る。 別に誰も困りはしないのよ。 代わりに、海外に行くこと自体が楽しくて仕方がない若い連中に行かせればよいのだから。 だけどたまに、今回のようにどうしても断れない出張が生じてしまうのは仕方がない。

とはいえ、これまで散々世界のあちこちに行かされたので、相当に旅慣れてはいる。 飛行機の中ではジタバタ仕事なんかはしない。 ひたすら寝るか、映画を見る。 今回のスキポールまでのフライトは結構長いから、腰を据えて映画を4本も見たのである。 世界を股にかけるグローバルビジネスザルだから、見る機内映画もインターナショナル感あふれる組み合わせである。 参考にするように。

64−ロクヨン− (佐藤浩市主演) の前・後編。 信長協奏曲小栗旬主演)。 暗殺教室 (黄色い、触手のある変な生き物主演)。 どうですか、このハイブロウ国際的な組み合わせ ・・・ ガキがみるような日本映画しか見とらんぞ、このヒト (笑)。

ロクヨン、途中で涙が止まらなくなって困ったのである。 「子供がいなくなる、それがどういうことか、刑事はそんなこともわかんないのか!」 by 佐藤浩市 とか、そんな心が痛くなる台詞をシャウトするのは反則である。 永瀬正敏も好演。 涙が止まらず、ほとんど嗚咽している状態にもかかわらず、キャビンアテンダントのおねえさんが容赦なく 「フィッシュ or チキン?」 と食事の確認に来るのには参った。 空気読んでくれ、KLM

サル的なヒトには 「フランス語がまったくダメ」 という致命的な弱点がある。 だからパリとかジュネーブは基本的につらい。 20年くらい前にパリに出張したとき、フランス語がまったく分からず、地下鉄の切符の買い方が分からなかったことがある。 オロオロしていたら、近くにいた浮浪者のおじさんが横から手を伸ばしてボタンをピッと押してくれた。 浮浪者のおじさんが天使に見えたよ。(注 1) そういうことがあって、フランス語圏はどうも好きになれないのだ。

(注 1) 私は切符を無事に手に入れ、おつりはすべておじさんが手に入れたのだから、こういうのを win-win という。

しかし年を取ると、そんなことすべてがどうでもよくなったきた。 旅の恥はかき捨て。 旅先でいい格好をする必要などない、ということがやっと分かったのね。 言葉が 「上手に」 通じる必要などない。 現地の人に 「フフフ。 あのサル的なアジア人、ちょっと挙動が不審だわね」 と思われようが、そんなことまったくどうでもよい、って感じ。 昨日もホテルのそばのスーパーのレジのおばさんに 「あんたの出しているお金じゃ、このコーラは買えないよ」 と怒られたが、そんなの知ったこっちゃない。(注 2) こうなると怖いモノなしである。

(注 2) いや、お金が足りないと怒られるのは世界共通だと思うぞ。

・・・ というわけで、なんと本日の記事はこれにて終了なのだ。 中身も何もない。 が、毎度毎度そう教育的なことが書けるはずなどないのだから、このくらいのユルさもたまにはよかろう。 これから MANOR というデパートの1階のだだっ広い食品売り場に寄って、なんかおいしい総菜を買ってホテルに帰ることにしますよ。 じゃね、みんな。 Au revoir !

2016-10-19

分かりやすい病巣だけど、容易には治せない

企業の方々を対象にした研修のグループディスカッションのテーマの一つとして、こんなことを議論してもらったのである。

新薬の開発方針、試験結果や承認要件の解釈等をめぐって、企業・当局・薬食審(委員)の見解が対立することがよくあります。 最近の対立例を二つ程度挙げて、対立の理由、背景、交渉プロセスなどを分析してください。 より良い解決の姿を目指した仕組みも提案してみてください。

注: 単に「適切なガイドラインを作ればいい」「ルールを作ればいい」では、何も考えていないのと同じ。 なぜ今まともなガイドライン・ルールが無いのかを踏まえた解決策を提案すること。


皆さん、熱心にいろいろと調べてくれて、こんな品目、あんな品目でもめていたよ、と報告してくれた。 発表を聴いていて、とても面白かったです。 特に皆さんが鋭い突っ込みを入れてくれたのが、薬食審 (薬事食品衛生審議会。 新薬を承認して良いかを審議する厚労省委員会) の部会と称する意味不明の儀式(笑)。 議事録がほぼ公開されてるから、材料にしやすいんだよね。 通常の審査過程の PMDA vs. 企業の対立の方が本当は生々しいし、日常的に起きているのだけど、残念ながら議事録は当事者しか持ってない。 攻撃材料が手に入りやすいから薬食審の部会に問題あり、と安易に結論するのは、本当はフェアではありません。

そこはさておき、しかし、皆さんの問題意識の方向は間違っていないから安心してください。 薬食審の部会が、ニポンの新薬の承認審査の意味不明さを集約した、病巣の見本市になっていることは、今回のディスカッションでみんなよく理解できたでしょ?

  • 意味不明な説明・言葉の羅列。 例えば 「本剤には臨床的意義はあります」 なんて説明がよく出てくるが、何を伝えたいのかまったく意味がわからん。
  • 一部の委員ばかりが大声で発言しているよ。 他の委員は何してるんだ? 置き石か?
  • なんとなくの全員一致になっているけど、本当にみんな賛成なの? 十数人の見解が十数回のすべての議決で完全に一致するなんて、嘘くさいよね。 というか、嘘だよね(笑)。 いや、それ以前に、この委員たちって、自分が議題に賛成してるのか、反対してるのか自分でも分かってないんじゃないか?
  • 継続審議になった次の回で、議論が全然完了してないし(笑)。 でも結局その薬、承認だってさ。 漬物みたいに寝かせておけば良いらしいぞ。
  • 薬の長所・短所、そして 「なぜその試験をやったのか」 に一番詳しい製薬企業 (当然だよね、自分がやったんだもん) の参加を排除した非公開の会議で薬の価値を議論するって、いったいどんなナンセンスだよ、それ。

皆さんの意見は、すべて、もっともです。

究極はこれだよね。 最近のある新薬の審査での部会長のコメント:

(国際共同試験での日本人部分集団での有効性について、統計学的にはややピント外れの激論が交わされた後で、おそらくは相当にイライラした部会長曰く)

何回ももめるので、何回も言っているのですが、日本人だけの部分集団解析の結果を出せという申請者への指示はやめたほうがいいと思います。本当にいたずらに不安を煽るだけで、やらなくてもいい議論をしなければいけなくなってしまいます。


ただ唖然 ・・・ ( ゚д゚) ポカーン

これが日本の承認審査の総本山において総元締が発したコメントかと思うと、情けなくて涙が出る。 あのね、あなた(たち)の言ってることはまったく逆ですよ。 「何回ももめる」 のは あなた (たち) 専門家が、本来やるべき議論を一度もちゃんとやってないからでしょうが。 「いたずらに (シロウトさんの) 不安を煽る」 じゃなくて、「(あなたたち専門家が) ホントに危ない」 のよ(笑)。

私は心優しいから、実は部会長には内心同情してるのだ。 この時の部会の議事録を読めば分かるが、要領を得ない感情的なやりとりが延々と繰り広げられている。 部会長がイライラするのは心情的には十分理解できる。 でもね、イライラして八つ当たりすべき方向はそっち (部分集団解析をすること・させていること) じゃありませんよ。 「日本人部分集団での解析がなぜ必要なのか・不要なのか」 を (単に統計学的な consistency の文脈ではなく) 社会の幸せを目的にして議論する見識も能力も欠けている日本の産官学の専門家集団 (つまり自分たち自身。 僕もその末端の一員だ) にイラついてください。 

日本政府が、日本において、民間企業 (国籍不問) のお薬の販売を承認する」 という行為の本質ってそもそも何だろう? 目的は、商品価値の最大化? 国民健康の最大化? それとも社会厚生の最大化? ニポン産業育成 (笑)? グローバル社会への貢献? 憲法上の国民の権利の保障? あるいは、ビジネスの自由・権利の保障? 工場の出荷時の製品の品質チェックのようにチェックリストで要件が確認できるような浅薄なもの? それとも社会選択の枠組みが必要なもの?

委員が、自分の信じる倫理観をそれぞれ振りかざせばよいのか、それとも、何らかのメタ倫理的な合意を得ておくべき類の決定か? 誰が決定に参加すべきなのだろうか? 民主主義的な決め方として具体的にどんな方法がなじむのか? 

・・・ といった根本問題を何一つまともに議論したことがないニポンの医薬品専門家たち。 「お薬を承認するかどうか」 を、やれ比較試験で有意な結果が出た・出ないだの、結果の p 値が高い・低いだの、薬理作用がうまく説明できないだのと、迂遠なことばかり口をとんがらせて議論していて、肝心のことは何一つ議論してない。 議事録を読んでいたら、おかしくて噴き出すレベルである。 お笑いに近いかも。

「部会って、委員がシロウト並みの思い付きを述べてるだけですよね。 PMDAがしっかりしてれば、部会は廃止しても何ら問題ないと思います」 という受講生のコメントもあったが、(本当にPMDAがしっかりしていれば) そのとおりだと思います。(注 1) あの議事録読んでたらそう言いたくもなるわな。

(注 1) 数年前、部会の上のレベルでの報告を止めたけど、何ら支障ないよね。 あるわけがない。 そのおかげで 「審査時間が短縮した!」 とかいって自慢の材料に使う悪乗り連中も多いが、自慢する前に、「なんで俺たちこんな無駄な儀式を何十年もやってきたんだ? 過去何十年にもわたる無駄な儀式のせいで失われた健康はどの程度だろう?」 と反省するのが先だと思うぞ。 業界人 (産官学すべて) って、ほんと、反省が嫌いなんだな。

日本人の部分集団解析の問題についても、そもそも治験でランダムサンプリングなんて誰一人やっておらず、母集団という概念は単なる絵空事で、「誰でもいいから薬が効きそうなヤツ探せ!」 という基本姿勢で企業は臨床評価をしていることなど業界人なら誰もが知っているのに (注 2)、その周知の事実を論理的に、統計学的に、倫理的に、社会の幸せ (厚生) と 結び付けて歴史上一度も議論したことがないのが、ニポンの医薬品専門家である。 恥ずかしい。

(注 2) 驚くべきことに、その基本事実 (の含意) を知らない委員もいる。 みんなも部会の議事録を読んでみよう。

・・・ というわけで、ニポンの承認審査の腐った部分を 「クンクン ・・・ この薬食審の部会あたりが特に臭いぞ!」 と嗅ぎ当てた皆さんの嗅覚は、決して間違ってはいない。 立派です。 けれども、病巣はそこだけではなくて、医薬品研究開発を目的としたすべての営みの中に、上述のような深遠な 「根本的な未解決問題」 が顔をのぞかせていることを知っておくことが重要です。 そうした問題を無視して、「れぎゅらとりーさいえんすを活用した判断をすべきです」 (注 3) だの、「審査は科学・倫理に基づくべきです」 などと、中身が何もないキャッチフレーズで現実の諸問題を扱うものだから、ほら、あそこからも、ここからも、いたるところで腐臭が漂ってますよね。 豊洲ベンゼンが漏れ出てるような感じ(笑)。

(注 3) 信じられない話かもしれぬが、こんな意味不明の文章を本当にあちこちで見かけるのよ。 「行政学を使って良い行政にしましょう」 とか 「論理学を活用して頭を良くしましょう」 とかいうのと同レベルのばかばかしさ加減だということにどうして気付かないのかが不思議。

受講生の皆さん。 皆さんが将来エラくなったら、今日のブログで私が説明したことくらいは当然に織り込んだ発言をしてくださいね。 情けない発言をした議事録が公開されて、日本中に恥をさらけ出す、などということがないよう気をつけましょう。

*****

ちょっと忙しくて本が読めていないのだが、これは読みました。 よかったよ。

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

一番最初に登場する漫画家蛭子能収の 「貧乏物語」 にホロリ。 作為や下心のない文章表現ほど心にしっかり響くことがよく分かる。 反省。

2016-10-11

顔面から流血しない

顔面にイボができてしまったのである。 尋常性疣贅。 正確には老人性イボというヤツだな。 そう呼びたくはないが、そういう年齢だもんね。 左目の下、3センチくらいのところ、頬骨の上あたりである。 最初は小さかったのに、だんだん大きくなってきたので、ほれ、例の根性焼き 液体窒素焼きを受けに近所の皮膚科に行く。

女医のおばさんセンセイである。 数年前にも足の裏のイボを焼いてもらったのだが、テキパキしていてとても手際が良い。 で、今回もテキパキと診断すると 「液体窒素で焼きましょうね。 ちょっと痛いですよ。 水ぶくれになるかもしれませんよ ・・・」 うんぬんのインフォームドコンセントがあって、すぐにベッドに寝かされた。

センセ 「はーい、じゃあ焼きますよ。 目に入ると危ないから、目は閉じておいてね ・・・」

ジュー ・・・ チャポチャポ ・・・ ジュー ・・・ チャポチャポ(注 1)

(注 1)
ジュー: 綿棒みたいなのに浸した液体窒素でイボを焼くときの音。 実際にそんな音はしないのだが、精神的にそんな音が聞こえてくる。
チャポチャポ: 金属の容器に入った液体窒素に綿棒みたいなのを浸す音。


サル的 「イテテ っと ・・・」
センセ 「もう少し、しっかり焼いときますね。 ちょっと我慢して」

ジュー ・・・ チャポン ・・・ ポトンポトン ・・・ ジュー ・・・ チャポン ・・・ ポトン

サル的(心の声) 「(い、いたい! センセ、痛いっす! 耳が! 綿棒からポトンと垂れた液体窒素が、耳タブに落ちて、痛いっす!!)」

センセ 「もう終わるからねぇ ・・ はい、おしまい。 大丈夫だった?」
サル的 「だ、大丈夫です ・・・ イボじゃなくて、耳タブが痛かったっす ・・・」

というわけで初回治療は2、3分で無事終了。 しばらくすると、見事にイボは真っ黒に死んだ感じに。 

*****

で、その翌日。 忙しかったので、昼メシは生協で熱々のかき揚げうどんを食ったのである。 学生に交じって、汗だくになりながらうどんをすするサル的なヒト。 暑い日だったこともあり、全身汗だくになる。 顔からも汗が出る。 こんな日にうどん食うんじゃなかったぜ、と反省してたら、顔から一筋の汗がポトリとトレイに落ちた ・・・

・・・ ん? どうして汗が真っ赤なんだ? ・・・ 顔から出る汗って赤いんだっけ?? ・・・

 あぎゃー、顔面から鮮血流しとるぢゃないか、自分!!

そう、焼いた後の爛(ただ)れたイボの割れ目から、血が流れ出しておったのだ。 目の前でカレー食っている学生の目が点になって、硬直しておる (笑)。 いや、(笑)ではないぞ、これ。 

51歳のおっさんが顔面から流血しながらうどんをすすっている姿って、結構シュールである。

確かにその日の朝から、汁がジュクジュクとあふれてきていたので、ティッシュで時々拭いたりはしていたのだが、まさか流血するとは思わなんだ。

午後は大切な仕事の会議があったのだが、出血がなかなか止まらず、顔面からの出血をティッシュとハンカチで押さえながらのディスカッションとなってしまった。 明らかに異常事態なのに、結構みんな知らんぷりなのが悲しい。 ただ一人、向かいに座っている仲良しの先生が 「小野さん、顔、大丈夫?」 と心配してくれたっけ。

で、翌日からは傷口に大きな絆創膏を貼ったのである。 品川のDS社で研修が始まったのだが、まさか100人近い受講生の前で顔面流血しながら講義をするわけにはいかんからな。

しかし怪我の功名というヤツはある。 おかげで、ロールズの 「この社会で一番かわいそうな人 (worst-off) は誰か?」 の問いかけに対する答えとして 「生協食堂で顔面から血流してうどん食ってる大学の先生」 という実例を挙げることができたよ。

*****

近頃、ブログに理屈っぽいことを書いてない気がするなぁ。 それはそれで問題である。 やりたくない仕事・面白くない仕事 (つまり一部の業界紙のようなステレオタイプ政府広報的な文章を書かざるを得ないような仕事) を、よゐこぶって朝から晩まで黙々とこなしていると、まともにモノの道理が考えられなくなるんだよね。 いわば軽度認知障害 (МCI) 状態。 そんな状態だと、頭がぼーっとして、たとえば 「ベンチャー振興に国主導の司令塔? それはワンダホーだね」(注 2) などと意味不明なとんでもないことを口走ってしまいそうになってしまうのが恐ろしい。

(注 2) 国家に司令してもらいたくて仕方がない 「ベンチャー」 って、あんた、それ根本的にどこか奇妙じゃないか? とニポン人は誰も突っ込まないのね。 ニポンでは 「ベンチャー」 とは昔の専売公社のような企業を指す言葉なんだろうな (笑)

来週くらいにはまともな人間に戻りますように、と神様にお祈りしておこう。