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小野俊介 サル的日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-10

泣かない

最近どうも涙もろくて困っている。 正確には涙もろいなんてもんじゃない。 四六時中泣いているという表現が正しい。

特に危ないのが最近のNHKの番組である。 ほれ、読者の皆さんもよくご存知の番組があるでしょ。 あんたも泣いてるんでしょ? あれですよ、あれ。

ドキュメント72時間。

この番組が始まると、たいてい5分後くらいには目に涙がじんわり滲んでいる。 10分後くらいに鼻水が止まらなくなり、番組終了直前、松崎ナオさんの 「川べりの家」 が流れ始めるときには、ほぼ間違いなく号泣してるサル的なヒト。 それを気持ち悪そうに眺めている家人。

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番組作成スタッフの中には、間違いなく、泣かせのプロがいるな。 それも達人レベル。 そう、たとえるならば、昭和を代表する名番組 『それは秘密です!!』 の司会者、桂小金治並みの ・・・ あ、小金治さんは泣く方だった。 すまん、間違えた。(注 1)

(注 1) 「ご対面コーナー」で、感動のあまりもらい泣きするから、「泣きの小金治」 と呼ばれたものである。 それにしても懐かしい。

昨年末12月29日には 「もう一度見たい72時間」として、2016年放送の新作36本の中から、視聴者の投票で選ばれた人気作ベスト10が一挙再放送されたのである。 素晴らしいぞ、NHK! 見直した。 最近の会長がちょっとアレな人だったから心配していたのだが、安心した。 この 「72時間」 だけで受信料の元は十分取れている。

ちなみにベスト10はこんな感じ。

第1位 長崎 お盆はド派手に花火屋で
第2位 ゆきゆき酷道439
第3位 四国 海だけの小さな駅で
第4位 冬・津軽 100円の温泉で
第5位 囲碁の魔力に囚われて
第6位 京都 青春の鴨川デルタ
第7位 札幌 聖夜のバスターミナル
第7位 さらば!俺たちの船橋オート
第9位 福岡・中州 真夜中の保育園
第10位 真冬東京 その名は”はな子”


第9位の中洲保育園の回。 中州で働くおねいさんたちの子供たちの深夜保育。 夜12時を過ぎると目が覚めて、むっくりと起き上がっておかあさんが来るのを待っている男の子。 深夜勤務のおかあさんが上手に海苔で作ってくれたキャラ弁ミニオンズの顔がペロンと取れちゃって、シクシク泣き出すタカちゃん。 わかる、わかるぞ、タカちゃん、その気持ち。 お、オラも涙が止まらない。 

第2位の 「ゆきゆきて 酷道439」 も名作であった。 高知の山道、国道439号線をNHKの取材のおじさんを乗せた車でただただ走っていく回である。 カメラが過疎地、限界集落で暮らす人々の姿を淡々と切り取っていく。 後半に登場する85歳のおばあさん。 取材のおじさんが 「世の中はゴールデンウィークですね」 と尋ねたが、おばあさんにはゴールデンウィークの意味がよく分からない。 見ず知らずの取材クルーに、「これ、持っていきなさい。 気を付けてね」 と栄養ドリンクを2本、持たせようとするおばあさん。 あ、あれ? なぜ涙がでてくるんだろう。 

ゾウのはな子の回では、はな子に話しかけるおばあさんの姿に泣いた。 花やしきのジェットコースターの回では、病気のおじさんの笑顔に泣いた。 囲碁クラブの回では、帰る家もなく囲碁クラブで生活しているおっさんの姿に泣いた。 何年か前に放送された、秋田うどん自動販売機の回はもはや伝説になっている。 厳冬の屋外の自動販売機うどんをご馳走と言いながら、うれしそうに車で食べにくるカップルや子供連れ。 あんたら、いいなぁ。 僕らのような都会のネズミよりずっと豊かだ。

ふつうの人たちが、ふつうに暮らす姿を見ていると、涙が出るのである。 むろんそれは自分の姿そのもの。 鏡に映った自分の姿を見て、泣いている自分。 辛い人生送っているんだなぁ、自分。

前にも書いたが (これね → youtube に頼らない - 小野俊介 サル的日記サラメシ (NHK 月曜夜) でも涙が止まらない。 亡くなった人たちが愛した昼飯を紹介する 「あの人も昼を食べた」 のコーナー。 毎回毎回、もう号泣である。

昨年の小田さんの 「クリスマスの約束」 (の再放送) も大変だったなぁ。 小田さんの歌が素晴らしいのは当然として、問題はCM。 明治安田生命。 あんたら、視聴者そんなに泣かせてどうするんだ。 CMのたびに涙が止まらなくなり、家人に笑われる。

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何を見ても涙が出てくるのは、じじいになったということだろうね。 笑わば笑え。 100年もすればあなたも私も、全員この世にはいないのだ ・・・ と、強がりを言ったら、また泣けてきた。

*****

泣かなくてもよい映画もしっかり見てきたのである。 「Don't Breathe」 本日のここまでの記事とのあまりの温度差に驚くがよい。

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こいつには泣きどころが全くないから安心 (笑)。 ホラームービーらしいが、なんだかつまらない。 前評判の割には大したことなくて残念でしたよ。 ドキッとしたのはワンコが登場したシーンだけであった。 この映画、中学生くらいの子供には面白いのだろうが、オトナにはお勧めできません。

最近の映画はネタ・アイデアが枯渇している説に一票。

2016-12-31

サル年よ、さらば

業界の皆さん、薬価がますます頻回に引き下げられるようですね。 ご愁傷様。 メディアも含め大騒ぎしてるが、大騒ぎの理由が私にはまったく分かりません。

だってさ、業界の皆さんって、「お上 (他人) が薬価をつける」 という理念を受け入れているんだもん。 現在起きている動きは、どうみても起きて当然のこと。 異常なことではないし、大騒ぎすることが変だよ。 「お上 (つまり誰か他人) が薬価をつける」 ということは、つまり、

「誰か他人が、好きな時に、好きなように・好きなやり方で、好きな価格 (price-tag) をつける」

ということでしょ? 違うの?

だからこそ、あなた方の多くが崇拝しているアメリカ様の業界人たちは 「価格は企業 (つまり私) がつけるのだ」 と、理念レベルで決して譲らないのである。 あるいは、リベラル色の強い人たちは (少しでも完全市場に近い) 市場のシグナルに従うべきだ、と強く主張しているのである。 そりゃ各国の市場のいろんな事情に合わせて多少の政治的妥協はするに決まってるけど、その手の根本理念だけは譲ってはいけないことをよーく叩き込まれているからね。

「お上 (他人) が薬価をつける」 ことを最初から前提にしておきながら、「お上のやり方はけしからん」 「あの人 (他人) が考えていることは受け入れがたい」 って大騒ぎするのって、なんとも幼稚で、サル的。 たとえるとこんな感じだな。

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最近の裏リスの記事にも大笑い。

今回、製薬企業に対して厳しい改定を強いた要因のひとつに、厚労省がメーカーを擁護しなかった点が挙げられる。 今、省内で重要事項の検討は、二川事務次官を含めた厚労5局長会議で進められているという。 実は会議でキャリア官僚たちは、製薬企業の 「長期収載の事業切り離し」 について 「怒っている」 そうだ。 理由は 「今までメーカーは 『長期収載品の売上原資を研究開発費に充て、新薬を開発してきた』 と説明してきたが、それは嘘だったのか」 というコトのよう。


皮肉が効いたこういう記事、好きである。 業界紙の記者さんは、本当に書きたいことは書かず、「裏を読め」 ってことなのね。 私はその辺の野生ザルだから、書きたいことをなんでも書くぞ。

一言で言って、バカらしい。 お金に使い道が書いてあるわけない じゃん。 社長の懐に入る金も、会社の金庫で眠ってる金も、投資家にばらまかれる金も、税金財務省に引っこ抜かれるお金も、お金はお金。 一万円札に 「研究開発専用。 それも日本国内への投資に限る」 なんて earmark が付いているなんて信じているヤツが今時いるわけがない。

信じてるヤツが誰もいないのに、嘘も何もあったもんじゃない。 むろんお役人も、記者さんも、そこらあたりの構造を知らぬはずがない。 誰も信じてないタテマエを、誰も信じていない理屈で批判するお役人。 そして、信じる人が誰もいないその手の大本営発表をもっともらしく報じるメディア。 戦前の報道と瓜二つ (笑)。

怖いのは、「一万円札に 『研究開発専用。 それも日本国内への投資に限る」 と書いてある」 などと阿呆な理屈をポジショントークとして言い続けているうちに、本来は聡明で論理的だったはずのお役人・メディアがホントの阿呆になってしまうことである。 いや、もうすでになっているのかもしれん。 ほれ、あの戦争を引き起こした連中がそうだったでしょ?

あーあ。 くだらない。 こんな国だから安楽死コース一直線なのだ。 しかしまぁ、それもこれもニポン人自身が選んでいる道だからな、覚悟して受け入れるがよかろう。 ニポン人現役 (中年以上) 世代の製薬業界の仕事 (産官学・メディアの人たちのメシの食い扶持) はまだ当面安泰だしね。(注 1) ツケは若手、あるいは次世代にまわすだけのこと。

(注 1) 安泰とはいかなくなってしまった一部の会社の方々は頑張って生き延びてください。

*****

というわけで、今年の記事はこれでおしまい。 今、大晦日の 23時 38分。 紅白歌合戦は出てる歌手の9割くらいを知らないのでつまらないから、部屋にこもってTBSラジオの宇多丸聴きながら、「ふぅ、今年も疲れたのぉ」 と一息ついているところである。

と一息ついていると、大晦日のこんな時間に 「研究プログレスレポート」 を送ってくる研究室の学生もいる。 そうか、こんな時にもコツコツと勉強している若者もいるのだ。 えらい。 ニポンも捨てたもんではないかもしれぬ。 20年後、30年後のことは君たちに任せたよ。 僕らの世代は、もう、ダメだ。

では皆さん、よいお年をお迎えください。 来年も、サル的日記、応援よろしくね。

2016-12-18

毛ほどの重みもない「人権」

前回の記事の続き、というわけではないのだが、相変わらず他人の書いた論文の査読に追われる毎日である。 査読って一銭にもならないし、業績にもならないのだが、頼まれたら断らないのが学界の基本ルールである。 外人さんの書いた論文だから英語が達者かというと決してそんなことはなくて、それぞれ国の人たちの書く文章・英語には盛大にクセがある。

論文の内容とは無関係なところで、しかし、世界共通だなぁと思える表現にたびたび出会う。 正確には 「医学薬学共通」 というか 「理科系共通」 というか。 たとえば医学系の研究論文に結構出てくるこんな表現。

"As the data of this study were anonymized, there was no possibility of human rights violations or ethical problems. (この研究の患者データは匿名化されてるから、人権の侵害倫理的な問題の可能性はなかった)"


・・・。

この文章って、なんだかとても 幼稚 に見えませんか? 「ほんとにこれ、博士号 (MDとかPhDとか) を持ってる人が書いてるの? 知性のかけらも感じられないんだけど」 とは思いませんか? ほんと、そのとおり。 読んでいて気分が悪くなる。 あんたら、それでオトナかよ、って感じ。

どういう論理があれば、こんなにも短絡的な結論が得られるのだろう? 人類の歴史に育まれた倫理哲学を支える言葉をどうしてこれほど軽々しく扱えるのだろう? ・・・ なんて真剣に考えるのもバカらしい。 おままごとやってる幼稚園児が 「ホントやーね、最近のインフレで家計が苦しいわ。 アベノミクスの影響かしら?」 なんて意味も分からずに言っている姿と瓜二つ。

お上や学会が定める医学研究倫理ガイドラインに、この手のルールが書いてあることはむろん知ってます。 この著者たちがそれに従っているということも分かる。 だったら 「ガイドラインに従った」 と単にそう書けばよいのである。 「ガイドラインにそう書けって命令されてるから、書いてるだけだよ。 そうしないと論文がアクセプトしてもらえないんだもん。 倫理? 哲学? 知らんわい、そんなもん」 と誰も見ていないところで毒づいていればよいのである。

「この手の論文ではこういう宣言を書くのがお決まりのお作法だから」 という程度の認識で、「人権」 などという言葉を含む大それた文章を何の違和感も覚えずに書いてしまう医療系・理科系研究者って、心のどこかに根本的な欠陥 があると私は思います。(注 1)

(注 1) もっと具体的にいうと、ニポンの理系人の教養の欠如。 リベラルアーツ教育の欠如。

昔、私がGCP査察官だった頃、 「あ? GPC? あんたのような木っ端役人に言われるまでもなく、GPC 遵守が治験実施の国際的な義務であることくらい、当然知っとるわぃ。 誰に向かってモノいうとるんじゃ、ワレ!」 と不機嫌にのたまわった医学界の大御所がいたことを思い出す。 その程度の認識なら、その程度の認識で結構。 「GPC (注: GCPのこと(笑)) なんて、弁当屋のSOP (注 2) と同じようなもんだと思ってる」 とあっさり告白してしまえばよかろう。 

(注 2) 「調理前に手をちゃんと石鹸で洗いなさいよ」 とか、「キャベツは水洗いしなさいよ」 とかいった弁当作成にあたっての注意書きと手順が書いてあるパートのおじさん・おばさん向けの文書のこと。

実は、私はそれが世の中の大勢でも仕方ないと思うのよ。 弁当屋で働く近所のパートのおばちゃんに 「ISO や HACCP の品質管理の哲学を理解しないと弁当を作ってはいけない」 なんていうのは土台無理がある。 それと同じ。 でもさ、MD、PhDという大層な肩書を背負った方々や医学界の大先生たちは近所のパートのおばちゃんではない。 無知・不誠実な態度が許されるわけがない。

*****

忙しくて本が読めない ・・・ といいつつ、チョコチョコとは読んではいるので、いくつか面白かったのを紹介しますね。

「科学の困ったウラ事情」 有田正規 著 (岩波科学ライブラリー

科学の困ったウラ事情 (岩波科学ライブラリー)

科学の困ったウラ事情 (岩波科学ライブラリー)

理科系の大学や学会のホントの問題点、論文学術誌の世界の歪みが、検閲なしに(笑)、きちんと書かれているので、ぜひお読みください。 会社のヒトも、お役人も、学者も、誰もが自分の働く業界について 「そう、この慣習って異常だよな」 と思っている慣習が一つや二つや数十個はあるはずだが、 「異常な業界の慣習」 を大声で語ろうとすると業界から抹殺されてしまうのがニポンである。

グローバル人材育成」の英語教育を問う 斎藤兆史、鳥飼玖美子 他 著 (ひつじ書房

グローバル化、万歳!」 「国際共同試験、万歳!」 「ICH万歳!」 を何の疑問もなく叫び続ける医薬品業界人にぴったりの本。 むろん皮肉です。 英語の超達人の先生方と養老孟司先生 (対談) が、「グローバル人材の育成が必要」だの 「世界で戦うための英語」 だのと意味不明なことをのたまう方々をばっさり斬ってくれる痛快な本。 英語の達人たちにとっては、「世界で戦えるグローバルリーダー (の育成)」 という表現をなんとも思わぬ言語感覚が、先ほど書いた 「匿名化してるから、人権は侵害してない」 と同じレベルのアホさ加減に見えるらしい。 なるほど。 

そして ・・・

ギャラリーフェイク 33 (ビッグコミックス)

ギャラリーフェイク 33 (ビッグコミックス)

なんと、あのギャラリーフェイクのフジタとサラちゃんが帰ってきてたのね。 我が家の書棚には全32巻が鎮座しておる。 12年ぶりの新刊に、うれしくてうれしくて、涙がじんわりでたよ。 アマゾンでは品切れで、TSUTAYA で手に入れたのだが、もったいなくて読めないのである(笑)。 最初に出てくる 「忘れられた一夜 (ほれ、昔のメトロポリタンでの子供のサラとフジタが出会っていた、というお話)」 だけは再掲だから、安心して読む。 それでも十数年ぶりの感動で、な、涙が。

*****

もう少ししたら小田さんの 「クリスマスの約束」 か。 今年は 23日、深夜 0時 35分から。 宇多田ヒカルちゃんが出るらしい。

一年が経つのが早い。 今、まわりにいる人たちを大切にしなければ、としみじみ思う年の瀬である。

2016-12-10

意味が分からない

「大学の先生って、毎日高尚な論文や教科書を読んで勉強ができて、うらやましい」 なんて思っている人がいるかもしれませんね。 でもそれってまったくの誤解です。 ちょっと考えてみてください。 確かに、大学教員のほとんどの仕事は目で活字を追う仕事、文章を読む仕事である。 でもね、大学教員が読む文章の大多数の 「書き手」 は誰でしょうか? 夏目漱石や、村上春樹や、池上彰でないことは確かですね。 そう、学生さん。 実にクリエイティブでアバンギャルドな文章を書いてくださるのである。

講義科目によっては、100人以上のレポートを何回も読むことになるのだが、その読解には膨大な体力が必要である。 学生の書いた一文を理解するのに必要な体力は、漱石先生の一文を理解するのに必要な体力の約8.3倍と言われている。(注 1) 主語がどこかに消えていたり、主語と述語がねじれているのは当たり前。 文章がやたら長すぎて、前半と後半で文脈が違ってたり。 段落という概念がなかったり(笑)。 どこかのウェブサイトからコピペしたらしい同一の文章が、何回も登場したり。

(注 1) 感じ方には個人差があります。

そのような状況下で効率だけを考えたら、レポートの内容 (中身) なんか無視して、文章の読みやすさ、あるいは単なる見てくれだけでさっさと点数をつけてしまう教員が、合理的で優秀とほめられるのかもしれん。 いわばプレゼン力の採点ね。 薄っぺらいコンサル会社が好む力だ。 しかしこの活字中毒ザルには、どうしてもそれができないのだ。 つい、ちゃんと読んでしまう のよ (笑)。 「なんだ、これ? 何書いてんだかさっぱりわからんぞ」 と怒りながら、つい必死で意味を解読してしまうのである。

「えーっと、この文章は、「この抗がん剤は」 がNP、「有効である」 がVPの句構造をしてるから、統語構造としては正常なんだけど、意味のタイプがかみ合ってないぞ。 <e,t> と <e,t> から t になってるじゃないか。 そうか、意味計算には Predicate Modification が必要なのか。 変数をここに入れて、λ計算するのか? いや、それではダメだ。 数量詞上昇 (quantifier raising) をするのかな ・・・」

私の持っている、ありったけの現代言語学知識総動員 (笑)。 でも分からん。 意味が分からないのである。

この教員、バカである。 これで疲れないわけがない。 100枚のレポートを読み終わる頃には、パンチドランカーなみの眩暈 (めまい) に襲われる。 無限大の徒労感。

外人が書いた投稿論文の査読でも、時々同様なことが起きるのよね。 どこからどう読んでも意味不明の文章に出会うことは稀どころか、日常茶飯事。 やはり現代言語学知識を総動員して、書いてあることの意味を理解しようとするが、分からん。 もしかしてこれを書いたのは学生か?と著者を確認すると、「○○ MD, PhD」 とある。 英文を眺めながらうんうんと悩むこと2時間。 降参。 「もうダメだ。 こんな簡単そうに見える文章の意味が理解できぬオレがバカなんだ。 所詮この程度の学者なんだよ、自分は。 いいんだよ、もう ・・・」 と涙目で白旗をあげて、次の段落を読み進んだら、「 ・・・ t 検定の結果、有意な差があった (P>0.05)」 なんて本文にも図表にも平然と書いてあったりして。(注 2) こ、こいつら ・・・ オレの2時間返しやがれ!

(注 2) 一般の人には分からないオチですみません。 要は 「バカ丸出し」 ということです。

若い学生さんはこれから社会に出て、上司や顧客に鍛えられるから、文章もきっと立派に成長していくのであろう。 温かく見守ろう。 立派な社会人なのにぞんざいな文章書く方々は、もし自覚があるのなら、社会人学生になるのが良いかもしれない。 まともな指導教員につけば、書いた文章に徹底的に赤ペンを入れてもらえるはずだ (センセイは泣きそうになってるだろうけど)。 あなたに自覚がなければ、あるいは、あなたの指導教員が効率重視 (たとえば論文数重視) の優秀・有能なセンセイだったら ・・・ ご愁傷様。

*****

疲れてるときは、当たり外れが激しい一発モノの映画が良いのだ、と借りてきたこいつ。 さて、外れか、当たりか ・・・

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大外れ (笑)。 この映画、まったく意味が分からないぞ。 でもそれが悔しくないのが映画という娯楽の素晴らしいところなのだ。 どんなにつまらない映画を見ても、「敗れて悔いなし!」 と思うのが映画好きの証でもある。

敗れてばかりでは情けないので、必勝の 「キングダム」 で自分を慰める。 今25巻まで来ましたよ。 合従、連衡。 秦が危ないぞ。 ドキドキしながら26巻を来週買うのである。 面白すぎるから、読むのは毎週1冊と決めてるからな。

キングダム 25 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

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2016-11-22

漁師による煙炭グルメについて少々

生協の本屋で立ち読みをしていたら、生協のおねえさんが電話で取次に発注を出していたのである。 部数からして、たぶん教科書の注文。

「えーっとですね、書名が 『りょーし えん・・たん ・・・ ぐるめんと』 です ・・ はい、『りょーし えんたん ぐるめんと』。 それを50冊お願いします」

・・・ (ーoー?)ハテ?

漁師 煙炭 グルメ ? ・・・ 農学部水産学科の講義のテキストだろうか? ずいぶんとディープな講義だな、それ。 漁師さんが取って来た魚を燻製にするための技術なんてものも、東大で教えてるんだ。 へー、さすがに すごいなぁ、東大。 学問の間口が広いなぁ、東大 は。

・・・ とマジで思ったのである (以上 0.27 秒)。 が、しばらくしてから解釈の誤りに気付いた。

あ、それって、りょーし entanglement の方ね。 「量子もつれ」 ってやつ。 原理はまったく理解できないが、量子テレポーテーションとかの理屈で出てくるヤツだ。 そうか、物理学関係の講義のテキストなのね。 納得 (以上 1.22 秒)。

・・・ 

・・・ ふふふ。 でもさ、それが漁師 entanglement だったらちょっとすごい感じだよね。 「漁師もつれ」。 「痴情のもつれ」 なんかと比べると、すごく正々堂々とした豪快なもつれ方をするんだろうなぁ。 鍛えられた筋肉と汗。 一本釣りの船上で飛び跳ねるカツオ。 なびく大漁旗とどこかから聞こえてくる和太鼓の響き。 ふふふ。
すごいな、漁師もつれ! ちょっと憧れるぞ、漁師もつれ!
(以上 3.81 秒)

・・・ なんか疲れてるんかなぁ、自分。

*****

オ○ジーボの薬価が高すぎるとメディアで叩かれまくっている。 確かに年間薬剤費の 3,500万円は、たとえば我々が普段のスーパーの買い物に持っていく金額ではないという意味では 「高い」 のだろうが、より本質的な問題は 「高い」「低い」 じゃないよね。 ポイントは、お上が、新薬の 「価格のようなもの」 を、「ルールらしきもの」 に従って思うがままにつけると必然的にこういう状況が生じる、ということ。 論じるべきは、「高い」 「低い」 という帰結だけじゃなくて、その帰結を導く 「決め方」 を、我々が納得しているのか、ということ。 

フェアか。 効率的か。 弱者にやさしいか。 自由・権利は守られているか。 コミュニティの価値観と一致しているか。 などなど。

効率の観点から論じるとして、もしかしたら、ニポンの薬価を、経済学の教科書に書いてあるような意味での 「価値のシグナル」 と誤解している naive (幼稚) な人たちが未だに多いのかもしれぬ。 あのね、ニポンの薬価なんてものは、価値とは無関係な、単なる決め事なのよ。 たとえば原価計算って、生産費用に事後的にマージンのせただけの代物。

「類似薬効比較方式って、似たような薬、つまり似たような価値の薬に似たような価格をつけてるんだから、価値のシグナルでしょ?」 だって? いいえ、まったくちがいます。 そんなもの、松山選手や石川遼選手のフォームを形だけ真似てプレイしたら、彼と同じスコアが出ると勘違いしているオヤジのようなものである。 同じスコアどころか、その辺のおやじが無理して松山・石川選手と同じスウィングしたら、たぶん、ろっ骨を骨折するよな。 日本の薬価制度、かわいそうにあちこち骨折しまくり(笑)。 ゴルフでは 「オレも松山選手と同一のスウィングをしよう!」 なんて勘違いをするオヤジはいないのに、薬価の話になると 「完全市場の競争の帰結を形だけ真似すれば完全市場のご利益にありつける」 などと勘違いしたオヤジがあふれかえるのがニポンの医薬品業界のレベルである。

「高薬価品目がどんどん出てきて、皆保険制度が崩壊する!」 という煽り文句も、私にはちょっとビミョーに見える。 崩壊しないと思うぞ、たぶん。 よーく観察してみるとすぐに分かるのだが、お役所の方々にまったく危機感がないでしょ? 政府は勝手に 「価格らしきもの」 を下げられるんだもの。 「ちょっと財源がやばいぞ」 「メディア批判が厳しいぞ」 と思ったら、「薬価らしきもの」 をどんどん下げるだけのこと。 薬価を下げたいときに、テキトーに後付けの正当化の理屈と制度をつくって、下げる。 過去数十年散々やってきて、見かけ上は成功してきたことと本質的には同じことを繰り返すだけのこと。 悪知恵すら不要である。

「そんなことすれば、ドラッグラグ問題が再燃する」 などと危惧する方々もいるが、心配ご無用。 再燃しません。 少なくとも過去数十年のような形では。 過去のドラッグラグ問題は、日本市場での開発の成功・失敗の、日本人患者の健康にとってはとても意味がある 「フェアな一発勝負」 を強いられていたことに由来する、企業行動のごく自然な帰結であったのよ。 「日本への申請を後回しにすると、日本の当局が (当然ながら) 優しく・甘く承認してくれる」 ことの表れである。(注 1)

(注 1) 興味のあるヒトは私たちの研究論文読んでね。
Hirai Y, et al. Analysis of the success rates of new drug development in Japan and the lag behind the US. Health Policy 2012; 104: 241-246.


今では状況はまったく違いますよね。 ICHだの、世界同時承認 (笑)だの、国際共同開発の推進だの、海外データのほぼ無条件受け容れなどと言いながら、日本での貴重な新薬開発一発勝負の場を、審査当局自らが放棄しちゃったんだもん。 開発 (承認取得) の成功・失敗に由来する、新薬開発データの限界価値と結びついた、自然で意味のあるドラッグラグの時代は終わったのだ。(注 2)

(注 2) でも、いわゆるドラッグラグがゼロになったわけではないので誤解しないように。 情報・生産資源の世界的な分布の非対称性、そしてそれを利用した裁定取引が存在し続ける以上、ドラッグラグがゼロになるわけがない。

「製薬企業が日本市場で新薬を売らない」 現象がこれから起きるとすれば、これまでのドラッグラグとはまったく別の現象だろう。 今度は、開発戦略の合理的な帰結じゃなくて、ニポン政府グローバル企業の間の、ねじくれた、政治的な喧嘩の帰結 (笑)である。 ほれ、最近時々英国などで起きてるでしょ? ニポンでは、あれよりもずっと感情的な議論になるだろうなぁ。

でね、ねじくれた政治的な喧嘩を政府と企業がしたとして、どっちが勝つかというと、やはり 「個々の品目に関する局地戦 (例: 個々の品目の承認の可否、個々の品目の薬価設定」) では政府の圧勝なのよ。 10兆円のマーケットを背景に、「○社さんさぁ、なんだったら、江戸の敵を長崎で討つこともできるんだからね、政府は (翻訳: 今ここでお上に従わないと、別の機会に意地悪するよ。 別の品目の審査とか、薬価とか、工場の査察とか ・・)」 という信憑性のある脅しが可能なのだから、企業が局地戦で勝てるわけないじゃん。

だから私は、「オプ○ーボの価格が高い・低い」 「日本の薬価が高い・低い」 「製薬企業は儲け過ぎている」 とかいった、一見分かりやすいけど本当は難し過ぎて、誰も本質・因果関係を追求しきれない議論ではなく、「日本では (広義の) 政府側が好き勝手にルールを運用したり、変えていったりするんだが、それってみんな納得してるの?」 という一見曖昧だけど実はとても本質的・根源的な問いかけから議論を始めるべきではないか、といつも思うのである。 いかがだろうか。

・・・ と問いかけても誰も賛同しないのは知ってるけどね。

*****

実はサル的なヒト、相変わらず無茶苦茶な状況にある。 仕事上の借金 (締切をとうに過ぎた仕事ね) で首が回らない。 町工場の社長ならとっくに夜逃げしているレベルである。 周囲には、助けの手を差し伸べてくれるヒトどころか、死にそうになっている私に気付いてくれるヒトすらいない。

ムッキー! と大声で突然叫びつつ、目の前の仕事なんぞすべて放り捨ててトム・クルーズ様の映画を見に行く。

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かつて自ら所属した組織に何度も裏切られ続けるジャック・リーチャー。 あんた、人が良すぎるにもほどがあるぞ。 でもカッコいいから良しとする。 点数をつけるとすれば、この映画は5億点だ。