小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

毛ほどの重みもない「人権」

前回の記事の続き、というわけではないのだが、相変わらず他人の書いた論文の査読に追われる毎日である。 査読って一銭にもならないし、業績にもならないのだが、頼まれたら断らないのが学界の基本ルールである。 外人さんの書いた論文だから英語が達者かというと決してそんなことはなくて、それぞれ国の人たちの書く文章・英語には盛大にクセがある。

論文の内容とは無関係なところで、しかし、世界共通だなぁと思える表現にたびたび出会う。 正確には 「医学・薬学系共通」 というか 「理科系共通」 というか。 たとえば医学系の研究論文に結構出てくるこんな表現。

"As the data of this study were anonymized, there was no possibility of human rights violations or ethical problems. (この研究の患者データは匿名化されてるから、人権の侵害倫理的な問題の可能性はなかった)"

・・・。

この文章って、なんだかとても 幼稚 に見えませんか? 「ほんとにこれ、博士号 (MDとかPhDとか) を持ってる人が書いてるの? 知性のかけらも感じられないんだけど」 とは思いませんか? ほんと、そのとおり。 読んでいて気分が悪くなる。 あんたら、それでオトナかよ、って感じ。

どういう論理があれば、こんなにも短絡的な結論が得られるのだろう? 人類の歴史に育まれた倫理・哲学を支える言葉をどうしてこれほど軽々しく扱えるのだろう? ・・・ なんて真剣に考えるのもバカらしい。 おままごとやってる幼稚園児が 「ホントやーね、最近のインフレで家計が苦しいわ。 アベノミクスの影響かしら?」 なんて意味も分からずに言っている姿と瓜二つ。

お上や学会が定める医学研究倫理ガイドラインに、この手のルールが書いてあることはむろん知ってます。 この著者たちがそれに従っているということも分かる。 だったら 「ガイドラインに従った」 と単にそう書けばよいのである。 「ガイドラインにそう書けって命令されてるから、書いてるだけだよ。 そうしないと論文がアクセプトしてもらえないんだもん。 倫理? 哲学? 知らんわい、そんなもん」 と誰も見ていないところで毒づいていればよいのである。

「この手の論文ではこういう宣言を書くのがお決まりのお作法だから」 という程度の認識で、「人権」 などという言葉を含む大それた文章を何の違和感も覚えずに書いてしまう医療系・理科系の研究者って、心のどこかに根本的な欠陥 があると私は思います。(注 1)

(注 1) もっと具体的にいうと、ニポンの理系人の教養の欠如。 リベラルアーツ教育の欠如。

昔、私がGCP査察官だった頃、 「あ? GPC? あんたのような木っ端役人に言われるまでもなく、GPC 遵守が治験実施の国際的な義務であることくらい、当然知っとるわぃ。 誰に向かってモノいうとるんじゃ、ワレ!」 と不機嫌にのたまわった医学界の大御所がいたことを思い出す。 その程度の認識なら、その程度の認識で結構。 「GPC (注: GCPのこと(笑)) なんて、弁当屋のSOP (注 2) と同じようなもんだと思ってる」 とあっさり告白してしまえばよかろう。 

(注 2) 「調理前に手をちゃんと石鹸で洗いなさいよ」 とか、「キャベツは水洗いしなさいよ」 とかいった弁当作成にあたっての注意書きと手順が書いてあるパートのおじさん・おばさん向けの文書のこと。

実は、私はそれが世の中の大勢でも仕方ないと思うのよ。 弁当屋で働く近所のパートのおばちゃんに 「ISO や HACCP の品質管理の哲学を理解しないと弁当を作ってはいけない」 なんていうのは土台無理がある。 それと同じ。 でもさ、MD、PhDという大層な肩書を背負った方々や医学界の大先生たちは近所のパートのおばちゃんではない。 無知・不誠実な態度が許されるわけがない。

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忙しくて本が読めない ・・・ といいつつ、チョコチョコとは読んではいるので、いくつか面白かったのを紹介しますね。

「科学の困ったウラ事情」 有田正規 著 (岩波科学ライブラリー)

科学の困ったウラ事情 (岩波科学ライブラリー)

科学の困ったウラ事情 (岩波科学ライブラリー)

理科系の大学や学会のホントの問題点、論文と学術誌の世界の歪みが、検閲なしに(笑)、きちんと書かれているので、ぜひお読みください。 会社のヒトも、お役人も、学者も、誰もが自分の働く業界について 「そう、この慣習って異常だよな」 と思っている慣習が一つや二つや数十個はあるはずだが、 「異常な業界の慣習」 を大声で語ろうとすると業界から抹殺されてしまうのがニポンである。

「グローバル人材育成」の英語教育を問う 斎藤兆史、鳥飼玖美子 他 著 (ひつじ書房

「グローバル人材育成」の英語教育を問う (ひつじ英語教育ブックレット)

「グローバル人材育成」の英語教育を問う (ひつじ英語教育ブックレット)

グローバル化、万歳!」 「国際共同試験、万歳!」 「ICH万歳!」 を何の疑問もなく叫び続ける医薬品業界人にぴったりの本。 むろん皮肉です。 英語の超達人の先生方と養老孟司先生 (対談) が、「グローバル人材の育成が必要」だの 「世界で戦うための英語」 だのと意味不明なことをのたまう方々をばっさり斬ってくれる痛快な本。 英語の達人たちにとっては、「世界で戦えるグローバルリーダー (の育成)」 という表現をなんとも思わぬ言語感覚が、先ほど書いた 「匿名化してるから、人権は侵害してない」 と同じレベルのアホさ加減に見えるらしい。 なるほど。 

そして ・・・

なんと、あのギャラリーフェイクのフジタとサラちゃんが帰ってきてたのね。 我が家の書棚には全32巻が鎮座しておる。 12年ぶりの新刊に、うれしくてうれしくて、涙がじんわりでたよ。 アマゾンでは品切れで、TSUTAYA で手に入れたのだが、もったいなくて読めないのである(笑)。 最初に出てくる 「忘れられた一夜 (ほれ、昔のメトロポリタンでの子供のサラとフジタが出会っていた、というお話)」 だけは再掲だから、安心して読む。 それでも十数年ぶりの感動で、な、涙が。

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もう少ししたら小田さんの 「クリスマスの約束」 か。 今年は 23日、深夜 0時 35分から。 宇多田ヒカルちゃんが出るらしい。

一年が経つのが早い。 今、まわりにいる人たちを大切にしなければ、としみじみ思う年の瀬である。