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小野俊介 サル的日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-06-14

意味不明なこと言わない

新聞を読んでいると、時々おやっ?と思うような不思議な記事に出会う。 たとえばこれ。

薬の世論調査、中止へ 2018年6月13日 朝日新聞

1年延命できる薬に公的医療保険からいくら支出を認めるかを尋ねる世論調査について、厚生労働省は中止する方針を決めた。 13日の中央社会保険医療協議会中医協厚労相諮問機関)の専門部会で示す。
高額の薬が保険適用されて医療費が膨らむ懸念から、厚労省費用対効果を考える際に世論も反映させようと、昨年6月に調査実施の方針を決めていた。だが、世論調査に関しては 「保険財政の現状や公的医療保険の仕組みを理解した上での回答になるのか」 などと異論が続出していた。
厚労省は3月に有識者研究班に新薬の費用対効果を測る基準について検討を依頼。 今回の中止方針は研究班の判断を踏まえたもの。 研究班は、すでに提示されている「患者の今の状態を1年間維持するために必要な費用が計算上、従来品より500万円以上高くなる場合は、その新薬を価格引き下げの対象にする」との基準について「正当」と判断した。

「薬の世論調査」 って、なんだよ、それ。

「あたしゃね、雄々しいタケダイズムってやつの大ファンなのよ。 『不屈』 なんてサイコー! だからタケプロンカプセルを応援するわよ」
とか、
「小生は、患者を最優先に考えつつも適正利潤を求めるというロ〇ュグループの中〇製薬が好きであります! 千疋屋の上にオフィスがあるのもステキでありますっ! だから小生は断固ボンビバ錠支持でありますっ!」
とか、
そういうのが 「薬の世論調査」 なのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。

この調査で尋ねていることは、要するに医療経済学の体系の支柱にあたる 「人の命の価値」 ね。 「まぁまぁ健康な状態での1年間の寿命を買うために、あなたはいくらまでお金を払いますか?」 という、この業界ではよくある質問である。

これを 「薬の世論調査」 と呼んでいるのだが、まずその時点で大笑いである。 これのどこが 「薬の世論調査」 なのだろう。 誰か文句をつける人がいないのかね。

で、その調査の実施にケチがついた、というのがこの記事。 「調査における質問の意図が、保険制度のことなど何も知らない一般人に理解できるのか?」 ってコワい顔した中医協委員と称する方々が怒ったのでしょうね、たぶん。

確かにそりゃそうだ。 一般人には理解できんだろう。 だけどね、私はこの委員の方々の主張にはまったく賛同しません。 医療の (あるいは行政の) 専門家を自負してるのなら今の状況を正確に表現すべきだと思います。

「この質問の文章の意味を理解できる人なんて、専門家を含め誰一人いないし、回答を分析して得られた結果の文章の意味を理解できる人も誰一人いない」 とね。 意味が分からんのは一般人も専門家も同じに決まってるじゃん。

むろん私だってこうした手法が健康経済学 health economics における精緻な理論と経験的エビデンスに則っていることくらい知っている(注 1)。 学問・科学としての健康経済学 (の、たとえばCUAの手法) にチャチなケチをつけているわけではなく、敬愛する健康経済学者の諸先生方に喧嘩を売っているわけではない。 誤解しないでね。

(注 1) 私も医療経済学を一通りはかじったことがある。 Weinstein 先生の講義の単位もしっかりとったぞ。

私が 「誰も理解できてないじゃん」 と笑っているのは専門用語(technical jargon)の表面的語彙やモデル分析の前提となる条件などではない。 文章 (命題) の意味論的な「意味」 である。 たとえばね、「(誰かの) 健康寿命を一年延ばす(維持する)」 ってどういう意味だろう? 健康寿命ってそもそも存在するのか? RCTかなんかやるのか?(笑) 仮想現実? 可能世界意味論を持ってきても解釈は難しいぞ。 根っこには因果論があるから話はさらにややこしい。 というか、こうも簡単に人の生き死にを意味論的にモデル化できているかのごとき振る舞いを見たら、ギリシア以来の哲学者が全員卒倒するだろうな、アハハ ・・・ というような議論をニポンの医療専門家と称する方々がしているのを私はかつて一度も見たことがない。

「ニポン人は健康寿命を一年延ばすのに 500万円までなら払う」 ってどういう意味だろう。 一年延ばせると神様が約束してくれるのなら神様にお礼に500万円払う ・・・ って、神様の登場か? もし神様が約束を反故にしたら「500万円返せ!」 って神様に損害賠償請求するのか。 でもあんた、請求する金額は 500万円でいいのか?(注 2) これって事実命題? それとも法則文?

(注 2) し、しまった、筆がすべって経路依存性の議論にしてしまった。 これでは専門家には解けてしまう(笑)。

こうした文章って 「その意味が正しいことをどうやって検証するの?」 がさっぱり分からないのよ。 意味が正しいんだか間違ってるんだか分からない文章。 気分はなんだか形而上学(笑)。 誰も正誤が判断できないものだから悪乗りして乱用される。

もう一つイラっとする点。 (a) シロウトさんが自分なりの意味論世界で持つ意味と、(b) 保険医療専門家と称する方々が持つ意味 の間に、正誤や優劣なんてあるわけがない。 (a) と (b) に違いはあることが多いでしょうね。 たとえば、それぞれが採用している意味論モデルの違い、あるいは、語用論プロセスの結果生じる違い。 だけど、意味の間に優劣なんかつくわけないし、「誤った意味」 なんてものもありません。 「シロウトの示す判断は意味が分からん。 何かが誤っていて採用できん」 などと口走る医療行政) の専門家傲慢さ、相変わらず気持ち悪い。 薬害とかでもめていた頃とまったく変わらんな。

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ちなみに医薬品の薬効評価の世界には、もっとひどい意味不明な文章が伝統的にありますね。 そう、「薬が効く」 「薬は安全である」

これほど悪質な意味不明文を医師薬剤師が何百年も放置してきた歴史があるのだから、「1年間の健康寿命の支払い意思額は 500万円」 程度の意味不明文は痛くも痒くもないか(笑)。

私自身、専門家に幾度となく 「『薬が効く』 『薬は安全である』 ってどういう意味?」 と尋ねてきたが、一度もまともな答えが返ってきたことがない。 考えたこともないらしい。 にもかかわらず、皆さん平気でこの表現を使いまくっているよね。 意味が分からないのになんで平気で使えるのよ、と心配になるのだが、案の定、社会のあちこちでトラブルを撒き散らしている。 ほれ、薬を飲んで大変な目にあった人たちと製薬企業・当局の間のもめごとでよくあるでしょ。

薬を飲んでひどい目にあった人いわく 「この薬は安全ではない」
企業の人たちいわく 「この薬は安全である」

「この薬は安全である」 という意味不明文を使っている限り、両者の意味のある対話は何百年経っても成立するわけがない。

*****

あいやー、衝撃の最終巻であった。 「セトウツミ」。 高校生のにいちゃんたちが川端で座っているだけの漫画で、53歳のジジイがまさか涙を流してしまうことになろうとは。 未読の方はぜひ。 近年まれに見る傑作なり。

おかだ@金沢おかだ@金沢 2018/06/18 14:18 小野先生、ご無沙汰してます。
久しぶりに日記を拝見しておりましたが、エセ薬剤師として日々過ごしている私に
ざっくりと刺さる文章ありがとうございます。いまだに患者さんからの「この薬は強いの?」という質問に
すっきりとした回答を用意することが出来ず、もやもやした感じが10年以上も続いています。
そんなときこの日記を読むとちょっとすっきりするとともに、日々劣化して言ってることに
気がつき、「あぁ!もうちょっとでいいからカシコクなりたい!」と思ってしまいます。

先生の尖った文章を楽しみにしています。またそのうち研究室に遊びに行きますね。

boyaboyboyaboy 2018/06/27 12:32 おかだくん、お久しぶり。 元気でやってるのですね。 なによりです。

薬剤師さんって日々患者さんから「この薬は効くの?」 「この薬は危なくないの?」 といった質問を受けているのに、これらが意味不明文であることに誰一人気づいてないんじゃないの? と意地悪な突っ込みを入れたくなります。 ホントは患者と薬剤師(医療従事者)で会話が成り立ってないはずなんだけど。 世の中の人たちは忙しいから、まぁそんなことは気にせずにメシが食えればそれでいいのでしょう。 患者さんが不幸にも副作用で死にかけたりしたときだけメディアも巻き込んで大騒ぎ。 笑止千万ですね。 薬のプロを名乗るのならばそこで大騒ぎするのではなく、何百年(正確には何千年)も足元で大きく開いたままのブラックホール(意味不明文)について、今、大騒ぎしろよ、という感じですね。

金沢も暑いから、死なない程度にがんばってね。

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