08/05/30
■[Music]つ な が る
御無沙汰しております
バックホーンのこととフィッシュマンズのことを書きます 唐突ですみません
GiGsの連載第一回を見ました、岡峰プロ凄いなあ
これから少なくとも一年間は確実に毎号こんなベース語りを読めるなんてしあわせです
岡峰プロの ファンクラブ会報での
悲哀に満ちた自分ひとりインタビュももう見られなくなっちゃうのかなあと思うと寂しいです
だってきっとこれから新譜が出るたびにベースのこと思う存分訊かれるだろうし語れるだろう…
上記連載での呼び名は“岡峰部長”なのですけども、部長… これからは部長と呼ぶべきか…
岡峰プロという響きの胡散臭さをこよなく愛する自分としては心が揺れるところです(普通に呼べよ)
ネックを持つ左手がアップになってる写真が載っていて、
おお さすがあのサディスティック鷹(加藤)ティックベースラインを弾きこなすひとのてのひらと指は厚みがあって凛々しいなあと思いました
まさにSAMURAIであります はい 恰好よいです
今は、“人と繋がりてえ繋がりてえ繋がれるはずだ” という栄純(THE BACK HORN)と、
繋がる気ほぼゼロ(に見える)TK(凛として時雨)の 作る音楽を
交互に聴いてちょうどバランスがとれるような毎日です
あまり関係ないけど、わたしは栄純のことを大好きだけど、
栄純がFishmansの音楽から死の匂いを感じてしまうという話は すこしわりとかなり悲しかったです
死という付加情報が先に与えられていなかったとしても 栄純は空中キャンプを聴きこんだだろうか?
もしも佐藤さんが今も元気だったとしても、「ナイトクルージング」は、栄純の耳には血の海を漂う音楽として響くのだろうか?
それとも、これ書いた頃と今のえいじゅんの考え方感じ方はまた変化しているだろうか?(少なくとも書く曲は大幅に変わった)
佐藤さんもHONZIももう居なくなってしまって、二度とフィッシュマンズの音楽は、
死のフィルター無しでまっさらに聴かれることは無い のだろうか?
音楽葬は佐藤さんの御実家のある県でおこなわれて、それはわたしの住む東京の隣の県だったのですが、
まるで海を越えて行くかのように遠く感じた心細さと、3月だというのに降り続けた氷雨の異常なほどの冷たさが未だに忘れられず、
おそろしい記憶として凝り固まり貼りついたままです
でもフィッシュマンズの音楽を今あらためて聴いて、わたしは死の匂いは感じない
http://www.recosell.com/cd/00/00/80/00008007_1.html




