黒人天才来日ツアー「dotlinecircle presents KETSUTOBI SHOW 2007」@O-NEST

breaststroking2007-03-11



一昨日から、ASPARAGUSBEAT CRUSADERSのスプリットツアー東京公演(9日、於・渋谷O-EAST。渋谷公演だけ完全にツーマンで、アスパラが見たいのにそれを知らず90分遅れで行って、でもまあ4〜5曲聴けるだろ、それで御の字だ仕方ない、と思って入場したらちょうど「サスカッチ」に合わせてビークルが現れてくるところで、アスパラ単独演奏を1秒も見られなかったのも衝撃だったが、ビークルとアスパラの共演によるアンコールが全部で4度もあって、「ISOTONIC」はもちろん、メドレーと称して「BE MY WIFE」などの通常渡邉忍が絡まないビークル作品まで一緒にやってくれたのでエモ過ぎた。あと、共作曲をやるためにアスパラがステージに再登場する時に、ヒダカが「APPROACH ME」の即席カバーで迎えたら、それが全員に波及して延々続いて渡邊のボーカルまで乗った完璧な演奏になったこと、その他、ビークルのMCの流れから、ツェッペリン「移民の歌」、本田美奈子「ONE WAY GENERATION」などの完成度の高い即席カバーがいくつか披露されたことなどは添え書きしておこう。そしてヒダカのソングライティングが、キャリアを重ねるごとに脂が載ってきていることを強く感じた)へ向かう電車のなかでも、混み合った早稲田松竹ウディ・アレンの特集を見て(10日)、上映作の「マンハッタン」と「アニーホール」のちょっとした合間でも(なんかこの白黒画面、既視感があるなと思ったら「マンハッタン」はこの前家で見たばっかだった)、もちろん晩酌の飲み屋やお風呂の中ででも、春樹訳の『ロング・グッドバイ』(早川書房→amazonを読んでいるから、おれの書く文章もとうぜん伝染したようにチャンドラーだ。チャンドラーを読んだ人間はそれを免れない。

謎の黒人ヒップホップアーティスト「黒人天才」の来日ツアー「dotlinecircle presents KETSUTOBI SHOW 2007」を見にO-NESTへ。おれは物心ついてから、何かあると決まって円山町に脚を伸ばしている。それも常に、セックス以外の目的で。

「黒人天才」のことはまた後で。新宿とか渋谷に生息する、ヒップホップ好きなストリート系の人はあまりいなかった。サブカル趣味がかった音楽ファンもそんなにいなかった。適度にヒップホップが好きそうな人はたくさんいた(あ、なんか既にチャンドラーじゃねえや)。

オープニングは20時10分から54-71が登場した。ビンゴのシンセとボボのドラムが三角形の二辺のように寄り添い、頂点の先にベースの川口が立つ。4人のころは終始後ろを向いて演奏していた川口は、最近はもう、前を向いて淡々と弾くようになっている。

三人の後方には緞帳が垂れている。赤い照明に照らされた緞帳は血の色のようだ。しかしビンゴのNordLead、ブーゲンビリヤが咲き狂っているボボの単パン、そして赤いコンバースは、同系色なのによく目立っていた。

今日は客の入りも良くも悪くもない感じで、54もゆったりボボのちかくで見られた。だから始まるとすぐに、ボボの体のすぐちかくで、汗の粒ような、それか粉か火花のようにも見えるものが、ひっきりなしに飛んでいるのに気づいた。

まず当然ボボの汗だろう、と思うのだが、しかしまだ演奏は始まったばかりだし、ボボの額を見ても汗が浮かんでいるようではない。
怪訝に思ってボボの手元を凝視していると、彼の右手がひと振りするごとに、シンバルとスティックの接触点あたりから、木片とも鉄粉ともつかないものが飛び散っているのが観察できた。あまりにボボがシンバルを強打するものだから、スティックかシンバルの一部が、ひと振りごとに削り取られているのだ。この日は、「ceiling」から始まり「revail」まで6曲やったが、この間のボボのドラムの強弱は、それぞれの曲の展開に素直に呼応していたから、しぜん、上記二曲のなかで、天地開闢みたいに突然ブレイクするところなどは、グラインダーを操る人や溶接業の人みたいに、無数にドラムから粉が飛び散ることになる。鬼気迫る形相とあいまって、まるで神話の時代の刀鍛冶みたいだ。

今日はスティックは折れはしなかったが、ライブ後、ボボが掴み上げたそれは、逆むけだらけだった。一方のシンバルは、円の形はしているものの、凝視するまでもなく完全な円ではない。外周が度重なる強打によって削り取られて、バリバリになっているのだ。そればかりか、せんべいを齧り取ったように思い切り破損している箇所もある。そんな傷だらけのシンバルを、逡巡も憐憫もなく、ボボはひたすら叩きつづけるのだ。

ボボのことばかり書いたから、視点を移す。日本アングラ音楽界のハービー・ハンコックと化したビンゴは、三人編成でキーボードを使うスタイルになってから封じていた、切れのあるトリッキーなラップを昨年復活させた。それは再開当初、やや消化不良なものに見えたが(それくらい新種のフュージョン、ジャズバンドとしての54は演奏力を高めていたのだ)、今日のビンゴのラップは、バンドのなかで第四の楽器として鮮やかに鳴っていた。特にフュージョン調の無題曲や、サンプラーをシンセと器用に併用する歌謡曲調の新曲において、それは見事なグルーヴをバンドに与えていた。

思えばこのバンドのライブを初めて見て、7年になる(あれは事故のような出来事だった)。7年という期間、資金問題をはじめとして様々なものがメジャーなバンドより乏しいオルタナティブなバンドが、活動を継続することはそれほど易しくはない。しかも彼らはただライブを繰り返すのでなく、集中力と緊張感、そしてクリエイティヴィティを涸らすことなく維持し続けてきた。54はある種のカリスマ性はあっても、派手で華のあるバンドではない。しかしながらこれらのことが達成できている東京のアンダーグラウンドなロックバンドは、両手の指の数に満たないだろう。

15分開けて黒人天才。そもそもは1月14日の円盤ジャンボリーを見に来たとき(この時は三日間続けて見るつもりだったのに、なぜか突如名古屋に行くことになって一日目二日目見られず)、黒人が写った「黒人天才」と書いてある妙なフライヤーが貼ってあるのを見て、なんか場違いで妙な感じがしたのを覚えている。フライヤーはわざとB級っぽく、チープに作ってあった。外国人アーティストなのに、なぜ「黒人天才」なんて漢字の妙な名前になっているのか、よく判らなかった。あとでdotlinecircleのウェブで、そこが招聘したアーティストだということと、彼らが黒人なのに日本語を使ってラップする人であることを知って、面白そうだと思ってやって来た(そういえば、ムネカタさんのブログにも紹介されていた)。彼らの来歴も、どうしてそんな方法を取るようになったかも、ちっとも知らない。

予備知識はこれくらいだ。あと、テネシー州メンフィスから来た人たちらしい。4MCで、全員黒人。ヒップホップど真ん中の衣装を着ている。よく観察していたら、メインMCは真ん中の一人で、どうもこの人が「黒人天才」であるらしい。それでそれ以外の三人は、「世間擦れ仲間」というユニットであるらしい。だれもそうだとは断言していないが、チラシとMCとウェブを見て総合的におれはそう判断している。「世間擦れ仲間」は、日本語の合いの手を随時入れるけれど、積極的には日本語ラップをやっていない。

DJはいないのだが、後ろでドットライン代表のカトマンさんかもしれない男の人がCDJで曲を操作している。曲の間にはMCを呼び寄せて耳打ちで指示を出したり、逆にMCも不安がってCDJのところに寄って指示をもらったりもする。その絵だけでおかしい。

黒人天才がラップするテーマは主に、サケとオンナ。他愛もないものばかりだ。しかしなぜこんなに笑えて、盛り上がるんだろうね? どう見ても黒人にしか見えない黒人が、ヒップホップの格好で隠語をちりばめた日本語でラップをしている。それだけなのに妙に面白い。説明不能な面白さがある(B.オロゴンやゾマホンといったタレント、天久聖一のDVD、またはギャグ漫画など、日本語を使う面白黒人の例は無数にある。おれは『おしゃれ手帖』の重要人物・スライを思い出した)。今日はツアー最終日で、客も何度か見ている人が多いのか、「ケツ飛び」「サケ」「アバレロ」など、判りやすい歌詞に大合唱。

それにしてもかつて、「日本語!(喋ってください)」「自己紹介!(してください)」といったヤジを浴びる外国人アーティストがいただろうか?(黒人天才は、「マタ自己紹介?」と言っていた!) あと、彼らのライムは100%が日本語というわけじゃなく、3割くらいは英語なのだが、英語でやり始めると、それがどんなにリズミックで勢いのあるラップであっても、聴衆がひとつも盛り上がらないのがまた面白かった。

あと、黒人天才は先述したようにセックスとサケについての曲が多いのだが、本場のギャングスタラップみたいなのを直訳したような剣呑でグラマラスでギラギラした感じではなくて、日本の童貞中学生がそのまま大きくなって黒くなったような、くだらない内容なのが面白い。特に、黒人天才が英語の先生に扮して、下半身に関する言葉を、日本語と英語で交互にラップする曲、あと酒を飲み過ぎて右に傾いたり左に傾いたりする曲(一見ムーディー勝山のムード歌謡曲的 http://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E5%8B%9D%E5%B1%B1&search=Search)が、最高にくだらなくて印象に残った。

5月にはアルバムが出るという。大丈夫か。今日は『yopparai mix tape』というタイトルのCD-Rも売っていたが、ライブでやっていた曲はあんまり入っていなかった。ライブで3曲目くらいに「ケツ飛びガールズ」なる日本女性ダンサー二人が出てきて、その時にやっていた猥褻な歌がいちばん面白かったが、あれも入っていない。ライブの歌詞は正しく思い出せないのでCD-Rからライムを抜き出してみよう。下品でくだらないけど。ゴツい黒人がラップしている様をイメージして読んでください。でないと悲しいだけ(興味があれば、my spaceと、dotlineのYou Tubeのサイトを見て下さい http://www.myspace.com/kokujintensai http://www.youtube.com/dotlinecircle)。

「ラブホテル探シニ行ク ラブホテルオレノオゴリ」
「初耳ダロウ 初耳ダロウ」
「運命ナンカ信ジラレナイ」
「オレノ金玉尊敬シロ」
「イツナラナンパ辞メル? 死ヌマデナンパ続ク」
「飲ミ過ギチャッタ マッスグ歩ケネエ」
「エチムービー エチムービー ヤーラーシークテ ターノーシイ」
「黒人天才 尺八サレルト 気持チイイ」(後ろの3行はいずれも「Echi Movie」という曲で、いちばん歌詞がヒドい)

だいたい黒人天才の音楽がヒップホップの水準としてどうなのか、おれは今日ゲラゲラ笑いながら愉しんだけど、よくわかんないや。でもそれほど低いものでも、かといって非凡なものでもないだろうと思います。そもそも歌詞書いているのは「黒人天才」なのだろうか? 黒人天才は、またきっと再来日するのだろうが、その時にまた行くか全然自信がない。けれど、ネットで面白ネタが集まったニュースサイトを見るのが好きな人や、おれみたいなサブカル趣味の人なら、見て損のないユニットだと思う。なんというかとってもネットっぽいアーティストだ。

帰りに近所のブックオフが開いていたので覗いたら単行本がオール500円で、矢作俊彦『THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ』(角川書店)、大西巨人『精神の氷点』(みすず書房)と、あと単行本じゃないがアゴタ・クリストフカズオ・イシグロのepi文庫から出ているやつ、本田靖春不当逮捕』(岩波現代文庫)などをガッと買って、にまっとして家に帰った。ちょうど読みたかったんだ、矢作本(チャンドラーが終わったらすぐ、と思って)。

#NESTでもらってきたフリーマガジン『影奇派』ゼロ号(http://blog.kagekiha.com/)に、黒人天才の短いインタビューが載っていた。アメリカでライブをしたことがないこと、別にバックに悪徳日本人プロデューサーがいるのではなくて、独自に日本語を覚えてラップにしていることを知った。それと、やっぱり真ん中の男が黒人天才で、あとの三人は「世間擦れ仲間」だったようです。

#以下14日追記。

大岡山アシッドパンダカフェでの黒人天才ライブレポート http://acidpandacafe.at.webry.info/200703/article_7.html
dotlinecircleでの「黒人天才 新春インタビュー」 http://blog.livedoor.jp/dotlinecircle/archives/50698286.html
「ケツ飛び」なる造語は、"HIP HOP"の直訳だったのか…