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ブライトスタッフ通信

2017-08-17

通信Vol.159(2017年8月)

16:14

毎日暑い日が続きますが、こんな暑さもあと少しの間だけですね。秋の風が吹き始めると何だか寂しい気分になります。もう少しだけ飛騨の夏をじっくり堪能したいと思います。

今回は上手なクレームの伝え方を伝授したいと思います。

あなたは誰かにクレーム(苦情)を伝えたことがありますか?そのクレームはきちんと相手に伝わって、あなたの困りごとは確実に解決されましたか?

たとえば家電量販店で買った掃除機が1週間で動かなくなってしまった。スーパーで買った食材が痛んでいた。宿泊先のホテルで禁煙室を予約したはずなのに、部屋がタバコ臭い。通販で買った品物が不良品だった。等々自分の思いと違った事象に出くわしたときに怒りにまかせて不満を相手(店員?)にぶつけたことが一度や二度はあるでしょう。私は何回もあります。しかし、こちらの怒りのボルテージが上がれば上がるほど相手が思うような対応をしてくれなくて、最終的にはクレームを言っている客があきらめるか相手が折れて謝るまでネチネチとごねるかの二者択一になります。

本来であればこちらが困っているのだから、サービスや物を提供する側が真摯な対応をしてくれれば丸く収まるところです。

こちらは問題を解決してほしいだけなのに、困っている状況が伝わらないのには原因があります。それに気づいてからというもの、クレームの伝え方を根本的に変えた結果、素晴らしいクレーム対応を何回も体験することが出来ました。それ以後は腹の立つクレーム対応には一度も遭遇していません。

ではどう伝えれば自分の困りごとが相手に伝わり、こちらが求める以上の対応を引き出すことが出来るのでしょうか?

ポイントは3つあります。

○1つ目は感情を付け加えないこと、受け取らないこと。たいていの場合、怒りの感情を乗っけてしまうのでそれだけで相手のシャッターが下ろされてしまいます。冷静に状況を説明するだけで十分すぎるほど相手には伝わります。また相手が感情的な対応をしてきた時は相手の感情をふるいにかけて、言葉の本質だけを受け取るようにします。あくまでも感情は受け取らないというスタンスで望むと、相手が出した怒りの感情は相手の喉の中に戻っていきます。

○2つ目は、手のひらにボールを乗せて相手と一緒に眺めるように、客観的に「こんなんなってまって、困ってるんですよー」と相手と一緒に手のひらに乗せたボール(第三者の困りごと)を見るかのようにふるまう。多くの場合ボールを相手に渾身の力を込めて投げつけた後に、「どや!痛いやろー!」といわんばかりに睨みつけてしまいます。それでは相手は逃げ腰になるだけです。

○三つ目は相手の立場に立って考える。「あなた達の立場もよくわかる」というスタンスで相対すると自然とこちらも笑みがこぼれます。怒って伝えても微笑みながら伝えても、店のシステム的に出来る対応は限られています。あとはその店員裁量によってどこまで良い条件の対応を引き出すかがこちらの出方次第です。

これらは、いわゆる客としてのクレームだけでなくて、身近な人に要望を伝える時にも有効ですから是非お試しください。

2017-07-10 通信Vol.158(2017年7月)

通信Vol.158(2017年7月)

14:44

早いもので夏至が過ぎ、これから日に日に昼間が短くなっていきます。とはいっても夏はこれからが本番ですので、熱中症対策をお忘れなく!

 人の悩みの80%は人間関係とも言われ、どこへ行っても何歳になっても人間関係の悩みは尽きません。今回はそんな人間関係の悩みを99%解決する素晴らしいツール(道具)をお届けしたいと思います。

 貴方がコミュニケーションをとるのが苦手な人は誰ですか?お父さん?お母さん?パートナー?姑さん?職場の上司?同僚?部下?コミュニケーションがとりにくい理由は色々あると思いますが、その理由を探ることは今回省かせてもらいます。嫌いな相手、苦手な相手との関わりを改善するのに、ほぼどんな場合でも大体当てはまるミラクルツールのご紹介ですのでご安心ください。

 ツールを紹介する前にお断りしておきますが、ツールを使わずに力わざで他人との関係を絶ったり遠ざかったり出来たとしても、必ず同じような問題が別の人と起きたり、もっと強烈な問題を持った人が現れて新たなトラブルが始まります。これは必ず起きるといっても過言ではありません。今起きている問題から目をそらさず、解決の糸口にむけてアクションを起こすことが大切なのです。

この手法スイス心理学者ユングが提唱した「集合的無意識」というものを利用して関係改善するという理論的な解決方法ですので、必ず良い効果を貴方にもたらしてくれると信じています。あなたはこんな経験をしたことがありませんか?電話しなきゃと思っていた相手から電話がかかってきたとか、子供が学校給食カレーを食べてきた日の夕食の献立をカレーにしてしまった、などなど。これらは集合的無意識の作用と言われています。つまり自分が相手に対して思っていること、感じていることが、言葉に出さなくても心の奥底で相手と通じているという考え方です。この集合的無意識を上手く使って人間関係を改善しようというのが今回紹介するツールです。科学的な根拠は立証が難しいのですが検証結果では99%の結果が出ている手法です。

では肝心の中身に触れたいと思います。

 まず貴方が苦手と思う相手(○○さん)を思い浮かべながら2つの言葉を出来れば声に出して言います。相手が目の前にいる時に心の中でつぶやいても効果的があります。心の中でつぶやくにしても声に出して言うにしても心をこめる必要はありません。嫌いな相手を好きにならなくても大丈夫です。心を込めずに言うだけで効果があります。

その時に次のようなイメージを浮かべながらつぶやいて下さい。

心の中の泉に投げた石が深い深いところまで沈んでいく様子をイメージしながら言葉を発します。

一つ目は 「○○さんが心から幸せでありますように」と言います

 二つ目は 「○○さんからの学びは終わりました、ありがとう」と言います

たったこれだけです。イラッと感じた時にこの二つを相手の目の前で思ったり、寝る前に唱えるだけで嫌いな相手との関係がガラリと改善します。嫌いな相手に心をこめる必要はありません。形式的な呪文と思ってもらえれば結構です。もちろん心をこめれば数倍早く効果が表れます。これは本当に効果があり、実践した人が口ぐちに「不思議」と言います。私自身も苦手な人がいなくなりました。

2017-06-09 通信Vol.158(2017年7月)

通信Vol.157(2017年6月)

14:44

ちょっとプチ自慢をさせて下さい。

僕ってスゴイんです。

何がスゴイかって?

何かが、スゴイんです。

何かって何よ?

何かです(自分でもよく分かりません笑)

人は誰かに認めてもらいたい、誰かに「貴方ステキね」「君スゴイね」「大好き」って言われたい生き物です。ここが根本的に人と動物の違いだと思います。

子供の頃は、何か出来るようになったり、賞をもらったり、試合に勝ったりすると、周りの大人たちから「スゴイね!」「エライね」って言われますよね。お母さんやお父さんから「大好き」って言われたりします。

でも大人になると褒められることが極端に少なくなる、いや褒められてることに気付かなくなるんです。賞賛を素直に受け取れなくなる。「ありがとう」「すごいですね」「どうしたらそんなふうになれるの?」「教えてください」等々褒め言葉は溢れているのに、褒められていると思えない。

いい歳して「私のこと愛してる?」なんて親に問いかけるのもためらわれます。子供のことを愛していない親なんていないのに、言葉で言ってもらわないと愛を感じられない。あるいは死んでしまった親を悪者にして「私は愛されてなかった」と愚痴ってしまう。

逆に褒め言葉を沢山受けとれる人、褒め言葉を褒め言葉と認識できる人、自分が愛されている(いた)と感じられる人は、セルフイメージの高い人です。セルフイメージとは簡単に言うと、自分劇場の脚本の様なものです。自分をどんな役者に仕立てるのか、どんな人生劇場を演ずるのかは脚本にかかっています。

他人の言葉でクヨクヨして悲劇のヒロインを演じるのか、自分のやりたい事を楽しんで快活な人生を演じるのか、全て自分で決められるのです。どうせ一回きりの人生なら、悲劇のヒロインを演じるより、楽しく愛に満ちた劇のヒーロー、ヒロインになりたいものです。

ではどうしたら褒め言葉を沢山受け取ってセルフイメージを高められるのでしょう?

そこで、褒め言葉を沢山受け取られる様になる魔法のことばを教えちゃいます。

それは、事あるごとに「俺(私)ってスゴイね!」「私って愛されている」って何度もつぶやくんです。何がスゴイかって理由を言ってはいけません。誰に愛されているかも問題ではありません。何故ならスゴイに理由をつけるとその事象が崩れた時にスゴくなくなるからです。誰かに愛されていると思うとその相手に裏切られた時に愛が崩れます、だからとにかく「私ってスゴイ」「俺って偉い」「私は愛されている」を連発です。無意識に言えるようになると本当に何かがスゴクなったり、偉くなったり、誰かに愛されたりします。セルフイメージは色んなアイテムを調達したり、自分に必要な人をキャスティングしたりすることも出来るのです。

 ね、僕ってスゴイでしょ!(笑)

2017-05-15

通信Vol.156(2017年5月)

15:50

野山の新緑が眩しい季節となってきました。例年、5月は花粉アレルギーで目や鼻の奥の痒みがあったのですが、今年は薬も飲んでいないのに嘘のように症状が出ないので

ありがたいです。

 今回は「読書のすすめ」と題してお話ししたいと思います。

 まずは下のイラストが気になった方も多いと思います。一番左の人は目の前の綺麗な光景に目を奪われていますが実は壁面に描かれた絵を見て感動しています。

真ん中の人は壁面の絵の向こうに広がる現実の世界を眺めています。一番右の人はさらにそのはるか上空に広がる素晴らしい光景を見ることが出来ています。この三者の立ち位置の違いはどこから来るのでしょうか?

一番左の人は地面の上に立っています。真ん中の人は数十冊の本の上に立っています。一番右の人は数百冊の本の上に立っています。

 このイラストは何をあらわしているのでしょうか?

 人が経験できる物事や、経験する時間には限りがあります。日中仕事をしている人は家に帰って寝るまでの数時間や休みの日の時間しかありませんし、身体も一つですから経験できることには限度があります。それを補うのに読書という手段があります。

 本の著者は、一冊の本を書きあげるのに色んな取材を重ねたり、参考文献として何冊も本を読んだりします。自分に代わって色んなことを経験したり

取材してそのエキスを伝えてくれるわけです。

 そのエキスを自分に取り入れることによって、心で感じる世界観が変わってきます。右のイラストでいうなら段々と視点が変わってきて、物事を広く見られる(感じる)ようになるということです。読書をしている人としていない人では見えている世界観が違うということでしょう。

 ただ、本やインターネット上に溢れる情報は出所あやふやで真偽が定かでないものもあるので、すべて鵜呑みにしないことも大切ですが、喰わず嫌いでなく何でも読んでみる、見てみる、聞いてみることが大切です。取捨選択する選択眼も次第に養われてきます。

 私も最近、忙しさや老眼で本が読みにくくなったのを良い訳に読書から遠ざかっていたので、今日から読書を習慣づけたいと思います。


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2017-05-11

通信Vol.155(2017年4月)

13:47

 昨日、市内を車で走っていたら梅の花が咲いているのを見つけました。今年は開花が遅いようですが、桜の花もまだ固い蕾ですね。会社近くの緑地公園の桜ももうじき咲きだしそうでワクワクします。

 

 今回は健全な自己肯定感の作り方パート2についてお話したいと思います。

前回、自分の自己肯定感を築く為に、自分は何のために生きて、世の中にどうかかわっていくのかという精神の土台の上に「自発型自己肯定感」を築くことをお勧めしました。

今回はそこから発展して、自己肯定感他者肯定との関係についてお話したいと思います。しっかりとした自己肯定感を持つと他者肯定できるようになります。「私もOK!貴方もOK!」という状態です。

自己を肯定するということは、良い面も悪い面もひっくるめてオールOKということなんですが、こんな経験はありませんか?友達と話をしていて、他の事で気にかかることがあって話を上の空で聞いていたら後日その友人から「この前言ったじゃない、忘れたの?」と言われて自己嫌悪に陥ってしまう。だれでも1度や2度いやもっとかもしれませんがあると思います。でも良く考えてみて下さい、貴方は日々何十人と会って会話をし、色んな物を見たり感じたりしています。それらすべてをいつまでも記憶しているなんていうスーパーマン(ウーマン)は居ないでしょう。貴方が話している友人は、貴方が一日に出会う人の何十人の内の一人です。ですから友人と話したことを覚えていなくても全然OK!ではないですか?自分が忘れてOKなら、自分が言ったことを相手が忘れていてもOKになりませんか?まさか自分はOKなのに、他人はNGなんてことは言えませんよね?(笑)

他人が自分の事をどう思っているのか気になって仕方がない、という不安も自己肯定感解決してくれます。自分の心に目を向けてみると、誰かのことを四六時中恨んだり憎んだりするほど暇ではありません。ということは他の誰かが貴方のことを嫌っていたとしても四六時中貴方のことを考えている時間はありません。しかも誰かが貴方のことを良く思っていなかったとしても、それはその人の心の問題であって貴方には直接関係のないことです。他人がどう考えようとどう思おうとその人の思考なので、変えることも無くすことも出来ません。

他人から見た私の像がどうであっても、私が自分の事をいたわって慈しむことが出来たならそれでOKです。辛いことがあったら「辛かったね」、悲しいことがあったら「悲しかったね」、嬉しいことがあった日は「良かったね、嬉しいよ」、怖い時は「怖かったね」って他人に言ってもらいたいと誰もが思いますが、幼少期ならまだしも良い歳の大人が誰かにこんな言葉をかけてもらうなんてことは、ほぼ期待できません。ではどうするかというと自分で自分を抱きしめて「辛かったね」「悲しいね」「嬉しいよ」「怖かったねーよしよし」と自分を慰めるのです。幼いころ母親や父親が暖かく包み込んでくれたように、もし幼いころ親が包み込んでくれなかったなら、現在大人の貴方が貴方の中にいる幼少期の自分を抱きしめて包み込んで「何があってもオールOK!」と言えれば大丈夫です。

他人が自分の事をどう思うかということよりも、自分が自分の欠点も含めて好きになれるかということが自己肯定感で極めて重要です。他人の許せない部分は自分自身の許せない部分の投影なのです。

通信Vol.154(2017年3月)

13:46

まだ雪が降る寒い日がありますが、春は目の前までやって来ています。2017年が始まってもう3ヶ月が経ちます、時が経つのは早いですね。

 

 今回は健全な自己肯定感の作り方についてお話したいと思います。

自己肯定感とは自分の持っている性格、能力、容姿、学力、資格等々を肯定的に捉える感覚です。貴方はどんな自己肯定感を持っていますか?「暗算がすごい」「運動神経が良い」「性格が良い」「容姿に自信あり」「甲斐性がある」「仕事が出来る」等々人それぞれあると思いますが、この自己肯定感にも「自発型自己肯定感」と「他承認型自己肯定感」があります。

「自発型自己肯定感」とは他者にどう評価されようが、自分の実績としてこれだけやってきたのだからと、自分の経験と実績に裏打ちされた自己肯定感です(自己満足感ともいえます)。もう一つの「他承認型自己肯定感」というのは他人の評価に基づいた自己肯定感です。ツイッターフェイスブックインスタグラムといったSNSで「いいね」や「フォロワー」の数で感じる自己肯定感もこれにあたります。                                                                                                 

この「他承認型自己肯定感」は他者から評価されている時は良いのですが、他人から評価されなくなるとガラガラと崩れてしまって「私が生きる意味は?」と深刻に悩みます。他人の評価はその時その時でコロコロ変わりますから、他人の評価でつくり上げる自己評価が如何にもろいか分かると思います。

震度1でも崩壊しそうな「他承認型自己肯定感」を盤石の土台に建てる方法があるので、その方法を紹介したいと思います。それは声に出して「自分がいなくても時間は止まらない」「私がいなくても会社は動く」「私がいなくても子供は育つ」と言ってみることです。声に出して言ってみると心がザワザワしませんか?

心がザワザワするのは心の奥底では分かり切っていることなのに、認められないからです。「私は会社で必要とされている」「私がいないと家族が困る」と思っているのは周りの人から「貴方がいないと仕事がまわらない」とか子供から「お父さん(お母さん)がいないと困る」と言われるから感じている「他承認型自己肯定感」です。

テレビの世界でも、この人でなければと言われた人の交代が頻繁に見られます。ドラえもんの声を演じていた大山信代さんは2005年に水田わさびさんにバトンタッチしました。サザエさんの登場人物の声も私が子供の頃見ていたのとはガラッとかわってしまいました。島田紳介氏が突然芸能界を引退した時も、氏が司会を務める番組がどうなるか注目されましたが、後輩がしっかり代わりを努めていました。

私の役割を埋める人は必ず出てくるのです。そんな中、自分が何のために生きるのか、どう自己肯定感を作っていくのかを考えないと他人の評価に依存する生き方になってしまいます。他人の評価に自己肯定感をゆだねてしまうと「頑張っているのに認めてくれない」「ちっとも自分を見てくれない」「愛してくれない」「注目してくれない」とクレナイ族になって周囲の人を疲弊させてしまいます。SNSで批判されただけで自殺してしまうのも他人の評価に自己をゆだねすぎた悲劇です。

見たくないかもしれませんが「私がいなくても時は過ぎ、四季はめぐる」という事実を真正面から捉えて、それでも「仕事をする意味」「恋人と過ごす意味」「家族と過ごす意味」を考えた時に、他人の評価に左右されない「自発型自己肯定感」が育つのではないでしょうか。

通信Vol.153(2017年2月)

13:44

 今年は雪が少ないなんてたかをくくっていたら、連日の雪降りで「もうたくさん」と思っている人も多いのではないでしょうか?何事も程々が肝心ですね。

 

 人間関係の悩みを殆どの人が抱えています。仲間とそりが合わない、夫婦間の問題、親子の問題、友人とのいざこざ、隣人とのトラブル等々あげたらキリがありません。他人との関係がうまくいかないなと思った時に、少し気が軽くなる方法を聞いたのでご紹介したいと思います。

 それは、この問題(悩み)の原因は、相手と私に半分づつあると考えることです。夫婦の問題で悩んでいる時を例にあげるなら、相手が悪夫もしくは悪妻で、あなたが良妻or良夫と仮定します。そこで相手が100%悪いという考えから離れられないと相手に天罰が下るまで恨み続けますが、そんな悪夫、悪妻を選んだ自分にも責任が半分あると考えたらどうでしょう。どんな悪夫、悪妻でもそんな人を伴侶として選ばなければ苦しむことはなかったはずです。そんな相手を選んだ選択責任が半分はあるはずです。

友人に騙されて借金を背負って苦しんでいる人も、そんな友人を信用してしまった(正確にはそんな友人に自分は良い人だと思われたいという欲がはたらいてしまった)自分に半分責任があるのです。自分は悪くないのに、自分がこんなに苦しいのはあいつのせいだという呪縛が消えないから苦しみが消えないのです。仏教では「善因善果、悪因悪果、自因自果(良いことも悪いこともすべて自分の蒔いたタネによるのだよ)」と教えられます。他人が作った原因によって自分が苦しむという結果は100%無いと教えられますが、通り魔強盗いじめの加害者が悪くないということではありません。それらは仏教では縁と言われ、半分の責任があります(法的な意味ではありません)が、自分にも原因(半分の責任)があるというのが仏教の考え方です。

自分にひどいことをした相手を許すということと相手の呪縛から離れるということは別の問題です。家族を殺されたり、ひどいいじめをされた相手を許せないというのは当然のことだと思います。許せない相手を許さなくてもいいのです、一生許せない相手もいるでしょう。しかしその憎しみの感情にとらわれて自分の人生が暗くなったり、行動に制限(あの人に会いそうな場所には行きたくない等)が出てきてしまうと、自分の人生が台無しになってなってしまいます。加害者の方が大手を振って生きているのに、被害者やその周辺の人達が苦しみながら生きていくというのは納得できないという人も多いのではないでしょうか?自分がどんなに悲しみの淵に立って落ち込んでいても、あなたが憎いあいつは今頃パフェを食ってご万悦なんです。あなたが悲しんでいようが、苦しんでいようが相手は微塵もダメージを受けません。

もちろん「悪因悪果」ですから、あなたが「相手に天罰を」と願わなくても当然の報いを受けるでしょう。自分が作った半分の原因は何だったのかという反省は必要ですが、あなたは相手の責任や受けるべき報いまで背負いこむ必要は全く無いのです。憎い相手のことを思い出しては憎いと思うのは相手がナイフを持って立っているところに自分から何度も刺されに行くようなものです。2次被害、3次被害を自分で作り出すのは、ばかばかしいと思いませんか?

憎しみの呪縛から離れて、もっと自由に人生を楽しみませんか?