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パン焼き日誌 このページをアンテナに追加

2009-10-09

アニメ批評とフェアユース

| 12:18 | アニメ批評とフェアユースを含むブックマーク

先日のNHK「ザ☆ネットスター」で、フェアユースの話が出ましたね。フェアユースを簡単に説明しますと、

著作物を無断に利用しても、その利用が公正なものである場合、著作権の侵害にはならない

ということで、番組の内容もとても興味深いものだったのですが、ちょっと批評にからめて大事なことが説明されていなかったので、個人的に補足をしてみたいと思います。

アニメに限らず著作物では、「違法コピー」や「海賊版」が著作権侵害であるとして問題にされますよね。しかし、なぜ「ダメ」なのかをぼんやりとしか考えていない人というのは意外と多くて、ときどき話が通じなくて私も困ることがあります。

そもそも著作権は、「ある著作物を複製して、それを独占的に販売し、利益を得る権利」であるという側面があります。単に「私的に」コピーするだけなら、NHKの番組でもあった通り、著作権侵害にはなりません。コピーした後、それを市場なり店頭なりで「公的に」販売しちゃうから、問題になるんです。

つまり、本来、著作権者が独占的にコントロールできるはずのその著作物に関する公の市場を、「違法コピー」や「海賊版」が代替物として侵している、そのことが法的に問題なわけで。ここのところを念頭に置いておいてください。

で、ここで本題に入るのですが、たとえば何かしらの批評がしたくて、アニメなりマンガなりの画像・映像を使いたいとする。日本だと「正当な引用」に当てはまるかどうかで考えます。けれども、アメリカではそれが「公正な利用」に当てはまるかどうかで判断します。

フェアユースを認める要件は四つあるのですが、そのひとつとしてアメリカでは「著作物の潜在的市場と価値に対する利用の影響」があるかどうかを考えなければならないことになっています。

「著作物の潜在的市場と価値に対する利用の影響」なんていうとややこしくて、ここで元の批評文が著作物に対して辛辣で、その批評がために作品の評価が下がってその著作物が売れなくなったら、市場と価値に影響を与えているじゃないか、とも思えるんですが、実は違います。

この要件には基準として依拠される判例*1がありまして、そこで述べられているのは、「代替品が市場を食い荒らして、元の著作物の商品的価値を侵しているかどうか」であって、「正当な批評によって元の著作物の作品的価値が低くなるかどうか」とはまったく別ものなんだと。

確かに「作品的価値が下が」れば「商品として売れなく」なるということはあるかもしれないけど、そうなればその作品の真価は元々その程度のものだったのだし、そのことは著作者の事実として受け入れるべきだ、と言うのですね。

その判例で扱われた事件自体は、パロディに関わる訴訟なのですが、そのことに関して、福井健策先生は著書でこう述べられています*2

たとえば、非常にヒットした映画について、ある批評家がきわめて厳しい批評を書く。その結果、人々のその映画に対する評価が極端に落ちて、売上げも落ちる。これは健全な批評活動です。連邦最高裁によれば、辛辣なパロディの結果、オリジナル作品の真価を人々がより理解するようになって人気が落ちるのはこれと同じ事です。それは、正当な批評活動であって、社会にとってはむしろ有益でしょう。批評というものは、本来そのためにあるはずです。ですから、批評行為を著作権を使って防止しようとするのは、言い換えれば批評活動をおこなうためにオリジナル作家の許可が必要だというのは、これはおかしい、ということです。(p.174-175)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

自分の著作物の評価が下がるかもしれないフェアユースを、著作者はあらかじめ覚悟しなければいけない、ということでもありますね。

この「代替品が市場を食い荒らして、元の著作物の商品的価値を侵しているかどうか」と「正当な批評によって元の著作物の作品的価値が低くなるかどうか」のふたつを、よく著作権者(著作者)はごっちゃにしがちで、感情的にはわからなくもないけど、「著作権(法)が守っているのは前者である」ということは、フェアユースに関係なく日本でも変わりはないので、しっかりと認識すべきでしょう。後者を守りたい場合は、「名誉毀損」で争うべきで著作権法とは何ら関係がありません。

で、ちょっとずれましたが戻ってきまして、アメリカ通りのフェアユースが日本でも導入された場合、アニメやマンガの引用についてどう変わってくるか、そのことを特にネット批評(あるいは感想)について注意しておかなければならない、と私は考えます。

ここで重要なのは、その利用が「代替物」になっているかどうか、でしょう。

例として、アニメの1カットや1シーンを抜き出して、これはよかった、あれはダメだった、などと述べる、そういうブログさんは今でもありますよね。もしくはそれを批評的な意図で並べて、全体でこのような解釈ができ、それゆえ素晴らしいorそうではない、云々。

もうひとつは、アニメの(大事なシーンの)カットを時系列順に選んでたくさん並べて、今回の話のあらすじはこれこれこういう感じで、個人的にはあそことかここが面白かった、なんていうブログさんもあります。

ここまで読んで、勘の良い方はもうわかると思いますが、アメリカと同様の基準でフェアユースが導入された場合、前者はおそらくOKでしょうが、後者はかなり微妙です。

もちろんアニメは動いてこそのものであるということはわかった上で、それでも後者は元の著作物の「代替品」として機能する恐れがあります。その作品のだいだいのシーンがわかる、そしてあらすじもわかる、どこが面白かったかさえわかる、となると、潜在的に「そのブログの閲覧をもって、番組の視聴やDVDの購入に代える」人がありえそうだからです。

ここでさらに考えなければいけないのは、もし後者の利用が「著作物の作品的価値を高め」ていても「著作物の商品的価値を侵し」ていたら……ということで、場合によってはそのブログによって視聴者が増えたりDVDがより売れたりしたからといって、著作権侵害にならないわけではない、と。

もちろんこれは、アメリカと同様のフェアユースが導入されたとしての仮定の話ですが、フェアユースが導入されたからといって、今ある画像の利用が全部合法化されるというわけではありません。私個人の意見を言えば、後者のような形でブログをなさっている方は、「それが違法アップロードや海賊版の公的な配布の代替になる恐れがある」ということは、どこか心に留めていた方がよいのではないか、と思う次第です。(もっとも、現行法に照らし合わせても引用が量として適切じゃなさそうなブログさんとか、あらすじの紹介が翻案権を侵害していそうなレベルのブログさんとかもあるわけですが。)

*1:『プリティー・ウーマン』事件の連邦最高裁判決

*2:ちなみにこの『著作権とは何か』はわかりやすい入門書なので、興味のある人はぜひご一読ください。