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甲子大黒天本山のブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-07-29 殺伐社会からの脱出

 人の生活とは日に百の行動と千の言葉で形作られていきます。これからの行動と言葉は整然と矛盾なくあるわけではありません。時々の気分や体調によって変わっていくものですし、誤解や価値観の隔たりもあり1人の人間を理解しようとすることは意外と難しいものです。ところが、私達は相手への評価を簡単に決めつけてしまいます。さらには些細なことから相手への評価を変えてしまいます。


 たった一言でも人間関係を大きく変えることがあります。そんな些細なことで決別するならば、今までの時間や関係は何だったのかと考えさせられます。たとえば10年来の友人が決別したとするならば、その10年間を否定し2人の未来を根絶するほどの事態とは一体何が起きたのかと思えば、まわりから見れば「そんなことで」と思うようなことが多いものです。本人達は深刻に憤ったり悩んだりしますが、少なくとも10年間の関係を清算しなければならない事態とは思えません。


 せっかくの信頼関係が崩壊するのはもったいないことです。もっとお互いに寛容になれれば、人生は豊になるはずなのです。何事も針の穴ほどの隙間からほころんでいくものです。小さな傷ほど痛いともいいますが、その傷をえぐることなく、やさしい気持ちでふさぎたいものです。やさしい気持ちがなければ殺伐とした社会にあって潤いのある関係は築けないのです。




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2016-07-27 自分の活かし方

 矛盾という言葉は最強の矛と盾のどちらが優れているか説明できなくなったことから生まれたそうですが、私達の生活にも攻め中心の人と守り中心の人がいます。攻め中心の人は何事にも挑戦して道を開いていきますが、強気な態度で争いが絶えないこともあります。守り中心の人は堅実な生活を送りますが、消極的で現状維持に執着してしまうこともあります。


 人それぞれに向き不向きということがあり、自分なりのスタイルがあります。無理にそのスタイルを変える必要はありません。生き方はそれぞれですから、誰かの真似をする必要はありません。馴染まないスタイルで無理をするよりも、今のスタイルを磨いていくほうが素晴らしいのではないでしょうか。


 たとえば、お酒を飲めない人が無理にお酒に挑戦しても、多くの場合は悪酔いに苦しむばかりです。それよりも飲まなくても楽しめるように努めるのが無難ではないかと思います。できないことはできないと考え、そのうえでできることを頑張らなければなりません。不得手なことがあれば、必ず得意なこともあります。得意なことの発掘と訓練が自らの魅力を増してくれるのです。


 良くないことは自分のコンプレックスに埋もれ何もしないことです。何もしなければ欠点も目立ちませんが、何も変わらないままになります。自分なりの生き方をするためには経験が必要です。様々な経験のなかで、自分の活かし方を学ばなければなりません。人それぞれに役割があり、その役割に気づけた人は幸せです。




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2016-07-25 あなたを変えるもの

 物事を為すためには特別な才能や能力が必要ではないと思っています。できない人は最初から大きなことをしようとしては失敗します。できる人は自分ができる小さなことを積み重ねて大きくしていきます。単純なことであり、誰にでも分かる道理なのですが、いざ自分のことになると前者となり、闇雲に猛進しては玉砕しているのかもしれません。そして自分には才能がないとか運がないと嘆いているのかもしれません。


 日頃の生活態度を考えてみなければなりません。大きなことを言っては大きなことをしようとしていないか、現実と夢想のギャップを理解しているか、確信や実証がないまま突き進んでいないか、とりあえず進めばなんとかなると思っていないか、最初からあきらめていないか、まわりの失敗を楽しみにしていないか。日頃の態度が自分という人間を作っていきます。持って生まれたものや獲得した能力よりも、自らが何を考え何を為しているかのほうが大切なのです。


 何事も習慣という連続のなかで形作られていきます。10年ぶりに再開した同級生が別人のように変わっていたとしたら、大きな転機を迎えたのでしょうが、それよりも10年間の態度がその人を大きく変えたのです。人間を変えるものは、出会い、成功、失敗、環境などを契機として、一時の変化ではなく長く安定的な変化によるものなのです。この変化は特別なものではありませんから、誰でも経験することができます。そのためには長い道のりをどのように歩くかが大切なのです。



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悩める者悩める者 2016/07/26 23:43 平凡なことの積み重ねが、やがては大きな成果を生む………というのは、本当にそのとおりだと実感すると同時に、それをつい怠りがちな自分を猛省しています。
 
実は、私はいい年齢ながら、特撮オタクです(笑)。そうなった理由の一つは、何の取り柄もない自分に強いコンプレックスがあり、変身願望があるからです。
 
「仮面ライダー」や「ウルトラマン」などの主人公に自分を重ねて、変身して大きな力を得て活躍する自分を創造しているのです。
 
しかし、若い時からほんの少しの努力を続けられていたら、超能力は得ずとも、自分を変えることはできたかもしれません。今のようにコンプレックスに苛まされる日々はなかったことでしょう。
 
 
金メダルを獲ったスポーツ選手も、偉大な成果を産んだ科学者も、才能以上に日頃の地道な努力を欠かさなかった事で偉業を成し遂げた方々が殆どと聞きます。私も、せめて平凡な毎日の積み重ねを大事にしていきたいと思います。

buddhistbuddhist 2016/07/27 07:44 悩める者さん、コメントありがとうございます。いつの時代も男の子はヒーローにあこがれますね。成果は積み重ねの上に花開くものですが、けして遅いということはありません。「今まで」よりも「これから」を大切にしたいと思っています。また、世間的な成功には多くの時間と努力を求められますが、各人の幸福感は日々の何気ない心がけから作られていきます。こちらの方がより大切ではないかと思います。

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2016-07-22 幸福の味

 最近は健康のことも気になるようになりました。若いときには当然のように享受していた健康も、その維持のためには努めなければならなくなり、いずれは努めてなお失われてゆきます。ですが、若く健康なときほど幸福かといえば、そうではないと思っています。若いときには享楽はあっても平安はなく幸福を味わう機会は少ないのかもしれません。心が成熟しないと幸福の果実の味が分からないのかもしれません。


 矛盾するようにも思えますが、様々なものを失ってこそ幸福を味わえるようになるのかもしれません。幸福の味とは苦労の味であり、苦労があってはじめて幸福の実に味がついていくのです。しかし、嫌々苦労しても、そういった苦労は幸福にはつながりません。苦労とは自ら望んでするものであり、そういう意味では苦労であって苦労ではないのが正しい苦労なのです。この感覚を理解できるようにならなければなりません。


 様々な経験が人生を深く意義あるものにしてくれると思っています。ひとつとして同じ人生はありませんが、まわりと比べるのではなく、自分がどのような人生を望んでいるのかを考えなければなりません。人生はこれからはじまるわけではなく、すでにはじまっています。時間だけが過ぎていくのを眺めるのではなく、今すべきことを為さなければなりません。生き甲斐とは、今すべきこと、もしくは今求められていることに気づくことから生まれてくるのかもしれませんね。



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悩める者悩める者 2016/07/23 00:11 ご指摘のとおり、いつもの生活の中では幸福を感じることは、なかなかありません。大きな災難に会うなどして失って初めて「あの時は幸せだったのだ」と気づくことが大半ではないでしょうか。
 
また、最近、乏しいながらいくつかの経験から感じるのは、幸福は与えられるものではなく、自ら見出だすもの(または創るもの、獲得するもの)であること。
 
じっとしていては、災難には遭わないかもしれませんが、自分を取り巻く状況は変わらず、誰かが何かを与えてくれることもなく、幸福感など味わえる筈もありません。
 
それこそ、先般の対価のお話ではありませんが、幸福を得る(感じる)にはそれなりの条件や必要な要素があるように思います。

buddhistbuddhist 2016/07/23 07:47 悩める者さん、コメントありがとうございます。自分に与えられた幸福に気づくことは案外難しいのかもしれませんね。いかに恵まれているかに気づけるのは、それを失ったとき。そうならないよう幸福のアンテナを磨いておきたいものですね。

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2016-07-20 あなたはどっち

 薬には副作用がありますが、物事にはすべて両面があるものです。自然ならば恩恵と災害、人間ならば長所と短所、その他にも損と得、喜と悲、光と影など両面が備わっています。そして不思議なものですが、人により時期により両面があるにも関わらず、良くも悪くもどちらか一方ばかりということがあります。何事も重なるものですが、どちらかにばかり引き寄せられ偏ってしまいます。


 単純に考えれば、良いほうに引き寄せられれば幸福となり、悪いほうに引き寄せられれば不幸となり、両面が混在することもあります。古来よりこの差は運によるものだと考えられては幸運が求められ、それに伴う迷信も流行りました。誰もがどうせならば良いものを求める訳ですが、その求め方によって人生は大きく違ってきます。


 仏教では因果応報を説き、たまたまの幸運は長く続くものではなく、そんなものを求めたり頼るのではなく、謙虚な姿勢で自分ができることを、できる限りやりなさいと教えています。何をしてもうまくいかないときは、自分に足りないものがあるからです。それを埋めなければ何も変わりません。何事においても良い面を引き出せる人は、その方法を獲得しているのです。けして偶然に幸運が続いているわけではなく、自分の人生を自分の手で作っていくという覚悟から生まれてくる必然なのです。

 



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