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甲子大黒天本山のブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-07-16 自己ベストの更新

 私は努力というものに3種類あると思っています。一番目は無駄な努力です。人生には無駄なことはひとつもないとは言いますが、限られた時間のなかにあっては無暗に頑張るよりも、地に足をつけて的を得た努力を心がけたいと思います。二番目の努力は計算機のように損得を考える努力です。得することは頑張るけれども、損することには手を出さないといった努力です。


 的を得た努力とは、為すべきことに励む努力です。それがたとえ自分の苦手なことであっても得にならないことであっても、しなければならないとしたら努力することです。損得の努力とは、自分がやりたいことや得することばかりを選んで努力することです。似ているようでも努力の動機も質も違います。


 三番目は最善を尽くす努力です。闇雲に頑張ることでも損得を考えることでもなく、自らのベストを尽くしていくことです。自分に対しても周囲に対しても最善を尽くしていくことで、自分の殻を破り大きく成長していくことができます。大人になると成長のスピードが落ちていきますが、それは年齢的なことではなく様々なしがらみに囚われたり色々なことを考えすぎるため、最善を尽くすことができなくなるのです。今すべきことに専念することで、自己ベストを更新して伸びていくことができます。


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2018-07-13 暗黒面からの洗礼にも

 60人の大学生のみなさんと2日間のイベントを開催しました。大学生の男女比は6対4といったところでしょうか。驚いたのは女性のほうが積極的に動くということです。重い荷物を運ぶような仕事でも女性のほうが頑張ってくれます。つい「重いけど大丈夫?」と聞くと「ぜんぜん大丈夫です」と頼もしい返答でした。この些細なシーンから男女の平等ということについて考えさせられました。


 世界の多くの国々では男性優位の社会が続いてきました。宗教によって男女の格差が定められていることもあります。近代になり男女平等の意識は先進国を中心に広がっていますが、日本においてもまだまだジェンダーが日常生活にあふれているように思います。これは男性ばかりではなく、女性にも根付いている意識です。先進的な女性はこういった旧来の意識を非難し、意識変革を力強く主張します。そして少しずつ社会は変化してきています。


 これからの日本を担う女子大生を見ていると、大人が戦ってきた男女の壁というものを意識することなく、軽々と超えていくような印象を受けます。「私は私であり、自分らし元気に生きる」それ以外のことについては一笑に付されるかもしれません。社会問題だと深刻に考える世代、そういったことを問題とは考えずに明るく生きる世代、どちらがいいのでしょうか。彼女たちも就職すれば社会の暗黒面からの洗礼を受けるかもしれませんが、易々とはねのけていくのではないかと思いました。



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2018-07-11 見えないものを見る

 小学校にはアウトメディアに挑戦する日があります。テレビやゲームから遠ざかる取り組みです。うちの子もアウトメディアに挑戦すると確かにテレビやゲームには触れませんが、暇だ暇だと一日中ゴロゴロしていることもあります。大切なことはテレビやゲームに触れないことではなく、空いた時間を有意義に過ごすことだと思うのです。読書や外で遊ぶことをメディアよりも楽しいと思ってもらえたらと儚い願いを抱いてしまいます。


 何事も本質を捉えることが大切です。勉強であれば、ただ暗記すれば良いのではなく、何のために学ぶのかを考えなければ本気になれませんし、効率よく学ぶコツというものもあります。仕事でも給料のためよりも、働く意義、人間関係、仕事のスキルなど様々なこと加味して考えられなければ有意義な仕事はできません。同じようなことをしていても、そこに深い考えがあるのか、ちゃんと先々を考えているのか、どのような想いや考えがあるかでまったく違ってきます。


 表面的なところで生きていると思うようにいかないことが多いものです。あの人は恵まれている、うらやましいと思われるような人は、それだけのことをしているものです。優雅に泳いでいるように見える白鳥も水面下では足をバタバタ動かしています。私達も見えないところの努力、忍耐、志などが分かるようになりたいものですし、そういうものを私も持ちたいと思います。

 

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2018-07-09 周囲への強制と失望

 私達は社会に対して自分なりの前提条件を持っています。たとえば日本社会は性善説を前提に成り立っています。テロを前提にした監視や警備はありませんし、法律も処罰よりも更生を前提にしています。各人においても自分なりの前提や基準を持っているものですが、そういったものに囚われてしまうと、周囲への強制と失望に苦しむことになるかもしれません。


 たとえば人は自らの弱さを克服して強く前向きに生きるべきであると考えているとします。その思いを自分に向けるのはいいのですが、相手にまで求めてしまうと迷惑になってしまいます。自分のなかで正しいことが、すべての人に共通するわけではありません。また、嘘をつくことは最低の行為であると思っていると、周囲の冗談的な嘘や自分の弱さからつい出てしまった嘘も許せなくなってしまいます。すべての人が理想的に生きているわけではありません。


 自分のなかの思いが強まるほど、その思いを周囲にも強制したくなりますし、その思いが伝わらなければ憎悪や失望に翻弄されてしまいます。自分の思いと相手への配慮が、自分のなかの天秤で揺れるなか、自分よりも相手を優先することができれば、自分の思いを抑えることができます。自分の思いに負けないようにしなければなりません。人間は知らず知らず自分もできないようなことを相手に強制的に求めてしまうことがありますから、気をつけたいものです。




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2018-07-06 この先にある真実

 うちの境内地には猿の群れがよく遊びに来ます。小猿などは見ていると可愛いものですが、周辺の畑を荒らす害獣でもあります。人間は猿から進化したといわれますが、猿から人間になったものと進化しなかった猿に分かれます。もしかしたら100年先、1000年先の未来において人間から進化したものと、人間のまま進化できなかったものに分かれるのかもしれません。その場合、進化の有無の違いはどこにあるのか、その変化は進化なのか退化なのか、様々な議論が双方でなされることでしょう。


 宇宙人として描かれるものを見ると頭は大きく体は小さく、目は大きく鼻と口は小さくなっています。宇宙旅行をするくらいですから、地球よりもさらに文明は進んでいるのでしょう。おそらく体を使って汗をかくことはなくなり、体を使わないから食べる量も少なくなり口も小さくなったのかもしれません。人間の文明も発展して今よりもさらに快適で便利な生活を享受するようになれば、はたして今の姿を維持できるのかも疑問です。もしかしたら私達の子孫は今の人間とはまったく違う姿に進化or退化しているのかもしれません。


 人工知能が発達し仕事をする必要がなくなり、家事もすべて機械がしてくれるようになり、車も運転する必要がなくなり、何もする必要がなくなったときに人間はどうなるのでしょうか。未来のため人類のためにと各分野の専門家が開発に励み、企業は次々に画期的な商品を提供し、私達は考えることなく受け入れています。ですが、この流れの先にあるのは「何もない生活」だとしたら恐怖を感じます。進化とは何か、考えてみる必要があるのではないでしょうか。



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