親しき仲にも

 上杉雪灯篭まつりが開催され、小野川温泉ゆるキャラ「にゃん小町」を連れイベントに参加してきました。にゃん小町はかねたん・おせんちゃん・かげっちさまと同じ作者の方に作っていただいた、小野川温泉ゆるキャラです。モデルは招き猫と小野川温泉を発見した小野小町をかけあわせたキャラクターです。あまりお目にかかれない幻のゆるキャラでもあります。会場はお天気も良く大勢の人で賑わっていました。また、雪灯篭まつりに合わせて、自坊でもスコップで雪を四角に掘り、簡単な雪灯篭を作りローソクをともしました。電球とは違いローソクのやわらかな明かりは幻想的な雰囲気を作りだします。
 

 ところが、次の日に太陽の下で雪灯篭を見ると、暗闇で光っていたのとはまったくの別物に見えます。見えないからこそ、良いということもあるわけです。これは人間関係でも同じ事が言えます。お互いに気を使い適度な距離をとっていると、良い人間に見えるものです。ところが親しくなり距離が近づくと、途端に今度は欠点ばかりが見えるようにもなるのです。今まで遠くて見えなかったものが、近づいたことで急に見えるようになるのです。親しくなることで、相手に対して安心感が生まれ、気を使わない楽な関係になれます。ところが、気を使わないということは、お互いに自分の欠点や悪徳をさらけ出すということでもあり、また相手に対してそんな自分を容認してほしいと甘えることであるのです。そのため最初の頃とはまったく違う別人が目の前にいたということもあるのです。
 

 「親しき仲にも礼儀あり」といいますが、どんな関係であろうと最低限のルールは必要です。自分の弱さを認めてもらうことと、ワガママを押しつけることは違うのですから。ところが、この違いが曖昧となり、親しくなったならば、何をしても何を言ってもいいと錯覚してしまうことがあります。そのため、親しくなったがために離れていってしまう人もいるのです。気を使った遠慮がちな態度も疲れますが、ワガママを押しつけられるのも困ります。なんとも人間関係とは難しいものです。
 

 私達は安心できる人間関係を求めるものです。自分という人間を大切に思い優先してくれ、しかも裏切らない人間を求めるのです。そう思える人間と出会うことで、私達は孤独という不安から解放され、豊かな人間関係により満たされるのです。小さな子供は自分が親からどれくらい大切に思われているかを確認するために、わざと悪いことをすることがあります。大人になっても、同じようについ甘えてしまうことがあります。もちろん、そういったことが必要な場合もありますが、年中という訳にはいきません。せっかく自分を大切に思ってくれる人と出会ったならば、こちらもまた大切にしたいものです。

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