Maple Leaf Rag

歯医者はきれいなビルの2階にあり、
きれいな受付に無愛想なお姉さんがいて
すでに何人かが待合室で大きな薄型テレビを見ていた。
空き時間を惜しんでノートパソコンを出して作業している人もいて、
みんな見るからに上流階級とわかるような高そうな服を着ている。


汗ばんだ体はクーラーで冷やされ、
手首に巻いたリストバンドはアームウォーマーに役割を変えた。


受付の電話の着信音は"Maple Leaf Rag"で、それが鳴るたびにいろんなことを思い出していた。
名古屋の実家や駒ヶ根の訓練所で弾いていた時のこと、瀬戸の学生寮でのこと。


名古屋では弾けるようになって披露した時に「上手くなったね」とほめられた。
駒ヶ根の体育館は寒くて指がかじかんだ。
ピアノを弾いてると誰か見に来たりしてちょっと恥ずかしかった。
大学の学生寮の自室では音を消して弾いていたらカタカタいう音がうるさかったらしく、
隣の部屋の留学生に「勉強する時間だからやめてほしい」と言われてショックだった。
隣の部屋のエアコンの「ピッ」とかケータイのバイブレーションの音まで聞こえるような寮だった。


2時間待ってようやく名前が呼ばれ、
さらに寒い部屋に通された。
先生は気さくでいい人なかんじだった。


途上国で歯医者に行くのは感染症とかの心配があるというけど
さすが「衛生面では問題がない」と大使館に太鼓判を押されているだけあって
治療する器具の袋を目の前で開封してくれたり
細かい配慮が行き届いていて不安にならなかった。


設備は完全に日本並みだった。
むしろ私が日本で行っていた歯医者より進んでいるかもしれない。
ペン型のカメラで口の中を映し出すためのモニターもあって
治療前の治療後の写真をパッと並べて見せてくれた。


鏡で見ていたところは黒く見えただけで虫歯じゃないのがモニターで見れた。
その奥の歯の虫歯になりかけてたところを
少し削って白いのをかぶせてくれた。
先生は「そのかぶせたものは日本製なんだ」と言ってそれが入ってた袋をくれた。
「すごく強くていいんだ」とほめられてなんとなくうれしかった。


すっかり安心してこれならいつでも来れるわ、と思ったのもつかの間、
支払いのときに耳を疑った。


「30000フランです」(6000円!?!!)安い食事なら300回できる…


もう行かない。ように歯磨きがんばりマス。