謎の男

    謎の男

「京のぶぶ漬け」という言葉がある。
ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうですか?」と言われたら帰れという暗黙のサインだという。

京都に十年以上住んでいたが、そんな催促をしたこともなければ、されたこともない。
ホントに使われた言葉なのか、ある種の伝説のようなものかもしれない
しかし、このことは京都以外の地域ではかなり信じられているようである。

京都市内に住んでいる私の友人が、東京から来た親戚に美味しいお漬物を食べさそうとして「お茶づけでもどうや?」と聞いたら、その親戚は急に顔色を変えて「ごめん!帰る!直ぐ帰るから!」と慌てて席を立ったという。

母は京都生まれの京都育ちで結構、気位が高い。
同じ京都府下とはいえ市街から100キロも離れた山寺に嫁いできたのだからなかなかいい根性である。

京都生まれを誇りに思っている彼女は、例えば高い買い物をすることを京都人として当然のステイタスだと思っているらしい。いい商品を置いている店の高い品を買うのが大好きである。
貧乏性の私はそんな母を見ているとはらはらすることが多い。
その結果、バランスを取るためにスーパーへ行くと安い商品とかオツトメ品のシールの付いている商品を買ってしまう。

いい歳の中年男が、普通の人なら働いている時間帯にスーパーでのんびり買い物をしているからレジのお姉さんも不思議に思うらしい。しかも買うのは野菜(ベジタリアンなので肉は基本的に買わない)とかオツトメ品ばかり。
或る日レジのお姉さんに尋ねられた

「喫茶店でもやってらっしゃるんですか?」

きっと奥さんに店を任せて買出しに来ている暇な喫茶店の店主と思われたらしい。オツトメ品を使って食材のコストを下げる…素晴らしい推理である!
さすがに私は坊さんとは言えず

「自営業です!」

と明るくお答えした…