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山寺のんびり日記

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2018-09-04 台風一過 与保呂 日尾池神社


台風21号の接近に警戒していたが殆ど大きな影響なかったようで一安心である。


3時頃、境内に人影があるので「台風の前にお参りとは奇特な…」と思っていたのだが、人間ではなくサルの群れだった。


大勢の子ザルが入り混じっていて賑やかな一団がひとしきり境内を散策して山に帰って行った。サルも天候が荒れるのを予感していたのかもしれない。



日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)

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しばらく前に与保呂地区に車で出かけ、道に迷っているうちに大きな大木が群生している場所に出た。


由緒ありげな佇まいだったので車から降りると日尾池神社という石柱が立っていた。


与保呂には大蛇にまつわる神社があると聞いたことがあったがここであったか…と参拝をさせて頂いた。


地元について調べる際に参考にしているが「丹後の地名」というサイトである。



帰宅して「丹後の地名」でこの日尾池神社について調べるといろいろと興味ある事実が分かった。

この日尾池神社を「丹後全体のとっても重要な社」とされていて留意したいところである。



丹後の地名」のなかに福知山の佐々木に日尾(ひのお)という場所があり銅の採掘地であったという。



確かにネットで検索すると福地山に日尾という地名が見つかった。


そのすぐ近くに「大呂」という地名も見える。これは「与保呂」と似ている気がするが関係あるのか、ないのか…



丹後の地名」によれば与保呂の語源は「仕丁」(よぼろ)を置いたことによるのではないかとあるが。




大蛇が分断されそれぞれを祀ったという『蛇切岩』の伝承は何を意味するのだろうか。



すぐに連想されるのはヤマタノオロチである。



現代人のイメージだとヤマタノオロチはヒーロー=ヤマトタケルに退治されるモンスター的な存在だが実際はどうだったのだろうか。



古代人にとって蛇は神であったらしい。



卑弥呼の墓ともいわれる箸墓古墳には倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)が埋葬されているとされるが、そのいわれが「日本書紀」にかかれてある。

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)が夜な夜な訪れる夫の神の正体が蛇であることに驚いて箸で陰部を突いて亡くなり埋葬したのが箸墓であるという。


与保呂に伝わる大蛇の伝説はいくつもの類話があるが、女性が身投げをして大蛇になったという話は本来は夜な夜な通ってくる男性が蛇だったというのが原型ではないかという気がする。



切伏せられたヤマタノオロチの体内から鉄剣が出てくるということをもし鉄資源と蛇であることを関連づけるものであるとすると、与保呂が鉱物の採掘地であったことと蛇切の伝承とは結び付くのかもしれない。



最近、縄文時代がブームであるとされる。


縄文時代の土器や土偶が大変に関心を集めているが、「縄文」とは単なる縄目ではなく元来は蛇の鱗を模したものであるという説があると聞く。


太古、蛇は神であったらしい。


隆々と蠢く蛇の姿が歴史の様々な古層に見え隠れしているようである。






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