buveryの日記

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2011-05-04 セシウム内部被曝と汚染地で生き続けること

セシウム134、137を実測した論文07:27 セシウム134、137を実測した論文。を含むブックマーク

チェルノブイリで本当にセシウムの内部被曝を人間で実測した私の知っている二つの例のうちの一つで、オーストリアで実際に人間の筋肉からセシウム137を測った論文があります(J Nucl Med 32:1491, 1991)。これは、素晴らしい論文。

この論文では、25-35 kBq/m2のセシウム137の降下があった、オーストリアのグラッツでのもの。300体の検屍体から、筋肉中のセシウム134、セシウム137、それと天然にあるカリウム40、この三つを、チェルノブイリ事故が起きた1986年4月の後の7月から開始して、1990年7月まで4年間行いました。

だいたいの傾向では、セシウム137は、87年1月頃に100Bq/kgのピークに達し、ゆっくり下がって、89年1月頃には20Bq/kgとなった。

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セシウム134は同様に、87年1月頃に30Bq/kgのピークに達し、ゆっくり下がって、89年1月頃には、10Bq/kgとなった。

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この間、カリウム40は100Bq/kg程度で、変化はない。

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これから、セシウム137は、60、70、20、10、合計約160µSv、セシウム134は、4年間で、40、40、10、3、合計約90µSv、全部で250µSv/4年の被曝。その間にカリウム40では、680µSv/4年の被曝をしていました。

結局、半減期30年のセシウム137による内部被曝は、実質半減期9−10ヶ月(半減期2年のセシウム134では実質半減期6−9ヶ月)で減少して、意味のある被曝は2年程になっている。これは汚染されていない食事を選べるよう、教育が行き届いたからではないか、だから、汚染食品の測定と排除が大事だ、と言っています。ここまでが論文。

私の考えでは、これはおそらく、都市環境では、付着したセシウムが雨にとけて流されていくこと、セシウムに汚染されやすい、山のもの、野いちごやきのこなどを食べない、汚染された食品を食べない、という教育が行き届いた事などによるのではないか、と思います。また、セシウムが蓄積していない、減っていく、というのも大事な点です。これは他の所では見た事がない。

福島中通り、低度汚染地域ではどうなるのか。 07:27 福島の中通り、低度汚染地域ではどうなるのか。を含むブックマーク

ここは、最大で1-4µSv/h程度、今後核種の崩壊がおこり、さらに、適切な除染を行えば、10 mSv/年以下には下げられそうなところです。中部大学の武田さんには怒られそうな話ではあるが、この10mSv/年は、私は地球上に住むときのリスクだと思っています。根拠は、世界の自然被爆がおおよそ、1-10mSv/年であり(日本は低い方で1.5mSv/年)、その自然被爆で癌が多いという話はないから。もう既に人類が人体実験をした結果が出ているようなもの。逆に言えば、地球の環境に適応しない人はもう死んでしまったのかもしれない。日本での平均よりは確かに高いが、地球上では人類として自然に経験している規模の被爆である。ただし、文科省は平然と『20mSv以下は安全』と主張しているが、自然放射線による被曝が20mSv/年のところなど、地球上どこにもない。

オーストリアの例を応用すると 07:27 オーストリアの例を応用するとを含むブックマーク

今回の中通りの例に応用すると、セシウム137の降下は、このオーストリアの例とくらべて最大20倍(600kBq/m2)くらいだと思いますが、それであっても、セシウム内部被曝は、4.8 mSv/ 4年位を覚悟すればよいことになります。これは、意外と多くない。真面目に除染を行えば、もっと減らすことができるし、汚染が高いのは、だいたい中通りでも、町中なので、学校など公共の場所から除染を始めればよいでしょう。また。当然、外部被曝をモニターすれば、被曝をどう減らせばよいかが分かります。

中通りに残るかどうかは、一人一人の政治的決意の問題。 07:27 中通りに残るかどうかは、一人一人の政治的決意の問題。を含むブックマーク

ここで、科学の話はおしまいで、後は政治的な話になります。

ちゃんと除染をし、汚染されたものを食べないというような、合理的な対処をすれば、福島の中通りで住む事は一つのまともな選択肢だと私は思います。被曝する期間が長くなる子供は特に被曝を押さえる必要があるので、何も除染する気のない文科省の対応は認められない、というのは何度か書きました。そういう合理的な対応を前提として、私が住むのも選択肢だという理由を挙げます。

低度汚染地域に住む3つの理由。 07:27 低度汚染地域に住む3つの理由。を含むブックマーク

一つ目には、強制移住の負荷は、他人が簡単に言う程軽くはないこと。前にも書きましたが、今回の双葉町の移送では45人が混乱の中でなくなっています。生命だけでなく、経済的な負荷も非常に大きい。

二つ目には、政治的な問題ですが、今、退去すれば、帰る事はできなくなること。戦時中の疎開ということを例に挙げている人がいましたが、問題が違う。戦争は数年で敗戦になりました。今回の場合、町中を除染するまでというのなら意味がありますが、除染もせずに半減期にまかせるだけだと、セシウムはなかなか減衰しないので、何十年も待つ事になる。政治的にはその町は終わります。誰がそんな町に住んでくれるのでしょうか。

三つ目は、現に日本に汚染地域に住んだ実例があること。それはもちろん、広島長崎です。こちらは、原爆で爆死した人がいたり、戦後すぐの混乱期で、今日のようなまともな支援もできないなかで、はるかに厳しい選択でした。しかし、広島も長崎も復興して、癌で死んだ人はいますが、町は生き残っています。広島や長崎を放棄した方が良かったのか。そうでないと考える人は多いと思います。

最後に長崎大学の山下さんは悪くない。 07:27 最後に長崎大学の山下さんは悪くない。を含むブックマーク

長崎大学の山下さんが100mSvまで大丈夫だ、と言っているのを私は分からないでもない。それを非難している人もいるのは知っています。が、ICRPのモデルでも、100mSvを被曝して癌で死ぬのは、三割方ガンでもともと死ぬ日本人のうち、0.5%。ということは、集団の立場で考えれば何人か死ぬ人が出る話だが、

個人の立場から考えれば、100mSvですら、99.5%の確率で放射能とどうせ関係なく死ぬ。

自分が死ねるのは、最大一人。おまけに、そもそも、100mSvから下の所のLNTは実はよく分からない。ただ、少なくとも100mSvよりましなことは確実。汚染地域で生き残る決意をした人なら、そう考えた方がよっぽど精神衛生に良い、そういう考え方はありえます。

それしか選択肢のなかった、日本の広島長崎の人、またチェルノブイリの強制移住で悲惨な目をみてきた人を知っている人なら、特にそう思っても不思議ではありません。つまり、厳しい選択をしないといけない立場から見れば、彼の言う事は実存的には正しい。ただ、政府の立場は違う。政府としては、いわれのない被曝、そこからくるリスクを減少させる義務があります。山下さんの言う事を逆手に取って、政府が除染の手を抜くなどということは許してはならない。

以上が、わたしが山下さんは悪くない、という理由です。

hi-airhi-air 2011/05/04 13:39 山下氏が一人の学者として、インタビューか何かに答えて「100mSvまで大丈夫だと私は考えている」と回答しただけであれば何も悪いところは無いと私も思います。

しかし、山下氏は行政側から依頼されて「福島県放射線健康リスク管理アドバイザー」として正式に就任しており、各地で講演を行って「全く心配ない」と断言して廻っている。彼を評価する上では、学者としての側面以上に行政側の広告塔として側面が強く出ている人物だということを忘れることは出来ないでしょう。

事情を正直に説明することもせず、被曝する放射線量を削減する為の合理的な対応を何も行わない行政の尖兵たるものが、住民を思考停止に陥らせて「安全・安心である」という甘美な幻想の虜にしたことは非難されるべきことだと私は思います。

彼は飯舘村が避難区域に設定される前に飯舘村で講演を行っており、「マスクは必要ない」、「子どもが外遊びをしても何も問題はない」、「農業も再開できる」と言っています。住民からの質疑応答の際に、具体的な数値を一切確認することなく即答で「全く問題ない」と断言しています。

その結果、避難したいと考える若い世代が「避難することは悪だ」という非難を受けるようになり、今も多くの子どもや妊婦が村に留まらざる得ない状況になっています。

本来であれば、避難する住民を経済的なことを含めて支援するべき行政が、避難することの足を引張っているのです。
その代わりに、居住し続けることに対して特段の合理的な対応を何かしているかというとそうでもありません。

以上、山下氏が行政の出先機関だと考えれば、彼の言動を正当化することは出来ないと思いますが如何でしょうか。

なお、個人的な感情としては、彼の以下のような発言だけで許すことが出来ません。
「長崎から来たというだけで歓迎され、現地の人たちは安心する」、
「私は安全を皆さんに言ってない。安心を語っている」、
「これから、みなさんが病気になるのを調べるには福島県民みなさんの協力が必要です」

buverybuvery 2011/05/07 08:42 私は原発事故の直後に彼が福島に行かれた時の放送を聞いただけで、山下さん本人の行動がどうの、と細部に渡って知っている訳ではありません。私は別に当人の人格を持ち上げるつもりも、おとしめるつもりもありません。行動全部正しいとか、あいつ悪いやつとかいうのが主眼ではありません。もちろん、あなたもふくめて、評価するのはご自由だと思います。許すとか許さないというのはご自分でお決めになる事だと思います。

(最近の)私が関心をもっているは、『このよく分からない(放射線の)リスク』は、本当のところ、どういう風に考えたらよいのか、です。山下さんの例は、個人が生きて行くという観点から見るとこうなる、という見方です。同じ事態でも集団からみるのと、個人から見るのでは違っている。今の状況でそういう話をしている人は彼だけじゃないかと思います。他に色々問題があるということであれば、それを批判されることはもちろん自由だと思います。が、汚染地域で生きて行くのが個人にとってどういうリスクか、という観点を述べている意見だけで、私は価値があると思います。

buverybuvery 2011/05/07 09:06 行政が住民の足を引っ張っていて、山下さんがそれに加担しているという話ですが、私の意見は違います。

例えば、郡山市は文科省の方針を無視して、校庭や園庭の汚染された表土を取り除く事を決定し、連休中にPTAを動員して学校の除染をしています。一方、福島市では、唯々諾々と文科省の方針に従って、何も対策をとっておりません。同じ福島でも地方政府の長として誰をその地元の住民が選んだか、それによって命運が違っています。

郡山市の除染結果の報告 http://bit.ly/jAhs5z

これだけ複雑な状況のなかで、郡山市の原市長は賢い選択をしました。立派です。福島県の他の地域で、土地の汚染度合いに応じた対応をとれていないのはどうしてなのでしょうか。根本的には、そのような自治体や行政しか選んできていない住民の責任です。自戒もこめて。

曽根清治曽根清治 2011/05/27 19:34 個人の立場から考えれば、年間一万人の死亡者が出るアメリカの銃社会も、日本人には関係ないし、99.9%の確率で鉄砲玉とどうせ関係なく死ぬ。

 日本のSFオタクが、自分たちの歪んだ政治思想や好悪を、科学的データを引用したり、それっぽいキーワードをまぜて、デタラメな結論に持ち込むのに利用するのを見聞きするのですが、なんの影響でしょうかね?

 レントゲン医師くらいならまだしも、放射線治療の臨床経験すらない”自称専門家”とかもいますが、彼らの誤謬の根拠も疑問です。

オルオル 2011/05/27 23:10 はじめまして。勉強になるので拝見させていただいています。

 ただ、「最後に長崎大学の山下さんは悪くない。」には少し違和感を抱きました。
hi-airさんが書いておられるように、山下氏の言動をみるとbuveryさんが推測
するような山下氏像には至りません。教授の考え方を推測して「悪くない」と
仰るのならば、彼の原発事故後の言動ぐらいは調べておくべきでは?

 あと、一次責任があるのは行政であって当然なのですが、山下氏は
プロフェッショナルとしてアドバイザーを引き受けているわけですから、
言動に責任を持たなければならないでしょう。

begeetabegeeta 2011/11/18 22:57 阿修羅掲示板で、放射能コワイコワイ派と戦っている山下派です。彼が福島県で3月21日現在で講演したときの放射線値は10マイクロシーベルトに下がっていました。今はもっと低いでしょうし、来年、再来年と確実に下がっていくでしょう。福島には人が住み続けるべきだと思うので、「年間100ミリシーベルトまでは大丈夫」という山下俊一教授の予測は、正しかったと思っています。年間100ミリシーベルトに達するのは、ホットスポット上の屋外で寝起きしている人だけだと思います。放射能に対する知識のある人の多くが、山下教授の提案を肯定するものと思っています。

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