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笙野頼子非公式ファンページ/RESTLESS DREAM 西荻ブックマーク
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2006/03/13

[] 大学院を出てないけれど

メルの本棚 - 大学院を出たけれど

id:merubook:20060312:p1

pêle-mêle - 身につまされる

id:yskszk:20060313:p2



大学卒業して大学院受験してそのまままっすぐ修士課程に入った。そして、修士論文を提出せずに、退学届を提出した。ほとんど夜逃げのように、大学を黙ってやめて去っていた人間のことを、誰も追いかけてこなかった。

その後に、派遣社員として働き始めて、現在に至る。しかしこれまでに正社員として就職したことはない。

何もかもが中途半端なままに生きてきて、今までどうにか生き延びてきた。回り道の連続を歩いてきたけれど、最近になって、そういう経験も、決して無駄ではなかったのだ、とようやく思えるようになった。それでも、書かなかった、というよりも、書けなかった、未完の修士論文のことを、時々ふと思い出す。思い出しては後悔する。だけど、あのまま大学院に籍を置いていたらどうなっていたか、を想像してみると、本気でゾッとする。

正直、大学院には行かずに、真面目に就職活動をしておけばよかったな、と、修論をきちんと執筆・提出できていたら、と考えたときの、100倍といってもいいぐらいの勢いで、今も内心ひそかに後悔している。

今現在、これらの一連の人文系大学院進学をめぐるエントリを読んでいるかもしれない、就職するか大学院に進むかの、どちらかで迷っている若い人に対しては、学部卒業前に一切就職活動をせず、さらには、修士号すらも取れなかったわたしからも、新卒、そこでまだ迷いがあったとしても、可能ならば、新卒として扱われる年齢での就職をすすめる。勉強はいくつになってもできるし、やろうと努力すれば、働きながら、あるいは、働いた後、定年を迎えた後になってでも、やる気になればできる。でも、新卒としてまともに就職できるチャンスは、学歴のすぐ後に続く、二十代の数年にしかない。まことに残念ながら、それが日本の現状。

特に大学院に行きたい女の子に対して言いたいこと。人文系大学院に進学した男の子は、就職していないコンプレックス、同年代の就職した人の収入へのコンプレックスを抱えている。いずれ、それを横目に見て、女の子の自分にとっては、そんなのは他人事、と思うかもしれない。だって、結婚すればいいし、なあんてさ。でも、決まった相手がいてもいなくても、大学院に行っても行かなくても、困ったそのときに結婚すればいい、などというおいしい話はないのだ。女の子ならではの困難は、働いている場合、結婚した場合結婚しなかった場合、出産して子育てする場合、などとは、違った形ではあるかもしれないが、大学院に行っても、その先でアカデミックポストにありつけたとしても、おそらくは、ほぼ同じように身の上に容赦なく降りかかってくる。虚しさもまたしかり。「あたしこのままで何かあるのかな?」という疑問は、いつまでもどこまでも、ついてまわる。

二十代で就職して、経済的に自立した、それなりに安定した生活をとりあえず選んでおけば、その後の人生の選択の幅はある程度広がる。

将来なんかどうせ目に見えないし、どの道を選ぼうがあやふやな不安は残る、と、まだ若いと認められる年頃には、そう思っていた。

けれども、大学院に進んだその後で、何をしてどのように生活するのか?

二十代後半以降になってから、不安定で貧乏で選択肢の少ない自分の足元を見て、ようやく「しまった!」と気付いても、すでに何もかも手遅れだったりする、そのときに後悔してもどうしようもない、そう、たとえば、このわたしみたいに。