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2006/05/11

こぐまちゃん(涙)

[][] 『オタク女子研究』個人的まとめ追記

「『オタク女子研究』個人的まとめ」も「文化系女子」ももうやめようと思っていたのですが、2ちゃんねる関連スレッド801*1が、非常に興味深い状況になっているので、思わず追記。

今週月曜日に発売された「AERA」の杉浦由美子氏による記事「社会文化系女子vs.東池袋オタク女子」において、モテ格差の対立軸が『オタク女子研究』において文化系女子腐女子であったのが、文化系女子東池袋オタク女子と置換されたことにより、『オタク女子研究 腐女子思想大系』というエッセイ本は、「腐女子」の趣味嗜好を紹介するのが主眼なのではなくて、オタク女子」の中の「モテ格差」ヒエラルキーが最大のテーマなのでは?*2という、これまでも何度か指摘されてきた疑問点が、より明確になって、その観点から書き込みが流れているからかなあ。

さらに、定期的にやってくる変なのがまた登場したけれど、その人がなぜか「『腐女子非モテじゃない』大作戦、みんなで協力してあげればいいのにw」と書く。でも、目立たないようにちゃんと隠れているのを、そんな勝手な大作戦で社会的に暴き立てられたら、協力するわけないし、むしろ迷惑に決まってるじゃないか!と、腐女子当事者じゃなくても思いますよ……。

オタク女子研究』で提出されているポイントに、あえてツッコミを一切入れずに従うならば、「腐女子」とは、モテるための無駄努力をしないし、恋愛結婚妄想は別腹だし、かつ、現実の男性にそんなに期待もしていないし、同じ趣味女の子同士で仲良くして、仮想敵なんかも持たないから、ストレスに満ちた現実を非日常の趣味に没頭して、賢く乗り切って、楽しく幸せに、でも、ひっそりと暮らしている。だとしたら、その居心地の良いクローゼット*3をどうしていきなりこじ開けて、ギャグとして書くことで、パブリックに暴き出してしまったの?腐女子当事者としてその思想ライフスタイルとして語ってしまうの?今は腐女子じゃない女性たちに向けてこっち側は楽だよおいでおいで〜って誘っているの?でも、内側から扉を思いっきり開けたら、それこそ恋愛至上主義ヤンキーに一斉攻撃されちゃうじゃないんですか?!

さらに、その後に、友人に腐女子がいる30歳前後の一般人、という人物が登場して、それなりに面白かったけれど違和感があったのでここに辿り着いた、と、疑問点も含めて、感想を長文で書き込みしました。

その一般人としての違和感や疑問点について、うまくフォローする方が出現するのを、こそっと待っていたり。

お知らせ:

「『オタク女子研究』個人的まとめ」(最終更新:2006/04/04)は下記です。

http://d.hatena.ne.jp/cachamai/20060330/1143685760

ちなみに、「AERA」の記事は、どうして見出しだけが「vs.」なのだろう、と首をひねりたくなるような内容でした。

もちろん身も蓋もないことを言えば、文化系女子にもモテる人とモテない人がいて、東池袋系女子にもモテる人とモテない人がいて、というだけのことかもしれないが、思わず溜飲を下げてしまうような、別のスルドい見方もある。

AERA 2006年5月15日号」55ページより引用*4

えーっと、『オタク女子研究』の著者だったら、腐女子として「女の子同士で盛り上がっているのは楽しい!」という結論になるだろうし、「男性幻想に合わせて振る舞ってあげる」文化系女子が存在することによって「モテ格差」が広がっても、「思わず溜飲を下げてしまう」必要すらもないのではないか、と。だって、モテでも非モテでも、どっちでも気にしない、気にならないはずだから。妄想をひっそりと楽しみながら、自分が女友達と遊ぶことを許してくれることで妥協できる、ちょうどいいパートナーを気が向いたときに見つけられればいいはずだ。

そして、いつでもどこにでも「モテる人もモテない人もいて、というだけのこと」なのが、紛うことのない現実である、とわたしは思う。ターゲット幻想に自分を合わせてあげていてもいなくても。ターゲット幻想を強化しようが破壊しようが。モテる人はモテるモテない人はモテない。好かれる人は好かれる。嫌われる人は嫌われる。モテてもモテなくても嫌われても好かれなくても気にしない人は気にしない。気にする人は気にしまくる。ただただそれだけのことなんじゃないかなあ……。


モテ」/「非モテ」って、やたらとよく聞くし目にするけれど、どういう状態が「モテ」なのか、正直、わからなくなってきた。

同時進行で複数の異性に好かれること?

異性との恋愛関係にいつもスムーズに突入できること?

努力しないで、あるいは、努力さえすれば、好きな人にちゃんと好きになってもらえるってこと?

好きな相手とちゃんと求め合って愛情のあるセックスができればいいのか?その結果として処女童貞ではなくなること?

彼氏彼女いない歴が常時ゼロであること?

相手の幻想に合わせて振る舞わなくても自分自身をそのまま丸ごと認められて肯定されて受け入れてもらえるということ?……


恋愛とは語るものではなくするものである」

大昔に、どこかで、有名な言葉として、引用されているのを読んだ記憶があるのだけれども、いつどこでどういう文脈で読んだのか、誰の言葉なんだか、まったく思い出せないし、検索しても出てこない……。

*1:【モテ/非モテ杉浦由美子その3【二元論】 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/801/1147180241/

*2:あるいは、「オタク女子」「負け犬」「勝ち犬」「ヤンキー」をすべて含む、二十代三十代・ヘテロセクシュアル・日本人女性全体における恋愛ヒエラルキー、なのかもしれない。

*3:イブ・コゾフスキーセジウィック『クローゼットの認識論―セクシュアリティの20世紀』(http://d.hatena.ne.jp/asin/479175722X)を参照。

*4http://opendoors.asahi.com/data/detail/7358.shtml

onanieCEOonanieCEO 2006/05/12 11:22 「恋愛は論じられるものではなく、するものだ」
http://shomon.net/ryumei/yo14.htm#84renai

cachamaicachamai 2006/05/12 16:38 あう、id見て、「スパムコメントだーっ!」と思い込んで、削除しようと思ってしまったじゃないですかー!!!コメントの内容を読んで、「ああ、そっか」って、思い当たったので、良かったけれど。
吉本隆明も書いていたんですねー。
実は、筒井康隆が何度も使っていた、という情報提供もすでにいただいているんですが。さらにもっと遡った出典があったりするのかも……?
追伸:佐川ちかのジョイス訳詩集「室楽」を今日から読み始めました。

HCEHCE 2006/05/20 23:44 >「オタク女子」の中の「モテ格差」ヒエラルキーが最大のテーマなのでは?

ってか、コンプレックスから自由であるように見せかけながら実は一番こだわっていて、そのこだわりが執筆動機なんだろうなと。彼女はオタク女子ですらありませんし。読んでそのあまりの薄さに拍子抜けしましたもん。前評判を知ってどんなに濃ゆい本かと思ったら、ミーハーが訳知り顔で語ってるだけの本だったという。中途半端なんですよ、要するに。どちらの文化にも居場所がない。否定的なものから絶えず逃げ回っているだけ。そうやって自分のことしかないから、他人の文化に軽口叩けるのです。そして、その軽口がその文化を愛している者からすると神経を逆撫でされる。

あの本の文化系女子についての記述は文化系女子への思い入れが無い者からするとサッと読み流してしまうところだと思います。だから彼女も何でそれで責められているのかおそらくは理解できないでしょう。

この問題の根っこって、実は広汎にわたるんじゃないかなと思います。

cachamaicachamai 2006/05/22 00:57 > この問題の根っこって、実は広汎にわたるんじゃないかなと思います。
「コンプレックスから自由であるように見せかけながら実は一番こだわっていて」……しかも、そういう自分自身の問題を、直視して徹底的に考え抜いてそれなりに把握してから、検討を経て、きちんと文章化して公開するのではなくて、いい加減なロジックやレトリックなどによって勝手に問題点をすりかえる、その矛盾や失礼さや厚かましさにはもちろん気が付かない、というか、視界に入らない。その上で、ひたすら他人や社会のせいにする、仮想敵を作り出しては一方的に攻撃して悦に入る。そういう安易な自己満足としか読めないテキストが、最近やたらと目に付くような気はしますね、たしかに。うーん、これは、わたし自身の自己批判としてもちゃんと考えないとダメだなあ……とか今さら反省。でも、よほどわけがわからない内容でないかぎり、反論があれば・批判を受ければ、無視せずに積極的に対話していく姿勢だけは、せめて保っていたいなあ。他人の意見に耳を傾けなければ、いつまで経っても視野が狭いままだから。ずっと誤った風にしか世界を認識できないのは嫌だから。自分ひとりでは見出せない違う景色が見たいからこそ読んだり書いたりとかしているんだから。(そういえば、HCEさんとも、赤の他人同士のやりとりの狭間で、自分自身の思考を提示し続けるという場をたまたま共有したために、なぜかお知り合いになってしまったわけですし……今になってよく考えてみるとすごーく不思議だ!)

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