2009-05-02
コミュニケーションデザイン
一人ひとりが違うから面白くて嬉しい。 コンセプトムービー「LOVE YOUR CHARACTERS」撮影風景(2009-03-04の日記参照)http://d.hatena.ne.jp/caesar-blanca/20090304
コンテンツプロデュース&クリエイティブという現業の傍ら、筑波学院大学で週一回、メディアリテラシーの講義を担当し後進の育成にあたるようになり3年が経つ。さらに今年から文化学院でも映像史・映像論の講義を友人のクリエイティブディレクターの松永茂樹と担当している。
私の中では、メディアリテラシーも映像史も映像論も和集合の関係にある。ベースは、いかに受講者たちの知的好奇心の芽を育み、思考の基礎体力を鍛えるかに尽きる。その重要なきっかけとして、メディアリテラシーや映像史・映像論があると考えている。
昨今、高等教育において、学校側も父兄も学生も社会も講義内容に対し、形式的合理性に基づく定量的な結果の把握できる、社会に出てすぐに役に立つことを求める傾向が加速化しているといわれているが、ナンセンスな話だ。たかだか大学や専門学校を出たくらいですぐに役に立つ知識など、すぐに役に立たなくなる。まさに「マクドナルド化」する教育だ。
現代社会の再帰性の問題点として、主体及び社会の「マクドナルド化」という概念を示した社会学者のリッツアによれば、実質合理性ではなく形式合理性が最優先され、「効率性」「予測性」「計算可能性」「制御の論理」によって支配されている状況の事を指す。接客を含むサービス業はコントロールが難しいといわれていたが、サービス業につきものの質的労働を量的基準で画一的に評価することにより、形式的合理化とコントロールを可能にしたのがマクドナルドであることから、「マクドナルド化」いわれる。これは、人間にとっては実質的に非合理な弊害をもたらす。「マクドナルド化」については、リッツアの書籍に詳述されている。
- 作者: ジョージリッツア,George Ritzer,正岡寛司
- 出版社/メーカー: 早稲田大学出版部
- 発売日: 1999/05
- メディア: 単行本
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一つだけ「スマイル0円」の例を書いておく。
マクドナルドに足を運ばなくなって久しいので(とはいいつつ「ケロロ軍曹」キャラクターがノベルティでもらえるキャンペーンのときには、つい立寄ってしまったが・・・)、いまだにメニューボードに書かれてあるかどうか分からないが「スマイル0円」などというのも、形式合理性の賜物だ。よく注文の時にマニュアル化された接客トークをからかい「あとスマイルもたくさん・・・」などと注文した。人間一人ひとりの資質や特性、ユニークネスを無視した標準化、誰でもできるサービスとなり、誰がやってもよいものとなる。一人ひとりは、スタッフも客も匿名の取替え可能な換金サービスパーツ化し、人間的に生きるということとは無縁の家畜化が完成だ。
教育の現場においても、このようなマニュアル化や標準化、管理化は、一見公平な評価に結びつき、教える側の質のばらつきや裁量にまかされた恣意的な評価を防ぐためにある程度は必要だが、肝心の創造性や想像力の涵養にはまったく結びつかないというよりも、自発的に学習し成長・変化していくという人間的営みを著しく阻喪させる。
教育の現場において、大切なことは、断片的な知識をつなぎ合わせ相互に関連した有機的全体像の把握し、加速度的に増えていく情報を取捨選択しながら常に吸収・更新・加工していける力と、それを背後で支えている想像力や好奇心を培うことだ。もちろん個人差はあるので、多様な入り口を用意せざるをえない。ある入り口はある受講者に取り退屈かもしれないが、多様な入り口と引っ掛かりがあるのだということを理解してもらうことも、複眼の思考を養う上で有効だと考えている。
今週の講義では、両校とも人類における視覚情報の重要性と、その起源について、2004年に放送された番組「NHKスペシャル 地球大進化第5集 大陸大分裂 目に秘められた物語」を副教材をして視聴してもらった。
少し古い資料だが、「産業教育機器システム便覧72」によれば、五感という知覚機能を通じて人が外界(メディア)から受け取る情報量は、視覚が最も多く83%、次いで聴覚が11%で、残りの嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%だと記述されている。
「メディアリテラシー」における視覚情報の重要性、そしてその中核的な要素を構成する「映像」の重要性とその根拠を人類史の中で把握してもらうということが狙いだ。
このことは、多様で階層化された情報のやり取りによるコミュニケーションのデザインの根幹に触れることでもある。
・・・・・・・・・・以下、「目に秘められた物語」+αからのまとめ・・・・・・・・・・・・・・
私たちの祖先といわれる真猿類は、地球寒冷化のエサ不足のなか効率的に捕食し厳しい生存競争を生き抜くために目を進化させ高い視力を獲得したといわれている。
こうした目の進化・高い視力の獲得と同時に、顔面の筋肉の発達し、それによって「豊かな表情」を持つことができ個体認識が可能になった。ゴリラしかり、チンパンジーしかり、そして人類ももちろんそうだ。個体各々の「豊かな表情」を高い視力によって見分けるようになり、表情を介するコミュニケーションを構築しはじめた。
それはまさに、コミュニケーションデザインの原点であり、単なる群れではなく社会を構築する第一歩になったと考えられている。
サルの群れは「豊かな表情」を通して個体を認識することで、それぞれの違いを認識し、心が誕生する準備が整っていったと考えられる。役割分担を積極的に推し進め、“ともに生きる”社会へと歩みはじめ、生存・適応能力を飛躍的に高めた。
立体視・高い視力・社会の形成という具合に、目の進化には、人類への進化の道筋が隠されている。
さらに、真猿類の中で、私たちの祖先のみが大きな白目を持っているということが、コミュニケーションの進化に決定的な影響を及ぼしたようだ。
大きな白目を持つということは、視線、黒目が何を見ているかがはっきり相手にわかるということ。それは、えさの奪い合いや争い等の場合に不利ですが、相手を見つめ親密感を増し平和的に共に生きる社会を形成していく大きな可能性を開いた。
また、一方、直立歩行と肉食化によるといわれている脳の単純な巨大化もさることながら、声帯の位置と気道の長さが他の人類(例・ネアンデルタール人など)と異なり、流暢に言葉を扱いやすいという画期的な変化がおきたことが、私たち現棲人類の優位性を一層高めたのだといわれている。
言葉は、“第二の遺伝子”ともいうべき存在。言葉というメディアを通してコミュニケーションを飛躍的に精緻化させ、私たちは経験や知識を次世代に伝え、より効率的に食料を確保できるようになった。つまり、私たちは遺伝子の突然変異という方法によらず、確実に進歩する手段を手に入れたことで今日の繁栄の礎をきづいてのではないかと考えられている。
◆高い視力→固体認識→表情筋の発達により表現力が増大→コミュニケーションの構築→群れから社会へ→心の誕生
◆人類のみの特徴:霊長類の中で人類のみが大きな白目を持つ→視線、黒目が何を見ているかがはっきり相手にわかるので、えさの奪い合い、争い等の場合に、不利→平和的に共に生きる社会への希望。
◆声帯の位置と気道の長さが、様々な変化を持つ声(言葉)を発声するのに適していた→コミュニケーション能力の飛躍的な向上→心の誕生。
そのほかにも、細かい作業に向いた手の発達による道具の誕生など、様々な条件もあるのだが、「高い視力」と、「豊かな表情」、「言語の発達」が、コミュニケーション能力の必須条件となり、私たちを人間として存立させている根本基盤だ。
このコミュニケーションをより豊かな生の充実のために如何に自覚的にデザインしていくかが、再帰的近代を生きる私たちの重要な課題だ。






