2010-02-28
■[考え][今月の一冊・一話]狂犬になるとは。鹿島田真希/二匹

二匹は青春小説だ。(冒頭にもろに書いてある)ただ、一筋縄ではいかない。乱暴に書けば、二人の主人公である妻城明と藤田純一が犬になる話だ。いや、犬にはならない。犬になってしまいそうになる話。
何を言っているか解らないだろうけど、実際そうとしかいえない。
勿論、犬になる、というのはメタファとして捉えられるというのが、文学の強みであり、文学で何を書いても良い根拠でもある。徐々に箸が持てなくなり、計算が出来なくなって、名前を忘れていく二人。この二人から二匹に、二匹から二人に自由に移動する彼らの痛快なやりとりが読んでいて気持ちが良い。
彼らは狂犬病に罹る。最初は純一が、次に明が。徐々に犬になっていってしまう。
ただ、本当の狂犬病は犬になる病気ではない。狂犬病ウイルスが神経を駄目にしてしまうってのが本当。
しかし、ここでは狂犬病が人を犬にする。保健所で死ぬことを夢見る様になる。(シズコなるキャラクターがそこへ連れて行く)そしてこう記述されている。
例えば、どういう人間が狂犬病になってしまうのか。どんな時に犬と入れ替わってしまうのか。
河出文庫「二匹」P76
クラスの中心に座り、人気者の純一、大事にされている純一。明はクラスのはみ出し者として、中心に座る純一を眺めながら妄想を常備薬とする。
狂犬病になるとは一体何なのか。
狂犬とは、人の心の中に存在する繋がれない野良犬のことだ。
「見えないけど、すごく大きな手」(同P112)によって付けられた印から脱出する為の、一つの暴力的な姿勢のことではないだろうか。
クラスの席という座標に収められた彼らは、その座標の関係性から生まれる印に縛られる。そうすると、そこで馬鹿になってしまう。その印に反抗し、腹を立てる。それが狂犬である。
机が沈黙しているのは、脳みそがないからだ。自分の知らないところで暴力的な意図が働いても、机は腹を立てる術を知らない。
狂犬病に蝕まれたヒトもまた、脳味噌が無くなってしまう。彼らはもはや、与えられた印について腹を立てるほど賢くはないのだ。彼らは黙って、中心を与えられた者は中心に、端を与えられた者は端に座る。全く鈍臭い。
同P131
席替えで中心にいた純一が端にいた明の場所へ。明は純一の場所へ移動した。しかし、次の日
教室は慌ただしかった。黒板にはただぶっきらぼうに「元の席」と大きく書いてある。
同P126
となった。つまりこれは印の移動の否定だ。決められた枠から外れることの嫌悪。
実際教師の反応は「満足そうな顔」をし、「おそらく生徒以上にほっとしていたに違いない」と書かれている。
だが、彼らは狂犬だ。狂犬は印を人間の者から犬のものに改める。そして、彼らは「所有する者」「所有される者」という新たな印を自らで決定した。それまでは負け犬ジョンと正義のヒーロー999Zという遊びを、それぞれ純一、明がやっていた。それをを逆転させた。表面上は明が握っている様に見えた主導権は、実は純一が握っていた、いや、純一が握らされていたのだ。その関係から、もっと能動的な、むしろ、正しく、健康的な関係を新たに生み出した。
最初、狂犬になったのは純一だった。印の破壊者だ。明は、現状のその歪み、幼い頃に一人二役で犬と飼い主を遊びでやっていた、あの危ない妄想という場所から、新たに「所有する者」が決めた居場所に見事移動できた。
「あなた達、狂犬二匹。迎えに来た」
「あんた誰?」
純一が尋ねる。彼は最後にシズコまで忘れてしまったのだった。
「私は狂犬を保健所に連れて行ける。あなた達はどうする?」
「俺はいいよ」
純一は断った。
「あなたは?」
明は何も言わなかった。
「明も行かないよ。二匹で完結したんだ。保健所はもう必要ない」
シズコは純一の言葉を無視しして明を見詰めた。
明は口を開いた。
「それでいいと思う」
「そう。それなら好きにすれば」
同P124
終わりに純一はクラスの奴らにぼこぼこにされる。
それは今までの「クラスの中心に存在し」「人気者で」「大事にされている」という印の否定を表わしている。
そして、
「純一、何処か遠くへ逃げたいなあ。見えない大きな手の届かない所へ」
「見えない大きな手? なんだそりゃ」
明は黙り込んだ。
「見えない大きな手」という言葉を最初に使ったのは純一だった。彼は自分が言ったことすら覚えていないのだ。
狂犬病は巧みに彼を蝕んでいる。自分に与えられた印についてとやかく言えないようにするために。
同P146
この書き方は不安を呼び出す。最後まで狂犬になる仕組みが見えない明。
だが、単純に二匹という関係の完結によって得られるハッピー(つまりそれはいわゆる恋愛的な)ではなく、むしろこれから何処へ行くのか分からないが、しかし、印から完璧でないにせよ逃れ、そして「保健所」へ行くことを自らの意思によって否定したという部分に於いて、力強い関係性がこれからの行く道を照らし出している様に感じる。
彼ら二匹の存在は、軽量だが、硬度の高い鎖によってしっかりと結びつけられている。
再び狂犬に近づくことがあっても、その鎖があるべき印に導くのではないか、と思った。
- 作者: 鹿島田真希
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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- メディア: 文庫
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