葡萄畑で月を頼りに 国際ニュース翻訳と映画と音楽と個人メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

01月16日(日)

2010年公開作のマイ・ベスト10 


1位「ヒーローショー」 

ヒーローショー [DVD]


2位「第9地区」

第9地区 [DVD]

 

3位「渇きhttp://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100302/p1

渇き [DVD]


4位「50歳の恋愛白書http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100212/p1

50歳の恋愛白書 [DVD]


5位「特攻野郎Aチーム」 

特攻野郎Aチーム THE MOVIE(初回生産限定) [DVD]


6位「クレイジー・ハート」 

クレイジー・ハート [DVD]


7位「ウディ・アレンの夢と犯罪」 

ウディ・アレンの夢と犯罪 [DVD]


8位「ナイト&デイ」 

ナイト&デイ (エキサイティング・バージョン)ブルーレイ版スチールブック仕様〔5,000セット数量限定〕 [Blu-ray]


9位「トイ・ストーリー3」 

トイ・ストーリー3 [DVD]


10位「アウトレイジ

アウトレイジ [DVD]

01月10日(月)

12月読書メーター

読んだ本の数:10

読んだページ数:2887ページ



トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(下) (Thomas Pynchon Complete Collection)トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(下) (Thomas Pynchon Complete Collection)
柴田元幸訳と原書、そしてpynchonwikiを行ったり来たりして格闘しましたが、「到底まだ全部見尽くしたとは」言えず「数多の蝶番、可動ほぞ穴、隠し留金、秘密の小部屋等」をいつまでも探求し続けることになりそうです。
読了日:12月30日 著者:トマス・ピンチョン
桐島、部活やめるってよ桐島、部活やめるってよ
高校時代など、遥か昔過ぎて異世界のような思いで手を出したのですが、夢中になって一気に読んでしまいました。最初映画部の子たちに多大な共感を寄せていたのですが、一見イケてる子たちの心の内が明らかになるにつれて、この本のなかで自分の中の何かを大きく成長させてもらった気がしました。ただ一点、ソフト部の子の設定だけが唐突ドラマチックで、それまでの地に足のついたおもしろさがそがれ、残念な気がしました。
読了日:12月29日 著者:朝井 リョウ
変愛小説集2変愛小説集2
彼氏島」「私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ」「ヴードゥーハート」が好きでした。特に、「私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ」は、どうしてこんなに面白いアイデアを思いつけるのかが不思議でたまりません。
読了日:12月28日 著者:
一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)
一旦読んでしまったら、もう二度と読む前の自分には戻れない。「めぐりあい」の冒頭の言葉のように「いっそ読まないほうがいいのではないか。」絶版中には数万円の値がついたとあとがきにありますが、この十編の価値としては、まったく高いとは思えません。スタージョンをこの本から始めたらよかったと思いました。
読了日:12月27日 著者:シオドア スタージョン
正弦曲線正弦曲線
科学少年的なテーマが多く、堀江敏幸さんの他の作品とくらべると、かろやかな読み心地が新鮮な随筆集でした。
読了日:12月25日 著者:堀江 敏幸
世界クッキー世界クッキー
からだ」と「こころ」がすぅーっと離ればなれになったり、片方がボワっと巨大化して、もう片方がしゅるしゅるとちじこまったり、そして何事もなかったかの様に元に戻ったりする様子を、畏敬を込めてじっと凝視しているような川上未映子さんの文章が好きです。
読了日:12月23日 著者:川上 未映子
輝く断片 (奇想コレクション)輝く断片 (奇想コレクション)
冒頭の2編には乗り切れない感じだったのですが、「旅する巌」からはタガの外れかたに加速度が付いてきて、ラストの「輝く断片」を読み終わるときには、荒馬をいつの間にか乗りこなしてしまったような達成感。特に好きな作品。「ニュース時間です」、鉄道模型を奥さんに捨てられた人の話を思い出しました。「マエストロを殺せ」、本質は意外なところにあるというのはバンドに限りませんね。「ルウェリンの犯罪」と「輝く断片」、この二作で、私はスタージョンについて行くことに決定しました。
読了日:12月23日 著者:シオドア・スタージョン
ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> (創元SF文庫)ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> (創元SF文庫)
日本SFはほぼ初めて。円城塔「Yedo」と飛浩隆「ラギッド・ガール」が突出して面白く読めました。円城塔さんの頭の中が不思議過ぎる。「ラギッド・ガール」は編み物イメージと実生活での右クリック欲求が最高。
読了日:12月21日 著者:
さあ、気ちがいになりなさい (異色作家短編集)さあ、気ちがいになりなさい (異色作家短編集)
洗練された、ヒネリの効いた作風で、星新一作と言われたら気付かないと思う。「電獣ヴァヴェリ」、「ユーディの原理」、「沈黙と叫び」が好きです。読んだ後も思い返して楽しめるスバシイ本。
読了日:12月19日 著者:フレドリック・ブラウン
S-Fマガジン 2011年 01月号 [雑誌]S-Fマガジン 2011年 01月号 [雑誌]
テッド・チャンの新作中篇「ソフトウェアオブジェクトライフサイクル」(SFマガジン1月号収録)を読みました。読者に解釈を任せる描き方で、読者の脳内で思索の連鎖が勝手に繰り広げられる感じです。1作ごとに全く別のジャンルへと跳躍するかたなのでしょうか。キューブリックみたいです。
読了日:12月18日 著者:

読書メーター

12月04日(土)

[][]「メイスン&ディクスン」(上) その3

トマス・ピンチョンの「メイスン&ディクスン」を個人的により深く楽しみながら読むために、注釈サイト「pynchonwiki」(http://pynchonwiki.com/)の気になった部分を意訳要約しています。翻訳素人自己学習のために作成しているものですので、誤訳珍訳をご容赦ください。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101121 

その2 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101123 

のつづき


p.270

“My marriageable years had ebb'd away... never knew the moment I was beach'd upon the Fearful Isle where no Flower grows”【私の婚期はもう潮の如く退いていた、(…)いつの間に、何の花も咲かない恐ろしい島に乗上げたのか、まるで気付かずにきてしまったのよ。】

レベッカは、ブラドリー嬢にメイスンとの出会いについて話しているが、この比喩は聖ヘレナと非常に類似している。特に、彼女の霊がはじめてメイスンの前に姿を現した場所に。」

 

 

p.276

“Eleven Days”【十一日】

英国が1752年にユリウス暦からグレゴリオ暦に切り替える際に、夏至6月10日6月21日としたため、11日間が消滅した(カソリックによって盗まれた)ことになった。

グレゴリオ暦に関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/8julc4

ユリウス暦グレゴリオ暦との違いは、「西暦紀元西暦)の年数が100で割り切れてかつ400では割り切れない年は閏年としない」というルールを加えることである

 

 

p.276

Roman Whore's”【羅馬の売女】

「“Roman Whore”は、カトリック教会英国における蔑称。憎きフランス宗教であることから。」

 

 

p.279

Time, ye see," says the Landlord, "is the money of Science, isn't it.”【時間というのはさ、要するに、科学にとって金のようなものでしょう】

「「逆光」における時間科学というテーマを参照」

 

 

p.280

“Shirburn Castle”【シャーバーン城】

「第二代マクルズフィールド伯爵であるジョージパーカー天文学者として知られ、シャーバーン城で天体観測を行っていた。」

 

 

p.282

Time must be denied its freedom to elapse”【経過する自由を否定されねばならぬ時間

「再び、「逆光」のテーマを参照」

 

 

p.283

“Stepney”【ステプニー】

「「ずっとずっと東」にかけたジョーク。ステプニーはタワー・ハムレッツ・ロンドン特別区に属する。チャリング・クロスから北東に5.8キロメートルロンドンイースト・エンドの一部である。」

 

 

p.283

“quite another relation to Time....not...the terror of time's passage”【時間と全く別の関係を結んでいる(…)時が過ぎてゆくことを胸の奥で恐れておらぬ】

「「逆光」の主要テーマには、時間旅行と、時間永遠との対決がある。」

 

 

p.284

“playing upon enormous Chimes of Crystal Antimony”【水晶の輝安鉱(アンチモン)で出来た巨大な奏鐘を鳴らし】

こじつけかもしれないが、「アンチモン(antimony)」のmを二番目のnと入れ替えると、「二律背反(antinomy)」となる。」

 

 

p.285

“...despite these enigmatick Gaolers?”【そういう訳の判らん看守どもが居っても】

「失われた11日間に住む小人たちの「訳の判らん看守ども」として、王立協会、マクレスフィールド、ブラドリー等を示していると思われる。」

 

 

p.286

Lord's Assizes”【神の裁き】

「Assizeはイングランド及びウェールズで開かれていた巡回裁判のこと。」

 

 

p.289

“a certain subterranean Rotation”【地下で何かが回る】

レベッカがお墓の中で寝返りを打っている」

 

 

p.294

“but by me”【儂以外はみんな】

「これはヨハネ福音書第14章6節のイエス言葉「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」の引用イエスメイスンの父とを関連付ける第8章の記述を受けている。」

 

 

p.295

“He believes that bread is alive”【麺麭は生きている】

「これもカトリックの化体の理念を描いている。第8章を参照。」

 

 

p.316

“Ley-Lines”【念力線】

レイラインという概念1921年6月30日アルフレッド・ワトキンスによって初めて提唱されたため、ここでの言及は時代錯誤である。」

レイラインに関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/av3X7c

 

 

p.317

“Bisley Church”【ビズリー教会

「この教会の傍にある泉は、「洗礼者ヨハネの聖なる井戸」として知られ、薬効があるといわれている。その水は、20世紀初めまで地元民の洗礼に使われてきた。」

 

p.317

Roman Palimpsest”【羅馬時代の重ね書き】

「表面を削ることにより再使用可能な羊皮紙を使って書いたもの」ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」の映画版では、オープニングクレジットで「A palimpsest of Umberto Eco's 'The Name of the Rose'」と表示される。

 

 

p.318

“Chaldrons”【重さ】

「容積の測定単位。主に石炭に用いられた。13世紀から、1963年度量衡法が制定された時まで使用されていた。」

 

 

p.319

“Euler”【オイラー

オイラーは敬虔なクリスチャンでもあり、聖書の無誤性を信じ、当時の著名な無神論者たちと激しい論争をした。」

 

 

p.319

“The first book he publish'd was upon Fluxions.”【最初の著書は導関数を巡る書物である

ニュートンは、自身が発展させた微分法を流率法(method of fluxions)と名付けた。」

 

 

p.320

“Dodman”【測量屋(カタツムリ)】

レイラインの「発見者」であるアルフレッド・ワトキンスは、dodmanという単語は、測量士を表す古英語の名残であると考えた。ワトキンスは、蝸牛の二本の角は、測量士の二本の測量用の標尺に似ていることからこの名が付いたのだとした。ワトキンスはまた、ヨロヨロ歩く(doddering along)や身をかわす(dodge)を語源とする可能性があるとも考えた(測量士が標尺を前後に動かしながら進んでいく様子と似ていることから)。ワトキンスは、英ウィルミントンの巨大地上絵「ウィルミントンロングマン」が古代の測量士の像であるとした。」

ウィルミントンロングマン」 http://bit.ly/cwEnc2

 

 

p.325

Maria Theresa... our last Protector”【マリア・テレジアのみが(…)我等に残された殆ど唯一の擁護者】

マリア・テレジアはもともとイエズス会保護していたが、イエズス会が力をつけ、自身の君主としての権威を脅かすや否や、マリア・テレジアは躊躇なく彼らを領土から排除した。」

 

 

p.328

“Jacobites”【ジャコバイト

ジャコバイトに関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/duJmqh

 

p.329

“Jansenists”【ジャンセニスト】

ジャンセニスムに関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/bUYEZg


p.331

“...it's old Back-to-Front”【頓痴気野郎のお出座だ】

エマーソンはシャツを後ろ前に着て、火の上に座っても大丈夫なように、足を粗製麻布で覆っていた。」

 

 

p.338

“the Young Pretender”【僭王チャールズ】

チャールズ・エドワード・ステュアートに関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/9Pw3SI

 

 

p.342

“Nynauld”【ニノー】

「ジャン・ド・ニノーは、当時すでに出版されていたジャン・ボダンの本(悪魔人間を狼に変身させるとするもの)に反論する論文を公表した。ニノーの見解は、そのようなことは起こり得ず、それらはすべて幻覚によるものとしている。」

 

 

p.349

“Lamentations of Jeremiah”【ジェレマイアの嘆き】

哀歌に関する日本語wikipediaの記事を参照。

http://bit.ly/9k81zd

 

 

p.355

Faces beneath these Basin-crops”【石炭に塗れた顔】

「“Basin-crop”とは、家で(すなわち無料で)おおざっぱに切られた髪。盥や洗面器を頭にかぶせ、縁に沿ってカットする。」

 

 

p.355

ev'ry Can bought and taken”【これまで買って飲んだ全ての淡麦酒】

「1750年のストライキは、飲み物代を巡るものでもあった。賃金の一部を、雇用者経営するパブで消費される飲み物として支払う慣習があったため。」


Mason & Dixon

Mason & Dixon

11月23日(火)

[][]「メイスン&ディクスン」(上) その2

トマス・ピンチョンの「メイスン&ディクスン」を個人的により深く楽しみながら読むために、注釈サイト「pynchonwiki」(http://pynchonwiki.com/)の気になった部分を意訳要約しています。翻訳素人自己学習のために作成しているものですので、誤訳珍訳をご容赦ください。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101121 のつづき


p.113

“not whistle”【口笛を吹いてはならぬ】

「そのような「悪徳」は、船上では許されなかった。」


p.117

“Theater of the Japanese”【日本の芝居】

日本の能のこと。」紋付袴の能の後見ではなく、歌舞伎の黒子を示しているのでは。舞台上に実際にいるのに、見えないものとして扱われる黒子を、奴隷と対比させていると考えられる。


p.117

“the Range of their Desires”【欲望の多様ぶり】

「「逆光」の第1章の表題「Light Over the Ranges」を参照」


p.124

“even better, as Eve”【いや、もっといい、源女(イヴ)の気分です】

アダムと違って肋骨を失っていないから?服従的でないから?」


P.124

“B-st-rd”【下司野郎】

「18世紀の文学における、「Bastard」の慣習的な伏字


p.126

“Transubstantiation . . . presided”【麺麭と葡萄酒が基督の体と血に変る(...)君臨していた祭壇であるからだ】

「化体(transubstantiation)とは、聖体拝領のパンが文字通りキリストの体になるとするカトリックの教義である。ここでは、若き牧師が、メイスンの父親がパン職人であったことから、彼が窯に君臨していたとした。つまり、「父なる神」がパンの中に在り(すなわち化体)、メイスンの生物学的な父親はパンに携わっているというジョークである。」


p.130

“hangs there in Misery”【惨めにぶら下がり】

バスター・キートン喜劇で演じる登場人物を想起させる。」


p.133

Light?...hellish red”【光が変ったこと(...)地獄の赤】

「光が暗くなっていくイメージは、「逆光」でお馴染みである。ここでの光の変化は、ブルズ・アイのせいであることに注意。」


p.141

“Dutch Ado about Nothing”【空騒ぎ、阿蘭陀版】

「「から騒ぎ」のもじり。無感動というステレオタイプイメージがあるオランダ人にはそぐわないところが面白い。」


p.154

“what is never to be named directly”【誰も決して直接名を云わぬもの】

「暗闇のこと?次のページを参照。虚無としての暗闇か?「逆光」を参照」


p.154

“the terrible Authorization?”【恐しい許可は与えられる】

「水兵による殺人?よく読むと、殺人運命付けられているのは、水兵ではなく、「swinging boots(揺れる長靴)(気儘な新兵の意味もある)」であることが示されている。おそらく、「野蛮な拍動」でリズムをとりながら、被害者を蹴り殺すのであろう。ピンチョンはしばしば、「terrible」という単語を、死を意味して用いる。「逆光」(英版p.436)の“Such to the dead might appear the world of the living - charged with information, with meaning, yet somehow always just, terribly, beyond that fateful limen.”を参照。ピンチョンはまた、この単語を「重力の虹」(英版p.239)“The pain is terrible”でも使っている。これほどまでに語彙の豊富作家が、「terrible」なことを描写するのに、この単語回帰するのは興味深い。」


p.155

“no change here is gradual”【如何なる変化も緩やかではあり得ず】

ピンチョン的な主題のひとつ。急激な変化は良くない、自然ではない。次の行で、「line, distances should not be vast....life 'goes for nought」とある。英版p.122と、「警告なしに時を打つ」オランダ時計、そしてそれらがメイスンとディクスンに及ぼした影響を参照。」


p.156

“a Company of Giant rob'd Beings, risen incalculably far away over the horizon”【衣を纏った巨大な存在の一団が、水平線の遥か彼方、測り知れぬ程遠くに立ち昇り】

「このような世界の果てにいる装束をまとった人物は、「重力の虹」(英版p.217)でも出てくる。“But out at the horizon, out near the burnished edge of the world, who are these visitors standing...these robed figures”」


p.159

“In lower-situated imitations of the Hellfire Club”【地獄炎倶楽部の場末版】

ヘルファイアクラブは、18世紀の英国アイルランドの上流社会道楽者たちのための排他的クラブによくある名前だった。これらのクラブは、不道徳的な行為に参加したがる「上質な人物」たちの社交場だと噂されており、メンバーの多くは政治に深く携わっていた。ヘルファイアクラブの第1号は、Wharton侯爵1979年ロンドン設立した。この名前がつけられたクラブで最も悪名高いのは、Francis Dashwoodが設立したもので、1749年から1760年までの間に定期的に会合を開いていた。クラブのモットーは、「Fais ce que tu voudras(汝の意志することを行え)」であり、これはフランソワラブレーの「ガルガンチュワ物語」の架空僧院「テレーム」に因む。ピンチョンはここで、娼館の回りくどい言い回しとして用いているが、ヘルファイアクラブという概念は、非常にピンチョン的である。法規制の及ばない、権力者の目の届かない、独立した法を有する場所。ピンチョンの作品を通じてこのような場所はしょっちゅう出てくる。」


p.171

“Sirius Business”【シリウスな話ですな】

「「serious business」に引っかけた、うまい天文学洒落。」


p.182

“against the Day swelling near”【傍で膨らみつつある昼間に向けて】

ピンチョンの次作である「逆光(Against The Day)」(2006)への言及。


p.197

Motto of Jacob Bernouilli”【ヤーコプ・ベルヌーイ二世の座右の銘

「多数の大数学者を輩出したベルヌーイ家の一員。父の意向により、ヤコブ神学を学び聖職に入るが、両親の願いに反し、数学天文学を学ぶようになる」


p.202

common acquaintance but lately withdrawn”【つい先まで居合わせた共通の知合い】

ピンチョンはここで再び、神の不在に触れている。」


p.213

“blessing each with a Pistole... "spend it wisely. Prudently invested, it could provide you a tidy Fund"”【それぞれに一西班牙金貨を与える。(…)それなりの財源となってくれようぞ。】

マタイ伝25章14〜30節の金貨の譬えへの言及」


p.213

“Our idea, actually... is for one of us to run away and pretend to lead a Wastrel's Life, whilst the other applies himself diligently to the Law,”【「僕等の計画はね、」(…)一人が家出して、やくざ者の暮しをしてる振りをして、もう一人が真面目に法律に精を出して、】

「ルカ伝15章11〜32節の放蕩息子の譬えへの言及」


p.235

“yet could I ransom at least one Soul”【少くとも一人の人間を(…)身請けしてやることは出来る】

マタイ2028節「人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」(口語訳版)と対応している。この聖書文言との繋がりは、この節の冒頭の十字架の道行きへの言及によって強調されている」


p.242

English Glory”【英国的な美しさ】

「これは、有名なマッチブランドである。もともと英国ロチェスターローカルブランドだった。」


p.248

“see them as they are”【ありのままに見えるのだろう】

「死後にのみ見える。生きている間は、メイスンもディクススンも、そして誰もが天国的な実体を明確に視ようと必死である。」


p.251

“Canary Coat”【金糸雀色の上着】

病院で、規則に違反(大抵は飲酒)した罰として赤い袖の黄色の上着を一時的に着せていた。カナリア色の上着を罰として着せるのは、トーマス・マスターマンハーディ1930年に廃止した。」


p.252

“To Break-Neck”【𡸴崖まで】

ブレイクネック・バレーセント・ヘレナ島にある。18世紀初頭に、金脈が発見されたと大騒ぎになったが、ロンドンで分析した結果、黄鉄鉱であると判明し、ブレイクネック・バレーゴールドラッシュは短命のうちに幕を閉じた」


p.253

“Jenkins Ear Museum”【ジェンキン耳博物館

Wikipediaの「ジェンキンスの耳の戦争」を参照。 http://bit.ly/2Xoq5V


p.259

“mutatis mutandis”【ここで(…)が(…)であったなら】

ラテン語の「mutatis mutandis」の直訳は、「変更するべきところは変更して」である。より口語的には、「必要な変更がなされている」と解釈できる。この場合の「必要な変更」は、通常その前の文章で説明されており、読者が理解しているものとみなす。」


p.260

“brighter indeed than the Day allows”【実際、この天気にしてはどうも明る過ぎる】

「再び「the Day」への言及。「逆光」を参照。」


p.261

“uncoah”【不可解な】

「“unco”はスコットランド語で「未知の」「奇妙な」という意」


p.261

“Frome”【フルーム】

「フルームは英サマセットにある川。同じ名前の川が英国南西部にもあるが混同しないように。」


p.265

“Ploughman's Lunch”【耕夫昼食】

「この用語は、パブでの食事を奨励するために1960年台から使われるようになったため、ピンチョンがここでこの用語を用いるのは時代錯誤である。」


p.266

“Cock Lane Ghost”【雄鶏横町幽霊

コック・レーンの幽霊に関する日本語wikipediaの記事を参照。 http://bit.ly/b4S7wN


p.268

“Parlor-Game”【室内遊戯

ゲームの種類は多数あるが、ここでは「Consequences」と呼ばれるゲームのことを指していると考えられる。これは、参加者がそれぞれ「1.男性名前」「2.女性名前」「3.場所」「4.台詞」「5.もうひとつ台詞」「6.結果」を書き、「1が2と3で出会い、彼が4と言い、彼女は5と言い、その結果6となった」という1つの物語を読み上げ、そのシュールさを愉しむものである。」


p.268

“Pope Joan”【ジョーン法王

教皇ヨハンナに関する日本語wikipediaの記事を参照。 http://bit.ly/vqTIM


p.268

“four-door Farces?”【四つ扉の笑劇】

「この状況は、「逆光」(英版p.567)にも出てくる。沢山のドアを登場人物たちが出たり入ったりして、お互いにすれ違う、演劇上のコミカル表現である。「逆光」の時代にこのジャンル戯曲を書いた、フランス作家ジョルジュ・フェドーが有名。フェドー(Feydeau)の名が、4つのドア(four-door)にもじられた可能性がある。現代の例としては、ピーター・ボグダノヴィッチ監督「おかしなおかしな大追跡」(1972)を参照。」


つづく


Mason & Dixon

Mason & Dixon

11月21日(日)

[][]「メイスン&ディクスン」(上) その1

トマス・ピンチョンの「メイスン&ディクスン」を個人的により深く楽しみながら読むために、注釈サイト「pynchonwiki」(http://pynchonwiki.com/)の気になった部分を意訳要約しています。翻訳の素人が自己学習のために作成しているものですので、誤訳珍訳をご容赦ください。


第1部表題

“Latitudes and Departures”【緯度と出発(たびだち)】

「緯度と経度(latitudes and longitudes)」と「発着(arrivals and departures)」のかばん語


p.11

Snow-Balls have flown their Arcs”【雪玉がすうっと弧を描いて飛び】

「「重力の虹」では、放物線は常に不吉な意味合いを帯びていた。タイトルの「重力」の「虹」とは、ロケットの軌道のことである。放物線は完全な破壊の前兆である。M&Dでピンチョンは再び、投射物(弧を描いた飛翔)のイメージで始めるが、今回は、それは子供によって投げられる雪玉である。これにより、この小説全体のトーンが最初の一文で決定付けられている。 この美しい幕開けの一つの解釈として、「雪玉」が終結したばかりの冷戦を巧妙に仄めかしているとも考えられる。つまり、冷戦は終わり(「雪玉」は弧を描いて投げられ)、すべてはゲームでありジェスチャーごっこだった、という解釈である。」


大文字

原文では、一部の名詞大文字で表記している。

「一見、大文字にしている名詞に、特定のパターンは識別できない。詩の場合のように、リズミカルアクセントを置くために大文字にされているようである。

第一文で大文字化されていない名詞には、以下が含まれる。

shoes, slaps, afternoon, rear, years, table, side-benches, branch, family

大文字化されている抽象名詞には、以下が含まれる。

Arcs, Sides, Descent, Dither, Fly

重要名詞大文字化するのは、ドイツ語起源を持つ古英語を反映している。今でも、ドイツ語ではすべての名詞大文字化されており、18世紀初頭でも、名詞大文字化するのは普通に行われていた。「ロビンソン・クルーソー」には、小文字のままの名詞が多数含まれているが、それは明らかに植字工のミスである。

18世紀末までに、日用品等の一般的な名詞不確定名詞、及び音読する際に強調することが求められない名詞は、小文字のままにされるようになった。

名詞大文字化すると、同音異義語の区別に便利である。たとえば、「secret」は動詞であり「Secret」は名詞、「venture」は動詞であり「Venture」は名詞である。」


p.12

“a sinister and wonderful Card Table [which has a grain called] Wand’ring Heart, causing an illusion of Depth into which for years children have gaz’d as into the illustrated Pages of Books.”【「禍々しいほど見事な遊戯札卓で‥波状の木目は業界筋では『彷徨える心』の名の通り、覗くと何故か深さの錯覚が引き起こされるゆえ子供等も挿絵入頁を覗く様にしてもう何年も覗き込んできた】

「この直喩により、ピンチョンは明らかにこのテーブルを書物と結び付けている。このテーブルについての記述全体を、ポストモダニストありがちな「mise-en-abyme」(文字通り、「無限に位置付けること」)のテクニックの一例として読者に提示している。通常、作家はこのテクニックを小説全体のテーマや目的を要約するために用いる。ここでは、読者は「M&D」自身が、「双子もその姉も(そして読者も)、そ到底まだ全部見尽くしたとは」言えない「数多の蝶番、可動ほぞ穴、隠し留金、秘密の小部屋等」を内蔵するものだと思うよう仕向けられる。特に、このテーブルが遊戯卓であることで、ピンチョン小説で頻繁に見当たる滑稽でふざけたような雰囲気が示されている。もしかしたら、「M&D」という書物自体が、読者がその上でゲームをするテーブルなのかもしれない。


p.13

Distance to a Star”【空の星の距離(ほどに測り難い)】

「これは誤り。(ジェローム・)ラランドが1761年と1769年の金星の日面通過の観測から、153,000,000キロメートル(±百万キロ)との数値を弾き出した。これは、正しい数値である149,597,870,691メートル(±30メートル)と、たった2.27%の誤差しかない。」


p.13

"Winter's Block and Blade"【冬の刃と肉切台】

「Block and Blade(斬首台と刃)とはおそらく、ギロチンを表すシネクドキであろう。厳しい冬はチェリーコークの死を意味する。「block」は、肉屋で使用される堅い合成版の意もある。「重力の虹」では、「the knives of the seasons」が腐朽のメタファーとして二度(一度目は英版p.5)使われている。」


p.13

"An Herodotic Web of Adventures and Curiosities selected"【冒険と珍奇の織成すこれらの見聞譚の網】

蜘蛛の巣のように絡み合った濃密なヘロドトスの「歴史」は、ピンチョンの「M&D」に非常に似ている。ヘロドトスは変動の時代に生き、ソクラテスプラトン及びアリストテレスが世界についての一般通念に疑義を持ち、彼ら独自の統一された哲学を主張する以前の歴史を編纂した。ソクラテス前としての彼の立ち位置は、ポスト啓蒙主義としてのピンチョン自身の立ち位置と対称的である。ヘロドトスのメソッドは、J.Evansによると記憶から捏造された多数の真実を提示することにある。このせいでヘロドトスは古代(そして現代でも)、悪者扱いされ、トゥキュディデスの「戦史」では暗示的に、プルタコスの「the Malice of Herodotus」では明示的に、ノンフィクション作家ではなく、フィクション作家であるとされている。

多量性、多様性、異種混交性は、ピンチョンとヘロドトスに共通して与えられる形容辞である。ヘロドトスは、幻想の取り入れ方でも、ピンチョンと重なる。上述のとおり、寓話作家のような挿話(たとえば、「犬より小さいが狐より大きな巨大蟻」が金を掘り駱駝を食べる)のせいで、ヘロドトスは歴史の父ではなく、法螺話の父のレッテルを貼られている。このレッテルは、キケロが付けたものである。より厳密に二人のテキストを読み較べるならば、より大きな、そしてより深い驚くべき関連性が発見されるであろう。」


p.15

“Tenebrae”【テネブレー】

双子の姉、チェリーコーク牧師の姪の名

「暗闇の意(ラテン語)。また、キリスト教教会で行われる、キリストの死にちなんだ儀式も示す。この儀式は、明かりをつけて開始し、真っ暗闇で終了する(この小説のように?)。この儀式は、エントロピーの法則を想起させる。エントロピーの法則は、「競売ナンバー49の叫び」に顕著であったように、ピンチョン小説を解明する際に批評家がしばしば用いるものである。この儀式の一形式では、教会は聖像をひとつづつ外し、最後はがらんどうになる。」


p.18

“The crime of "Anonymity"...Gaol...Exile”【「匿名」罪...牢獄...流浪】

匿名のままでいることを意図しながら力を顕示することと、刑務所を回避する方策として追放を求めることの罪についての牧師のこの描写は、チェリーコークの言葉がピンチョン自身のものであると読み取ることができる。

これはまた、非常にフーコー的な台詞である。フーコーは「What is an Author」で、「我々の文化では……discourseはもともと製品や物ではなく、…本質的に行動であった」と指摘している。かつて文学テキストは、作者について考えることなしに、流通されていた。しかし、中世になって、医学のテキストにより作者という地位が与えられるようになった。この状況は、17世紀から18世紀にかけて、つまりチェリーコークがこの軽犯罪を犯した時代に一変する。ここでこの挿話を入れたピンチョンの意図はこのように説明できるだろう。」


p.19

“If you must use the latter, do not inhale.”【どうしても印度麻を使うなら、吸込むでないぞ】

「これは明らかに、ビル・クリントンが若い時に大麻を試したとことがあると認めた時の有名な発言「did not inhale」からの引用。」


p.22

“Imps of the Apprehensive”【疑念の天邪鬼】

エドガー・アラン・ポー短編小説「天邪鬼(The Imp of the Perverse)」のもじりでは?この短編のなかで、不安(apprehension)は重要モチーフとなっている。」


p.24

“yet another Term in the Contract between the City and oneself”【これもまた都市と己との契約条件】

市民社会秩序を獲得するために政府に対し一定の権利を放棄することを意味する、社会契約説を示している。ピンチョンは、合理化され効率化されたシステムを追求するために個人を抑圧するものとして、都市に対して常に警戒的である。「重力の虹」の「City Dactylic」の項(「すべての人格は調査済みであり、どこにも隠れ場所の無い未来都市」)、また「Routinization of Charisma」の項を参照。」


p.35

“The L.E.D. blinks, shivers, nods in a resign'd way"【LEDは目をぱちくりさせ、ぶるっと身震いし、諦めたように頷く】

「ここでL.E.D.は「博学英国犬」(Learnèd English Dog)の略であるが、L.E.D.は定期的に点滅する発光ダイオードの略でもある。」


p.36

“tail-wagging Scheherazades”【尻尾を振るシェヘラザード】

千夜一夜物語」の語り部シェヘラザードのこと。物語を面白く聞かせることで処刑を免れることから。


p.36

“Algernon”【アルジャーノン】

「アルジャーノンは、ダニエル・キースの「アルジャーノンに花束を」の実験用ネズミの名前である。このネズミは、人工的に知能を発達させる手術を受けている。この物語は、人類で初めてこの手術を受けた、もともとIQが68だったチャーリーの手記として語られる。チャーリーネズミと同じように、当初は目覚ましい進化を遂げるが、その後はまた元の状態に戻る。キースはアルジャーノンの名を、英国詩人アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーンからとった。彼は晩年アルコールによる神経衰弱、苦痛嗜愛、興奮性人格に悩まされる。したがって、LEDをアルジャーノンと呼ぶのは、単にキースの小説の登場人物を示す洒落ではなく、そのような動物奇跡的な知性の発達は一時的なものに過ぎないとする侮辱的な呼びかけでもあると解釈できる。」


p.37

“a British Dog, Sir. No one owns me”【小生は英国の犬ですぞ。誰にも所有などされん。】

チェリーコーク牧師のp.18の台詞を参照」


p.44

“Mauve”【モーヴ】

「『モーヴ(薄紫)』という色名は、1830年代に初めて付けられた。『マルヴァ』や『マロウ』は、古くからある植物である。」


p.44

H.M.S. Inconvenience”【英国海軍不便号】

「防舷材腹ボーディーンの船。『逆光』にも登場する。」


p.45

share quarters”【一緒に...暮しており】

「モーブとへプシーが同一人物であるということは大いにあり得る。」


p.46

“Epictetus“【エピクテトゥス】

エピクテトス(55年〜138年)は古代ギリシアストア派哲学者。それまでのストア派哲学者たちよりも、倫理を重視した。彼の思想はソクラテス起源を発するものであり、人間の目的は、自身の人生の支配者となることであると考えた。エピクテトスによると、ストア派の師の役割は、弟子が何よりもまず、すべての人間にとって不変かつ不可侵、そして有効なものである、物事の本質を学ぶように促すことである。

エピクテトスは、物事には自分の意のままになるものとならないものがあるとしている。人生の賽がどのように転がるかをコントロールすることはできず、コントロールできるのは、賽を投げる時の自分の手の動きだけである。この区別を誤ることから、無限の苦悩が生まれる。病、死及び貧困を回避しようとすると、惨めな人生を送ることになる。なぜなら、それらはすべて(特に死は)、何人にも決してコントロールできないものだからである。コントロール可能な物事(自身の思考、行動及び反応)に対する姿勢によってのみ、幸福を生み出すことができる。簡素な生活の中で思考を鍛錬し、欲望や嫌悪の感情を最小限に抑えることによって、平安は訪れる。

チェリーコークは、「the Enchiridion」から引用している。この本で、エピクテトスはストア派の受容の哲学を奨励している。エピクテトス自身は著作を残しておらず、彼の思想は弟子のアリアンが文字に起こしたと考えられている。」


p.55

“Unchleigh”【アンチリー(大尉)】

ランチlunch)のピッグ・ラテン語。」ピッグ・ラテン語とは、ラテン語風に言葉を言い換えた語。語の最初の子音を最後に移し、さらにeiを加える。


p.56

“qui vive”【抜かりなく目を光らせ】

「もともと、監視員の決まり文句である「何者だ」のフランス語。警戒している状態を表す形容詞として慣用句化されている。」


p.68

“As if...there were no single Destiny”【まるで……運命とは一つではないかのような物云い】

「このパラグラフは、ピンチョンの作品に共通するテーマである、時間の経過に従って数多くの潜在的な現実が一つの現実へ収縮することを反映している。この概念は、観測されている場合には、可能性の靄が単一の状態に収縮するとする、量子力学における波動関数の収縮(collapse of the wave function)とも繋がる。または、量子力学多世界解釈(many-worlds interpretation)が示すように、単一の現実に収縮されるのではなく、個々の可能性が、無限に存在する現実化される結果の中で、それぞれの糸を紡ぎ続ける。

これは「M&D」の中で何度も出てくるテーマであり、そこでは現実が収縮したり分岐したりする。

  • “the event not yet 'reduc'd to certainty”p.177
  • “Transition between Two Worlds”p.180
  • “Or let us postulate two Dixons, then, one in an unmoving Stupor throughout,― the other, for Simplicity, assum'd to've ridden [...] out to Nelson's Ferry”p.393
  • “I myself did stumble [...] into that very Whirlpool in Time,― finding myself in September third, 1752 [...] as ev'ryone else mov'd on to the Fourteenth of September”p.556
  • “Suppose that Mason and Dixon and their Line cross Ohio after all...”p.706

p.258で、ピンチョンは海事用語「single up all lines」を使っているが、それは沢山のラインが単一のラインに還元されることの暗喩であると解釈できるだろう。「single up all lines」は、「V」(英版p.11)、「競売ナンバー49の叫び」(英版p.31)、「重力の虹」(英版p.489)、「M&D」(英版p.258、p.260)に登場する。「逆光」では、ピンチョンはこの用語を良い意味("Cheerily now [...] Prepare to cast her off!")と悪い意味(cattle "rationalized into movement only in straight lines and at right angles and a progressive reduction of choices, until the final turn through the final gate that led to the killing-floor")の両方で使っている(p.10)。」


p.84

“perfectly beneath us”【(我等の影は)体の完全に真っ直ぐ下に来るのである】

天文学の入門講座でピンチョンのこの文章を提出したら、間違いなく落第する。回帰線に挟まれた地域では、太陽が天頂に来る日が年に数日ある。赤道上では、春分秋分の二回だけである。」


p.88

“Slaves”【奴隷

ピンチョンケープタウンのエピソードで、彼の地で数ある問題の中でも特に奴隷制について語ることを選択したのは、それが、啓蒙主義の暗部だからである。奴隷制はまた、メイスン・ディクス線に沿って形成された大きな溝の中心テーマであり、アメリカパラドックス(すなわち、一定の人々のための自由)でもある。これ以上にピンチョンらしいテーマがあるだろうか?」


p.90

“Fascination”【魅入られた】

ピンチョンは、メイスンとディクスンとで、性格を対比させるため、メイスンを憂鬱だがカリスマ的(詩人バイロンのような?)とし、ディクスンはその逆としている。ピンチョンの文章からは、メイスンが女性からどう思われていたのか判断し難い。実際にメイスンとディクスンが残した記録では、メイスンによる科学的な記述が、しばしば幽霊悪魔イメージや詩に移行している箇所が多数ある。この日誌には、メイスンが殺戮現場によく訪れていたことが記されている。」


p.101

“the wrongs committed daily...invisible, yet possessing mass and velocity”【奴隷達に対して日々犯される様々な悪は、(‥)見えぬながらも質量を、そして速度を有し】

「「重力の虹」の重力と「逆光」の質量を参照。非常にピンチョン的なモチーフフレーズである。」


p.101

「ここでのディクスンの立ち位置は、ピンチョン作品の主要な登場人物の居場所である。短編「低地」や他の作品の各所を参照。このパラグラフは、地図に記されていない、知られていない、定義されていない、規格外のような場所を絶妙に表現している。我々はそこを目指すべきだと言う無政府主義者もいるだろう。ピンチョン重要テーマの一つである。」


p.107

“Spanish Inquisitors”【西班牙の大審問官】

私見ですが、モンティパイソンの「Nobody expects the Spanish Inquisition!(まさかの時のスペイン宗教裁判!)」のギャグ引用ではないでしょうか。「Nobody expects」だから、ディクソンの返事も【済いません、西班牙の何ですって......?】となるのでは。


p.107

“two Punches in a Droll-booth”【二人とも芝居小屋の道化】

人形喜劇「パンチ・アンド・ジュディ・ショー」の人形のこと」パンチ・アンド・ジュディ・ショーはイギリスの伝統的な人形劇で、夫パンチと妻ジュディの壮絶な夫婦喧嘩コミカルに演じるものなので、メイスンとディクスンが、男同士で喧嘩ばかりしている操り人形、つまり二体のパンチ人形のようだと言っているのでは。


p.107

“Jesuits... Invisible College”【耶蘇会(...)見えない大学

メイスンとディクスンが「自由」であるのか、それとも他者から支配(ディクスンはイエズス会から、メイスンは目に見えぬ大学から)されているのかについての哲学的な言い回しである。目に見えぬ大学は、英国学士院の前身である。ロバート・ボイル、ジョン・ウィルキンス、ジョン・イヴリン、ロバート・フック、クリストファー・レン、ウィリアム・ペティといった科学者たちから構成されていた。ボイルは1646年と1647年に書かれた手紙で、「われらの目に見えぬ大学」または「われらの観念的な大学」に言及している。この集まりは、実験的な調査を通じて知識を獲得することを共通テーマとしていた。

目に見えぬ大学の理念は、特に学識者によるネットワークの形成や、知識人たちによるアイデアの交換により、17世紀の欧州に大きな影響を与えた。目に見えぬ大学の理念は、16世紀の欧州天文学者、教授数学者、自然哲学者たちのネットワークからも存在が裏付けられる。ヨハネス・ケプラーゲオルグ・ヨアヒム・レティクス、ジョン・ディー、ティコ・ブラーエといった人々は、目に見えぬ大学情報アイデアを交換していた。最も頻繁に用いられたコミュニケーション方法は、個人的な貸し借りや売り買いで交換する本に注釈を書き込むというやり方だった。」


p.108

“Mr. Peach”【ピーチ氏】

ネタバレ注意。後に出てくるスザンナ・ピーチの夫をメイスンは幻視しているのか?」


p.110

“if Beetles be your Passion, why the Beetle Variety there”【甲虫魚がお目当てなら、居るぞ、甲が!】

チャールズ・ダーウィンと、進化論に関する有名な言葉への時代錯誤的な仄めかしか?医学校を中退してから数年間、ダーウィン甲虫の収集に熱中した。また、20世紀生物学者J.B.S.ホールデンにまつわる信憑性はないが有名な逸話がある。ある公の場で、ホールデンは英国教会の司祭と隣り合わせになった。司祭は、創造者(神)の意図や好みについて、生物学で分かったことはあるかと聞いた。ホールデンはこう答えたという。「甲虫に寄せるとてつもない愛情です。」」


http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101123 につづく

Mason & Dixon

Mason & Dixon

11月09日(火)

[][] ポール・オースター 「Invisible」(その5)

Paul Auster 最新作「Invisible」の私的翻訳です。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100522 

その2 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100605

その3 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101022

その4 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101030

のつづき

「不可視」 ポール・オースター (その5)


手土産に何を用意したらいいのか迷ったことを憶えている。花か、一瓶のワインか。結局花にした。印象に残るようなワインを買う余裕などなかったし、よくよく考えてみると、フランス人カップルワインを送るなんておこがましいということに思い至った。ヘンなワインを選んだら(おおいにありうることだ)、無知を晒すだけだし、せっかくのディナーのはじまりをバツの悪い気持ちで過ごす羽目に陥りたくなかった。花だったら、マーゴへの感謝の気持ちをより直接的に伝えられるかもしれない。ふつう、花はその家の女性に渡されるものだし、マーゴが花好きの女性であれば(必ずしもそうとは限らない)、ボルンにぼくのために一肌脱ぐよう後押ししてくれたことにぼくが感謝していることを分かってもらえるだろう。前日午後の彼との電話での会話で、ぼくは半ば茫然とし、夕食会の夜に彼の家まで歩いていくときでさえ、ぼくに降りかかってきた有り得ない幸運にまだ圧倒されていた。そのときぼくは上着とネクタイを身に着けていたことを憶えている。正装するのは数ヶ月ぶりだった。発行人との商談ディナーのために巨大な花束を右手に、コロンビア大学の構内を闊歩する重要人物、それがぼくだった。

彼のアパートは、一年間のサバティカルで留守をする教授から又借りしたもので、百十六番街を入ったモーニングサイド・ドライブに面した建物にあり、広いがぎっしりと家具が詰め込まれていた。たしか四階だったと記憶している。居間の東側のフランス窓からは、モーニングサイド・パークが広がり、そのむこうのスパニッシュ・ハーレムの灯りを眺めることができた。ぼくが玄関のドアをノックするとマーゴが出迎えた。花を渡したときに彼女の口許に一瞬広がった笑みを、ぼくは今でも目に浮かべることができるのに、彼女の服装についてはまったく記憶がない。またもや黒い服だったかもしれないが、そうじゃなかった気がする。というのも、ハッとした記憶がおぼろげながらもあるからだ。それはつまり、彼女と初めて出会ったときとなにかが違ったことを示している。彼女アパートに招き入れる前、ぼくらが玄関先に立っているとき、マーゴは小声でルドルフの機嫌が悪いことを伝えた。実家で何か大変なことがあり、明日パリに発たなければならないだろう。そして早くとも来週まで戻らない、と。彼は今寝室で、飛行機を手配するためにエア・フランス電話中で、たぶんあと数分かかりそうだ、と付け加えた。

アパートに入った途端、台所で調理中の料理の匂いに襲われた。すばらしく美味しそうな匂い、いままで吸い込んだ中で最もそそられる、芳しき蒸気だと思った。花を活けるための花瓶を探すため、ぼくらが最初に向かったのは台所だった。コンロを一瞥すると、その卓越した芳香の源である蓋をした大きな鍋があった。

「中身が何かは分かりませんが、ぼくの鼻が確かならば、今宵三人は幸せに過ごせそうですね」と、鍋を示してぼくは言った。

あなたが仔羊を好きだってルドルフが言ったから、ナヴァリンにしたの。馬鈴薯とナヴェッツが入った仔羊のシチューよ」とマーゴは言った。

「蕪(turnip)」

「その単語、ぜんぜん憶えられないの。耳障りじゃない?それに発音しにくいし」

「それじゃあ、英語辞書から追放しちゃいましょう」

マーゴはぼくの返事を面白がっているようだった。少なくとも、再びぼくに微笑みかけた。それから彼女は花との格闘を開始した。花を流しに入れ、白い包装紙を取り除き、戸棚から花瓶を下ろし、ハサミで茎を切りそろえた花を花瓶に挿し、それから花瓶に水を注いだ。彼女がこれらのこまごまとした作業をしているあいだ、ぼくらは一言も話さなかったが、ぼくは彼女を真近で観察し、彼女の動きがゆったりと整然としていることに驚いた。まるで、水の張った花瓶に花を挿すのが、細心の注意と集中力を要する高度に繊細な行為であるかのようだった。

結局、各々の手に飲み物を持って居間のソファに隣り合わせで座り、煙草を喫いながらフランス窓ごしに空を眺めることで落ち着いた。黄昏は徐々に闇へと変わってもボルンはまだ現れなかったが、マーゴは落ち着き払って、ボルンの不在を気にする素振りを一切見せなかった。十日か十二日ほど前に会ったとき、ぼくは彼女の長い沈黙とぎこちない振る舞いに狼狽していたが、彼女がぼくを気に入ってくれていること、ぼくには「この世界はふさわしくない」と思っていることを知っている今となっては、彼女と一緒にいるのが心地良くなっていた。彼女の男が合流するまでの数分間、ぼくらが話したこと。ニューヨーク彼女は汚く陰鬱だと思っていた)、画家になりたいという野心(彼女は美術大学クラスをとっていたが、自分に才能がなく、怠け者過ぎて上達しないと思っていた)、ルドルフと出会ってからどれくらい経つか(彼女が生まれたときから)、あの雑誌についてどう思うか(彼女は指をクロスして幸運を祈る仕草をした)。しかし、ぼくが彼女の助けに礼を言うと、ただ首を振り、大げさね、と言った。わたしは関係ないわ、と。

どういう意味かを聞く前に、ボルンが部屋に入ってきた。またもや、しわくちゃな白いズボン、クシャクシャにハネた髪、しかし今回は上着を着ておらず、シャツは(記憶が正しければ)ペール・グリーンだった。右手の親指と人差し指の間に火の消えた喫いさしの煙草を挟んでいるが、持っていることに気付いてもいないようだった。ぼくの新たな恩人は、明日パリまで行かねばならないなんらかの事情に怒り沸騰だった。そして、ぼくらのささやかなお祝いの主催者としての義務を完全に無視してぼくに挨拶すらせず、まるでマーゴもぼくも家具か壁、または大衆であるかのように大演説をぶちまけ始めた。

馬鹿で阿呆な、洟垂れのポンコツ」と彼は言った。

脳味噌のかわりにマッシュポテトが詰まったノータリンの事務員め。世界が炎に包まれたって、嘆きながら燃え尽きるのをじっと眺めるようなやつらだ」

「だからあなたが必要なんじゃない、ハニー。だってあなたは王様でしょ」

マーゴは穏やかに、そしてもしかしたら幾分面白がるように言った。

「ルドルフ一世はね」とボルンは応えた。

「俺の股間の良い子はね。俺はただ、パンツから取り出し、炎めがけておしっこするのみ。それで万事解決さ」

「そのとおり」とマーゴはこれまで見たこともない満面の笑みを浮かべた。

うんざりだ」と、ボルンは酒の入ったキャビネットに向かいながら呟いた。煙草を置き、自分のためにタンブラーストレートジンをなみなみと注いだ。「いったい何年の猶予を与えてやったと思ってるんだ」とジンを啜りながら言った。「主義主張に共感するからこそ、やるっていうのに、誰もそんなことにはおかまいなしだ。敗戦だよ。船は沈みつつある」

ぼくがこれまで知っていたボルン―嬉々として独自の叡智を触れまわる冷笑的な道化師雑誌に気前よく出資し、二十歳そこそこの学生をディナーに招待する場違いなしゃれ男―とは別人だった。彼の中で何かが荒れ狂い、この別人格がとうとうぼくの前に姿をあらわしたのだ。彼がいつでも好きな時に怒りを爆発させることができ、本当は自分自身の怒りを楽しんでいるタイプの人物であると知り、ぼくは自分が彼から後ずさりしていることに気付いた。彼は二杯目のジンを一気にあおり、こちらに視線を向け、ぼくの存在を初めて認めた。ぼくの表情に何を読み取ったかは分からない。驚き?困惑?悲しみ?なんであれ、彼はそれにハッとし、怒りのサーモスタットを切り、急冷させた。「気にしないでくれ、ウォーカー君」と言って、笑顔を作ろうとしてみせた。「ちょっと憂さ晴らしをしただけだよ」

彼の機嫌は徐々に良くなり、二十分後に食卓についたときには、嵐は過ぎ去ったようだった。マーゴの素晴らしい料理を褒め称え、料理に合わせて彼女が買ったワインを称賛したときはそう思ったが、それは単なる一時的な凪でしかなかったことが判明する。夜が更けていくと、祝祭気分を台無しにするスコールや突風がぼくらを襲った。ジンブルゴーニュワインがボルンの神経に影響を与えたのかもしれない。彼がかなりの量のアルコールを摂っていたことは確かだ。少なくともマーゴとぼくを合わせた量の二倍は。もしくは、その日に受け取った悪い知らせのせいで単に機嫌が悪かっただけかもしれない。おそらくその両方だろう。またはなにか別のことかもしれなかったが、その晩、この家が発火するのではないかという気がしない瞬間はほとんどなかった。

それは、ボルンがぼくらの雑誌の誕生を祝して乾杯しようとグラスを掲げたときに始まった。それは短く、慇懃スピーチだったが、ぼくが割って入り、第一号に原稿を依頼しようと思っている作家について話し始めると、ボルンは途中で遮り、食事中に仕事の話は絶対にするな、消化に悪いから、と言った。そして、大人として振る舞うことを学ばなければならない、と言った。失礼だし、不愉快ではあったが、ぼくはプライドを傷つけられたことを隠してボルンに同意し、マーゴのシチューをまた一口食べた。一瞬後、ボルンはフォークを置いてぼくに言った。「好きかい?ウォーカー君」

「何をですか?」とぼくは聞き返した。

「ナラヴィンだよ。美味しそうに食べているから」

「こんなにうまい料理は初めてです」

「つまり、君はマーゴの料理に惚れたな」

「ええ、とても。美味しいと思います」

「じゃあ、マーゴ本人はどう?彼女にも惚れた?」

彼女はぼくの向かいに座っているんですよ。まるでそこにいないかのように話すのはよくないと思いますが」

彼女は気にしないよ。なあ、マーゴ?」

「ええ、ちっとも」とマーゴは答えた。

「ほらね、ウォーカー君。ちっとも、だよ」

「わかりました。じゃあ答えますけど。ぼくの意見としては、マーゴは非常に魅力的な女性です」

「きみは質問に答えてないよ」とボルンは言った。

彼女が魅力的だと思うかどうかなんて聞いてない。きみが彼女に惚れたかどうかを知りたいんだ」

彼女あなたの奥さんでしょう、ボルン教授。そんな質問に答えられるわけがありません。いま、ここでは」

「おや、マーゴは俺の妻じゃないよ。彼女親友だけど、俺たちは結婚していないし、将来結婚するつもりもない」

「一緒に住んでいるじゃないですか。ぼくの知る限り、それは結婚しているも同然です」

「なんだよ、お堅くなりなさんな。俺とマーゴとの関係がなかったとしたら?抽象的な話をしているんだ。仮説的なはなしとして」

「分かりました。仮説として言いますけど、そのとおり、ぼくはマーゴさんに仮説的に惚れているかもしれません」

「よろしい」とボルンは手をこすり合わせて笑いながら言った。

「その調子だ。それじゃあ、どの程度惚れている?キスしたいくらい?裸の彼女抱きしめたいくらい?それとも寝たいくらい?」

「そんな質問には答えられません」

「きみは童貞じゃないだろうな」

「違いますよ。あなたの質問に答えたくない、それだけです」

「もしマーゴがきみに身を投げ出して、抱いてと頼んでも、きみは興味がないってこと?そう言いたいのか?かわいそうなマーゴ。彼女はどんなに傷付いたことか」

「何を言っているのですか?」

「なぜ彼女に聞かない?」

突然、マーゴはテーブルに乗り出し、ぼくの手を掴んだ。「怒らないであげて」と彼女は言った。「ルドルフは冗談のつもりなのよ。したくないことはしなくていいのよ」

残念ながら、ボルンの冗談の概念などぼくの知ったことではない。それに、ぼくはまだその頃、彼がぼくを引っ張りこもうとした類のゲームには慣れていなかった。もちろんぼくは童貞ではなかった。それまでに沢山の女の子と寝てきたし、何度も恋愛を繰り返した。ちょうどその二年前にはひどい失恋も経験したし、世界中のほとんどの若者と同様、ほぼ常にセックスのことを考えていた。正直、マーゴと寝られるなら狂喜しただろう。しかし、ボルンにつつかれてそれを認めるのは拒否した。これは仮説的な問題じゃない。彼はほんとうに、マーゴに代わってぼくを誘っているように見えた。それに、彼らの性規範がどんなものであろうと、そして他の人たちとどんな破廉恥な放蕩に耽っていたにせよ、ぼくはそれらを汚らわしく、不健全で、吐き気がするものだと感じた。はっきりと思ったことを言うべきだったのかもしれないが、ぼくは怖かったのだ。ボルン自身が怖いのではなく、不和が生じて、その結果ぼくたちの事業について彼が心変わりをしてしまうことが怖かったのだ。ぼくはなんとしてもこの雑誌をやりたかったし、彼が支援してくれるならば、どんな不便にも不快な思いにも耐える覚悟だった。だから、ぼくは精一杯冷静を保ち、彼に抵抗するとともに彼を宥めるため、連打されるパンチにも落馬することなく堪えた。

がっかりだ」とボルンは言った。「今まできみを、伝統を嘲笑う、冒険的な反逆者だと思っていたけれど、結局のところ、きみは単なるお高くとまった目出度いブルジョアだ。気取ってプロヴァンス詩人と崇高な理想を掲げながら、徴兵忌避的な臆病さを抱えているんだ。そのヘンテコリンネクタイと一緒にね。きみは自分を特別な人物だと思っているが、俺には、過保護に育てられてパパの金で暮らしている、気取った中流坊やにしか見えないね」

「ルドルフ、もうやめて」とマーゴは言った。

「分かった、ちょっと言いすぎた」とボルンは彼女に答えた。「ただ、若きアダム*1と俺は今や共同経営者なんだから、彼がどんな人物なのか知っておく必要がある。率直なこきおろしに耐えられるか、または攻撃されると粉々に砕け散ってしまうのか」

「飲み過ぎですね」とぼくは言った。「それに、今日は大変な一日だったみたいですし。ぼくはもうおいとましたほうが良さそうです。フランスから戻られてから、またお話ししましょう」

馬鹿馬鹿しい」と、拳を机に打ち付けてボルンは答えた。

「まだシチューが残ってるじゃないか。それからサラダも。サラダのあとはチーズチーズのあとはデザート。マーゴはもうすでに一晩分の傷を負わされたのだから、せめて座って彼女の素晴らしい料理を平らげなけりゃ。その間、ニュージャージーウェストフィールドについて何か話してくれ」

ウェストフィールド?」ぼくは、ボルンがぼくの出身地を知っていることに驚いて言った。「なんでウェストフィールドのことを知っているんですか?」

「難しくはなかったよ」と彼は言った。「たまたま、きみについての情報がここ数日で集まったんだ。たとえば、きみのお父さん、ジョセフ・ウォーカー。五十四歳。バドと呼ばれている。町の目抜き通りでショップライト*2経営している。お母さん、マージョリー愛称マージ。四十六歳。三人の子供を産んだ。1945年十一月にお姉さんグウェンを、1947年三月にきみを、そして1950年七月に弟さんアンドリューを。悲劇だ。ちいさなアンディーは七歳のときに溺死した。きみたち家族の喪失がどれほどの耐え難いものだったか考えると苦しいよ。俺にも同じくらいの年で癌で死んだ妹がいるから、このような死が家族にとってどんなに辛いことか分かる。きみのお父さんは週六日一日十四時間働くことで悲しみに対処した。そのとき、きみのお母さんは内に籠ってしまったね。大量の処方薬と週二回の心理療法士とのセッションで鬱と戦いながら。そんな災難に直面しながらも、きみときみのお姉さんが立派にやってきたことは奇跡だと思うよ。グウェンは美しく、才能のある子だ。ヴァッサー大学の最終学年で、この秋からここコロンビア大学英文学大学院課程に入る予定だ。そしてきみ。若き知性あふれる友。伸び盛りの言葉の魔術師で、ちんぷんかんぷん中世の詩の翻訳家。高校では傑出した野球選手だったそうじゃないか。代表チームの副キャプテン。まさに、健全な精神は健全な身体に宿る。もっと重要なことに、俺の情報源によると、きみは高いモラルの持ち主で、中庸中の中庸、そしてクラスメートの大多数とは違い、ドラッグに手をださない分別のある人物だそうだ。アルコールは良いが、ドラッグはどんなものでも駄目。たとえたまに大麻を一服するのでも。なんでだい?ウォーカー君。幻覚剤や睡眠薬が自己を解放するのに有効だって海外ではさんざん持て囃されているのに、きみはなんで未知の刺激的な経験を追い求めたいという誘惑に抗うんだい?」

「なぜって?」ボルンがぼくの家族について滔々と暗唱してみせたことへのショックにまだクラクラしていた。「なぜか、理由を言いましょう。ただその前に、どうやって短期間のうちにぼくの家族についてここまで沢山の情報を掻き集められたのか教えてください」

「どうしたの?なんか間違ってた?」

「いいえ。ちょっとびっくりしただけです。あなた警察やFBIのエージェントのはずはないけれど、国際関係の教授のうちに遊びに行って、情報機関みたいなところに巻き込まれる可能性は十分にあり得るし。あなたはまさか、CIAのスパイ?」

ぼくがそう言った途端、ボルンはまるで今世紀最高のジョークを聞いたみたいに笑い転げた。「CIA!」彼は笑い叫んだ。「いったいどこの世界で、フランス人がCIAで働くんだ。笑ってごめんよ。でもあんまり滑稽だったから、我慢できなくて」

「じゃあ、どうやって?」

「俺は完璧主義者なんだよ、ウォーカー君。知るべきことをすべて知ってからじゃないと動かない。二万五千ドルを赤の他人同然の人物に投資しようとしているのだから、その人物についてできる限り知っておくべきだと思ったんだ。電話がどれほど便利な機械か知ったら、きみもびっくりするよ」

マーゴは立ち上がり、次の料理のためにテーブルの上の皿を片づけ始めた。ぼくは手伝おうとしたが、ボルンが座るようにと身振りをした。

「俺の質問に戻ろうか」と彼は言った。

「どの質問ですか?」もはや彼との会話についていけなかった。

「なんでドラッグをやらないのかってはなし。可愛いマーゴでさえ、たまに一服することがあるし、正直にいうと、俺はハッパが大好物なんだ。でもきみは違う。なんでか知りたいんだ」

ドラッグが怖いんです。高校時代の友人二人がヘロインの過剰吸引で亡くなりました。入学当初のルームメイトスピードのやりすぎで道を踏み外し、大学を中退する羽目になりました。そんなことの繰り返しです。LSDのバッドトリップでキレちゃった人たちも見てきました。叫んだり、震えたり、自殺しそうになったり。ぼくはお仲間に加わりたくない。世界中ドラッグでハイになっても、ぼくには関係ない。興味がないんです」

「でも酒は飲む」

「ええ」ぼくはグラスを掲げてワインをもう一口飲んだ。

「目がないです」とぼくは言ったかもしれない。「とりわけこんな上物ならば」

それからサラダフランスチーズ、そしてその日の午後にマーゴが焼いたデザート(アップルタルトだったかラズベリータルトだったか)へとコースは進んだ。その後約三十分間で、食事のはじめに火がついたドラマは徐々に鎮火して行った。ボルンは再び愛想良くなり、ワインのおかわりを重ね続けているにも関わらず、この気まぐれで酔っ払った招待主からこれ以上癇癪や侮辱の被害を被ることなくディナーは終わるだろうと思えてきた。彼はブランデーの瓶を開け、キューバ葉巻に火を点け、政治の話を始めた。

ありがたいことに、思ったほどの大惨事とはならなかった。コニャックを手酌で注ぐころには、すでにぐでんぐでんで、その灼け付くような琥珀色の蒸留酒を一、二オンス飲むとまともな会話をすることもできない状態になった。再び、ベトナムに行くことを拒否するぼくを臆病者と呼んだりはしたが、ぼくが座りながら黙って聞き、マーゴが台所で鍋やフライパンを洗っている間、彼はあちこちに脱線しながら、とりとめのない長演説を一人でぶっていた。彼が言ったことの断片でも、再現するのは不可能だが、重要ポイントはまだ憶えている。特にアルジェリアで戦った想い出について。彼は「汚らしいアラブテロリスト」を尋問するフランス軍とともにそこで二年間滞在し、正義というものにかつて抱いていた信仰をすべて失った。仰々しい断定的な口調、乱暴なきめつけ、あらゆる政府の腐敗についての悪意に満ちた宣告―過去、現在そして未来、左派、右派そして中道―また、いわゆる文明というやつが、野蛮と冷酷によるけっして終わることのない殺戮を隠匿するための薄っぺらな覆いにすぎないということ。人間は動物である、と彼は言った。ぼくのような繊細な審美主義者は、子供じみていて、世界の本質的真実に直面するのを避けるために、重箱の隅を突くような哲学文学に逃避している、と。力のみが普遍であり、人生の法則は殺すか殺されるか、支配者側にまわるか、怪物による残虐行為の犠牲となるかである。彼はスターリンについて語り、三十年代の集産主義で失われた数百万の人命について語った。ナチス第二次世界大戦について語り、ヒトラー合衆国を称賛し、彼のヨーロッパ征服は、アメリカ歴史に触発されたものだったというトンデモない理論をぶちかました。そっくりじゃないか、とボルンは言った。きみが思うほどこじつけではないよ。インディアンの皆殺しは、ユダヤ人の皆殺しへ。天然資源の開発のための西部への展開は、同じ目的による東への展開に。低賃金による労働力のための黒人の奴隷化は、似たような効果をあげるためのスラブ国家への侵攻に。「アメリカ万歳、アダム」と言ってぼくらのグラスにコニャックのおかわりを注いだ。「俺たちの内なる闇よ、万歳」

このような熱弁を聞いている間、ぼくは彼への憐れみが募るのを感じた。彼の世界観はなんとひどいのだろう。同胞である人類に、共感や品格、美しさなどを見出す可能性を自ら遮断し、こんなペシミズムに堕ちた男を可哀想だと思わずにはいられなかった。ボルンはまだ三十六歳だったが、魂がすでに燃え尽きた人間の残骸であり、心の奥底では、ひどい苦しみに苛まれ、絶え間ない痛みを生き、絶望、嫌悪そして自己卑下のナイフでずたずたに切り裂かれているのではないかと思った。

マーゴが居間に戻り、ボルンの状態(血走った目、もつれた弁舌、椅子から転げ落ちそうに左に傾いた体)を見て、彼の背中に手をまわして、今夜はおひらきだからベッドへ行かなきゃ、とフランス語で優しく言った。驚くことに、彼は抵抗しなかった。うなずいて、抑揚のない微かな声で何度か「クソ」と呟き、マーゴに助けられながら立ち上がり、マーゴはアパートの裏側へ続く廊下に向かって彼を部屋から連れだした。彼はぼくにおやすみと言ったか?憶えていない。マーゴがぼくを見送りに戻ってくると思い、数分の間、ぼくは椅子に座ったままでいたが、不自然と思えるほど長時間、彼女は戻ってこなかったので、ぼくは立ち上がり、玄関に向かった。そのとき、廊下の突き当たりの寝室から現れる彼女とばったり会った。ぼくは彼女がこちらに来るのを待った。そして彼女と向き合った瞬間に、彼女はぼくの額に手を当て、ルドルフの振る舞いを詫びた。

「酔っぱらうといつもああなるんですか?」

「いいえ、滅多に」と彼女は言った。「でも、いまはとても動揺していて。頭の中が混乱してるの」

「いいんです。少なくとも退屈はしませんでした」

あなたの態度はとても思慮深かったわ」

あなたこそ。それに、ディナーをありがとう。ナヴァリンを生涯忘れません」

マーゴは束の間、微かに笑って見せ、そして言った。「またごはんを作ってほしかったら、連絡して。ルドルフがパリに居る間にまた料理してあげる」

「それはどうも」と、彼女電話をする勇気なんてないと思いながら、それでもこの申し出に感動して言った。

彼女はふたたび笑顔を微かに浮かべ、儀礼的なキスを二度(両頬に一度ずつ)した。「おやすみアダム」と彼女は言った。「気をつけて」


つづく

Invisible

Invisible

Sunset Park

Sunset Park

*1:訳注:「Young Adam」は、冷酷で身勝手な間男を主人公としたビート作家レグザンダー・トロッキの小説ユアン・マクレガー主演で2003年映画化された。邦題「猟人日記

*2:訳注:アメリカスーパーマーケット・チェーン

10月30日(土)

[][] ポール・オースター 「Invisible」(その4)

Paul Auster 最新作「Invisible」の私的翻訳です。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100522 

その2 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100605

その3 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20101022

のつづき

「不可視」 ポール・オースター (その4)

ぼくは勇気づけられるとともに、困惑していた。ぼくの悲観的な予想とは逆に、ボルンは計画について、あたかも実行の瀬戸際まで来ているような口ぶりで話していた。この時点では、実現する見込みはほとんどないのに。ぼくがどんな企画書作成しようが、彼は承認する気であるように思えた。それでもやはり、予算たっぷりある雑誌を任されたと思うと嬉しさがこみ上げた。ボルンが何を企んでいるのかは計り知れなかったが、なにより、法外な給料を払ってくれるというではないか。この思いがけない博愛的行為の出処は、本当にマーゴなのか。編集出版どころかビジネス経験が全くない、一週間前までは全くの赤の他人だった坊主に寄せる盲信的な信頼。それにもしそうだとしたら、なぜ彼女はぼくの将来に関心を寄せるのだろう。あのパーティーではほとんど喋らなかったし、注意深くぼくを見回し、頬を軽く叩きはしたが、彼女はまるで暗号のように謎めいていた。彼女がボルンに何と言って、ぼくに二万五千ドルを賭けるよう決心させたのか、想像もつかなかった。分かったのはせいぜい、彼は雑誌が本当に出版できるかどうかには興味がないということだ。無関心だからこそ、すべてをぼくに任せてくれるのだ。月曜日ウエスト・エンドでの会話の記憶をたどっていくうちに、そもそもぼくがそのアイデアを口に出したことに思い至った。ぼくは大学卒業したら、出版社雑誌社の仕事を探すことになるだろうと言った。そのすぐあとで、彼は遺産について語りだし、手に入れたばかりの金で出版社雑誌を始めようと考えていると言った。ぼくがあの時、トースターを製造したいと言っていたらどうしていたのだろう。トースター工場投資をしようと考えているとでも言っただろうか。

企画書を仕上げるのは予想以上にてこずった。たしか四、五日はかかった。ただ、それはぼくが完璧に仕上げたからだった。ぼくの熱意でボルンを感動させたかった。そのため、各号の内容(詩、小説エッセイインタビュー翻訳、そしてもちろん巻末の本、映画音楽、そして芸術批評)の計画だけでなく、精緻予算書も作成した。印刷費、紙代、製本代、流通関係、発行部数、原稿料店頭販売価格、購読料、そして広告を入れることの良し悪し。それらはみな、時間と調査が必要だった。印刷会社製本会社電話をし、他の雑誌編集者と話をした。それから、それまで、商売について頭を悩ませたことなど一度もなかったから、ぼく自身の考え方を変えないとならなかった。雑誌名については、ボルンに選んでもらおうと、いくつかの候補を書きとめた。でも、ぼく自身の第一候補は、「スティルス」だった。死の直前に同じ名前雑誌を立ち上げようとしたポーに敬意を表して。

今回は、ボルンは二十四時間以内に返事を寄越した。受話器を取って彼の声を聞いたときは、まだぼくはそれを良い兆候だと思っていた。しかし、ボルンは例のごとく核心を避けながら、ぼくのプランについての感想を述べた。それは彼のような人にしてはあまりにも安易でありきたりな、安直感想だった。彼はぼくをたっぷり焦らせた揚句、雑誌に関係のない、とりとめのない質問をいくつも投げかけてきたので、アイデア却下することでぼくを傷つけたくないために時間を稼いでいるんだ、と確信した。

「元気そうだね、ウォーカー君」と彼は言った。

「ええ。知らないうちに病魔に侵されているのでなければ」

「でもその兆候はない」

「ええ。問題なしです」

「胃の調子は?」

「いまのところ大丈夫です」

「じゃあ、食欲には問題ないね」

「はい。まったく」

「きみのお祖父さんはコーシャの肉屋だったよね。きみも戒律に従っているの?それとももう捨てた?」

「ぼくは生まれたときから従ったことはありません」

「じゃあ、食事制限は無いわけだ」

「はい。なんでも食べたいものは食べられます」

「魚と鶏、牛肉と豚肉、仔羊と仔牛では?」

「それらがどうしたんですか?」

「どれが好き?」

「全部好きです」

「つまり、きみを喜ばせるのはそう難しくはないってわけだ」

食べ物に関する限りは。食べ物以外については別かもしれませんが、食べ物だったらそうですね」

「じゃあ、マーゴと俺が何を用意しても大丈夫だね」

「いったい、どういうことでしょう」

明日夜七時、空いてる?」

「ええ」

「よし。じゃあ、俺たちのアパートに夕食においで。お祝いしなくちゃ」

「えっと、なんのお祝いですか?」

「『スティルス』のだよ、きみ。これから始まる共同事業が末永く実り多いものとなることを願って」

「あの企画書でいいんですか?」

「もう一度言い直さなきゃならんか?」

「あの企画書を気に入ってくれたってことですか?」

「ニブいなあ、ボク。気に入らなかったらお祝いなんてするわけないじゃないか」

 

つづく

10月22日(金)

[][] ポール・オースター 「Invisible」(その3)

Paul Auster 最新作「Invisible」の私的翻訳です。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100522 

その2 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100605

のつづき

「不可視」 ポール・オースター (その3)

ぼくは若かったかもしれないが、ボルンがぼくをからかっているのかもしれないと勘付く程度には世間を知っていた。バーにふらりと立ち寄り、一度しか会ったことのない人に偶然再会し、雑誌を始めるというチャンスをゲットして店をでる確率はいかほどのものか。それも、まだいかなる分野でも実力を発揮したことのない二十歳の青年が。あまりにも荒唐無稽過ぎる。十中八九、ボルンはあとで捻り潰してみせるためだけに、ぼくに期待を持たせたのだろう。ぼくの企画書ゴミ箱に放り投げ、面白くないと言い放つにちがいないと思った。それでも、彼が本気だったかもしれない、約束をちゃんと守るつもりなのかもしれないという僅かな望みに賭けて、やってみるべきだと感じた。何も失うものなんてない。せいぜい、考えたり書いたりに一日を費やして、その挙句にボルンに却下されたとしても、それでいいじゃないか。失望しそうになる自分自身を鼓舞しながら、さっそくその夜から作業に取り掛かった。しかし、雑誌に寄稿してくれそうな五、六人の名前を列挙したところで、ぱったり進まなくなった。難しかったからではない。アイデアが浮かばなかったからでもない。ボルンがこのプロジェクトにどれだけの金額をつぎ込むつもりなのかを聞き忘れた、というただそれだけの理由だった。すべては、彼の投資額次第である。彼がいくら出すつもりなのかを知るまでは、その午後彼が提示した無数の問題(紙質、ページ数、発行頻度、製本挿絵の要否、そして(もし支払うとして)寄稿者への謝礼額)を考えようがなかった。文芸雑誌にはさまざまな形態のものがある。イーストヴィレッジの若き詩人たちが編集する、ガリ版刷りでホチキスで留めただけの地下出版から、無機質な学術的な季刊誌、そしてもっと商業的なエヴァーグリーンレビューのような大型雑誌それから、毎号ごとに数千ドルずつ消えていくのを容認する裕福な後援者に支えられた贅沢本まで。もう一度ボルンと話さなくては。ぼくは、企画書を書く代わりに、疑問点を説明した手紙を書いた。「お金について話し合う必要があります。」陰鬱で、惨めな手紙だった。そこで、ぼくはなにか全く関係ないものを同封しようと決めた。ぼくが見た目通りのボンクラなんかじゃないと彼に確信させるために。土曜日の夜のベルトラン・デ・ボルンについての短い会話の後だから、あの十二世紀の詩人が書いたもっと野蛮なものを喜んでもらえるかもしれないと考えた。たまたま、かの吟遊詩人アンソロジー英訳ペーパーバックが手許にあったので、まずは、その本から単に詩を抜き書きしようと思った。ただ、それらの英訳版を読み始めると、ぎこちなく、見当はずれに思えてきた。原文にある、奇妙で醜いパワーが英訳では十分に発揮されていない。ぼくはプロヴァンス語はまったく分からないが、仏訳ならもっとマシなものを見つけられるだろうと思いついた。次の朝、バトラー・ライブラリーで所望の品を見つけた。デ・ボルン全集。左ページにプロヴァンス語の原文、右ページにフランス語の逐語訳が並んでいる。作業を完成させるのに、数時間を要した。(確か、このせいで授業に出そびれた。)以下がその成果である。

 

春の歓喜を愛する

芽吹き開花するとき

そして鳥の歌を喜ぶ

森中に鳴り響く

牧草を眺める楽しさ

テントと仮設小屋が点在する

私の幸福は最高潮

草原がいっぱいになっているとき

甲冑をつけた騎士と馬で

 

偵察隊を見るだけでゾクゾクする

ひとびとを、無理やり荷物をまとめて出て行かせる

彼らが追い払われると、私は嬉しさでいっぱいになる

武装した兵士の一群に

私の心は舞い上がる

堅牢な城が包囲されたのを見ると

その城壁は崩れ、倒壊している

兵士たちが堀の淵に密集している

そして、強固な障壁が

両側からの攻撃に封じ込められている

 

そして同様に私は楽しむ

貴族暗殺を先導し

馬に乗り、武装し、恐れずに

それ故に家来に力を与え

彼の勇敢さによって

一旦戦闘が開始されると

家来たちはみな準備万端

ためらうことなく彼に従う

男にはなれないのだから

職務を喜んで遂行するまでは

殴打に次ぐ殴打

戦闘の只中で見えるものは

棍棒、剣、盾、そして色とりどりの兜

かち割られ、砕け散る

あらゆる方角から攻撃してくる臣下たちの群れ

死者と負傷者の馬たちが

戦場をあてどなくうろつくなか

そして一旦戦闘が開始されたなら

良家の男ならば皆、頭と腕を失うことのみ考えよ

死の方がまし

生きて敗北するよりは

 

食べること、飲むこと、眠ることが与えてくれる喜びは

あの叫びを聞くことに比べるとなんでもない

両陣からの「突撃!」

そして「助けて!助けて!」という悲鳴

そして偉大な者もそうでない者も共に倒れ

草の上、溝の中に、

そして、先の欠けた槍が

両脇から飛び出た死体

 

貴族は、自らの城、街、領土を

賭して戦うべきだ

戦争回避するよりも

 

その午後遅く、ぼくは手紙と詩を入れた封筒を、国際関係大学院のボルンのオフィスのドアの下に滑り込ませた。すぐに返事が来るものと思っていたが、彼から連絡が来たのは数日経ってからだった。彼からの電話がないので、ぼくは途方に暮れた。雑誌のはなしは、単なるその場の思いつきであって、もう終わったことなのかもしれない。または、もっと悪いことに、彼はあの詩に怒ってしまったのかもしれない。ぼくが彼をベルトラン・デ・ボルンと同一視して、彼の好戦的な思想を婉曲的に非難していると思ったのかもしれない、と。実際は、心配する必要はなかった。金曜日電話が鳴ると、彼は連絡しなかったことを詫び、事情を説明した。水曜日講義をしにケンブリッジに行き、そのまま二十分前までオフィスに戻らなかったのだ、と。

きみはまったく正しい、と彼は続けた。そして、あの日話をしていたときに金の問題に触れなかった俺は完璧な間抜けだ、と言った。「予算が分からないままじゃ企画書なんてできっこないね。俺のことを能無しと思っただろう。」

まさか、とぼくは答えた。「尋ねなかったぼくこそ馬鹿でした。でも、あなたがどれほど真剣なのかが分からなくて、せっつきたくなかったんです。」

「俺は本気さ、ウォーカー君。ジョークが大好きなのは認めるが、小さい、害のないものだけだ。こんなことできみを振り回すようなことは絶対にしない。」

「それを聞いて安心しました。」

「で、金についての質問に答えると……、もちろん俺たちがうまくやれることを祈るよ、だがこの類の投機はどんなものであれ、莫大なリスクがつきまとう。だから現実的にいって、俺の投資が一銭ものこらず失われてしまうことも覚悟しなきゃならん。つまりだ。いくらならスっても惜しくないか?俺の遺産のうち幾らだったら、将来俺自身に問題を残さずに散財できるか?月曜日に話をしてから、このことについてたっぷり考えた。そして答えは、二万五千ドル。それが上限だ。雑誌は年に四回出す。そして一号ごとに五千ドルをつぎ込む。残りの五千ドルはきみへの一年分の報酬だ。最初の年の終わりに、もし俺たちの収支がトントンだったら、次の一年にも資金を出そう。黒字だったら、その収益雑誌につぎ込む。それで三年目まるごとか、もしくは途中までは続けられることになる。しかし、もし赤字だったら、二年目は疑わしいものとなる。例えば、一万ドル赤字だったとしよう。俺は一万五千ドルをまた賭けよう。分かったかな?俺にはドブに捨てても良い金が二万五千ドルある。しかし、それ以上は一ドルたりとも出したくない。どう思う?これってフェアな提案かい?」

「究極的にフェアで、究極的に気前がいい。一号あたり五千ドルあれば、最上級雑誌が出せますよ。誇りに思えるような。」

「もちろん明日にでもすべての金をきみに渡してしまうことも可能だが、それじゃきみのためにならんだろう?マーゴはきみの将来を心配している。もしこの雑誌をうまく運営できたら、きみの将来は確固たるものとなる。きみはちゃんとした給料のもらえるちゃんとした職に就けるだろうし、仕事休みのときに好きなだけ詩を書ける。人の心の不可思議さについての長大な叙事詩や、デイジーやキンポウゲについての短い詩、勿論、残酷さや不正に対する怒りの論文だって。ま、そんな先の見えない話をしてもしょうがない」

「なんとお礼を言っていいのやら…」

「俺に礼などいらんよ。マーゴに言ってくれ。きみの守護天使なんだから」

「すぐにでもまた彼女に会いたいです」

「きっと会えるさ。きみの企画書が満足いくものなら、好きなだけ彼女に会うといい」

「頑張ります。ただ、もし論争を巻き起こし、人々を扇動するような雑誌を求めているのなら、文藝雑誌じゃ無理な気がするんですが。それを分かっておいていただけたら」

「分かってるさ、ウォーカー君。僕らは、質の高い…洗練された、高尚なものを出すんだ。特権的少数派に向けての芸術

「もしくは、スタンダールならこう言うでしょう。ze appy foo.」

スタンダールモーリスシュヴァリエシュヴァリエで思い出したよ。詩をありがとう。」

「ああ、詩ですね。すっかり忘れていました。」

「君が僕のために訳してくれた詩。」

「どう思いました?」

「忌わしく、素晴らしい。俺のニセの先祖は、真の狂ったサムライだったんだね。しかし、少なくとも彼は、自分の信念に対する勇気を持っていた。少なくとも、自分が何を護るのかを理解していた。一一八六年から、この世界はほとんど変わってない。どれほどそうじゃないと思いたくても。雑誌が発進するならば、創刊号はデ・ボルンの詩を載せるべきじゃないかと思う。」

つづく

07月27日(火)

[][] 「脳内ニューヨーク」評 ロジャー・エバート

f:id:cameracamera:20100727232854j:image

原文:http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20081105/REVIEWS/811059995/1023

脳内ニューヨーク」評 ロジャー・エバート

Ebert Rating: ☆☆☆☆

By Roger Ebert Nov 5, 2008

脳内ニューヨーク」は、二度観るべきだ。私はこの作品を一回目観たとき、素晴らしい映画だと思ったが、すべては理解できなかった。だから二回目は必要にかられて観た。三回目は、望んで観た。困惑した観客は何度でも観たら良いし、この映画無限の鑑賞に耐えられる。最近は、そもそも映画館には一度すら行かないひとが多い。映画じゃなくたって、他にお楽しみはたくさんある。しかし、われわれは誰しも夢は見る。何らかのかたちで「映画に行く」ことがなければ、われわれの心は萎み、病んでしまうだろう。

この映画は、偉大なフィクション豊饒にあふれた作品である。私がいつも引き合いに出す、コーマック・マッカーシーの「Suttree」のように、理解するために立ち戻るのではない。どれほど精巧であるかを味わうために立ち戻るタイプの作品である。一見、これは観客を突き放す。しかし深遠において観客を包み込む。すべてが白日のもとに晒され、観客はまるで護符のように繰り返し愛でることになる。

これはけっして提灯記事ではない。人々はなぜ、傑作かもしれないと思う映画敬遠して、ゴミだとうすうす気づいているものに殺到するのか。「脳内ニューヨーク」の主題は、ずばり、人生と、人生の仕組みである。この映画は、ニューヨーク神経症的な舞台演出家を用いて、あらゆる人生と、それらがどのように展開し、転落するかを網羅している。ちょっと待てよ。なんとまあ、これはあなたのことじゃないか。あなたが誰であろうと。

ここには、人生の仕組みと思われることがすべて詰め込まれている。人は、自己から出発し、世界に飛び込む。自分の欲望を理解しようとする。そして再び自己に戻り、そして死ぬ。「脳内ニューヨーク」は、40歳から80歳までの人生をそのようなスケールで辿る。ケイデン・コタード(フィリップ・シーモア・ホフマン)は舞台演出家であり、その職業にふさわしく、悩みや自己憐憫、壮大さとちっぽけさ、尊大さと小心にまみれている。言い換えるならば、彼は私なのかもしれない。そしてあなたなのかも。職業名前人種、性別、環境、すべてが入れ替え可能である人間とは恐ろしいほどみな同じなのだ。

つまり、人は幸運であれば、自分のやりたいことを見つける。普通の人は、やらなければならないことを見つける。そしてそれを、食糧、住処、服、仲間、気休め、シェークスピア初版本、航空機プラモデルアメリカン・ガール人形、一掴みの米、セックス孤独ヴェネツィア旅行ナイキ飲料水、整形手術、子供の養育、犬、薬、教育、車、精神的な癒し、なんであれ、必要と考えるものを得るためにそれを利用する。そして、これらのものを獲得することができる、そして獲得しなければならない人物としての自分確立するために、「わたし」と呼ばれる役柄を演じる。

その過程で、自分人生に登場する人々をコンパートメントに押し込め、自分利益になるように彼らがするべき振る舞いを定義する。自分の欲望に沿った行動をとるように彼らに強制することはできないため、自分脳内に作り上げた彼らの投影と対峙する。しかし、彼らは自身の意思を持ち、こちらの思惑の逆を行くだろう。結局、新たな自分投影が、新たな彼らの投影と対峙することになる。時には、自分の分身と意見が衝突する。誘惑に屈することもある。おお、神さま。ほかにどうしろと?最悪の気分です。同じことを繰り返すに違いないのですから。

そのような軌跡を胸に秘め、それらは年齢、挫折、知恵、そして不確実性によって変化していく。「脳内ニューヨーク」がケイデン・コタードの人生と彼の人生に登場する人々の人生について言いたかったことが理解できるだろう。チャーリー・カウフマン脚本を手段とする数少ない本当に重要作家のひとりであるデヴィッド・マメットのように。彼らは脚本も書く偉大な作家フォークナー、ピンター、コクトー)などとはまた別である。彼はアンソニー・ブレグマンとともに脚本を書いてきたが、今回は初めて監督をこなした。

彼の主題はただ一つ、心だけであり、プロットはただ一つ、心がどのようにして現実ファンタジー幻想、欲望、夢と折り合いをつけるか、ということであることは明白である。「マルコビッチの穴」「エターナル・サンシャイン」「アダプテーション」「ヒューマン・ネイチュア」「コンフェッション」。これらの作品の主題は、それ以外の何ものでもない。彼は分かりやすいやり方でそれらに取り組む。ある映画では、ジョン・マルコビッチの頭の中に入り込み、また別の映画では、自分ができないことをやる双子がいる作家が登場する。そしてまた別の映画では、クイズ番組司会者が実は国際スパイだった(または彼がそう思っているだけかも)。「ヒューマン・ネイチュア」では、子供時代を支配的な両親に歪められた男が、ねずみを小さなテーブルにつかせ、銀の食器で行儀よく食事をするように訓練する。行動は後天的なものなのか、先天的なものなのかを探っているのである

脳内ニューヨーク」は演劇についての映画ではない(一見そう見えるが)。舞台演出家はわれわれみんなが演じているとカウフマンが考える役を表すのにうってつけの職業である。個々の部屋が上へ上へと積み重なる壮大なセットは、われわれの人生の企てに自身で割り当てるコンパートメントである俳優たちは、それぞれ個人の脳内で周囲の人々に割り当てた役柄である。なかには、場所と時間が足りないためにダブルキャストで割り振られるひともいる。彼らにはそれぞれの演じ方があり、演技指導には従わない。彼らは自分自身の投影を支配しようとする。その間に、これらの芝居すべての源は、年をとり、疲れ果て、うんざりし、絶望する。これは現実なのか夢なのか?世界舞台に過ぎない。そしてわれわれはその上に立つ俳優でしかなく、すべてはお芝居なのだ。芝居こそが現実である

今回は従来の映画評ではなかった。登場人物の名前俳優名前、彼らの演技への評価を記す必要はない。出演者の顔触れを見れば、わたしが彼らをどう思っているか分かるはずだ。彼らは、この映画を奇妙だとは思わなかったはずだ。これこそ彼らが毎日やっていることなのである監督の判断を待ち受けているときは特に。

記事以上

脳内ニューヨーク [DVD]

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Suttree

Suttree

06月05日(土)

[][] ポール・オースター 「Invisible」(その2)

Paul Auster 最新作「Invisible」の私的翻訳です。

その1 http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100522 のつづき

「不可視」 ポール・オースター (その2)

そのとき、ぼくは彼らに二度と会うことはないだろうと思っていた。ボルンはそのときまでにコロンビア大学で七カ月教えていたが、ずっと出会っていなかったのだから、今後彼に出くわす可能性は低いはずだ。しかし、現実の出来事となると、確率なんて通用しない。あることが起こる可能性が低いというだけで、それが起こらないということにはならないのだ。パーティーから二日後、午後の授業を終えたぼくは、知り合いがいないかと思ってウエスト・エンド・バーに入った。そのバーは、入ってすぐの部屋に一ダース程度のブースとテーブル、真中に巨大な楕円のバーがあり、入口近くにカフェテリア風のランチとディナーを出すコーナーがある、薄汚い洞穴のような、ぼくの行きつけの店だった。学生、酔っ払い、そして近所の顔なじみがたむろする店。その日はちょうど、暖かく、日の光が溢れる午後で、たまたまその時間にはほとんど客がいなかった。知っている顔がいないかとバーの中を捜し回っていると、ボルンが後ろのブースに独りで座っているのを発見した。彼はドイツ語週刊誌を読んでいて(たぶん、デア・シュピーゲル)、別の新しいキューバ葉巻を喫い、テーブルの左手に置いた半分空になったビールのグラスを無視していた。あの白のスーツを着ていたが、もしかしたら別のものかもしれない。土曜日に着ていたものよりもきれいに見えたし、皺も少なかった。白のシャツはどこかに消え、赤、それも深く濃い、レンガ色とクリムゾンの中間の赤のものに入れ替わっていた。

興味深いことに、ぼくは咄嗟に、回れ右をして挨拶もせずに出て行こうとした。このときぼくが躊躇したことは、非常に興味深い。ボルンには近寄らない方がいいということ、彼に関わると災難に巻き込まれるかもしれないということを、ぼくがそのときすでに理解していたということを示すからだ。なんでそのことに気付いていたのか?彼とは一時間ちょっとしか一緒にいなかったが、その短い時間の間でも、彼にはなにか妙なものを感じていた。なにか漠然としたイヤな感じ。それは、彼の他の長所、たとえば愛嬌、知性、ユーモアを打ち消しはしないが、その裏で、彼は暗黒と虚無を撒き散らし、それがぼくのバランスを崩し、彼を信用できないと感じさせた。彼の政治思想が気に食わないものでなかったら、別の印象を抱いていただろうか?父とぼくは当時ほぼすべての政治問題で対立していたが、だからといって父が根本的に善人である、あるいは少なくとも悪人ではない、という考えが覆されることはなかった。しかし、ボルンは善人ではなかった。機知に富み、エキセントリックで、予測不能であったが、しかし、戦争人間の魂の純粋な発露であるなどという主張をする人は、自動的に善人の領域から除外される。それに、もしそのようなことを冗談で言ったのだとしたら、反戦学生挑発し、打ちのめすための常套手段だとしたら、彼は単なる嫌な奴ということになる。

ウォーカー君、と彼は雑誌から顔を上げ、彼のテーブルに一緒に座るよう手招きした。「ずっと探していたよ。」

約束に遅れそうだとかなんとか、口実をでっちあげることはできたはずだが、そうはしなかった。それが、ぼくのボルンへの複雑な反応の、もう半分の対立軸だった。ぼくは慎重になってはいたが、一方でこの奇妙で、信用ならない人物に惹かれていた。それに、ぼくとばったり出会ったことを純粋に喜んでいるように見えたことが、ぼくの虚栄心に火を点けた。ぼくたち二人の中で、自己愛と野心の目に見えぬ大釜がグツグツと煮立ち、火を噴いていたのだ。彼に対してどれほど警戒心を抱いていたにせよ、彼の胡散臭そうな雰囲気に、どれほど疑念を膨らませていたにせよ、彼にぼくを好いて欲しい、退屈で平凡なアメリカ学生なんかではなく、もっと特別な人物だと思ってほしいと願わずにはいられなかった。ぼくの中にキラリと光るものを見出してほしいと。実際、ぼくは夢見ている間以外の十分の九の時間は、そんなものはないのかもしれないと思っていたのだが。

ブースに滑り込むと、ボルンはテーブル越しにぼくを見つめ、葉巻から大きな煙を吐き出し、笑った。

「あの夜、マーゴは君のことをいたく気に入ったらしい。」と彼は言った。

「ぼくも彼女のことを素敵だと思いました。」と答えた。

彼女があんまり喋らなかったのに気付いたかもしれないが」

彼女英語がそれほど上手ではないですね。苦手な言語自己表現するというのは難しいものですから。」

彼女フランス語は流暢に話せるが、フランス語でもあんまり喋らんよ。」

「まあ、言葉がすべてじゃありませんし。」

作家として売り出し中の君としちゃ妙なご意見だ。」

「ぼくはマーゴのことを……。」

「そう、マーゴだ。まさに僕が言いたいこと。つまり、沈黙がちな女性なのに、土曜の夜パーティーからの帰り道、マーゴはすごい勢いで喋りぱなしだった。」

「それはそれは。」と、この話の結末が見えないまま相槌を打った。「何が彼女の舌を緩ませたのです?」

「君だよ。彼女は君のことが本当に気に入ってしまったんだ。でも、彼女は非常に恐れているということも知っておいてくれたまえ。」

「恐れる?いったいぜんたい、どうして彼女に恐れる必要が?ぼくのことをよく知りもしないのに。」

「たぶん知らないだろう。でも、君の未来が危ういと思い込んでいる。」

「誰の未来だって危ういもんです。特に、十代後半から二十代初めのアメリカ男性なら、ご存知のとおり。でもぼくは退学を喰らわない限り、卒業まで徴兵には引っかからないはずです。賭けはしませんが、その頃までに戦争が終わっていることも十分あり得ます。」

「賭けない方がいいぞ、ウォーカー君。この小競り合いは、数年続くだろう。」

ぼくはチェスターフィールドに火をつけ、頷き、「そこだけは同意します。」と言った。

「ともあれ、マーゴはベトナムのことは話さなかった。そう、君は刑務所に入るかもしれないし、二三年後に困窮して実家に帰る羽目になるかもしれない。しかし、彼女戦争のことは考えていなかった。君はこの世界には善良過ぎると言うんだ。それ故に、しまいには世界が君を破滅させるだろう、と。」

「なんのことやら、さっぱり。」

「君には助けが必要だと言うんだ。マーゴは西洋世界で最も明晰な頭脳の持ち主ではないかもしれないが、詩人だと名乗るきみと出会ったとき『飢餓』という言葉が真っ先に頭に浮かんだそうだ。」

「そりゃひどい。彼女自分が何を言っているのか分かっているんですか。」

「済まないが反論させてくれ。パーティーで、君はこれからどうするつもりか僕が聞いたとき、君はなんの計画もないと言ったね。もちろん、詩を書くという漠然とした野望を除いては。詩人ていうものは、どれくらい稼ぐんだい、ウォーカー君?」

「大抵は全く。ラッキーだったら、ごくたまに誰かが数ペニーを恵んでくれるかも。」

「それって僕には飢餓に聞こえるよ。」

「ぼくは作家として生計を立てていくつもりだなんて言っていません。職をみつけなければならなくなるでしょう。」

「たとえば?」

「うーん、なんというか。出版社雑誌社で働けるかもしれない。本を翻訳できるかも。記事や批評を書いたり。それらのうちの一つか、もしくはそのいくつかを同時にやるか。まだまだ分かりません。それに、ぼくが世に出る頃までは、くよくよしたって仕方ないじゃありませんか。」

「好むと好まざるとにかかわらず、すでにもう君は世にでている。それに、自活する方策を知るのが早ければ早いほど、それだけ君は裕福になれる。」

「なぜ突然そんな関心を?ぼくたちは出会ったばかりだし、ぼくがどうなろうと知ったことじゃないでしょう。」

「マーゴが君を助けるように頼むからさ。彼女は滅多に僕に頼みごとはしない。彼女の望みを叶える義務があるんだ。」

「ありがとうと伝えてください。でも、ほっといてください。自分ひとりで何とかやれますから。」

「君って頑固だね。」とボルンは言い、灰皿の淵にほとんど吸い終わった葉巻を置いて身を乗り出し、ぼくの顔から数インチのところまで自分の顔を近づけた。「僕が仕事を与えたら、君は今の言葉撤回するかい?」

「どんな仕事かによります。」

「まだはっきりしていないんだ。いくつかアイデアはあるのだが、まだ決められないでいる。君なら力になってくれるかもしれない。」

「ぼくにはなんのことやらさっぱり。」

「十ヶ月前に親父が死んで、僕が結構な額の遺産を相続していたことが分かったんだ。城やら航空会社を買うには足りんが、世界をちょっと変えるには十分な額だ。君に僕の伝記を書いてもらうことだってもちろん可能だが、それはまだ早すぎる。僕はまだ三十六歳だし、五十歳を迎える前の男の人生について語るのは無粋だからね。それじゃあ、何をするか。出版社を始めるのはどうかと思っている。でも、それに必要な長期的な計画をすべて引き受けるのは気が進まない。それで、雑誌だったらもっと面白いんじゃないかと思ったんだ。月刊か、それとも季刊。でも新鮮で大胆な、大衆を扇動し、すべての問題に議論を巻き起こす。どうだい、ウォーカー君?雑誌仕事に興味はあるかい?」

「もちろんあります。ただひとつ謎なのは、どうしてぼくなのかってことです。あと数カ月もしたらあなたはフランスへ帰ってしまうわけだから、フランス語雑誌ということですよね。ぼくのフランス語はそれほど酷くはないけれど、あなたが求める水準には達していません。それに、ぼくはここ、ニューヨーク大学に通っているんですよ。荷物をまとめて引っ越すわけにはいきません。」

「誰が引っ越せなんて言った。誰がフランス語雑誌だなんて言った。ここで運営をする優秀なアメリカ人スタッフがいたら、僕はたまにやって来て様子を見る。ただし、基本的には僕は口を挟まない。僕自身は雑誌編集には興味はないからね。僕には自分仕事があるし、そんな時間はないだろう。僕の責任は、ただ単に金を出すことだけだ。そして収益が上がるのを期待する。」

「あなたは政治学者で、ぼくは文学部学生です。政治雑誌をやるつもりなら、ぼくには期待しないでください。あなたとは思想が正反対だし、あなたのもとで働こうとしても、うまくいかないでしょう。でも、もし文芸雑誌を考えているのなら、とても興味があります。」

「僕が国際情勢について教鞭を取り、政府や公共政策について論文を書いているからといって、即物主義者だと決めつけるなよ。君と同じくらい芸術を愛しているんだよ、ウォーカー君。それに、文芸雑誌じゃないなら、君に頼んだりしないさ。」

「ぼくがやれるってどうして分かるんです?」

「分からないさ。でもピンとはきた。」

無茶苦茶です。僕の書いたものを一文字だって読んだことがないのに、仕事を頼むなんて。」

「そうでもないんだな。ちょうど今朝、コロンビアレビュー誌の最新号で、君の詩を四作、それから学生新聞で君の記事を六本読んだ。メルヴィルについての記事は特に良かったと思うよ。それから墓地についての短い詩には感動した。『僕の頭上には、いったいあと幾層の空が/この空が消えてなくなっても』、素晴らしい。」

「それはありがとうございます。でも、あなたの素早い行動の方がよっぽど感動的です。」

「それが僕のやりかただ。ぐずぐずするには人生は短すぎる。」

「まるっきり同じことを、小学校三年生のときの先生がいつも言ってました。」

「素晴らしい国だ、君たちのアメリカは。最高の教育を受けてきたんだね、ウォーカー君。」

ボルンは自分の発言の馬鹿馬鹿しさに笑い、ビール一口飲んで、自分が発動させたばかりのアイデアを練り始めた。

「僕が君にやってもらいたいのは、」と彼は最後に言った。「計画、つまり企画書を完成させてほしい。雑誌に載せる作品、それぞれの記事の長さ、表紙、デザイン出版の頻度、雑誌名をどうするか、などなど。出来上がったら、僕のオフィスに届けてくれ。それを見て、君のアイデアを気に入ったら、一緒に仕事を始めよう。」

つづく

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