03月26日(日)
■[私的翻訳][ダルフール] アフリカの野蛮なLebensraum ニューヨークタイムズコラム
Africa's Brutal Lebensraum
By NICHOLAS D. KRISTOF
March 14, 2006
チャド、Bildiq―
この藁葺き屋根の泥製の小屋からなる村の人々が私に、野蛮なジャンジャウィードの兵士を撃ち殺したと言ってその遺体を指差した。私が死体を見に近寄ると、その目は開いていた。
彼は10代で、おそらく16歳位だろう。チャドとスーダンの国境沿いにあるこの村を4人の仲間と襲撃しているところを撃たれた。これらの村の殆どは、武器が無い為、アラブのジャンジャウィード兵が、黒人種族の蔑称を叫びながら殺人やレイプ、略奪を罪に問われずに実行するのがたやすい。しかし、この村の誰かがAK−47を持っていて、防衛の為に使ったのだった。
地面に横たわった少年は痩せていて、古ぼけた布を纏っていた。彼は10秒ほど私を目で追って、そして静かに呻きながら目を閉じた。彼は腰を撃たれて、動くことができなかった。
ジャンジャウィードは、スーダン政府から武器提供を受け、賃金を支払われた野獣であり、スーダンのダルフール地方でアフリカ人部族の村を破壊するジェノサイド(民族粛清)活動に従事している。今やスーダンは国際社会の反応が鈍いのをいいことに、お隣のチャドでも同じ部族を攻撃しに兵団を派遣してジェノサイドを拡大させている。
村人たちはその少年を殺さないと誓った。(彼らの怒りから、殺されても致し方ないことだと思っていたが。)そして、政府に彼を差し出すと約束した。そして彼らは、話ができるもう一人の捕われたジャンジャウィード兵に会わせてくれた。
この若者は小屋の中で、それほどきつくは無く縛られていた。彼は鉈で殴られて額から血を出しており、目を失ったようであった。しかし、彼は私の質問にすらすらと答えた。
「私の名前はイサク・ムハンマドだ。」と彼は始めた。「私は21歳だ。」彼や撃たれた少年、そしてその他の私のチャドとスーダン国境の旅のビデオがwww.nytimes.com/kristofでご覧いただける。
イサク氏はこの村のワダイ族への人種差別的憎悪に突き動かされたのではなかった。というのも、彼自身もワダイ族なのだ。兵団のリーダーから、村人を怖がらせて追い払うために、村長を殺したら250ドルを渡すと約束されたのだという。
兵団のリーダーはどこからそのお金を手に入れたのだろうか?おそらくスーダン政府に違いない。
スーダン当局は人々に食糧を支給するお金は無いが、部族を不安定化させ、チャドの指導者にスーダンよりの人質を据えることを目的として、チャドに侵攻する代理軍に浪費しているのである。
このように、ジェノサイドは単に憎しみだけによって行われているのではなく、報酬目当に便乗する傭兵また原動力となっているのである。ジャンジャウィードの設立者であり、ザガワ族の殺戮にことさら執念を見せている狂信的なアラブのナショナリスト、Sheik Musa Hilalを検証してみよう。Musa氏の長期にわたる調査によると、sheik自身の母親がザガワ族である。
ルワンダやホロコーストと同様、人種差別主義者の思考は時として欲望や不安、そしてその他の人間の弱点の衣を被る。実際、このジェノサイドの目的のひとつは、アフリカ人部族を追い払って、ヒトラーの言うところのLebensraum(国民生活圏)、すなわち「居住スペース」を遊牧アラブ人と彼らのラクダのために確保することである。
よって、この村は恐怖のどん底に突き落とされたこの地域一帯の縮図に過ぎない。男たちは自家製の鋤や鉈を持って歩き、親は子供の首に魔除けを巻きつけている。
私たちが村を去る時、襲撃を受けた後行方不明になった6人を探索している集団に出会った。「数分前あのあたりで銃声が聞こえました。」と一人の男が近くの丘を指差して言った。「我々は2時間待ってから向こうに行って、誰が撃たれたのかを調べるつもりです。」
地元の指導者、Saudi Hassanが言うように、「ジャンジャウィードは人を的として使っている。彼らはまるでニワトリを殺すように人を殺す」のだ。攻撃者がナチスだろうがフツ族の過激派だろうが、そしてスーダンのジャンジャウィードだろうが、それは、犠牲者に対するのみではなく、あらゆる人間性に対する犯罪なのである。あなたができることについては、
www.savedarfur.orgで見ることが出来る。このサイトを主催しているthe Save Darfur Coalitionは、4月30日にワシントン・モールで大規模な会合を予定している。
これらの村の人々を、まるで野生動物のように狩り、子供をその腕から奪い、そして燃え盛る小屋に投げ入れるのは、野蛮な非道徳行為である。しかし、我々もまた、無関心でいるということで、同じくらい非道徳な行いをしているのである。恥辱は、ダルフールやチャドの無辜の人々ではなく、我々の方こそが感じるべきなのだ。
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