CAT ON THE WALL

June 15(Mon), 2009

[]『1Q84』/村上春樹

 まだ1度読み終えただけなので今後時間を置いて再読するごとに感想は変わるのかもしれないが、現時点での感想を書いておこうと思う。

 ふつう読書中はどうしても残りのページ数を勘定に入れつつ読んでしまうものだが、本作品は、残り数ページになっても物語がどこかに収束する気配がまったくなく、読みながら変にハラハラしてしまった。そうして読み終えるも、ひとつの物語が終わったという実感はなく、むしろ今まで読んできたこの物語自体がより大きな展開を見せるまでの「序章」であるかのような終わり方で、なんだか唖然としてしまった。すぐに僕が考えたのは、今後時期を置いてBook3以降が刊行されるのだろう、ということで、昨日内田樹さんのブログ書評を読むまでそう思っていた。一読後の『1Q84』は、はっきりいってあまり面白くなくてつかみどころすらなく困惑していたのだが、内田さんの書評のおかげで、「これまでの春樹作品の中での本作の立ち位置」が見えてすっきりした。

http://blog.tatsuru.com/2009/06/06_1907.php

 いやしかしなにかに対してこんなにもすっきりと整頓してパキッとコメントできる内田先生は本当にすごいと今さらながら感心してしまう…。好みの問題に戻るが、先生は最後に、「この作品の骨組みのゆるぎない物語構造と、細部の(ほとんど愉悦的なまでの)書き込み」とおっしゃられている。しかし、僕には、他の春樹作品ならまだしも、本作のディテール自体にさほど魅力を感じることができなかった。これは完全に個人の好みの問題で、大したことないと同時に春樹ファンにとっては死活問題でもある。僕は『アフターダーク』もあまり面白くないと感じていて、僕の中で『1Q84』はそれと似たような位置にある。この二作は僕の大好きグループ(『ねじまき鳥〜』『ダンス〜』『海辺のカフカ』『羊〜』『風の歌〜』『ノルウェイの森』)とは一線を画した場所にあり、それら2作品の今後の動向が自分的に気になるところだ。(あまりにもどうでもいい独りごと過ぎて『1Q84』の新しい読み方を求めキーワード検索をした結果これを読んでしまった方には本当に申し訳なく思います。ただ、アドレスを引用してる内田先生の書評はマジでいいですよ。未読なら是非どうぞ。)

 私は理性もシステムも十分には信じてはいません。私はどうふるまうべきかを知ることに関心があります。もっと厳密に言えば、神も理性も信じないでなお、人はどのようにふるまい得るかを知りたいと思っているのです。

 いやしかし内田先生の引用するこのカミュの言葉は目がくらむほど力強い。

 僕がカミュや村上春樹の描く人物に強く惹かれるのは、彼らがいずれも周囲に惑わされることなく「よりよく生きるために自分はどうふるまうべきか」を真剣に考えながら生きているからだと思う。こんな風に言葉で表すとすごく大げさな感じがするけど、行動はいつも日常で行なわれているのだよなぁなんて思い、その勢いのまま今現在の僕の生き様を考えると本当にマジで情けないのだけれど。このままダラダラと人生が終わるなんて絶対に厭なのでなんとかしなくちゃと思う。必要なのは明確な青写真で、そんなもんこれまで一度だって持ったことねーよ。いいじゃないか、青写真!持とう自分!